ルチア・ゾフ
ルチア・ゾフは完璧な美少女だ。
まず当然かもしれないが、容姿が抜群だ。
小柄でまだ成長途中ではあるが、非常に整った顔立ちをしている。
そして、容姿も優れているが、九歳とは思えないほど高い知性を持ち、情緒も安定している。
物腰も丁寧で誰に対しても優しい。
彼女が取り乱すのはマクシムに関することだけだし、それも狼狽するばかりで誰かに当たり散らすようなことはない。
あまりにも美少女すぎるため、今の学校に入学したその日にファンクラブができたという事実がある。
そのファンクラブは今や学校の枠を超え、街中に轟いていた。
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軽トラックの荷台にいるのはハンドルを握る姉のゾーエ以外の4人である。
マクシム、ナタリア、シラ、そして、ルチア・ゾフ。
車座になりながらマクシムたちは会話をしていた。
「そういえば、ルチアちゃん、学校はどうしたのさ」
「今日は休ませて貰いましたです。マクシムさんが帰ってこられるという話を聞いたからです」
「そっか、わざわざありがとうね」
「いえいえ、ルチアはマクシムさんの婚約者ですから」
「でも、婚約者としても勉強を頑張る選択肢を勧めるべきかなって思うわけ」
「分かっているです。でも、どうしても一番にマクシムさんの顔が見たかったからです」
「ルチアちゃんが学校の成績良いの知っているし、ま、一応ね」
「心配してくれて感謝です!」
ルチアはマクシムに体重を預けるくらい身を委ねている。
あまりにも自然で、マクシムも一切気にした様子はない。
マクシムとルチアが談笑していると、シラが彼の袖を引っ張った。
「おい」
「ん、シラどうしたの」
「……お前はバカか」
その背後ではナタリアが猛烈に落ち込んでいた。
顔を伏せ、沈んだ空気を漂わせている。
マクシムは驚きながら訊ねる。
「ナタリア。どうしたのさ」
「……なんでもありませんわ」
なんでもないことはないだろう、とマクシムは思ったが、ナタリアは視線を合わそうとしない。
ナタリアはここに来るまでに浮かれていた自分が恥ずかしくなって落ち込んでいた。
一方的に盛り上がっていただけで、まだ幼いとはいえ、こんな可愛らしく利発な少女に好かれているのだ。
自分にひと目惚れしたとか言っていたくせに、何なのだこの男は……とか考えている。
美形揃いのエルフ種族であっても、ルチアの前では全面降伏し、叩頭するに違いない。
ナタリアも容姿は褒められる方だが、ルチアは本当に見たことがないレベルの美少女だった。
ただ、マクシムとしては鈍感なのではなく、既に振られたと思っているのですれ違いでしかない。
そこで、ルチアはサラリと訊ねる。
「ところで、ナタリアさんはマクシムさんのことを好きなのです?」
幼い少女のあまりにも直接的な問いかけ。
空気が間違いなく凍った。
ルチアは小首を可愛らしく傾けている。
ナタリアは「え、ええっと……」と言いよどむ。
顔に朱が混じるが、その反応を見てルチアは嬉しそうに、パチンと可愛らしく手をたたきながら喜ぶ。
「まぁ、ではルチアと一緒です!」
「いや、ルチアちゃん、僕、ナタリアに振られているからね? 仲良くなっているけど、好きってことはないから」
「あら、そうなのです? でも、マクシムさん、ルチアがいるのに浮気です」
「あー、ごめんごめん。でも、ルチアちゃん、超可愛いから僕にはもったいないくらいだし」
「ルチアはマクシムさんが良いのです!」
そのやり取りを見て、ナタリアは少しだけ冷静さを取り戻す。
まず、マクシムの認識を理解した。
その辺りの誤解を解くのも先なのだろうが、今この場ではちょっと流石に無理だ。
そこで、ナタリアは小声で──マクシムに聞こえないように──ルチアの耳元で訊ねる。
