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十一ノ怪 鬼祖母

『誰かっ、この女っ放り出せっっ!!』


燦々と輝く煌びやかな太陽、澄み渡る雲無き青空、庭にある木々から心休まる木漏れ日が優しく部屋を照らす爽やかな朝。今日もわたしこと、ケイジの清々しい一日が始まりそうだ。目の前に飛んでくるティッシュケースや謎の置き物を華麗に避け、流れる様に台所のテーブルについた。


「母さん、紅茶いい?」


自分は目の前に用意されていたトーストを甘噛みから軽く咀嚼し口にする。


「うまい…」


絶妙なマーガリン加減だ。隠し味の秘密はガーリックパウダーにある事を自分は知っていた。


『この盗っ人女狐がっっ!!そうやって、ワシにメシを喰わせん気かぁあああっっ!!』


そこで狙ったの様、タイミング良く母が目の前に入れ立ての紅茶を出してくれる。素早く滑らかに。そして周囲には漂う仄かな甘い香り、これはダージリンだろうか?まぁ、口にすれば自ずとそれは分かる事だ。


(ごく、ごく…)


「ああ…、うまい。このトーストの香ばしさと凄く良くマッチしている…。ありがとう、母さん…」


『この女ばかりっ…、お前はっ、女中以下じゃあっ!!』


自分は紅茶カップをテーブルに置こうとするが、一旦、スッ…と背筋を反らし。それを再び胸元に戻した。要は飛んで来た何かを避けたのだ。すると


(ガッシャーンッ!)


『こいつめぇっっ!!ぐぬぬぬぬっ!』


「危ない、危ない。せっかく入れてもらった紅茶がテーブルから溢れてこうなっちゃいました。…ってなるよ。はははっ。」


(ガッ、ガガッ!!ドカッ!!)


更にテーブルから何故か落ちかけた皿を利き手でサッと受け止めホッと一安心。うん、今日は幸先の良いスタートを切れただろう。


「おっとっと、ホッ…。流石さすが俺。あっ、そろそろ学校に行かなきゃ。母さん、行ってきま〜す」


「あ、は、はいはい。行ってら…ちょっと待って…、って、って、らっしゃいっ」


(ガチャ、たたたたたっ…)


『こいつめぇっ!キィイイイッ!!』





ーー母とその息子ケイジ以外に誰かいた気がしますね……?そうです。我が家で一番優しくて気が利く、ホント頼り甲斐のある父方の″鬼祖母″がいたのです。まさにアレは妖怪の類か…?


その祖母は毎日母に、朝一番で朝食を食べさせてもらっているのに。すぐにその事を忘れ。偶に「ご飯を食べさせない鬼嫁」と称し、母を罵りながらブチキレて襲い掛かるのです。おかしな事も度々言うのは当たり前…



はい正解、その通りです。祖母は重度のアルツハイマー。何もせず好き勝手やってきた祖母は齢五十代でボケ始め、七十過ぎになった祖母の頭の中では高校に通う自分ケイジは未だ幼稚園児。まったく情けないやら何やら。しかしお陰でボケ老人に対して自分はかなりの免疫力と忍耐力が養われたかと思いますが



そして時と場所は変わりーー


(ガチャ、ガチャ…)


「お義母かあさん、何をしているんですか…?」


母が呆れ顔で、玄関で扉の鍵をいじり回す祖母にそう問い掛けます。一体何が彼女をこうも駆り立てるのか?


「帰るんじゃ、ワシの家に帰るんじゃっ!!」


「お義母さんのお家はココよ?」


「違うわいっ!こんな家、ワシャ知らんわっ!」


「はぁ…」


ボケた祖母にツーロック式のドアの解錠はかなり難問。しばらく放っておけば諦めて部屋に戻りますが。まるで何処の動物園を見に行っている感がハンパない…、まるで珍獣だ…。しかしです。


「あれ?お義母さん…?」


偶にミラクルを起こしてしまうウチの祖母。まさかの解錠成功。頼むからその運で宝くじでも当ててくれ…。そして夜行性なのか祖母は夜中に徘徊する事が多く、家からいなくなれば頼み易くて都合の良い末の自分ケイジに捜索願いが届きます。その役目が回って来ると…


