↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界旅行記 メイクワールド  作者: 芥4653
第2部:修行
47/47

お風呂場にて2

お待たせしました。

「わぁ…広いですね。こんなに大きいお風呂なんて久々です」

 沙織は目の前に広がる大浴場を見て嬉しそうに眼を細めた。


 その雰囲気は年若い いたって普通の女性にしか見えず、翡翠にはこの人が先ほどまで周りに殺気を撒き散らしていた神様と同一人物には見えなかった。


 そして先ほどのやり取りを思い出した翡翠はタオルを体に巻いただけの状態でそっとため息を漏らす。


(なんで私がここにいるんだろう。もう……諌のバカ)

 翡翠はジトッとした目を仕切りの向こう側……隣の男湯に向け、胸中でそう呟いた。


「ほら、翡翠さんもそこに立ったままだと風邪を引きますよ?」

 そんな翡翠には気づく事無く、沙織は笑顔で翡翠に手招きをした。


「あ、はい!今行きます」

 そんな無邪気な笑顔を向けられた翡翠は少し頬を引きつらせながら返事を返すのが精一杯だった。

 そんな様子を見た沙織さんが苦笑を浮かべながら翡翠に声をかける。


「別に取って食いはしませんよ。そんなに怖がらないで下さい。私だって一応女なんですからそういう反応をされたら傷つきます」

 そう言って苦笑を浮かべながらも、ちょっと寂しそうに肩を竦める沙織は先ほどの様な凛とした佇まいなど微塵もなく、それを見た翡翠は慌てた。


「あっ い、いえ!決して沙織様が怖いとかそういう事は思っていなくてですね!え、えと…とにかくすみません!わ、私、おね…姉たちと違って未熟者で、不快な思いをさせてしまったみたいで!えと、つまり、その……」


 自分でも何を言っているのか分からなくなって混乱する翡翠を他所に、沙織はそんな翡翠を見て目を細め、笑う。

 母性本能を刺激したのか、気がついたらその手は翡翠の頭に伸びていた。


「…えっ!?あ、あの?さ、沙織様?」

 半ばパニックになっていた翡翠がその手で我に返ると、沙織を見て戸惑った声を漏らす。


「ふふふ。すみません」

 そんな翡翠に構うことなく、沙織はちょっとだけこのままでお願いしますと言って翡翠の頭を撫で続けた。


 その手つきはただひたすらに優しい。

 親が子を慈しむように、優しく、そっと撫でる。

 その様子はさながら聖母を彷彿とさせ、その表情は慈愛に満ち溢れていた。


 そんな沙織に撫でられた翡翠は気がつくと頬を上気させ、気持ち良さそうに目を細めていた。

 嫌な気分になるどころか胸の内がじわじわと温まっていくような錯覚さえする。


 もう翡翠に先ほどまでの沙織に対する警戒心、そして怖れはなくなり、ただこの手をいつまでも堪能していたいと、そう思うだけであった。


 これが神の貫録という物なのかは沙織本人にしか分からない。

 しかし残念ながらそれを問う者はこの場にはいなかった。


______________________



 体を洗い終えた二人は、湯船につかりながら様々な話をして盛り上がっていた。

 他愛もない雑談に始まり、沙織さんの故郷の話や数々の出来事、翡翠の日常の話とその話題はコロコロと変わる。


 時折り湯船から上がっては体を冷まし、また浸かる。

 それを幾度も繰り返してなお、話題は尽きなかった。


 そこに先ほどまでのわだかまりは無く、仲良く話す二人の姿があるだけだ。

 その様子はさながら優しい近所のお姉さんとそれを慕う近所の子供。


 この場面を見る物が居たのなら、先ほどまでこの二人の間にぎこちない空気が流れていたということを信じる者は皆無であろう。

 それほどこの場には、優しい陽だまりの様な空気が流れていた。


「ところで翡翠ちゃん」


「ん?」

 二人はお互いに気を遣う事が無くなっていた。

 この短時間で沙織の翡翠に対する呼び方は、さん付けからちゃん付けへとより親しみを込めた愛称へと変わり、翡翠は沙織に対する敬語が抜けて友人に話しかける様な気やすい本来の口調へと戻っている。


