第5話 世界教団
教会に入ると、ひんやりとした空気の中、奥の方から何かが動くような音が聞こえてくる。
サウザーとアドニスは横並びになり、美しいステンドグラスが見えるホールへとやってきた。
すると遠くの方から、何かが迫ってくるような音がする。
「御来客ありがとうございます。入信でしょうか? 礼拝でしょうか?」
下半身が球体で、その球体から美しい女性が生えている……。
アドニスは驚き、とっさにサウザーの後ろへ下がった。
「俺は信者だ。礼拝だよ」
シュゥ———————ン。
サウザーは、その機械の女性に顔をスキャンされているようである。
「サウザー様、よくお越しくださいました。どうぞ」
機械の女性は球体部分から金属製の青い棒を取り出し、それをサウザーに渡した。
「ありがと。さて、行くぞ」
「ええ? 全然状況がわからないんだけど、サウザーは信者なの? 信者なのに教会から宝物を盗むの?」
「だから……盗むんじゃなくてトレジャーハントするの!ここサングンタイ星の住人は、ほとんどが世界教団の信者だよ。俺も例にもれず、生まれながらの信者なんだ 」
そう言いながら、どこか考え込むような表情でサウザーが答える。
生まれながらの信者という言葉にアドニスもどこか違和感を覚えたのか、サウザーの顔を覗き込んだ。
「なんだよ。何か俺の顔についてるか?」
「生まれながらの信者ってなんだよ。僕の住んでいるところじゃ、大体が無宗教って感じで、あんまり神様を信じていない人が多いかな。サウザーの国? 街? は違うのかな?」
サウザーは、はっとした表情になる。
アドニスからの素朴な疑問に、咄嗟に返答できないでいると……。
「まー、場所が変われば色々あるよね。僕がいる世界の遠い国では、よく似たようなことがあるって学校で習ったことがあるよ。よくわからないけどさ」
「ごめん。今は詳しいことは話せないんだ。別に俺が疑わしくて、アドニスの世界に帰りたいって言うなら、帰ってもいいんだ……」
サウザーがすべてを言い切る前に、アドニスが被せるように言った。
「帰らないよ!! 僕は、すっごくワクワクしている!! マキナの世界のことがもっと知りたいよ! この世界のこと、色々教えてくれるんだろ?」
サウザーの前に回り込み、両手を広げてそう言い放つ。
そこにいるのは、興味津々な10歳の少年アドニス。
好奇心が大爆発を起こし、恐る恐るここまでついてきたが、サウザーの話を聞いて何か覚悟が決まったらしい。
ドンッとサウザーの背中を叩く。
「サウザーは僕よりずっとお兄さんなんでしょ。かっこいいとこ見せてよ」
「いやいやいや。正直なところ、俺の1500年とお前の10年はそんなに変わらない。人間は早熟で、100年の寿命の中で多くのことを成し遂げるよ。俺たちは、そんな人間たちを見て『先急ぐ者』って言って蔑んでたりする。それは……ちょっとした嫉妬から来てるんだろうなって、最近わかったよ」
サウザーは少し間を置いて続けた。
「俺たちマジカルヒューマノイドは、悠久の時を生きていく。だから急いで答えを出すことも、変化することも望んでないんだ。俺はそういったところが嫌なんだよ。だから逆に、色々と人間のことを教えてくれ!」
なんだか変な空気になってきた……。
アドニスは現実世界で周りの人間にあまり恵まれずに育ってきた経緯があるため、常に人の顔色を窺って生活してきていた。
サウザーのそれまでとは違う表情は、アドニスにとって十分に気付ける変化だった。
その変化を見逃さず、自分の思っていることを言った。
それがまた、サウザーにも小さな変化を生んでいた。
※
サウザーを先頭に、さらに教会の奥へと進んでいく。
外から見た以上の広さであることは、歩いてきた距離だけでも明らかだった。
そのこともあってか、サウザーとアドニスの距離が少し開いている。
「ハァ、ハァ……。おーい、サウザー。いつになったら目的地に到着するんだよ。めちゃくちゃ歩いてると思うんだけど。この教会、そんなに広いの?」
「ああ。多分このペースだとまだまだだな。あれ? 言ってなかったかな? この教会は大掛かりな空間魔法がかけられているから、外観の何倍も大きいダンジョンのようになってるよ。これは泥棒除けの予防策の一つなんだ」
「あっ。泥棒って言った……。やっぱり泥棒なんじゃん」
それを聞くと、サウザーがずんずんとアドニスへ寄ってきた。
「だ・か・ら! 俺は泥棒じゃないって。本当の泥棒がいたら、俺たちが対処しないといけないんだよ」
「へ? どういうこと? 本当の泥棒ってのがいるの?」
「当たり前だよ。じゃなきゃ、こんなにセキュリティーを厳重にしたりしてないだろ。大体、このステッキがないとガーディアンを越えて入っても、数分ともたないと思うよ」
この男は何を言っているのかわからない。
アドニスは、そんな表情を見せる。
教会へ入るときに機械の女性から渡された青く光る棒。それが何か重要な役割を持っていることも、今になって初めて知らされた。
またまた、不安感が込み上げてくる……。
「数分もたないって、どういうことだよ」
「あぁ、そうか。アドニスはマキナの世界の常識ってのは全くわからないもんな。説明もしていないからわからないか……。うーん。本当は入ってきたところにいたガーディアンをぶっ壊してもよかったんだけど、それやるといきなりハードモードに突入だからな。今はこうやって安全策を取ってるわけ」
サウザーは、なぜか楽しそうに続ける。
「お目当ての物を頂戴したら、超特急でここから出ないととんでもないことになるよ。そのためには、しっかり魔素を残しておかないとな」
ニコニコしながらそんなことを話すサウザー。
あまりにも現実離れした話に、さっきまでのワクワクは瞬時に薄れていった。
「ちょっといいかな。お目当ての物をゲットしたら、ドドドド、どうするって?」
「超特急でおさらばする。俺の持っている魔素の大半を使って、この教会から直線的に飛んで出ていく。それが一番手っ取り早くて確実だな」
確実だな。じゃない!!!
