第8話 記拳グローブ
向かい合った椅子に座り、黙り込んでいる二人……。
一人は俯き、小刻みに震えているのがわかる。もう一人は腕を組み、俯いた少年の顔をどうにかして覗こうとしている……。
そう、アドニスは《いじめ》という言葉に非常に敏感になっていた。
自身が現世で同級生から受けている仕打ちは、世間的に見ればいじめそのものであった。しかし、元々はいじめる側だったアドニスは、その現実を受け入れることができないでいた。
アドニス的な考えでは、今までやってきた行いが祟り、同級生からの報復活動を受けているという回りくどい考えで、何とか精神的な安定を保っていた。
ここにきてファクトから直球的な《いじめ》という言葉をぶつけられ、少し嫌悪感を抱いていた。
「いじめられていない……。あいつらは、今までの報復活動中なんだよ」
アドニスは少し顔を上げる。ファクトの顔は見ず、どうにか言いたいことは言えたような表情である。
「はい?? ありゃどう考えてもいじめだろ? なんだよ、その報復活動って?? お前がやったことに対して、お返ししてきてるってことかよ?」
うんうん。
アドニスは大きく首を縦に振る。
「でもお前は、やり返せないんだろ? 数に押されて……。また更にやり返されるのが怖いんだろ?」
『怖いんだろ?』
アドニスに対して言ってはいけない言葉ランキング、第2位の言葉である。
それを聞いたアドニスは勢いよく立ち上がり、ファクトの方を真っ直ぐ見て指をさす。
「怖い?? 怖いわけじゃない!! 僕は、報復をやらせてやってたんだ!」
ぽかーーーーん……。
ファクトは大きく口を開けてアドニスの方を見る。そして、その表情が徐々にニヤニヤしたものへ変わっていく。
それもそうである。
ファクトは、アドニスが言っている意味を理解したうえで話をしているからだ。
ファクトはニヤニヤしながら、再び俯くアドニスの顔を覗こうとする。
「じゃーー、なんでお前の感情に恐怖心が芽生えるんだ? 《いじめ》って言葉に恐怖心を感じているのが俺にはわかるんだ。《万物の理解》ってのは、感情なんかもわかるんだよ」
驚愕である。
まさにそんな表情でファクトの方を見るアドニス。
自分ではそう思っていないことでも、ファクトからすれば、それは恐怖となるのだろう……。
そう思いたいところではあるが、実際にアドニスの中にあった感情は、恐怖そのものであった。
再びアドニスは、深く深く俯いてしまう。
「なんだよ、めんどくさい奴だな。人間にとって、そういう感情は大切なんだよ。人間ってのはすぐに死ぬ。なーーんにもないところでコケて頭を打っただけで死ぬ。息ができないだけでも死ぬ。とんでもなく非力で、魔素も扱えない。だからこその感情だよ。それがないと、とうの昔に絶滅してるよ」
ファクトは、励ましているつもりはない。
マキナの世界での常識について、アドニスに語っているにすぎない。
しかしアドニスは、何か腑に落ちた点があったのか顔を上げる。
「別に怖いんじゃない。どうしていいのかわからないんだ」
「そうなのか? そうじゃないだろ。自分の力じゃどうすることもできないから怖いんだよ。でも、その対処法も見つからないから、どうしていいのかわからないんだ。恐怖が先で、わからないが後だ。わかるか??」
ファクトは、どうしても恐怖という感情があることをアドニスに伝えたいようだが、うまく伝わらず少し困った表情を浮かべている。
「たぶん、その恐怖心は、自分が持っている力ではどうしようもなく抗えないから来るもんなんだよ。俺だってそんなのがあったら怖いと思うが……逆に楽しいと思うけどな」
『恐怖心が楽しい??』
アドニスはファクトの話を聞いているが、イマイチわかっているような感じではない。
「じゃーー、死ぬのも怖くなくて楽しいのか??」
「死ぬ?? 俺は……そもそも普通の生き物とは違うからな。……んーーー、そんなこと話しても理解できないよな」
「普通の生き物と違うって!!? どどどどどどどういうこと??」
「あーー……。マジカルヒューマノイドの話は、サウザーから聞いたんだろ? あいつらとは違って、俺は《混沌》って奴に作られたんだ。今の俺には、本体って呼べるような身体もない。こうしてお前と話してる俺自身が《超思念体》なんだよ」
「超思念体……?」
「そう。だから、人間が考える《死ぬ》って感覚とはちょっと違うんだよ。でも、本当に死ぬってのを体験できるなら、それはそれで楽しみだけどな。もしかすると、お前が力に目覚めたら、それも可能かもしれないな」