 もちろん、これは元からそういったよそよそしい態度があまり好きではない沙織が翡翠にそう頼み込んだのであり、それを翡翠は喜んで承諾した。

 その結果である。


 元から敬語で話すのが苦手であった翡翠は、打ち解けたのもあって目の前の神様からのお願いににべもなく頷いた。

 話し上手に加えて聞き上手な沙織と、元から軽い人見知りだが遠慮というものが苦手である翡翠は、話してみると馬が合うのか直ぐに打ち解けた。


 そんな翡翠は、改めて自分の名前を呼ぶ沙織に、不思議そうに首を傾げる。

 その仕草に内心心(こころ)癒されながら、沙織は目の前の可憐な少女へと無邪気な笑顔で尋ねた。


「翡翠ちゃんは諌君の事が、気になるんですか?」


「!?」

 その問い掛けに、翡翠は首を傾げた状態のまま固まった。


 そしてその言葉の意味を反芻して数刻、言われた意味を理解すると瞬時に顔中を真っ赤に染め上げた。


「~~~~ッ! なっなっなにをいきなり!?」

 不意打ちで予期せぬ事を尋ねられた翡翠はパニックの余り上手く言葉が紡げない。

 それでもバタバタと手を振りながら「あ、熱いなー。ぼせたのかな」等とあからさまに分かりやすい態度をとっている翡翠を見て、沙織はその反応で十分だと微笑を浮かべる。


「あら?違うんですか?」


「あ、ああ当たり前じゃない!だ、大体なんでいきなりそんな話になったの!?」

 翡翠にとって、それは当たり前の疑問である。

 なぜいきなりこの神(ひと)はそんな事を言い出したのか、翡翠はまだ熱を持ったままである顔をパタパタ仰ぎながら平静を装った風に問いかけた。


 だが、沙織からすれば全て顔に出ている翡翠は全然平静を装えてなど無く、とても分かりやすかった。


 そんな翡翠に生温かい目を向けつつ、このことは彼女の為にも言わないでおいてあげようと頑張って平静を保とうとしている見ていていじらしい翡翠を見ながら、沙織は決めた。


 それでも話を止めるつもりなどはまったくないのだが。


「だって、あんなに諌君の事を気にしていたら、誰だって気になるじゃないですか」


 ———まあ、本人はまったく気づいていなかったんですけど。


 そう胸中で付け加える。


「べ、別に諌のことなんて……わ、私は何とも思ってない!と、とにかく沙織さんが思っているようなことはなにも無いから!」


「あら?私が思っている事ってなんでしょうか」

 沙織は笑みを深めた。


「え!?だからそ、それは……!えっとその———好き…とか? ~~~……っ!ち、違うけど!私は別にそんなこと思ってないけど!」


「……別に私は恋愛感情がどうのこうとは聞いていませんよ?」


「えー!?だ、だって今…沙織さんが聞いたんじゃ……!?」


「私は気になるんですか?としか尋ねていませんが———なるほど、翡翠ちゃんは諌君の事が好きなのですか」


「うぇ!? ち、違う!わ、私はべっ別にそんなつもりじゃ……っ!」

 ニコニコしている沙織を見て、更に顔を茹蛸の様に赤く染め上げながら必死に捲し立てる翡翠だが、それはもはや無意味な行為だろう。

 もうその態度自体が答えを如実に物語っている。

 そう沙織は胸中で一人思う。

 同時になんて初々しい反応なんでしょう、これが若さですか……などと邪な事を考えてもいたのだが。


「だっだから、わた、私は別に諌の事なんて何とも———」


 ———思ってない。


 そう言おうとして翡翠は言葉に詰まった。


 自分の中でそれを口にするのを無意識に躊躇ったのだ。

 胸をチクリと刺す痛みが、翡翠の発しようとした言葉を遮った。


