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こんなにも爽やかな朝だというのに、大きな溜め息が横から聞こえてくる。隣を歩く妹は酷く疲れた様子で前を歩く姉さんを複雑な表情で見つめていた。
「先ほどからずっと見ているみたいだけど、まだ私と話したいことでもあるのかしら?」
振り返る姉さんにホタルは大きく首を振って、無理やり頬をつり上げる。
「なら、いい加減その溜息をよしなさい。こっちまで気が滅入ってくるわ」
再び、正面へと顔を戻した姉さんの後をつく。周囲に人の気配はなく、僕達の歩く音だけが環境音として響いていく。
「朝は忙しなかったけれど、外に出てみれば、中々に上々ね」
表情は見えないが、歩幅は普段と変わりなく、淡々といつもどおり、昨日と同じ、一昨日と違いなく、日常をこなしているようにしか見えない。
「つまらない?」
そんな僕の心を読んだのか。姉さんは振り返らずにそう言葉を投げかけてくる。けど、僕にはすぐに返す答えを持ち合わせてはいなかった。
「私は楽しいわ。だって、すぐそこにタスクがいるもの」
突き刺さるようなまっすぐな想い。隣から盛大な溜息が零れるも姉さんは知ったことではないようだ。
「たとえ何の変哲のない一日が永遠に続いたとしても、貴女が傍にいるだけで私は満たされるもの。私にはそれだけで十分だわ」
盲目的な信仰にも近い感情が僕を纏い包み込む。慈しむような深い愛情に煩わしいというよりもこそばゆささえ感じる。
「困った顔をしているわね。そんなあなたも好きよ」
くすくすと笑う姉さんがすっと手を伸ばし、僕達の歩みを止める。
「どうしたの? 姉さん。急に立ち止まって……」
僕の言葉に返答することもなく、立ち止まる姉さんはすっと上空へと視線を向け、その先を追えば、浮かぶ雲に出来た小さな黒点。その黒がだんだんと大きくなっていき、それが人の形と分かるころには砂埃が周囲を覆い隠していた。
「……やれやれ、乱暴ね」
舞い上がる風にその長い髪を流されないように、そっと右手を添えながら、億劫そうに砂埃そのものを全て、上空へと吹き飛ばしてしまった。
「相変わらず、やることが派手だねぇ。おかげで……ぺっ、こっちに土煙が来たじゃん。あー、口の中、気持ち悪い」
土煙を巻き起こした中心に立つ彼女は悪びれた様子もなく、こちらに非難を述べてくる。
「自業自得よ、アンリ。貴方ももう少し淑女としての立ち振る舞いというものを考えてみてはいかがかしら?」
すらりと伸びた長身の体に健康的な体つき、少女のような明るさをまとい、姉さんの苦言も堪えていないようだ。
「うん、朝からヒメサマはヒメサマだな。何を言いたいのか、さっぱり分からないぞ」
そんなアンリさんの様子に姉さんは眉をしかめつつ、掛ける言葉に迷っているようだ。その微妙な間を壊すようにゆったりとした声が後方より聞こえてくる。
「……はぁ、はぁはぁ……ひどいよ、アンリちゃん。自分だけ先に行っちゃうなんてっ」
怒っていると思うけど、そうとは感じさせない。大きく肩で息をつきながら、いつもの調子と変わらない言葉でアンリさんに文句を告げる。
「だから、言ったじゃん。一緒に連れてってやるってさ。だけど、イスズが嫌だって言うから、こうなったのに文句言うなよな」
イスズと呼ばれた少しふくよかな少女は見たとおりにおっとりとした性格に花の可憐さを合わせ持ち、どこか頼りなさもある。そんな2人はまるで少女が花で戯れているような関係か。
「ちょっとタスク君からもアンリちゃんに言ってよ。私から言ってもちっとも聞かないんだから」
聞いた話では2人は長い付き合いらしく、こういった場面も何度も見てきたのだが、僕が割って入ったところで何かが変わるとは思えないのだけれども──。
「2人ともその辺にしておきなさい。あまり長くなると遅れてしまうわよ」
そんな僕の心情を汲んでか、姉さんが一歩踏み込んで、そう発言すると小言を言い合っていた2人は睨みあう。
「イスズのせいだぞ」
「アンリちゃんが悪いんだからね」
同時にそう告げ、くすりと笑い交わすとアンリさんがすっとイスズさんを抱きかかえる。
「……イスズ、ちょっと太ったな」
その台詞にむっとした表情で反論しようとしたイスズさんが声を上げる間もなく──。
「きゃぁああぁぁああ……」
文字通り、尾を引くような悲鳴を残し、上空へとアンリさんが高く飛び立っていった。
「朝から騒々しい人達ですね。あまり他人の事は言いたくありませんが……」
ずっと黙っていたホタルが一言。空にそう呟いた。
「…………」
姉さんはというと、ホタルと同じように2人の行く末を見つめながら、ゆっくりと目を伏せた。
「どうしたの? 姉さん」
その表情はいつもと変わらないのに、どこか悲しそうに見えて、僕はそう言葉を掛けるも──。
「貴女は気にすることは何もないわ。さぁ、私達も行きましょう」
口を挟む暇もなく、優しく手を引かれ、僕は姉さんの為すがまま、再度歩き出した。
「大丈夫よ、タスク」
幾度となく聞かされたその言葉に僕は疑う余地もなく、不安も後悔も何処か遠くに追いやり、ただただ姉さんの背中を追い続けていた。