「え?またぁ?今日、朝早いんだよ…?」


「いつもごめんね?ケイジ…」


「仕方ないなぁ…。すぐ行くから待ってて」


とある羽曳野の山手。この時に住んでた家は前の道が二手に分かれていて、二人で手分けして探せば祖母を素早く発見出来たのです…


「あっ、いた…」


祖母の遅い歩幅に合わせ、手を引き、ゆ〜〜〜くりと家へ連れて帰ります。もし本当にドラゴンボール有って神龍がいるのなら願いは一つ…。「頼むから……俺を寝かせてくれ…」…と願いたかった…


「ばあちゃん。もう勝手に家を出ちゃダメだよ?…はぁ…、母さんも全く帰って来ない父さんと早く別れたら?で、ばあちゃんの世話、全部押し付けてやったらいいんだよ」


「バカッ、ケイジッ!子供のあなたが、そんな事言っちゃいけませんっ!それに学費はどうするのよっ…」


そこで祖母が割り込み…


「はて、ここは誰の家じゃ?」


「……。」


と、こんなパターンが日常的且つ頻繁に起こります。結果、自分ケイジの言った通り。この時に母が父と別れていれば。平均寿命より早く死んでしまうナガ兄や母親の、その未来を変えれたのが悔やまれます…


そして、とある日の事。


「……ぃぃいひぃぎゃああああああっ!!」


この時に住んでいた家は凄く狭く。祖母、母、自分ケイジの三人は一部屋で皆が一緒に鮨詰め状態で仲良く?寝ていました。

そしてやって来てしまった丑三つ時。性格最悪で対人が常に敵意剥き出しの祖母は、悲しくもしょっちゅう人に襲われる夢を見てしまうのです。その襲われた時の悲鳴ときたら、ゼロからMAXボリュームに…。恐らくマライ◯キャリーでもその鬼ババオクターブには勝てないかと…


「うわっ…ど、どうしたの?ばあちゃん…」


「………悪いんじゃ…」


「え?…一体、誰が悪いの?」


母は普段から家事が忙しく、その疲れからか全く起きる気配はありません。それともワザと無視してる?

そしてこの時、自分の何気ない簡素な問いが、何故か祖母の逆鱗に触れてしまった様で…


「おー、まー、えーがぁあっっ………」


「おまえ…が?」


「ーー悪いんじゃあああっっっ!!!」


(!!?)


その瞬間。祖母は虚ろで半開きだった眼をカッと見開き、枕元にあった熱帯魚の餌が入ったビンをわし掴みにし、自分ケイジの顔目掛けソレを全力投球したのです。


(ガツンッッ!!)


「あいたぁーっ!!」


プロすら魅了するであろう、その素晴らしい投球フォーム。凄まじきスピードで繰り出された餌ビンは、自分の額へ鮮やかにクリーンヒット。

やがて出血時の生暖かい感触と共に顔面血塗れ状態に…。寝起きに狂気…違、凶器アリアリ金網デスマッチ?


しかし彼女そぼはその攻撃の手を緩めはしません…


「い、たたたた…」


「…おるやろ?」


(?)


祖母は徐に窶れた右手を前に出し、この薄暗く何も無い真っ暗な和室部屋の片隅を指差しながら、こう言ってきたのです。


「ほらぁ!そこに、おるやろがぁあっ!!!!」


「!?」


今は丑三つ時。そんな時間帯に恐怖しながらも自分は祖母の指差す方向、和室の何も無い片隅を凝視しました。床は畳、両方が砂壁で薄暗く何も無い場所、祖母のその悲痛な叫びが鼓膜から全く離れてくれません…。一体ソコには何がいるんでしょうか?ま、まさか…


(ゾッ…)


ある動物や人間は極限にまで追い込まれると。その咆哮、絶叫は相手の魂まで震え上がらせると聞きます。そんな真に迫った表情をしている祖母の言葉に恐れ、背筋から震えがきていると、その背後の方から…


「ぐかー、ぐかー、ぐかー…」


…そこには、まるで何事も無かったかの様。無邪気に爆睡する祖母の姿が…


「……。」


何度も言いますが、今は丑三つ時。自分は果てし無い怒りを通り越し…


(ばたり…)


額から大量に出血したまま、あまりの眠たさに寝むってしまいました。

翌朝、その所為で今度は母親の悲鳴で自分は眼を覚ます事になるのですが…。ある意味、あまり手出しして来ない霊なんかより、ウチの祖母の方がよっぽど怖いのかもしれません…





完。

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