ニノ怪 人ならざる者
これは父の都合で引っ越し三昧させられていた自分が中学生だった頃の話。
…で、今日は日曜日。面倒な部活があったりします。
実はその日。小高い丘の上に佇む自宅から見える、広い竹林の横の公園で首吊り自殺の死体を発見してしまった友達のタク。彼は同じ体操部仲間で、顔面蒼白になりながら慌てふためき、部活へと転がり込んで来たのです。
「く、首吊りだ!ケイジッ!!早くっっ!け、け、けけいじ…じゃないっ…警察にっ!!」
ケイジが刑事に…って、おい。…と、事態はそれどころではありません。取り敢えず部活開始前だったので、後輩に職員室の先生や警察に連絡させ。自分は他の部活の人や体操部メンバーを含む計六人でその現場へと向かいました。
そこは新興住宅地の横にある出来て間も無い大きな公園。至る所にボコっと植木に土が盛られ周囲が石積みされた場所があります。よって、まだ若木は植えたてで細く高さが2メートル程の低木ばかり。だから周囲への視界は良好、遠くまで丸見え状態。更にその現場に近づくにつれ、辺りは異臭・悪臭が漂い「ブンブン…」と、複数の蝿が飛び交っていて
「あ、あれだ…」
「うわぁ…。ほんとだ…」
その首吊りしていた仏さんは宙吊りではなく、低木の枝上部に電気コードか何かを巻きつけ、それを首に…、膝を曲げ、地に靴の爪先を付け、見た目にも強引に首吊り自殺した感があります…。勿論、死体から流れ出た糞尿に恐ろしい数の蝿がたかっている状態で…
「ケイジッ!お前が近道って言ったからココを通って、オレが死体見つけてしまったやろっ!アホォッ!!」
「み、道を選んだのは自分だろ?俺は悪くない、勘弁、勘弁。しかしなぁ…。ココ、家のトイレから丸見えの位置なんだよ…?夜中…、無茶苦茶怖いんだけど…」
その場所は少し高台にある自宅から、まともに見える位置にありました。自他認める怖がりな自分。はっきり言って、これから夜のトイレが死ぬほど怖くなり、膀胱炎になるかもしれません…。中学生にもなって母に付き添ってもらい、便所を…とか、最悪な状況を想定していると。しばらくしてやって来た警察に自分とタクは事情聴取される事になってしまいました。しかも自分が余計な事を警察に言ってしまって、後で凄く反省する事になるのですが…
「…ほう、そうか。じゃあ二人とも自殺された方とは面識がないんだね?」
「はい…。たまたま学校に部活で向かう途中に…」
そう、タクは答えましたが自分は…
「あ、亡くなった人…塾の先生に似ています…。ひょっとしたら…」
…と言ってしまったのです。結論から言うと、自分の所為でその日の塾の授業は全てオシャカになってしまいました。アーメン…。取り敢えず同日、塾に行った時の塾長のコメントが
「誰かワシが自殺したって言ったらしい。警察や親戚、知人がわんさか来て。電話がたくさん鳴って今は大変なんだ…。全く、傍迷惑な話だぞ、コレ…。一体犯人は誰だっ!!…だから、来てもらってすまんが今日は休みにする…」
「そ、そうですか…」
(塾長、ごめんなさい。だって、すっごく似てたから…。それに、兄弟か?って、警察も凄く似てるって驚いていたらしいし…)
自分の何気ない一言で引き起こされた地獄の伝言ゲーム。取り敢えず、自分の得意とする心中謝罪が炸裂。そしてやっとこさ帰宅し。晩ご飯を食べながら、その話題を母親としていたら、タイミングよく次男のタメ兄が家に帰って来たのです。仲はあまり良く無いのですが…
「…ケイジ。深刻な顔で…何かあったのか?」
「タメ兄、そこの公園で今日、首吊り自殺があって…」
「なっ!?それって…」
兄曰く。先日の晩、友達数人と公園で屯ろしていて。首吊りのあった場所辺りで「ガサガサッ」っと、妙な物音を聞いていたらしく…
「あ、あの時に…亡くなってたのか…?うわぁ…。もう気味悪くて、あの道通れないじゃないか…」
既に社会人になっていた兄は毎日、仕事帰りにその道を通ります。他に道はあるにはあるのですが、公園を逸れればかなりの遠回り。しかも兄は残業の日が多く、ほぼほぼ帰宅時間が夜の9時、10時頃になってしまいます。
「仕方ない。気味悪いから、明日からケイジが言ってた小学校の裏道から帰ろう…」
「え?あそこ…?」
我が家は山手にあり帰宅ルートは限られていました。しかし兄の言っているもう一つの道は、小学校裏の薄暗い砂利道で、外灯も無く。鬱蒼と生茂る雑木林と複数の池に挟まれた薄気味悪い道なのです…
そして次の日。案の定、第一発見者のタクと自分は事件に興味深々な女生徒たちに質問責めに遭う事になりました。その内の一人、マユが
「それでぇ?」
「だからぁ…。体ぶらぁ〜ん…。蝿がぶ〜ん…って、それだけだから。マユ、もうこの話をするのは勘弁、勘弁…。俺が怖がりなの知ってるだろ?」
「ホント?いやだぁ…。けど、ケイジ大変だったね?大丈夫?夜とか怖いんじゃない?」
「うん、多分…大丈夫…かな?はぁ…。まぁ…亡くなった方と塾長は大変な目に遭ってると思うけど」
「あははは、それ、ウケるね?」
「ウケない、ウケない。家からその現場見えるんだよ?勘弁してよ…、夜中のトイレが超恐怖だし、ホント勘弁、勘弁…。はぁ…」
そして色々と聞かれ揶揄されながらも、やがて放課後に。観光気分で好奇心旺盛な友達数人と帰宅する事になるのですが
「マユ、ここだ。あの木だから。ぶら〜ん、ぶぅ〜ん…って。ほら、あの下辺りに、まだ蝿が…」
「いやだぁ!」
(バチンッ!)
