お風呂場にて1
いや、本当にお待たせしました。こんな作者ですがこれからもお付き合い頂ければ幸いです。
あの後『先にお風呂入って来てください』と言われた俺たちは今、風呂場へと案内されていた。
案内は翡翠がしている。
「ここがお風呂」
そこは藤色の暖簾にそれぞれ『男』『女』と書かれた二つの入口、いわゆる日本の温泉で見る様な物があった。
「ほぉ……」
「これはまた…」
神様二人も感心する様な吐息を漏らしている。
それは俺も例外ではないのだが。
家に風呂が二つあるとか凄いな。
流石は翡翠家、和の日本家屋。
スケールが違う。
更に横を見れば、そこには吹き抜けの部屋があり、売店らしきカウンターやマッサージチェアらしき物まである。
あのカウンターの横にある中が見える透明のガラス張りの様な奴、あれって冷蔵庫だろ?
じゃあ、あの瓶っぽい奴ってもしかしなくても定番のあれだよな?風呂上がりに飲むあれだよな?
もう旅館やれば繁盛するんじゃないか?
いや、普通に。
内装も日本人受けがするような、最近は余り見なくなってきた和風家屋だし。
一部洋風も取り入れているが、それも十分許容範囲だ。
最近なんて外国人の為に洋室なんか取り入れていたり、ロビーがあったりするからな。
それに比べてここは和風の玄関口だし、その玄関口も無茶苦茶でかかったし、棚に飾られた陶磁器や、置物も丁度良い塩梅でさり気なく添えられていた。
こう当たり前の様に風景の一部に溶け込んでいて、見ていて凄く心が安らぐんだ。
あのセンスは並大抵の人がやっても再現するのは至難の業だろう。
匠の業を感じる。
そんな身も蓋も無い事を考え込んでいると、翡翠が口を開いた。
「では、ごゆっくり」
そう言って立ち去ろうとした翡翠の腕をガシッと掴む人が居た。
沙織さんである。
「あの、何か?」
困惑しながら問いかける翡翠に沙織さんは笑顔で言った。
「あなたも一緒に入りましょう?」
「は?」
それを聞いた翡翠は素っ頓狂な声を上げる。
そりゃそうだろう、いきなりそんな事を言われたら誰だって同じ反応をする。
そんな翡翠の困惑を無視して、沙織さんは畳みかける。
「一人じゃ寂しいじゃないですか。それにほら、一緒に入った方が楽しいですし」
そう言って無邪気に笑う沙織さんには悪意が無いように見受けられる。
おそらく本心で言っているのだろう。
「え、ですが」
相手が神様だからか、困惑しながらも恐縮してしまっている翡翠に沙織さんは尚も続ける。
「いいじゃないですか。あ、もしかしてこれから何か予定でも?」
今更そこに思い至ったのか申し訳なさそうな顔をする沙織さんに、翡翠は慌てる。
「い、いえ、決してそういう訳では無いのですが……」
そんな翡翠に意外な所から助け舟が入った。
「沙織。お前いい年して何を言ってやがる。我が儘言ってないでさっさと独りで寂しく入ってこい」
嶄さんである。
微妙に含みのあるような言い方をした嶄さんの言葉に、沙織さんがピクリと反応する。
「……それはどういう意味ですか?」
ゾクッ
「「!!」」
沙織さんから放たれた圧力に俺と翡翠は同時に固まった。
何だ今の!?
う、動けなかったぞ!?
そんな俺達を他所に、涼しい顔をした嶄さんが沙織さんに言い返す。
「……言葉通りの意味だが?その年になって‘‘遂に‘‘独りが耐えられなくなったか?フッ。まあ、よく持った方じゃねえか?」
ゾァアアアアアアッ!!
「「!!!」」
沙織さんから先ほどとは比べものにならない位のプレッシャーが放たれる。
俺たちはガタガタ震えて呼吸もまともに出来なくなっていた。
というか何で嶄さん、沙織さんを煽ってるの!?
止めて!?これ以上やったら俺達死んじゃうから!比喩じゃなくて本当にに死んじゃうから!!
俺は無意識のうちに言葉を紡いでいた。
俺の生存本能が成した危機による咄嗟の行動だったのだろう。
だが、俺はそれを後に後悔することになる。
「嶄さん止めて下さい!これ以上沙織さんの婚期には触れないで上げてください!!じゃないと俺達死んじゃいますから!!」
ピシィッ!
