一ノ怪 祠の呪い
これは自分が関西のとある場所に住み、年齢も二桁も届かないランドセルを背負ってすぐな幼少期のお話です。
我が家の広い土地…その敷地内に、門は鎖で封鎖され側壁には大量の蔦が這い茂り、窓ガラスは至るところが割れ、リアルにおどろおどろしい不気味な様相を醸し出してる大きな元簾工場があったのです…が。ここのヤバい話は、また別話でさせてもらいます…
(※簾とは竹を原料に加工した製品の事です)
…と。その工場と同じ敷地内。10メートルほど離れた横隣の建造物は、無駄にだだっ広い土地にスッポリと見合っている、昭和ではとても珍しい三階建ての巨大な豪邸がありました。
そこで…、あまりの劣悪な家庭事情により、その家を一人で切り盛りしていた頼れる母親は、体を壊し病院に入院してしまったのです…
我が家の家族構成は7人。父親と母親に父方の祖母、兄二人に姉一人がいて、自分は末っ子でした。
その中の祖母や兄弟はそれぞれ親戚宅で寝泊りする算段ができ、そのデカい豪邸は寂しくもぬけのカラでオバケ屋敷状態に。そして親戚は残りの……末の自分まで布団の数加減で預かれないとキッパリ断られてしまいました…
家の電話の近くにいたから露骨に会話が聞こえてるよ?こんな小さな幼子に対して、父方の親戚ときたら、ほんとに…
ん?もしかして自分は寝小便すると思われ、嫌がられていたのでしょうか?う〜ん…、確かにしてしまいましたが…。ごめんなさい…
よって自分は不動産関係の仕事(建前)で忙しい父の車に乗せられ、一緒に京都の天橋立まで連れて行かれる事になって”しまいました”。
…と、この『”しまいました”』の、くだりは後から意味が分かると思います…
さて。
大阪からその目的地まで、片道で車で約5時間といったところでしょうか?
恐らく晩9時頃?から車を走らせていたいましたが、やがて日付も変わり、車窓越しに辺りは真っ黒黒スケな真夜中へと突入。
はっきり言って大の苦手な父親と一緒のドライブなんて拒否したかったのですが、幼少期の自分が家で何日も一人留守番が出来るはずもなく、指定された行き先に対しての拒否権など全く無い、ホボ強制連行されてしまいます。
そしてその道中。京都にある大江山近くを走行中、父が手慣れた感じに車載電話をかけ始めました。
あ、この頃の車載電話やショルダー付き携帯電話は高級だったので、よく漫才ネタに使われていま“アレ”です。(笑)
「あー、ワシやけど?いつもの部屋、空いてまっか?それからーー」
父が発する暑苦しくもコテコテなモロ関西弁。
更にこの車載電話はネタで見る、お笑いで出て来る様な四角くてデッカいヤツです。昔はホント画期的だった″らしい″んですよ?
…と、少し脱線しましたが。子供に全く興味が無い父親は息子と一緒で超不機嫌か。電話は面倒くさい&吐き捨てる様に露骨な口調でした。しかし電話を掛けた寝泊り予定の場所…。所謂、民宿はどこも満員御礼だったのでしょうか?しかも電話をかける時間が真夜中って…。もちろんこちらからの電話を完全無視されたり、電話が繋がってもスパッと断られまくったりして、更にその不機嫌さに磨きがかかります…
「チッ!」
高速道路をかなりのスピードで走行する車の、タイヤと路面の大きな摩擦音を掻き消す程の大きな舌打ち。そして、めげず間髪入れず次々と宿へ電話しまくる父。
あ、もちろん今は真夜中です…
「あー。すんませんが…」
しかし、またまた断られたのか予約が取れず。更に父は酷くムスッとした表情に。時間的にも遅いから急な来客は断られるのがオチか…?
