第6話 傍観者
「うっ!! 眩しい!」
「アドニーーーーース! 自分の世界へ帰れ—————!」
サウザーの叫び声とともに、ガラスの筒が投げられる。
一瞬、宙を舞った。
アドニスがぐっと身構えた次の瞬間、筒を投げた方向に人影が現れる。
投げられた筒を、その人影は軽々と受け止めた。
「ずいぶんな歓迎だな。俺が来るのが分かっていたのか、少年……」
ブワッ!!!
謎の男が瞬時に間合いを詰め、サウザーの目の前へ移動する。
「なんだ? 逃げないのか? 俺が世界の理に干渉できないと思ってるのか? そんな道理は通じない! はっ!」
次の瞬間。
男はサウザーの懐へ手を当てた。
青い閃光が弾ける。
「ぐっ……ぐあぁぁーーー!!」
サウザーの身体が凄まじい勢いで吹き飛ばされた。
「ええっ!? サウザーーーー! お前、何してるんだ!」
謎の男は、サウザーを吹き飛ばした後も、筒に入ったアドニスを片手に持ったままだった。
アドニスの声を聞き、男が口を開く。
「お前は将来、この世界に害をなす存在になる。だから俺が今から処理する。あいつはこれくらいじゃ死なない。しかし……どうやってお前を俺より先に見つけたのか……」
そう言うと、男は吹き飛ばされたサウザーの方へ歩いていく。
研究室は地下深くに建設されていると、サウザーは言っていた。
だが壁は大きく抉られ、土煙が上がっている。
そのさらに奥。
崩れた壁に、青い液体がべったりと付着していた。
「えっ……? サウザー?」
それは、サウザーの血液だった。
サウザーは壁にもたれるようにして倒れている。
下半身は完全に吹き飛び、上半身も胸から下はほとんど原形をとどめていない。
「うわーーーーーー!! サウザー————!!!!」
アドニスは泣き叫んだ。
筒を内側から必死に叩く。
だが、開かない。
短い時間の中で、アドニスにさまざまなものを見せてくれたサウザーが、目の前で無残な姿になっている。
アドニスには、泣き叫ぶことしかできなかった。
すると、飛び散ったサウザーの肉体から、蒸気のようなものが立ち上り始めた。
「ほう。超速再生か。マジカルヒューマノイドでも上位種か。しかし甘いな」
蒸気がサウザーへ集まっていく。
欠損していた身体が、みるみる形を取り戻していった。
ドンッ!!
再び謎の男が青い閃光を放つ。
「がはっ! なんだってあんたがこんなことを……神殺し……。まだ何も起こっていないじゃないか。それに……ううっ」
「ほう。俺を理解してるのか? それなら話が早いな。だからこそ、お前がこのことに干渉すること自体が間違っているんだが……」
「サウザーーーー!! サウザー———!!!」
再生していくサウザーの上半身を、謎の男が持ち上げる。
二人を青い光が包み込んだ。
「殺しはしない。しかし、こいつは貰っていく。お前は以後、関わるな」
……ドンッ!!
強烈な青い光が弾ける。
サウザーの上半身が粉々に吹き飛んだ。
『クソが……。あまりにも早すぎる。こんなにも来るのが早いものなのか。駄目だ。再生が追いつかない……。なんて奴だ……ぐうぅぅ……』
ぐちゃ。
床に落ちた何か。
それは、サウザーの顔の左半分だった。
顔半分を残し、身体のほとんどは粉々に飛散してしまっている。
再生することも、身体を動かすこともできない。
先ほどまで勢いよく立ち上っていた蒸気も、今は弱々しく辺りを漂っているだけだった。
謎の男は、アドニスの入った筒とともに、すでにどこかへ消えていた。
※
真っ暗だ。
何も見えない。
何も聞こえない。
上なのか、下なのかさえ分からない。
どこかで、これと似たような感覚を味わった気がする。
「ん? 何も触れない。何も見えない。どうなってるんだ? サウザーはどうなった?? サウザーは、僕に自分の世界へ帰るように言ってた……。帰った方がいいのかな。サウザーは……死んじゃったのかな……」
アドニスは、感覚のない空間で一人考えていた。
不思議なくらい、落ち着いて考えることができる。
今起こっていることは、情報がなさすぎて整理できない。
それでも、ひとつだけ考えがまとまった。
「よし! ここはいったん帰ろう!! それで、また時間が経ってから戻ってきたらいいんだ。状況が良くなってなかったら、また時間を置いて来よう!」
そう考えた瞬間、目の前に青い光が現れた。
「おいおい。そう簡単に帰れると思うなよ。ちょっと待ってろ。今、出してやる」
聞き覚えのある声。
――あの男だ。
そう思った瞬間、目の前が一気に明るくなった。