 翡翠はそんな自分に困惑する。


「———やっぱり、好きなのですか?」

 沙織はそんな翡翠を見ながら笑顔で問いかける。


 それに対し、翡翠は———


「……分からない」


 今までの慌てた表情を消すと、悲しげにポツリと、静かに答えた。


「……分からない?」

 予想外の返答に沙織は初めて笑顔を崩し、そこに困惑の表情を滲ませた。


 そんな沙織の困惑を見て取った翡翠はポツリ、ポツリと話し出す。

 その答えは単純明快で———だが、それでいてとても驚くべき内容だった。


「……私ね、皆が言う恋っていうのかな……したことがなくて。今の私の気持ちが———好きっていう感情がなんなのかよく分からないの」


「え———」

 沙織は驚きのあまり言葉を無くした。


 ———恋をしたことが無い?


 沙織はその言葉を反芻してなお、我が耳を疑った。

 そんな人がいるのか———。沙織はまず前提条件が違ったことに驚愕し、次いで予想外の事態に頭を抱える。

 誰が『恋をしたことが無い』等という予想外の展開を予測できようか。

 ちょっとした老婆心の心算(つもり)が、とんだ藪をつついてしまった。


 沙織は予想外の事態に内心混乱しながらも表情には直ぐに微笑を携えた。


 伊達に神様をやっていた訳では無い。

 神たちとのやり取りのおかげで不本意だが腹芸はお手の物だ。

 予想外すぎて一瞬呆けてしまったものの、直ぐにそれを消して翡翠に尋ねるその様子はさすがとしか言いようがない。


「それはまた———どうして?」

 今までの翡翠の感情豊かなやり取りを見る限り、特に問題は見受けられない。


 強いて言うなら、反応がとても初々しくて可愛い事くらいだろうか。

 それも沙織からすればこの純粋さを守りたくなるプラス要素でしかない。

 つまり何も問題は無いのだ。


 翡翠は語る。


「だって、いままでそんな事———考えたことも無かった。いつも外で遊ぶか家の皆との訓練に混ざるかしかしてなかったし。そんな周りの皆からは子ども扱いされるし、というより同年代の子ってそんなにいなかったし…!大体なによ!女らしくないって!!そりゃまあ、おままごとなんかよりも体動かす方が好きだし?私に可愛い物が似合わないってのは自分でよく分かってるけど、野蛮って何よ!私だって少しくらいそういうのにまったく興味が無い訳じゃ———!!」


 それは段々と愚痴へ変わっていく。


 だが、沙織はそんな翡翠の言葉に共感を覚えていた。

 かつての自分と似ていたからかもしれない。


 沙織はかつての同年代の女に女らしくないと言われた事を思い出した。

 同時に軽く落ち込む。

 悔しいが、その通りであった。剣に明け暮れ男には見向きもしない……その結果が今の自分だ———そう考えると余計悲しくなってくる。


 そんな沙織でも、淡い恋心を抱いた経験はある。

 まあ、結果的に剣を振ることしか能がない沙織には見向きもされず、あろうことか他の———それも自分より遥かに女らしい女性と幸せになっていった。

 それがきっかけでより剣にのめり込み、そして今に至るという訳だ。


 あの時の事を思い出した沙織は軽い自己嫌悪に陥った。


 ……これは明日の稽古で発散しましょう。


 完全に八つ当たりである。

 だが、この神様を止める者は誰もいない。


 諌にとっては大変傍迷惑な事を考えた沙織は、そんな自分の過去を振り払うかのように首を振って雑念を追い払うと、気持ちを新たにして未だブツブツと何事かを呟いている翡翠に問うた。