やがて高速道路を降り一般道へと入った後、流石に運転しながらだと電話し難いからか、父は外灯もない真っ暗な田舎山道の傍にカーライトをつけたまま車を一時停車しました。周囲は暗くてよく見えませんでしたが、恐らく広大な田畑ばかりだったかと思います。
「……。」
…ですが助手席に座っているだけの自分は、苦手な父と何かの会話する訳でもなく、ただただ暇で暇で仕方がない拷問タイムに…。だから、ふと外の景色へ目をやってみたのです。
「……?」
その目をやった先には、ほんのり月夜に照らされた薄気味悪い脇道にポツリ。古びた小さな鳥居と、その奥に朽ちかけた木製の祠があるのを発見しました。
(…暗くても見えるくらい苔が凄いなぁ…。年代物??取り敢えず手を合わせて…)
幼子期の自分のこの行為に特に意味なんてありません。そんな子供の純粋な気持ちで鳥居にお祈りをしていたら…
「おいっケイジッ!ワケのわからん祠になんかお祈りするなっ!どアホ!!…あ、すんません…。こっちの話ですわ。それから…」
「ご、ごめんなさい…」
恥ずかしげもなく、いきなり宿泊先と通話中にキレた父と。しゅん…として、超低トーンでしょんぼり謝るその息子。いつものモラハラです。はい…
しかし、父がこの電話中に謎の祠へお祈りしていた自分を怒鳴りつけた事が功を奏したのか。その宿の主人は父親が宿に泊まれず苛立って、自分の息子に八つ当たりする酷い有り様に、こんな遅い時間でも宿泊OKしてくれた可能性が…
「あー、そうか、よかったよかった…。…じゃあ、あと1時間程で着くと思うのでよろしくな」
…と。取り敢えず今日の宿泊先は確保出来たようで。
すると父はひと息ついたとばかり急に車を降り、そのさっき見つけた祠の横で急に、まさかの立ちしょ◯べんをし始めました…
キラキラキラキラ…
何ともまぁ…、罰当たりな人でしょうか…
(ぼ、“自分には寝たフリする権利がある!”)
しかしその父のある種テロ行為に対する謝罪で、再び手を合わせて祠の神様に謝ると、またまた父に怒られる可能性があります。よって自分は座席を後ろへと倒し、寝たフリをしながら祠の神様?へ、この無法者な父に代わり、心の中だけで祠の神様へ必死に謝りました。
(祠の神さま…。ホント非常識でぶっ飛んだ父親の横暴ごめんなさい…。多分オシッコも劣悪な生活習慣で超臭いと思うから、さらにごめんなさい…)
やがて用を済ませたのか、すっきりとした顔で父は運転席へと戻ってきました。そして薄っすらと開けていた目を再び閉じ、寝たフリを継続する自分。それを横目で見た父は
「何や、また寝よったんか…」
今の時代なら、ちゃんと舗装された道が至る場所に伸びています。しかし頃は昭和五十年代末。人里離れた場所は荒れた砂利道が多くロクな道が無かったのです。
仕事でしか行く事が無いであろう、そんな国道を逸れた悪路。車体は右や左にグラグラと大きく揺れ、自分の耳にも他の音は一切聞こえるはずもなく、時間的にも対向車とすれ違ったりする音等も一切聞こえてきませんでした。
今乗ってる乗り物は、まさに嵐によって荒波にのまれてしまっている船?ホント揺れ過ぎです…
(気持ち悪ぃ〜…)
そして何か起こるなら、大体こんなタイミングかもしれません…
やがて、ずっと目を瞑っている自分の耳に車内にいる父とその息子。所謂、男二人以外にいるはずの無い筈なのに、第三者…。急に女性の掠れたような声が…、車のエンジン音に紛れ、一瞬聞こえた気がしたのです…
『…さ…ない…』
(ゾゾッ…)
しかしその声は聞こえていなかったのか、薄目で見ると父は何事も無かったように車を黙々と運転し続けていました。
自分は目を瞑ったままでしたが、嫌な感覚を覚え再び薄っすらと目蓋を開けこっそり辺りを見渡してみました。でも真っ暗なだけで、やはり周囲には何も見えなくて、声の発生源であろう“存在”も不明なまま…。さっき体験したこの摩訶不思議な声の主は一体誰だったのでしょうか?
(じゃり、しゃりじゃり……)
しばらくして路面は更に凸凹の砂利道へと変わったのか。先日雨が降って出来たのか窪の水溜りにタイヤがハマりながら右往左往。車体を酷く揺らし泥飛沫を上げ、低速で目的地に向かう羽目になってしまったようで…
「くそっ、予定より到着時間が遅くなるやないかい…。腹立つな…」
「……。」
自分は超不機嫌な父の相手などしたくはありません。だからずっと寝たフリを継続中…
やがて凸凹穴だらけの砂利道を抜けたのか、ようやくアスファルトの道に戻ったようで。
…でもその時でした。エンジン音しか聞こえない筈の深夜沈黙の山道で、急に父が声にならない声で叫んだのです…
「やっと抜けたな………って、うわあああっ!?ひ、火がぁっ!!!」
その声と同時。その場で車は急ブレーキ&急停車。よって、シートベルトが細身で華奢な自分の肋骨に容赦無く食い込みました…
(ぐえっ…)
シートベルトによって、これでもかと締め付けられる内蔵。こんな小さな幼子に対し、理不尽にも圧迫され続ける肋骨たち…
(あははは…、殺す気ですか?)
