三ノ怪 ゆうれい坂の怪
これは自分が立派な役立たずな社会人となり、高校の同級生だった友人が新車を見せびらかしついで「ドライブへ行かないか?」と誘ってきた時のお話です。
子供の頃から我が家の事情で引っ越し、引っ越し、出て行け、出て行け……と。無理矢理、引っ越し三昧させられていた自分が、ようやく少しだけ落ち着いてきた頃でもありました。
メンバーは他に友人一人を加え、暑苦しい男三人で車慣らしのドライブに出掛ける事になったのです。で、座席割りと相成り。主役ではないのですが、自分が広い後部座席を「で〜ん!」と一人で陣取り、車の持ち主サカは当然運転席に。そしてその横、助手席にはワダが座り各々のポジションが決まりました。
遊びに行く今回のお題は『”ゆうれい坂に行こう”』。
何でわざわざ行くんだよ…
大阪の太子という場所の更に山手。とある坂道だらけの長い長い農道があり、かなり有名だったりもします。そんないわく付きの場所には、ある二通りの噂さがありました。
一つは、見た目が上り坂なのにボールを置けば坂道を上って行く。要は山手の勾配な坂道加減で、視覚が錯覚を起こすだけの全く怖くない現象が起きる場所。
そして二つ目が問題の心霊現象が起こる場所…
その周辺の山々には、たくさん葡萄畑が並んでいますが。実はこの辺り一帯は曰く付きの場所がたくさんあったのです…
その中でも知る人ぞ知る地元で有名な一つ…
山間を通るとある農道の脇道に入って行けば、その道中に、使われなくなった畑は雑木林と化し、横に古びて朽ちた木製の”農具置き場のある、見た目にもヤバい場所”があったのですがーー
「今日は車慣らしだけど、何処かにドライブ行こうよ?何か希望ある?」
と、運転手のサカが何気に行き先を聞いてくれました。そしてこの後、横に座っていた”ワダの余計な一言”で、あんな恐ろしい出来事に遭遇する羽目になってしまうとは…
「肝試しなんてどう?あの″ゆうれい坂″なんてどうよ?男ばっかりで色気ないけど、むさ苦しさが紛れて多少は涼しくなるかもよ?」
「え〜…。俺は怖いんだけど…。う〜ん…任せます」
ワダがまず、そう自爆的フラグを投下。そして、ちょっと流されつつもそれに同調してしまった自分。この時、後に起こる恐ろしい心霊現象など誰が予想できたでしょうか?
「じゃあ決定〜。あの怖い″農具置き場″に行くからな?頼むから、ションベンちびって車内汚すなよ?わはははっ」
「大丈夫、大丈夫だって」
「農具場??勘弁してよ…。お、俺は別に怖くないけど勘弁だ…。けど…もし、出たら俺は容赦無く自分の耳塞ぐからな?あはははは…はぁ…」
最後の自分の意味の分からない返事は只の虚勢です。で、まだ時間はお昼過ぎ。雲無き青空、至って快晴。幽霊なんて出る雰囲気など微塵もありませんでした。そんなこんなで目的地も近いので、言ってるそばから現場へと到着してしまいました。
「は〜い。そろそろ到着しまぁ〜す」
「はやっ!」
「……。」
友人二人は恐れを知らず、明るく仲良く言葉のキャッチボールをしていますが…
ゾゾ…
自分は既に既視感と違和感をその肌に感じ取っていました…。これ以上行ってはいけない、そう心が警鐘を鳴らし始めていたのです。すると何故か自分の右腕が…
(腕が痺れる…!?)
噂では、その場所に10秒ほど立っていれば四六時中幽霊を拝めるラッキースポットと言われている恐ろしい場所です。自分は違う土地に住んでいて正確な位置やその噂を知らなかったのですが、地元人のサカはその場所を知っていました。やがて車はアスファルトの道路から脇道へと外れ、両脇が雑木林に挟まれた人っ気が全く無い悪路の砂利道へと入っていきました…
(じゃり、じゃりじゃり、ザザザッ…)
「うわぁ…。何か既にヤバいよ。ってか、コレってバックでしか元の道路に戻れないんじゃないか?」
後部座席の自分からはよく見えなかったのですが、助手席のワダが少し右辺りを指差しながら声を上げたのです。
「あ、あの先っ!あれだろ?あれだ、あれだ!あれあれっ。中から草生えてて、すっごいボロボロだぁ。恐っ…」
その朽ち果てた農具置き場までは正面の雑草まみれの畑を挟み、20メートル位先?の、ちょっと離れた場所まで近づいていました。車ではこれ以上は進入不可との事。そして長く手入れのされていない畑?らしき場所は、他者を侵入させまいと背の低い雑草がわんさか生えています。すると運転手サカが
「車はここまで。さぁ、歩いて一緒に見に行くか?」
と、言ってきました。しかし、そこでワダが急に顔面蒼白になりながら…
「何か急に寒気がっ…。トイレしたいんだけどっ、ちょっと待っててくれるか!?だ、大がっ!」
…と言ってきたのです。
『大か……』
聞きたくなかったとばかり、サカと自分はそう声を揃えてしまいました…
…と。切羽詰まったその雰囲気と言い方が怖いよ…、超怖がりな俺をこれ以上ビビらせないでくれ…。ネタじゃ無くて俺までチビるぞ…?