創造主の力……。
ファクトが、アドニスに対して語っていたものである。
その後もファクトは、自身について話せる範囲で色々とアドニスに語った。
アドニスは興味津々で、その話を聞いている。
その表情には、先ほどまでの暗さはなく、生き生きとしたものへ変わっていた。
※
しばらく話をした後、ファクトが椅子から立ち上がり、奥にある大きな箱の方へ移動する。
アドニスの方へ振り向き、手招きをしている。
アドニスは椅子からぴょんと降り、ファクトのところまで駆けていく。
「ああ。あったあった。これは俺が作った魔道具になるんだが、《記拳グローブ》って言って、人間でも魔法や魔手が使えるようになるものだ。もちろん、対象が思念体だろうと関係なく使える。お前は、俺が今まで会ってきた創造主たちとは全く違うっていうのがよくわかったよ。自分の身は自分で守らないとどうしようもないのが、この世界の掟みたいなものだからな。マキナに居続けたいなら、力を有することだ」
アドニスはキラキラした目で、ファクトが持っている魔道具を見る。
《記拳グローブ》。
一見、何の変哲もない革製の手袋である。
その見た目から特別感を感じないようで、だんだん目から光がなくなっていく。
「あの……この手袋が?? 魔道具? なんかもっとこう、光り輝いたものが付いていたり、魔法陣が書いてあったりしないの?」
「いやいやいやいや。そんなの付けてどうするの? こういう普通の見た目なのに、すごい効果があった方がロマンを感じるだろ?」
ロマン……。
わずか10歳の少年にロマンを語っても、なかなか届くものではないが、アドニスはロマンに対する理解は同年代の人間よりもある方である。
「ロマンかーーー。確かに普通そうに見えて、すごい効果があるのはロマンを感じるけど……」
「けど、なんだよ。いらないのか?」
そう言って、記拳グローブを箱に戻そうとする。
「ちょっと待ってよ! それは具体的にどういった効果があるものなんだよ。それを付けて手をかざすと、魔法が撃てるようになるのかな??」
アドニスは、サウザーが放ったグレインガムドを思い出し、両手を前に突き出して魔法を放つような仕草をやって見せる。
一方、ファクトは顎に手を当てて難しい顔をしながら、アドニスの仕草を見ている。
「うーーん。イメージ的には、そんな感じかな。でも絶対的に違うのは、術者が錬魔した魔法を放つわけじゃない。このグローブに記憶されている魔法や魔手を選択して使う感じだな」
ガシッ!!
アドニスは、ファクトが持っているグローブを無言で掴む。
顔を上げ、キラキラとした目でファクトの方を見てニコニコしている。
「おっ、おう……。付けてみるか?」
「うんうん!!」
少し引き気味のファクトからグローブをサッと受け取ると、早速装着してみる。
しかし見た目通り、アドニスの手にはかなり大きくブカブカで、手を下げるとするりと床に落ちる。
「あっ。ぶかぶかだよーー」
「そりゃそうだよ。そのグローブは大きさが変幻自在だからな。でも、しばらく付けていないとサイズ調節ができないからな。ほら、もう一回付けてみてくれ」
再び装着する。
しばらく待ってみると、グローブ全体が淡い光を放ち、小さくなってアドニスの手にフィットしていく。
「おーーー!! ばっちり! これでどうするの??」
「これを装着してる時は、眼前にコマンドが出てこないか?」
コマンド……。
その言葉を聞いたアドニスは、更に目をキラキラさせる。
「コココココココマンド!! ゲームみたいじゃないか!! これはやばいなーー。楽しくなってきた!!」
「うん。心の声が完全に口から漏れてるな……。どうだ? コマンドは見えるか?」
「うーーん。無いかも……。もしかして装着できないの??」
目をウルウルさせながら、不安な表情でファクトを見るアドニス……。
しかし次の瞬間――。
「ああああ!! あった! 出てきた!! でもこれ……何書いてるか全く読めないよ」
目を細め、眼前に映るコマンドを見ているような仕草をする。
「そうだな。身体が思念体だし、中に入ってる魂もマキナの者じゃないから、同期にちょっと時間がかかるのかもしれないな。でも言語翻訳の効果で、マキナの言葉は理解できてるんだろ? それなら、もう少し待ってみてくれ」
そう言って二人は椅子に腰かける。
ガタッ!!!
アドニスは腰かけた瞬間、また立ち上がる!!