しかし父と関わり合うのがと〜っても嫌だった自分は、全身に冷や汗を垂らしながらも、まるで何事も無かった様に寝たフリを必死に継続中。
はい。ある意味、根性を見せました。
そして食い込んだシートベルトを小さな手で必死に緩めながら、薄らと目を開け、前方フロントガラスに目をやってみると…
ん?しかし自分の目には父が取り乱して叫んでいた原因となる筈の”火”なんて全く見えないのですが?
「お、おいっ!ケイジ、やばいっ、起きろっ!!燃えてるからっ!!車からおりるぞっ!!」
「ふぇ…?」
父は一体何に怯えていたのでしょうか?全く理解不能&意味不明でしたが。そんな父に勝手に抱きかかえられ車外へと引っ張り出されてしまった自分。そして改めて車の方を見た父は呆然とした表情でこう呟きました。
「…へっ?も、燃えてない…?いや、消えたんか…?」
う〜ん。父の目には一体何が映っていたのでしょうか?そして不安定に抱えられた私の体は、時計針でいうところの三時四十分?な状態に。かなり雑に扱われていました…
うぅ…足腰、首が痛い…、さっきの肋骨も…
で、自分も少し遅れてその車体を見ましたが、やはり何もなってはいなかったのです。
「……。」
そして父は抱いていた自分に「立て」と言いながら道に降ろすと『なんでや?』とばかり、首を傾げたまま車のボンネットを開け、懐中電灯でエンジンルーム内を照らしながら中の様子を一生懸命確認していました。
「おかしい…。なんなんや?確かにさっき、火柱が上がったんやが…」
…と、一つ。全く合点がいかないようなコメントを父が呟いていました。
”おかしいのは車などではなく父なのでは?”
…と再び心の中だけで納得していたら、車のボンネットを″バタンッ″と閉めた父。
しかしです。普通なら何事も無くこのまま話が進むのでしょうが、まさかの瞬間は”その時に”やってきてしまいました。
それと同時…
まさかの自分の背後から、急に、確実に、聞き違いなどではなく、我が小さな小さな耳元へ、ハッキリとした女性の掠れ声で…
『ゆ、るさ…ない…』
…と。
(!!!?)
怖くなった自分は背後を見る勇気なんて無く。小走りに助手席へと向かい、車に飛び込んで『バタン!』とドアを締め、倒したままの座席で再び横になり目を瞑ってしまいました。
すると父が次いで運転席へと戻ってきて
「何やケイジ。怖いんか?はぁ…、ホンマにコイツは情けないヤツやなぁ…」
…と。一体どの口が言っているのでしょうか?確か『炎上』らしき出来事が起きた時、この父は自分以上に怯え、取り乱していたような気がしますが?
しかし、あの声…。不気味な怨念じみた女性の囁き声が父には聞こえていなかったのでしょうか?
自分は未だにその悍ましき声が耳から離れてくれません…
(ガクガク、ブルブル…)
当然、父にその事を言ったら『どアホっ!気味悪い事をぬかすなっ!』と言われ、怒られ、殴られるのがオチです…
はぁ、やっぱり黙っておこう…
多分ここは今、大江山峠辺りでしょうか?やがて平地の道を抜け、今度はクネクネ道が延々に続く山越えのガードレール無き危険なS字カーブゾーンに突入しました。慎重且つ安全運転が必須なこの道を、しばらく普通に走行していましたが。何気に父がラジオをいじりはじめたその時…
(ぺたっ…、ぺたっ…)
さっきは道路とタイヤの摩擦音で聞こえなかったのか。ガードレールは無くとも、綺麗に舗装されたアスファルトの路面では雑音が無くて。そんな状況の中、車のトランク辺りで何か変な音が鳴り続けている事に気が付きました。
(な、何だろう…。車は走っているのに車のトランク内に誰かいるの??)
その自分の恐怖心を煽ってくる謎の怪奇音。
それは手で車体を″ペタペタ″と触っている様な奇妙な音が3秒おきくらい?車の後ろの方でずっと鳴り続けていたのです。そして怖がりな自分は、再び薄らと目を開け父の方を見てみると…
「!!?」
まさかまさかの″身体も無く淡く光る真っ白な手″が父の持つ車のハンドルを強く握っているのが見えてしまいました…。これこそまさにホラー番組の定番な状態。そして見上げた父の表情は動揺と混乱を含め、かなり青褪めており、状況的にもかなりパニックになっていて…
「や、やばい…。ハンドルが…全然動か…、な、何でやっ!!」
多分、自分の顔も真っ青だったかと…
そして、その謎の真っ白な手が父には一切見えてはいないのか?…と、そんな事を考える間も無く曲がる機能を失った車は直進し、危険なS字ゾーンでは必然的に死へと向かう悍ましき地獄の崖下へと…
『ガシャッ!ガガガ…ガ…』
「ひぃ!?」
…と、そこで…まさかの奇跡か?