「ううっ……眩しい。お前は!!」
「お前のお友達は、簡単に死んだりしないよ。コアを破壊したから、再生にはかなり時間がかかるだろうがな。……お前、名前は?」
『なんなんだ、こいつ。一体何者なんだ……。サウザーをどうしたんだ??』
「ああ? どうもしてないぞ。粉々にはしたが、あいつを殺すとなると俺もそれなりの代償を払うことになりそうだったからな」
『!!!! 考えていることが分かるの? 怖い怖い怖い!! 一体なんなんだよ、こいつ!』
「ああん? そりゃ、考えてることくらい分かるだろ。俺は《万物の理解》って能力を持っているからな。確かに、お前にとって俺は怖い存在だろうな。だが、それを決めるのは今からだ」
まったく意味が分からない。
考えていることを読まれているというより、頭の中で普通に会話しているような状態だった。
「ぼ、僕を殺すの?」
「しゃべれるじゃん。殺さない。今はな……。それを決めるのはお前次第だ。詳しいことは言えないが、お前はこの世界にとって、とんでもない危険因子なんだ。だから排除する必要がある」
がーーーーーーーん。
排除=死。
やっぱりこの謎の男は、自分を殺しに来たのだ。
アドニスはその場に座り込み、動けなくなってしまった。
「いちいちビビるな。まだ何も決まってない。まず名前だ。あと、どこから来た?」
「アドニス・アトキンス……名前。どこから……異世界? 現実世界??」
恐る恐る口を開く。
慎重に言葉を選んでいるつもりだったが、恐怖は拭えず、身体の震えは止まらない。
男は全身黒ずくめ。
見るからに怪しい。
顔は青白く、目の下から頬へ向かって黒い二本の線が伸びている。
アドニスは聞かれたことだけに答え、膝をついたままガタガタと震えて俯いていた。
「うーーーん。何か調子狂うな。そんなに怖いか? ……まあ怖いか。さっきの男をめちゃくちゃにしたもんな」
男は少し考え、続けた。
「俺はファクトって名前だ。おそらく、このマキナで自我を形成している存在の中じゃ、一番長く生きていると思う。どうだ? ほかに聞きたいことはあるか?」
謎の男の名前は、ファクト。
そう名乗られても、アドニスは俯いたまま震えているだけだった。
ファクトは少し困ったように、アドニスの周りを行ったり来たりしている。
「あーーーー、もう。ほんと調子狂うな。お前は、いつもの奴らと全く違う。それは間違いない。……俺がどうしてお前を連れてきたのか、今から話す」
そう言って、ファクトはアドニスをガラスの筒から出し、椅子の上へそっと乗せた。
ファクトが手をかざす。
青い光が二人を包み込むと、アドニスの身体は人間ほどの大きさになった。
同時に、身体にはファクトと似たような黒ずくめの服が着せられている。
「まー、こんなもんだろ。どうだ? 少しは落ち着いたか? ああ?」
「返して……僕を……」
「ああ?」
「返してよ!! 僕をサウザーのところに!! 返してよ……」
「返してやるよ。……だが、俺の話をちゃんと聞いてからだ。……分かったか?」
一瞬取り乱したアドニスだったが、ファクトの意外な返事にきょとんとする。
まったく期待していなかった答えだった。
アドニスは、サウザーへの仕打ちを見て、このファクトという存在へ心の底から恐怖を抱いている。
だが、その言葉はアドニスの心を少しだけ動かした。
「分かった。聞くよ。ちゃんと分かるように説明してね!」
アドニスは立ち上がり、ファクトをじっと見ながら自分の意思を伝えた。
サウザーの説明は、分からないことだらけだった。
だからこそ、ファクトの話をちゃんと理解できるのか不安でもあった。
「もちろんだ。ちゃんと聞いて理解してもらわないと、俺たちにとっても死活問題なんだ」
ファクトは少し間を置く。
「……まず初めに、俺はお前のような別の世界から来た人間を、たくさん葬ってきた」
「ゴクッ!」
アドニスは椅子に座り、生唾を呑み込んだ。
「だが、後にも先にも俺より先に発見した奴はいなかった。だから内心、かなり焦ったよ。さっきの男には強引なことをしてしまった。それは詫びよう」
ファクトの表情が少しだけ変わる。
「それでも、お前を連れてきた理由は――」
一拍。
「お前が《創造主の卵》だからだ」
「…………」
「まだ今は何の力もない。いや、力に目覚めてからじゃ遅いんだ。だから俺は、この世界の均衡を保つために、お前のような爆発的な変化を生みかねない存在を始末している。……ここまではいいか?」
アドニスは放心していた。
創造主の卵?
誰が?
自分が?