「出た出た!!! コマンドの文字が読める!! これはどうやって選択するの?」
「ああ。意外と早かったな。一応、制限はかけさせてもらっているが、ある年代までのマキナに存在する魔法のほとんどは使用できるはずだ。試しに何か出してみな」
「そう言われても……。どれがどれなのか……。沢山ありすぎるよ」
ゲームの一般常識的なものとして、上の方にあるものが弱い魔法という概念がアドニスの中にはある。
そこで、一番上にあるものを選ぼうとしてみる。
「んじゃ、これにする。スターダストコ――」
!!!!!!ズバッ!!
「ぎゃーーーー!!!」
ファクトが、アドニスが魔法名を口に出すよりも早く、記拳グローブを装着している手を切断する!
「ばばばばばばばかやろうか!! その魔法は、とんでもない魔法だ!! 誰が一番上にある魔法を使えって言った!! その魔法はだな…………あっ」
「ああああーーーー!! 手が! 手がーーーー! あああ……ああ? 痛くない」
「当たり前だろう。お前の身体は思念体だ。切断してもすぐに戻るし、痛みも感じないよ。そもそもコアがないからな。しかし、なんだって一番上にある魔法を使おうとしたんだよ。一応制御をかけているとはいえ、その魔法はここで使われたら危険すぎる」
ファクトはそう話しながら、切断したアドニスの手を持ってきてくっつける。
瞬時に接着され、何事もなかったかのように動くようになる。
アドニスは緊張の糸が切れたのか、床に座り込んでしまう。
「だったら初めから、何の魔法を使ったらいいか教えてよ。何にもわからない奴にいきなりひどいじゃないか」
「そうだな。確かにすまないことをした。説明不足だったな。一応、種類に分けて魔法は整理してある。その中でも禁呪法や俺が作った魔法はカテゴリー分けできないから、コマンド外に配置されてるんだ。それで、コマンド外の一番上が一番最強最悪な魔法って感じになってる」
「そんなのわかるわけないじゃん!!」
「……ごもっともです」
ファクトは珍しく素直に頭を下げる。
「そもそも、そのグローブは別の奴が使ってたものなんだ。そいつにはもう必要なくなったから、俺が回収してここにしまっておいたんだよ」
「必要なくなったって……。もしかして殺したの?」
その言葉を発しながら、アドニスは背筋をぞくっとさせていた。
やはり、サウザーを目の前で粉々にした張本人であることに変わりはない。
そんな思いでファクトを見ていると、だんだん恐怖心が膨れ上がっていった。
腰が抜けて立てないようになってしまい、座ったまま部屋の隅の方へ後ずさりしていく。
その姿を見て、ファクトが大笑いする。
「かっははははっ!! まだ俺のことが怖いのか!? 俺の本心を言ってやろう。よっぽどお前の方が俺より怖い。いやーー、滑稽だな。本当は、お前のような存在は俺を恐れるような感情なんて、ないに等しい状態でマキナの世界にやってくるもんなんだがな」
アドニスは、大笑いするファクトをじっと見ている。
「あららら。こりゃ本格的にダメか? うーーん。おーーい、ジン! ちょっと来てくれーー!」
ファクトが《ジン》という人物を呼び終わるか終わらないかくらいのタイミングで、一人の女性が瞬間移動するようにファクトの前へ現れ、深々とお辞儀をする。
「お呼びでしょうか? どうされました? ……ん? この者がどうかなさいましたか?」
褐色の肌をした大人の女性……。
服装は露出度の高い軽装であり、煌びやかな装飾品を身につけた美しい装い。
アドニスは、《ジン》という人物に釘付けになってしまう。
「ジン。このビビり小僧に《記拳グローブ》の使い方と、この世界について教えてやってくれ。どうも俺のことを怖がってるみたいだから、なかなか話がな……。ああ。あと……」
ずんずんずぅん!!!
ジンがずんずんとファクトの方へ歩み寄り、目の前まで行くと、鼻と鼻がぶつかりそうになるほど顔を近づける。
表情は……怒っている!!!
「なっ、なんだよ……。ええ? ちょっと……」
ジーーーーッ……。
無言でファクトの両眼を見つめ、更に顔を近づける。
「ファー様!!! 私は忙しいんです! この者が創造主というのであれば、この者に教育係を作らせればいいではありませんか? 大体、いつになったら私の部下を作ってくれるのですか?? 私は寝る間も惜しんで業務に携わっています。どうしてくれるのですか??」
「いや……お前、寝る必要ないだろ? それに無限に思念体を作り出せるじゃないか……。ええ? ダメ?? ダメなの?? ねぇ……」
ジンは両手を腰に当て、更に詰め寄る。
ファクトは、すでにエビ反り状態になっている。
そのやり取りを三角座りでじっと見ていたアドニスが、急に立ち上がる。
「僕はもう大丈夫!! ジンさん、よろしくお願いします!!」
そう言って、鼻息荒く深々とお辞儀をする……。
シュッ!!!