「でも、ルチアちゃん、ワタクシとマクシムさんが、その、たとえば、つ、付き合ったりとかしたら嫌ではありませんの?」
「? どうしてです?」
「いや、その、婚約者なのですよね」
「はい、婚約者です」
「えーっと、ですから……」
ナタリアはルチアの思考が理解できず言葉を失う。
一般的に、自分が好きな人が別の人を好きになるのはあまり好まれない気がするのだが、それが伝わらない理由が分からなかった。
ルチアはナタリアの耳元で言う。
「ルチアはマクシムさんと結ばれるです。それは決まった未来です」
あまりにも儚い美少女にそう囁かれて、ナタリアはぞわぞわした。
「そ、そうなのですか……」
「はいです。でも、ルチアも、ナタリアさんがマクシムさんのことを好きなの嬉しいです」
「はぁ……」
ナタリアは何となく曖昧な頷きを返す。
そこでマクシムが渋面しながら言う。
「あのー、目の前で内緒話は止めようよ」
「いえ、その」
「もしかして、僕の失敗談とか恥ずかしい話とか聞いてる?」
「大丈夫です。マクシムさんが地区の運動会でオウンゴールした話とか、行事のナイトウォーキングでやらかした話とかルチアは絶対に言わないです!」
「言ってる、言ってるから」
「シラも知りたい」
「知ってどうするのさ」
「バカにする」
「酷い!?」
ナタリアはバカ話になってからホッと胸を撫で下ろした。
+++
「ルチアちゃん、可愛いでしょ?」
「ええ、正直、見たことがないくらい超絶可愛いですわ」
「だから、冗談抜きで五歳の頃には求婚されたりしたこともあって」
「え、お相手は?」
「成人していたんじゃないかな。王家に所縁のあるご子息サマとかで、まぁ、怖い話だよね」
「怖すぎる話ですわ!」
マクシム家へ来たナタリアたちは歓待された。
学校が終わった後、双子の妹たちとも顔合わせを終え、両親にも紹介が終わった夜である。
客間でナタリアとシラの二人は、ルチアについて説明を受けていた。
「その時からなんだよね、ルチアちゃんが僕の婚約者を自称し始めたのは」
「えーっと、それはつまり、いわゆる隠れ蓑ということでしょうか?」
「そこまで意図的ではないと思うけど、多分、『イチバン仲良しのお兄ちゃん』ということで僕だったんだろうね。分かりやすいでしょ?」
「それで、その求婚した王子サマは?」
「いや、王子ではないけど、そういえば、その後は知らないなぁ。めちゃくちゃ執着していたんだけど、やっぱり、五歳児に求婚ってヤバすぎるからもみ消されちゃったのかなぁ」
確かにルチアはナタリアも驚くほど可愛い女の子である。
とち狂う人間が出てきてもおかしくはないが、それにしても異常な話である。
「それ以来、ルチアちゃんは僕の婚約者を公言していて、まぁ、そういう芸風みたいな」
「芸風ではないと思いますが……ファンクラブがあるんでしたっけ。その辺りから殺害予告は出ませんの?」
「どんな蛮族なのさ。周りの人も微笑ましいというか、僕にしっかり懐いているから納得しやすいというか、でも、本気じゃないんだろうな的な。分かる?」
「はい、何となく理解しましたわ」
恋に恋する美少女を愛でる文化ができたという感じか──と、ナタリアは理解する。
シラはそこで鋭い視線を送る。
「それでも、お前、そんなに悪い気はしてない」
「そりゃね。やっぱり、懐かれていたら可愛いし」
ナタリアも冗談半分で睨みつける。
「マクシムさん、気持ち悪いですわ」
「本気でへこむから止めようよ。誹謗中傷」
ナタリアは半分本気で思っていたのは、あの言葉が引っ掛かっていたから。
──ルチアはマクシムさんと結ばれるです。それは決まった未来です。
それは明らかに本気の熱量があったような、そんな気がしていたからだった。