何を言っているのか、まったく分からない。
『どういうこと? 創造主の卵? サウザー以上に言ってる意味が分からない!! やばい! 理解しないと殺される!!』
「ぷっ! はっはっはっ!!」
ファクトが突然笑い出した。
「ああ、済まない。そんなにすぐ殺さない。ある種の条件が揃わなければ、お前は創造主として覚醒しないからな」
『……!!!! また考えを読まれた!!』
「なんだ。学習しない奴だな。俺には《万物の理解》がある。相手が考えていることくらいなら分かる。まあ、俺にも分からないことはあるがな。……で、今の説明が分からなかったか?」
『!!!!!…………』
アドニスは恐怖のあまり、
何も考えない
という選択をした。
「…………」
アドニスは、口と頭を両手で押さえる。
「……うん。それじゃ前に進まないから、とにかく話す。……大丈夫か?」
口と頭を手で押さえたまま、アドニスはうんうんと頷いた。
「ぷふーーっ! なんだそりゃ! そんなことしても意味ないぞ。にしても面白い奴だ。っはっはっはっ!!」
ファクトは爆笑した。
サウザーはよくニコニコしていたが、こんなふうに声を上げて笑うことはなかった。
ファクトは、どこかアドニスのいた世界の人間に似ている気がする。
「なんでそんなに笑うんだ?」
「へっ? 面白いからに決まってるだろ! 今の行動はよかった。ぷふーーーーっ、はははははっ!」
ファクトは自分でも口と頭を押さえてみせ、また爆笑する。
本当によく笑う。
サウザーには、どこか感情を抑えているように感じるところがあった。
自信家で、アドニスを安心させるために自分の力を見せてくれた。
このファクトは、そのサウザーとは違う。
妙に親近感がある。
サウザーをめちゃくちゃにした張本人ではある。
だが再生できることを分かった上で命までは奪わず、無力化して自分を連れ去った。
そこまで深く考えられたわけではない。
それでも、その笑顔にアドニスはほんの少しだけ安心感を覚え始めていた。
「サウザーとは違う感じなんだな。感情を表に出すというか……」
「ああ……そういうことか。俺はマジカルヒューマノイドじゃないからな」
ファクトは軽く肩をすくめた。
「俺の起源を辿れば、《始まりの混沌》に行き着く。そもそも俺は普通の生命体じゃない。俺は何処にでもいるし、どこにも存在しない。そういう存在だ」
「…………?」
「まあ、今の俺の身体は《超思念体》だ。物質として構築された、生身と変わらない身体を持っている。だがマジカルヒューマノイドみたいにコアがあるわけでもないし、お前ら人間みたいに寿命があるわけでもない」
そこでファクトは首を傾げた。
「……いや、俺の自己紹介はどうでもいいんだ。お前の話だよ」
ペシッ。
座っているアドニスの太ももを軽く叩く。
どうやらツッコミらしい。
「いたっ! ……くはない。僕の話って言われても……。僕は現実世界に帰ったらいいの?」
「いやいや、馬鹿言うなよ。帰れないだろ?」
「えっ? 帰れるよ? いつでも……」
ガタッ!!
ファクトが突然立ち上がった。
「お前、現実世界とマキナを行き来できるのか!? ……それは本当か!!!!?」
アドニスの座っている椅子につかみかかり、驚愕した顔で覗き込む。
「そそそそ、そうだよ。でも一回帰ると、こっちの時間はかなり進むみたいなんだ。前に帰った時は六十年くらい経ったって、サウザーが言ってた……」
ファクトは大きく息を吐いた。
そのまま椅子へ倒れ込むように座り、両手で顔を覆う。
「それが本当なら、とんでもないことだ。六十年か……大した時間じゃないな」
少し考え込む。
「お前のいた世界で、ちょうどいいくらい時間を置いて、またこっちに帰ってきてくれるか? 話はそれからにしよう」
「分かったよ。じゃあ、きっかり一時間経ったら帰ってくるよ」
ファクトは腕を組んだまま椅子に座り、うんうんと何度も頷いた。
「じゃあ、また……」
アドニスは目を閉じ、意識を現実世界へ集中させる。
ガクッ。
抜け殻となったアドニスの思念体から力が抜けた。
「なんなんだ、こいつは……。これまで会ってきた奴らと全く違うな……。サウザーか。あいつについても調べる必要があるか……。それに、思念体として構築されていて実体がないのも不思議だ……。しかも現世と行き来できるとは……」
ブツブツと独り言を言いながら、意識を失ったアドニスの身体へ手をかざす。
ブワァー。
アドニスの身体が分解され、モクモクと蒸気の塊へ変化した。
ファクトは持っていた箱へその蒸気を移し、蓋をする。
シュン。
その箱をどこかへ瞬間移動させる。
ファクトは腕を組み、何かを考えていた。
「…………」
「あっ!!!!」
突然、叫んだ。
「しまった!! マキナとここじゃ時間の流れが違うんだった!!! あちゃーー! ビックリして適当なこと言っちゃったよ!」
ゴン!!!
腕を組んだままエビ反りになり、後頭部を床へぶつける。
そのまま――
頭ブリッジ。
「あああーーーー。帰ったら、またジンに怒られそうだな。このこと黙ってようかな……。いや、駄目だ! バレた時が怖い! ちゃんと話そう!!」
シュン!
頭ブリッジの姿勢のまま、ファクトは瞬間移動して消えた。
ジン――。
あのファクトすら恐れる存在。
一体、何者なのだろうか――。




