マルタン家へ
アメデオの葬儀もつつがなく終わった。
やはり英雄の死ということでそれなりに通さないといけない仁義はあるようだが、基本的には家族と一部の人間だけで行われた。
たとえば、『士』からはイーサンしか参列しなかった。
見習いの彼だけということは本当に身内だけで見送る式ということだろう。
これはナタリアに対する負担を軽減したし、マクシムとしてもお偉いさんが多数参列されてしまっては肩身が狭かったので助かった。
そもそも、どういう立場か分からないが、ナタリアの隣でずっと控えていたのだ。
好奇の視線を感じていたが、マクシムとしてもよく分かっていない。
ナタリアは式の時にも一切乱れなかった。
涙を流したのは戦闘後のあの時だけで、冷静に参列者に接する彼女の姿は、その重責に向き合っているようだった。
サバト家はこれからも大丈夫だ。
それはマクシムだけの感想ではないようだった。
イーサンはマクシムの肩をポンと叩き「頑張れよ」と爽やかに言いながら去った。
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一段落がついたところでマクシムは決めた。
そろそろ、家に帰らないと不味い。
まだまだアダム・ザッカーバードを中心とした、英雄たちの件では不明なことが多いが、いつまでも旅をしているわけにもいかない。
特に、アメデオが最期に残した一言も気になっていたが、やはり自分自身の生活もあった。
一度、家へ戻る、マクシムがそう宣言すると、ナタリアは「そうですか」と頷いた。
意外とあっさりしているから少し寂しさを覚える。
割と仲良くなれた気がしていたが、互いの生活を考えると今後も会うことは難しいだろうに……。
「それで、いつ家に戻られますか?」
「明日には出立するよ」
「承知しましたわ」
何を承知したのかについては翌日判明する。
そこには万全の旅支度を整えた、ナタリアとシラの姿があった。
マクシムは呆然としながら聞き返す。
「えーっと、その旅装は?」
「せっかくですし、一度、旅行へ行こうかと。ワタクシたち、こういう経験初めてですの。ね、シラ?」
「楽しみ」
「そうですか……」
マクシムにはそう言うしかなかった。
竜たちはどうするんだろう、とは訊ねられなかった。
ちなみに、余談であるが、ナタリアが竜の世話を放棄して旅行へ行くのは懲罰的な意味もあった(ナタリアが腕の化け物討伐後に竜たちに説教していたのは、マクシムを殺しかけたからだ)。
シラは言う。
「お前の地方の特産物食べる」
「野菜ばかりだけど」
「ナタリアお姉ちゃん。シラ、楽しみじゃなくなった」
「お、お肉料理もありますわよね?」
「んー、ジビエ的な肉料理はあるけど、やっぱり野菜と一緒に食べるからなぁ」
「お姉ちゃん」
「大丈夫ですわ! きっと!」
まぁ、シラには焼いた肉を出せば大丈夫だろう。
そう思いながら、マクシムはこの屋敷に定期便が週に一度来るポイントへ移動しようとする。
「? マクシム? どちらへ行かれるのですか?」
「ん? いや、定期便の停留所だけど」
「今回は見送って貰いました。しばらくこの屋敷に戻る予定もありませんし」
「え? じゃあ、どうやってここから出るのさ」
「それは竜に乗って帰れば良いだけではありませんか」
「どうやって、って、ああ、そうか。ナタリアは『竜姫』だもんね。そりゃ竜を移動手段にできるよね。それなら速いし助かるな」
「いえ、ワタクシはまだ乗せて貰えませんの……」
「え、何で?」
「いろいろと事情はあるのですわ……」
ナタリアが騎乗できないのは、竜たちの中で誰が最初に背中を許すかで揉めているからである。
おそらくはその竜が今後も末永く騎乗されていくため、名誉として譲ろうとしていない。
ナタリアとしては平等に乗れば良い気がするのだが、なかなかそう簡単でもないらしい。
「ですから、マクシムが竜を操って帰れば良いだけではありませんか」
「いやいや、僕がどうやって。『竜騎士』でもあるまいし」
「え、この前……」
そこでナタリアは考え込みだした。
そして、みるみるうちに赤面すると、ゴホンと咳払いをする。
「マクシムさん、ちょっと勘違いがあったようです。今から車を緊急で出して貰います。少し待って欲しいですわ」
「? そうなんだ。大丈夫?」
「ええ、緊急料金を払えば良いだけですから」