崖から転落しかけた車体は、運良く崖下から伸びる一本の木によって支えられていました。しかし車体は半分ほど崖下で当然不安定に。凡そ大半は右側の前の方に傾き、グラグラと揺れ、いつ落下してもおかしくない状況だったのです。しかも驚いた事に、父はこんな可愛い息子を放置し、一人車外へと逃げ出してしまいました…
「うわぁあああっ!!」
(へ…?)
初めは混乱していましたが。自分も死にたくないので即寝たフリを止め、慌てて車のドアを開けました。しかし父が逃げ、安定感の無い車体は前後にグラグラと揺れています。今、車を支えている木が折れてしまったら間違いなく一貫の終わりでしょう。そんな危険な状況の中。自分は無意識のうちに叫んでしまっていました…
『…っ、誰かっ助けてっ!!』
自分はドアから車外に左足だけが出ていた状態で。梃子の原理か、まるで腰が抜けたみたいに車の外へは出れなかったのです…。
『助っ…』
と、その時でした…
「…っ」
父が手を引いてくれたのか?自分の腕の付け根辺りを掴んで脱出出来ない自分の体を引っ張り出してくれた気がしました。そして力の抜けた身体は、そのまま落下しかけた危険な車体横へヨタヨタと四つん這いで、その場にへたりと座り込んでしまいます。
「た、助かっ…?」
やがて、ゆっくり周囲に視線をやってみると…
「……?」
そこにはマイカーが崖から落ちない様、後方のバンパーを必死に手で引っ張ってる父の姿が…
『ふぬーっ、ふぬーっ!』
既にかなり混乱していましたが、自分は更に訳が分からなくなってしまいました。あの車から引っ張り出してくれたのは一体誰だったのか?祠の神様?御先祖様?守護霊?何かの神様や通りすがりの霊や近所のオバさん?まさか自力で脱出できてた?はたまた気紛れな悪霊か?…今となっては謎のまま。そして、しばらく父が車の引き上げに苦戦していると…
(キキー、バタンッ!)
「…お、おいおい!大丈夫かね!?」
まさかの、宝くじで大当たりした位の確率か?
偶然、近くに住むジープに乗った地元のオジサンがこの自爆事故現場を通りかかって、落下しかけていた車をワイヤーで引き上げてくれたのです。
『ガシャンッ!』と音を立て道路に帰ってきた我が家のマイカー。幸運な事に、車体に傷や凹み等は有ったのですが、エンジン等は故障もなく助かったのです。
「あんたら、ここいら落ちたら確実に死んどったぞ?ほんに、運良く助かってよかったの?」
と、注意も含め。始終笑顔で助けてくれた優しいオジサン。だから父はお礼にお金を渡そうとしていましたが、それに対して首を横に振り、その優しい方は頑なに金を拒否されていました。
そしてオジサンは笑顔で再び車へと乗り込み、颯爽と立ち去ります。その姿は、まさにヒーロー。金銭欲ではなく正義感からの人助け…、何と偉い人でしょう。
…自分の父とは大違いです。
「……。」
しかし自分はそんな状況にも拘らず。急に顔面蒼白になり再び車内へ駆け込んで、再度目を瞑り横になったのでした。その様子を見た父が、遅れて車に乗り込んできて
「よっぽど怖かったんか?ケイジ。まぁ、何はともあれ、よかった、よかった。お金も払わなくてよかったわ、タダやタダ。わははは…」
と、父は能天気に爆笑。相変わらずコメントや性格が劣悪且つ粗暴です。しかし自分は一体何にここまで怯えていたのでしょうか?その本当の理由が父には分かってはいなかった様で…
それは…
(車の後ろのガラスに…)
道中、走行中にペタペタと音が鳴っていましたが。そんな車の後方。
広いリアガラスにか細い女性の指らしき白い掌の跡が無数にこびり付いていたのです。あれは祠の神様の仕業なのでしょうか?はたまた何か別の祟り的なモノなのか…?再び自分は父の愚行に対し、必死に心の中で何度も何度も、”その知らぬ何か”に謝っていました。
『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…』
…と。
この後。何事も無く目的地へと到着しましたが、宿に着く頃には雨が降り始め、翌朝にはその謎の手の跡は完全に消えて無くなっていました…。これらの恐ろしい現象も含め、“ソレ”は私たち一体何を訴えたかった”のでしょうか?今となっては、その原因が何だったのか知る術はございません…
完