空気が凍った。
辺りは静寂に包まれる。
「ですから神様同士の争いはシャレに———あれ?」
俺はそこで周りの空気に気づく。
そしてそれに追い打ちを掛ける様にニヤリと悪戯が成功した時の子供の様な表情を浮かべた嶄さんは言った。
「ほう?俺は別に沙織の婚期の事だって言っていないが?どうしてそう思った?」
「え!?だってさっき独りで寂しくなったって———ハッ!?あんた嵌めたな!?」
「何のことだ?」
そう言って涼しい顔をしながら無表情に戻った嶄さんは言う。
「さて、先に入っているぞ」
そう言って暖簾を潜ってスタスタ歩いて行ってしまう。
「あ!ちょっと待って下さい!!放置!?これ放置しちゃうんですか!?ちょっ!それはシャレに———「諌君」はひッ!」
慌てて後を追おうとした俺に今まで静寂を保っていた沙織さんから声が掛かって慌てて返事を返す。
その声は酷く平坦で、全く感情が感じられない無機質な声音だった。
声が裏返ってしまう。
俺の顔は泣き笑いの様な絶望を張り付けた様な壮絶な表情だっただろう。
何せ神様の怒りだぜ?これで平然としていられるのは人間じゃないね。
そんな俺を見た沙織さんは途端に人を安心させるような優しげな———聖母の様な微笑を称えてこう言った。
「諌君……明日から——————覚悟して下さいね」
それは死刑宣告も同義で———
俺は思う。
ああ———死刑を言い渡された犯罪者ってこういう気分なのか、と。
———知りたくなかった。
割と切実にそう思った今日この頃である。
「さて、私も行きましょう。あなたも来ますよね?」
それは翡翠に投げかけられた問い。
その言い方は先ほどのキャッキャウフフな誘い文句では無く、あなたも勿論来ますよね?断ったりなんて———しませんよね?というもはや拒否権無しの脅し文句であった。
それを投げかけられた翡翠はコクコクと涙目で頷きつつ、次いで非難するような恨みがましい視線で俺を睨みつけながら沙織さんと一緒に消えて行った。
ああ、これは不味いぞ。
あの目はきっと余計な事を言いやがってという目だ。
折角普通に話せるようになってきたっていうのにまた振り出しか?
だが、これだけは分かって欲しい。
俺は嵌められたんだ!ワザとじゃないんだ!
そんな三流悪党が口にするような情けない事を考えながら俺は思う。
これも全部、嶄さんの所為だ。
覚えていろよ!
強くなったらボッコボコにしてやる。
え?何で今じゃないかって?
それはそうだろう。
今挑んだって返り討ちになるに決まってる。
そこまで無謀じゃないさ。
現実を見る位の分別はつけているつもりだ。
だから俺が強くなったら絶対に最初はあの神様をボッコボコにして完膚なきまでに叩き潰してやる。
俺はそんな決意を胸に秘めて暖簾を潜った。
まあ、今できる事があるならやってやるけどな!
俺は嶄さんの衣服を手に、黒い笑みを浮かべるのであった。
情けないって?ハッ!これから俺が味わうであろう絶望に比べたら、これで勘弁してもらえる事を寧ろ感謝して欲しいね。
器が小さいって言うな!
だが、そんな俺の計画も、直ぐに灰燼に帰した。
「……諌。何を…しているの?」
ビックゥ!!
「ア、アリスか…。驚かすなよ!」
「私…最初から…居た」
むっすぅ…と頬を膨らまして拗ねた様な声で話すアリスは小動物を連想させて、やっぱり可愛かった。
他意は無いぞ!これは変な意味じゃない!本当だぞ!
一応年の為に言っておこうと思う。
「ああ、そうだったな。悪い」
正直それどころじゃなかったから忘れてた、そう言ったら怒るだろな。
言わないけど。
「それより、何でお前はここに居るんだよ?」
当たり前の問い掛け。
流石に小さいからセーフとか、そういう問題じゃないと思う。
そんな俺の問い掛けの意味が分からなかったのかアリスは不思議そうに首を傾げた。
「…諌が居るから…だよ」
そう言ってコテンと可愛らしく首を傾け上目遣いをするアリスは、絵本から飛び出した少女と錯覚してしまうほどに様になっていた。
その仕草は物凄くあざといんだろうが、これが天然なのは今までの会話や行動でなんとなく理解している。
それにこれはアリスがやるから許せる、そんな仕草だ。
アリススタイルと名付けよう。
俺はそんな事を考えながらもそれを顔には出さないように心掛けつつ、アリスを諭す。
「こっちは男風呂だから、アリスは女の子だろう?女風呂に行かないと」
そう言った俺にアリスは不思議そうに首を傾げた。
あ、分かってないんだろうな———そう思った俺だったが、アリスの口からは予想外の言葉が飛び出す。
「……小さい女の子は…男風呂に入っても……大丈夫な…筈」
「!?」
その言葉を聞いた俺は戦慄する。
誰だ!こんな幼気な少女にそんな事を吹き込んだロリコンは!お兄さんが成敗してやる!
俺は心からそう思った。
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