するとサカは右手親指をグッと立て、もう片方の手にはポケットティッシュを。そして笑顔でワダを見送りました。しかし自分はその時既に、原因不明の痺れる右腕を何度も摩り、それどころではなかったのです…
(何で痺れるんだよ…。別に腕枕して寝ていたわけでもないのに…。それに、何か首元がモヤモヤゾクゾクっと、凄く嫌な違和感がある…)
取り敢えず運転手のサカはワダ待ちでタバコ片手に一服中。そこで不安が爆発しそうなケイジは初めてサカに声を掛けて
「なぁ、サカ?俺、無茶苦茶嫌な予感がするんだけど…。ワダが帰ってきたらすぐに帰ろう、な?な?なって?」
そう、必死にお帰りの催促を…
「え〜…、せっかく来たのに?…まぁ、ワダが帰ってきたらその話するし、アイツに聞くからトイレが終わるまで待っててな?」
「…ああ、わかった…」
そしてこの後すぐ、自分の一番恐れていた事が起きてしまうのです…
その始まりは至ってシンプルに。車両の前方で腰のベルトが半分外れたトランクス丸見え状態で、ズボンをちゃんと履けていないワダが絶叫し、正面の草むらを掻き分けながら車に向かって走ってきたのです。
「わぎゃああああっ!!でたっ!でたっ!!でぇたあぁーっっ!!!」
一体″でた″とは何でしょう?幽霊スポットに来て一番使われる、一番分かりやすいワードではないでしょうか?じゃあ、何が出たのか?そんな事、考える必要は一切無く、早い話が″出た″のです。
そう…『幽霊』が…。すると続いて、運転手のサカが恐怖に染まった顔で小さく言葉を漏らしたのを自分は聞き逃しませんでした…
「…ほ、ほんまや…」
さすが四六時中の心霊スポットな場所…
そしてワダとサカ。この時点で二人とも幽霊を確実に見てしまっています。しかしワダは草を掻き分け、まだ車まで3メートル程離れている距離だったみたいで…。ですが、その到着を待たずしてサカは車をバックで急発車させたのです。それを見たワダが更に泣きながら声にならない声で絶望の叫び声を上げていました…
「まっでぇっ!!いがんどいでぇ!?だぁずぅげでぇぐでぇっ!!」
「ま、待ったら追いつかれるだろっ!」
恐らく、直訳すると『待って、行かないで、助けて下さい』と言っているのでしょう。しかし…、可哀想ですがサカのとった情け容赦ない行動に自分は賛成だったのです…。うん、最低だな…
「だぁずぅげぇ……て………た…」
「まだ来てるっ、わあああっ…」
車体はガタガタと、ワダを置いてけ堀に猛スピードでバックするサカの車。やはり新車は速い。サカ、ホント性能の良い車をありがとう…。そして彼の悲鳴はまるで通り過ぎる救急車のサイレンの如く次第に小さくなってゆくのでした…
「………っ……」
やがて農道へと戻り、一旦急ブレーキをかけ正面を見直したサカ。その視界には泣きじゃくりながら走ってくるワダの姿が見えていたらしいです。やがて彼が車に近づくにつれ何を叫んでいるのかわかってきましたが
「……てぇ……っ、てぇ…!ま、まっでぐでぇっ!!」
「はぁ、はぁ…。も、もう、追ってこないか?」
ワダのズボンのベルトは何処へやら。ようやくチャックを上げ車の助手席に乗り込んだ彼は、過呼吸の様に荒い息を続け「はぁ、はぁ、はぁ……」と、しばらく黙り込んでしまいました。そんな彼に運転手のサカが
「すまない…」
と、一言…。その瞬間、ワダは再び大声で大人泣きします。自分を乗せなかった彼を責めるわけでもなく、ただ、幽霊に遭遇し襲われたショックの方が大きかったのでしょう…
「お、お婆さんだったな…?着物の…しかも物凄い形相で……」
「う、うん…ぐすっ……」
しかし。ここに来て自分は重大な事を話さなければなりません。それは『ぎゃあ、出たっ…以下略』の時点で、既に自分は後部座席で頭を伏せ、目を瞑り、思いっきり震えながら両耳を塞いでいたのです。
…ホント、ごめんなさい。
「あ、ああ…。大変やったな?あー大変…。こ、怖かったな…。ホント怖かった…」
無難に、そう平然と答えた切った自分。見たとは言ってないから嘘もついてない微妙な返答。
最低だな…
でも怖いものは怖いのです。見たくないものは、やっぱり見たくない。
ただワダは後日、病院の診察でも分からない謎の高熱で数日間苦しみ続け、近くのお寺でお祓いしてもらう事になってしまいました。
そして、その現場にいる時は分からなかったのですが、彼の背中には無数の手形の痣が出来ていたとの事…
これを機に自分からは更に絶対遊びではパワースポット的な場所へは行かない様にしていましたが…。運命なのか?これは前世での己が魂に対しての罰なのか?自分は何故かこれ以降も色々と体験させられる事になってしまうのですが…
完。