「いや、それもだけど……。あ、そういえば、さっき、僕のこと呼び捨てにしてなかった?」
「マクシムさん、気のせいですわ、マクシムさん」
「? そっか」
ナタリアにとってマクシムは『伴侶』に当確していたし、竜たちもそれを認めていると思っていた。
それはある意味正解で、ある意味間違い。
『竜騎士』の伴侶は仲間であるが、『竜姫』の伴侶は嫉妬の対象だ。
ただし、それでも伴侶としての資格を有しかけているのだが、さすがにその辺りの事情までナタリアは把握しきれていなかった。
それに、ナタリアには気がかりなこともあった。
マクシムの婚約者を自称する少女がいるという話。
その辺りをきちんと整理する必要があると感じていた。
自然自然とナタリアはマクシムを睨みつける。
「……? ナタリア、どうして僕を睨んでいるのさ」
「なんでもありませんわ!」
その背後で、シラが「仕方ないなぁ」とため息をついている。
この場で、七歳の幼女が一番大人だった。
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定期便からジャーダの街を経由して、列車を乗り継ぐことでマクシムたちは移動した。
その間、まともに山から下りた経験すらほとんどなかったナタリアはかなり混乱していたが、そこは割愛。
それなりに楽しい列車旅だったと総括する。
そして、マクシムの故郷へ到着した。
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なんだか随分帰っていなかった気がするが、それでも一月も経っておらず、いろいろありすぎたからこんな気分なのだろうな、とマクシムは思った。
ただ、これだけ家を空けたことはないし、そもそも、大冒険であったことは間違いない。
最寄りの停留駅で、既に姉たちが待ってくれていた。
姉のゾーエ・マルタンはマクシムを見て、そして、その背後のナタリアとシラを見て、笑顔を固まらせる。
マクシムはその理由を想像しながらも笑いながらお礼を言う。
「姉さん、迎えに来てくれて、ありがとう」
「いや、あんた、その二人が……」
「伝えていただろ。サバト家の二人だよ」
「あんた、こんな娘らとずっと生活していたの?」
「あと、ひいお爺さんのアメデオ・サバトもいたよ。竜もカウントすべきかは微妙だけど」
「いや、そうかもしれないけど……英雄の子孫……ねぇ」
ゾーエが言葉を失っていたのは英雄の子孫が一緒にきたからではない。
彼女はチラッと背後を見る。
そこにいたのは、まだ九歳の女の子である。
白金のサラサラとした髪が特徴的な、小柄な女の子である。
女の子はマクシムだけを真っすぐと見ている。
ウルウルと瞳には涙が浮かんでいる。
女の子は言う。
「マクシムさん、生きていてくれて本当に嬉しいです……」
「いやぁ、何とかギリギリだったよ」
女の子はマクシムの生存を心から喜んでいた。
それ以外のことはどうでも良いとばかりに。
ゾーエは困ったように言葉に迷いながら言う。
「いや、ルチア、あんた、そこじゃなくて」
「? ゾーエさん、ルチアは何かおかしなことを言いましたですか?」
「いや、うちの愚弟のほら話を真に受けているの、あんただけだから」
「ゾーエさん。マクシムさんは嘘なんて言わないです」
ルチア・ゾフは心からマクシムを信頼している。
だから、彼の戯言も一切を疑わない。
それに対して、ゾーエは弟のことを信用していないので、この一か月間、ナタリアと爛れた生活をしていたと完全に考えていた。そのために無茶苦茶な言い訳をしてきたのだ、と。
『魔王』の眷属と英雄の子孫?
そんな話、あるわけがないじゃないか。
この弟のせいで傷つくのはあんただよ、分かっているのルチア、とか考えている。
マクシムは姉の妄想を理解しているので苦笑しながらナタリアたちを振り返る。
「あ、ごめん、紹介するね。うちの姉とルチアちゃん」
と、ナタリアとシラは呆けた顔でルチアを見ている。
呆けた理由はただ一つ。
ルチアの容姿のせいだ。
凝視されたルチアは可愛らしく小首を傾げ、ニッコリと笑う。
「はじめましてです、ナタリアさんにシラさん。ルチアはマクシムさんの婚約者です」
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ルチア・ゾフ。
マクシムの婚約者を自称する九歳児。
彼女は完璧な美少女だった。




