裏の一幕
それはナタリアが『竜姫』として目覚める直前、近くの現場で起きていたこと。
ただし、それをナタリアたちが知ることはない。
知られざるもう一つの戦い。
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「ワ、ワタクシではダメなのです! この状況を打開できるのはお姉さまだけです! お願いします! いえ、あなたがお姉さまではないことも分かっています。でも、お姉さまが欠片でも残っているのであれば、お願いします! ワタクシを助けてください!」
ナタリアの叫びを遠くで聞きながら、『二十八代目武道家』は男と少年、そして、一匹の黒い犬と向き合っていた。
男の名はイーサン。
特警隊『士』に所属する青年だ。
イーサンは緊張感を漂わせながら笑いかける。
「ご指名だよ。力は貸さないのかい、『武道家』?」
「必要ない。あの子は強い子だ。自分でどうにかするし、その力もある。そう私の中のニルデ・サバトが言っている」
「それは信頼か?」
「いいや、愛さ」
イーサンは首を横に振って、呆れたように呟く。
「酷い人だな」
「愛は残酷なものだろ」
「失敗したら一生のトラウマだ」
「お前が手を貸せば良い。そうだろう、イーサン。『士』の中の『士』、お前だって打開できるだけの実力はあるはずだ」
「そもそも、俺には移動力が欠けている。今からじゃどうやっても間に合わない。ナータの願いは叶えられない。それに、俺にも自分の仕事を果たす必要があるからな。
……ニルデについて聞きたいこともある」
「それで私を拘束するつもりか?」
「ああ、お前を止めるための準備はしてきた」
そう言いながら、イーサンはコートの前をはだける。
その下には一振りの剣を腰に帯びている。
イーサンは剣を抜き放つ。
それはどこまでも透明な青い剣。
英雄『士』クレート・ガンドルフィが召喚した聖剣『テイルブルー』。
硝子の剣はこれを模造した卑怯な武器でしかないが、テイルブルーは違う。
斬れないものはない、現存する最高位の聖剣である。
イーサン・ガンドルフィ―—『士』の現頭領は告げる。
「『武道家』よ、お前は危険だ。放置しておけない」
「その危険の判断は誰がしたんだ?」
「オレだぜ」
それは低い男性の声だった。
それは声の質だけではなく、発せられる位置も低い。
イーサンの膝くらいの高さから発せられる声。
イーサンはその名を呼ぶ。
「『W・D』」
「今更あーだこーだ言っても仕方ないぜ。これはオレの判断だから」
「責任と決断は頭領の自分にある。それが道理だ」
「人の道理はオレには関係ないからな」
『W・D』はイーサンを見上げながら言った。
そう、イーサンの足下に控えた犬が正体だ。
『W・D』=コードネーム:野生探偵(Wild Detective)。
あらゆる謎を解き明かすものが『W・D』であった。
『W・D』は言う。
「ま、どちらにせよ、お前が危険なのは間違いない。大人しくするわけがないから、しばらく拘束させて貰うぜ」
『二十八代目武道家』はイーサンに視線を向ける。
「イーサン、お前が俺を拘束できるとでも?」
「いや、無理だ。実際、聖剣を使っても、勝率は10%もないだろうな。仮にクレート・ガンドルフィがいたとしても大差ない。貴方がその域に達していることは理解しているよ」
「自慢の剣が泣くぞ」
「必要なことを果たすだけで充分。俺はあくまでも後詰でしかない」
「じゃあ、どうやるつもりだ? 他に人は見えないが、人海戦術か? この開けた山頂で奇襲か? どうやって拘束するんだ?」
「教えるつもりはないが、証明してやるよ」
そこでイーサンの後ろに控えていた少年が前に出た。
「イーサン様。ではここからは僕が対処するということで」
「ああ、頼むよ」
それはとても線の細い美少年だった。
おそらく、何も知らなければ女の子と見間違える人間もいるだろう。
長身のイーサンが隣にいるせいでとても小柄に見える。
状況を理解していないのか、ニコニコと楽しそうに笑っている。
『二十八代目武道家』は驚く。
「そちらの坊やでこの私が止められると? 『武道家』の研鑽を甘く見ていないか?」
彼の言葉には根拠があった。
その美少年がまるで鍛えていないのは明らかであり、とても戦える人間には見えなかったからだ。
はっきり言って、イーサンと比較しても足下に及ばないほど弱い。
いや、一般人の中でもかなり弱い部類だろう。
少年はとても楽しそうに言う。
「『武道家』よ。あなたは総合的に見て世界最強の人類であることは間違いないと思います。腕力も積み重ねた経験・技術も超人的です。そして、完全継承能力。この破格の能力がある以上、あなたには敗北がない」
「ふむ」
『二十八代目武道家』は美少年の言葉に警戒レベルを引き上げる。
弱いのに妙な余裕がある。
つまり、余裕には根拠があると判断したからだ。
しかし、高魔力生物が持つ特有の圧もなければ、マクシム・マルタンのような異才の持ち主にも見えない。
イーサンが聖剣よりも頼りにするほどの何か……。
自分の経験が判断を乱している可能性を考え、『二十八代目武道家』はどんな事態にも対応できるように更に一段階、警戒レベルを上げた。
今なら最強の魔獣であろうとも撃退できる。
美少年は続ける。
「でも、総合力なんて僕の前では無意味です。一点勝負。勝てる部分で戦えば良いだけ」
「お前なら俺に勝てる、と」
「うん。僕は『絶対』ですから」
「自信満々だな」
「自信じゃなく事実です。あ、負けたからって死に逃げしないでくださいね。また捕まえるの大変ですし」
「約束してやるよ。その代わり、私が勝ったら首輪をつけてお前を飼ってやる」
「そういう趣味なの? あはは」
そして、戦いが始まった。
戦いは一瞬で決着した……。