風を切る音とともに、ふわりと花のような香りが漂う。
「えっ? うっ、うわーーー!!!」
どたっ!!
アドニスは尻もちをついてしまう。
なぜなら、ジンが無言でお辞儀をしているアドニスの眼前へ移動し、エビ反り状態になってその顔を覗き込んでいたからである。
ジンはスッと立ち上がり、アドニスを見ながら終始不機嫌そうな顔をしている。
「あっ……ごめんなさい」
アドニスは下心で一瞬元気になったが、再びシュンとした表情になってしまい、お決まりの三角座りを決め込んでいる。
ジンはその姿を見て、大きく溜息をつく。
「はぁーーーー。わかりました。ファー様がそこまで言うのなら、この者にこの世界のイロハと《記拳グローブ》の使い方を教えましょう。それと……何か言いかけましたよね? ついでです。その要件も聞いて差し上げましょう」
ものすごく上から目線の物言いではあるが、丁寧な口調でジンがファクトに問う。
その間もずんずんとファクトのいる方へ歩いていき、ファクトは困った表情で後ずさりしている。
「あぁ。助かる。じゃーー」
「はっ??」
「おおぉ……。お願いします……」
「そうでしょ!! 人に物を頼む時は、《お願いします》は絶対に必要ですね! 承りました!! それではファー様、追加の用件は何でしょうか??」
あのファクトが、タジタジしている。
その光景を見ながら、少しずつアドニスの心の緊張はほぐれていく。
三角座りをやめ、ゆっくりと立ち上がる。
ジンは更にファクトへ近づき、また鼻と鼻がくっつきそうになるくらいまで顔を近づける。
アドニスは、その光景をじっと見ている。
『ああ……。あんなに顔を近づけて……。僕なら緊張して、顔から火が出そうだよ』
「アドニス!! やましいことを考えるな!! 彼女はそんなんじゃない!」
また、心を読まれた。
ハッとした表情を浮かべるアドニスと、アドニスの方を見たジンの目が合う。
ジンはアドニスを見て、ニコリと微笑む。
ドキッ!
アドニスはその笑顔を見て、照れたように顔を赤らめる。
「そんなことはいいのです!! 要件を早く言ってくださいませんか!?」
「はい! その通りです! それでは追加の要件を言います! こいつの教育用に惑星を一つ、ここに配置しようと思います! その環境せ――」
ぶへっ!!!
ファクトがすべてを言い終わる前に、ジンがファクトの顔めがけて蹴りを放つ。
「そのようなことは、受諾出来かねます!!! 大体、七つある惑星からもう一つ増やす意味がわかりません!! まったく……。そういうことは、アクティブにお申し付けください!」
ファクトは聞こえているのか、いないのか。
ジンの蹴りが顔にめり込んだまま膝をつき、微動だにしない。
『アクティブ……? また一人、知らない名前が……』
「あの……大丈夫??」
ピクッ。
ファクトがゆっくりとジンの足を持ち、めり込んだ顔面からゆっくりと足を退ける。
シューーー……。
蒸気のような煙が立ち上り、元の顔へ戻っていく。
「痛い……。わかったよ! それじゃ、第3惑星メルキオラを使ってくれるか?」
ぐぐぐぐぐぐぐっ……。
ジンの足に、また力が入る。
「ちょ……ちょっと……やめ……」
「ファー様は、自分勝手でっ!!! えい!!」
めこっ。
鈍い音とともに、再びジンの足の裏がファクトの顔面へめり込む……。
「むごごごごっ……。すまん。じゃーー、やっぱり第6惑星ラムダに……」
ふぅ……。
再び蒸気を発しながら、陥没したファクトの顔面が元へ戻っていく。
場所の変更を聞いたジンは、宙返りしながらアドニスの真横まで飛ぶ。
シュタッ!
「それではファー様、ごきげんよう。しばらくは何も言いつけないでくださいね。呼びもしないでください。後の要件は、アクティブにお申し付けくださいね!」
そう言うと、ジンはアドニスの襟を掴み引き寄せる。
「ええ? あっ! ちょっと待っ――」
アドニスが何か言いかけたが、言い終わる間もなくジンとともに瞬間移動してしまう。
静かになった部屋に、ファクトだけが取り残される。
「いやーーー、しかしジンの奴めちゃくちゃだな。《絶対心理結界》なんて施すんじゃなかったよ……。まったく……」
ファクトは誰もいなくなった場所をしばらく眺める。
そして――。
「さて……俺は、ちょっとあいつに挨拶に行ってくるかな」
そう言って、ファクトも姿を消した。