見たいのか?見たくないのか?自分の背中にキツい張り手を一撃。マユは帰り道とは反対側、わざわざ一緒に見に来ておいて何故俺を叩く?うぅ…、酷い仕打ちだ。そして高所にある家のトイレから丸見えのこの場所。ある意味、被害者は自分かもしれないぞ…?いや、確実に被害者だ…
そんなかんだで恐怖観光は無事終了…
「ばいば〜い。また明日ね〜」
「ケイジ、また〜」
「ああ、お疲れさん〜…」
やがて日が暮れ始め。友達たちと別れた自分は家へ着き、玄関のドアノブに手を触れた途端。何かこう…とてつもない違和感が背後から身体をス〜…っと通り抜けたのです。
「何だ…?今、ゾワッ…て」
すぐさま自分の背後に目をやりますが、いつもと変わらない夕暮れ時。赤く染まった庭があるだけでした。
「お、おかしいなぁ…」
首吊りの件もあり、まさか自分があの幽霊に取り憑かれたとか?…それはない、ない、絶対にないっ。だって、死体に一番近づいてたのは通称スケルトンと呼ばれるガリガリ体型の卓球部主将だったし。しかも手に持ったラケットで死体をつっ突いてたぞ?たかる蝿も凄いのに…、う〜ん…、罰当たりと言うか何というか…。呪われるなら、まず、あの人だろう。うん。
自分では霊感が強いのか弱いのかよく分かりません。しかし直感的に何か起こる時、それを感じ取る事があったりします。そして、今回のそれは次男の帰宅と同時に訪れました。
(ガチャガチャッ!!バタンッ!ドタバタッ、ダダダダダッ…)
慌ただしく帰宅し、玄関からパニック状態で居間に入って来た次男のタメ兄。その身体中は擦り傷だらけで、右足の靴と靴下は無く裸足で血塗れ状態でした。すると兄は自分の前に来て
「ケ、ケケ…ケイジッ!!お前の所為で″アレ″を見てしまっただろっ!!」
これはデジャブか?先日も友達に同じ事を言われた気が…。それに『アレ』…とは何?
「え?…ん〜。か、身体大丈夫?タメ兄、何かあったの?」
「ゆ、……幽霊だっ!!幽霊が出た…。そいつから死に物狂いで逃げて来たんだっ!お前が近道って言ってたから…、う、うぅ…」
「!?」
(ホ、ホワイ?また俺の所為…!?)
兄は半泣き状態。その話によると、住宅街を抜け例の真っ暗な学校裏の砂利道を駅から徒歩で帰ってきたらしいです。500メートル以上は続く長い道のり。
その道半ばで池に挟まれた場所を通り抜けようとした際、その背後から野犬四、五匹が唸り声を上げ姿を現したらしいです。そして、そのあまりの恐怖から兄は大声で叫びながら、持っていた傘を振り回し。牽制しながら前進していると…
「よ、よかった。人がいる…」
まさに天の救いか?前方の雑木林手前に人が立っているのが見えたらしいです。すぐさま、野犬を牽制しつつその人に助けを求め近づきましたが…
「あ、あのっ!野犬に追われてっ!た、助けて…くだ…さい…?」
助けて欲しいコメントが、まさかの疑問系。その人に近づくにつれ。この世の生きとし生けるものが″見てはいけないモノ″が代わりに見えてきたのです…。
(…っ!?)
その人は白い着物を着ていて、薄っすら足元がボヤけており、外灯も無いのに身体中が白く光を帯びていたらしいです。何をどう転んでも、誰がどう見てもまさに幽霊そのまんま。兄のその大きな叫び声に反応するわけでもなく。ただ兄と反対側をじっと見つめ、立っていたらしいですが…
「はわっ、あわわわ…」
超想定外の惨事。まさかの幽霊と遭遇してしまった兄。声にならない声を上げながら振り返ると、背後を追ってきた野犬の数が更に増えて…
『ガルルルッ、ガルルルッ!』
(!?)
獲物を狙い唸る野犬たち。兄に残された選択肢は二つ。進行方向の幽霊に突っ込むか、戻って大量の野犬に突っ込んで玉砕するか…。まさに進退窮まったこの状況な上…
『た…すけて…』
そしてついに。野犬の方を警戒していた兄の両肩へ″ヘルプミー″。淡く光る霊体の両腕が助けを求め乗り掛かってきたらしいです。
「!!!?っ、はぎぁあああっ!!!」
絶叫よりまだ一段階上、最上級の超絶叫??当の本人、タメ兄はそう言っていましたが…、『たすけて』とか霊に言われても、助けて欲しいのは兄の方ではないでしょうか?
その後。想定に無かった第三の選択肢…。横の池の泥濘を突っ切り、雑木林で泥塗れ且つ擦り傷だらけで、その場を何とか切り抜けたらしいです。
しかし、どの道をどうやって何処をどう走ったかは全く記憶に無いとの事。ただ、片足の靴と靴下は完全に行方不明。兄の身体は額と腕、足の裏を数針縫う大怪我でした。その便利な近道を昼しか通らない自分の話を、勝手にタメ兄が聞いていただけですが。これは自分が悪いのでしょうか?お陰で自分は絶対に一人の時や晩、夕暮れ時にその道を通れなくなりましたが…
ちなみに公園の首吊りは幽霊が出るか出ないか、わからないまま、またまた後日に引っ越しというオチで終わります。失礼しました、ごめんなさい。
完。