「それで翡翠ちゃん。今、あなたはどんな気持ちなのでしょうか?」


「……今の私の気持ち?」


「ええ。あなたは諌君の事を考えてどんな気持ちになりますか?」


 沙織の言葉に翡翠は考える。


 脳裏に過るのは、今日出会った少年の顔……


 諌の事を考えると、胸の辺りがモヤモヤして…だけどくすぐったい気分になる———

 諌の事を考えるだけで、胸の内がとても温かくなる———

 そして、諌を見ると息苦しくなって胸がキュウと締め付けられるような錯覚を覚える———


 だけど、見ているだけでとても幸せな気持ちになれる———


 それを聞いた沙織は、ふう…とため息を吐き。


「翡翠ちゃん、それが恋という物です。あなたは諌君の事が好きなんですよ」


「……そうなの?」

 翡翠は不安そうに沙織に尋ねた。


 何せ、翡翠は諌と出会ってから自分の身に起きた変化に困惑すると共に恐怖を覚えていたのだ。

 自分の身に何かよくない事が起きているのではと……そうだとして、どうすれば良いのか分からない。


 翡翠は初めて経験する自身の変化を、誰にも相談できずにいたのだ。


 それを聞いた沙織は苦笑を浮かべた。

 なんて不器用な子なのだろう———と。


「そうです。聞きますが、その変化は普段生活するうえで、常時起きていますか?特定の場合だけなのでは?」


「え、うん。ほかの事に集中している時とかは何もないかな」


「でしょう?それに、それは諌君の事を考えたときにしか起きませんよね?」

 翡翠は沙織の言葉に目を見開く。


 全てその通りだからだ。


「翡翠ちゃん。それは、あなたが諌君の事を思っている証拠です。現に、あなたは別にその気持ちを不快には感じていないでしょう?」


「……うん」


「なら、それが恋です。あなたは諌君に恋したのですよ」


 沙織は不器用な少女に、そう優しく笑いかけた。

 あなたは好きな人が出来たのですよと。


「これが、この気持ちが恋……」

 そう認識した途端、ストンと、何かが綺麗に治まったのを翡翠は感じた。

 今まで心に閊(つか)えていた物が取り除かれていくような、憑き物が落ちた様な晴れやかな気分になる。


「……うん。これが、恋か……。とても幸せな気持ち。———沙織さん、ありがとう。沙織さんのおかげで———」


 ———自分の気持ちが分かった。


 翡翠は沙織に花が咲くような笑顔で礼を言った。


 沙織はその純粋な眩しい笑顔で礼を言われ、頬を赤く染めてパタパタ手を振る。

 こんなまっすぐに礼を言われる事などここ最近なかったのだ。


「い、いえ…!翡翠ちゃんの為になったのであれば良かったです」

 沙織は照れくさそうにそう返すのが精一杯であった。


 そんな、なんとも言えない空気が漂う浴室で———


 ザバァッ


 そんな二人の間に突如顔が現れた。


 二人は突然の事態に驚き固まってしまう。

 そしてそれは、艶やかな銀髪を湯船にたなびかせ、翡翠に問う。


「……翡翠は…諌の事が……好きなの?」


 その眼に仄かな警戒を滲ませて。


「アリスちゃん!?どこから……というかいつから居たの!?」

 沙織は驚きのあまり口をパクパクさせてアリスに尋ねた。

 まさか自分が気づかないなんて思わなかったのだ。

 その隣で翡翠は固まっている。


「…ん。割と…最初から?」

 アリスはコテンと首を傾けた。


「……っ!!」

 その仕草に沙織は撃ち抜かれた。


 ———可愛すぎます!!


 気がつけば沙織はアリスを手元に引き寄せ抱きしめていた。

 今の沙織は理由なんてどうでもいい。


 自分が気づかなかったからなんだというのだ。

 アリスちゃんが目の前にいる。それで十分ではないか。


 沙織はあっさり前言を撤回する。


 ただ、目の前の小動物を目いっぱい愛でたい。

 アリスの仕草一つ一つが沙織の母性本能をくすぐった。


 沙織は先ほどまでの態度を軟化させて頬を染めると、アリスを目いっぱい豊かな双丘へ引き寄せ抱きしめた。


「…ん。沙織…苦しい」

 嫌がるアリスを気にも留めずに。


 そんな沙織を、翡翠は羨ましそうに見ていた。


 結局話はそれで有耶無耶になり、それは風呂を上がるまでずっと続くのであった。










今回は翡翠と沙織回でした。


誤字脱字の指摘、ご意見ご感想お待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。