言っている意味がわからず、またうろたえているアドニス。
その横で、サウザーが突然近づいてきた。
アドニスの頭を押さえ、何かを二人に被せる。
「ちょっと黙るんだ。何かいる……」
「!!!!!!!!!!!!」
アドニス、パニック……。
バタバタしようとするが、サウザーに何かの魔法をかけられたようで、身動きが取れず、喋ることもできない。
サウザーが何かのいる方向へ指をさす。
そこには、サウザーが持っている青い棒と同じ光を放つランタンを持った、小さな何かが走っているのが見えた。
確かに何かいる。
アドニスが大きくうなずくと、サウザーは再び頭に手を当て、静かに話す。
「あれは泥棒だ。こっちには気が付いていない。声を出さずにここにいろよ」
そう言うと頭から手を離し、サウザーが立ち上がった。
ドヒュー——!!
風圧を感じたと思えば、そこにはもうサウザーの姿はない。
先ほど指さしていた泥棒の真横まで移動している。
アドニスは声を出そうとするが……まだ出ない。
身動きも取れない。
結局、元のままである。
あまりよく見えないが、遠くで何かが光ったような気がした。
ザッザッザッ!!!
足音のような音が近づいてくる。
だが、アドニスは身動きが取れないうえ、その方向を見ることもできない。
突然、体が浮くような感覚がした。
地面が移動しているのがわかる……。
地面が移動している???
『あっわわわわわわ。何がどうなってるんだ!! 誰かに捕まった? どこに連れて行かれるんだ?? あわわわわわわ』
喋れず動けないアドニスは、心の中では大パニックになっている。
感覚がほとんどないため、地面が動いているのか、自分が移動しているのかさえわからない。
シュパー————————!!
青白い光がアドニスの目に映る。
先ほどまで見えていた床は消え、青白い光だけが視界を埋め尽くす。
さっきまであった振動もなくなり、音も聞こえない……。
『えっ? 死んだ? 何が起こってるんだ?』
そう考えているうちに、アドニスの意識は遠のいていった……。
※
はっと目が覚める!!
目の前には、見慣れた自分の部屋。
「あれ? 戻ってきてる? あの後どうなったんだ……。自分では動けなくて、青い光が……。ええ? ほんとどうなったんだろ!?」
だんだんと意識がはっきりしてきて、先ほどまで起こっていたことを頭の中で整理する。
ふと時計を見ると、5時46分を指している。
『ええっと。確か前にマキナに行ったときも5時46分だったよな。結構な時間あっちにいたけど、一秒も進んでいないのか? でも、こっちで進んだ少しの時間は、あっちで60年進んでるって言ってたな……』
一人で時計を見つめながら、ブツブツと独り言を言っている。
マキナの世界へ入る前に食べたリンゴの感触が、まだ口の中に残っている……。
「歯の隙間にリンゴが挟まってる……。やっぱり全然時間が経ってないんだなって実感した。……もう一回あっちに行こう!!」
そう考えると立ち上がり、右手に意識を集中する。
…………シュワ———ン!!
眩しい白い光で目の前が明るくなった。
……白くなったと思った光は、すぐに消えてしまい、また真っ暗になる。
「あ。あ。声は出る。……身体も動く……。また何かの入れ物に入ってるか……。おーーーーーい」
ガタンッ!!
ザッザッザッ。カチャン!
ふわりと浮くような感覚があり、頭の上が明るくなる。
上から青い目の銀髪の少年が覗き込んでいるのがわかった。
「はいはい。お帰り。今回は早い帰還だったな。どうだ? 何か身体に異常はないか?」
そう言って、小さなアドニスを筒から出して掌に乗せる。
『また小さくなってる……。それ以外は……。また裸……』
少ししゅんとした表情で、自分の体を見るアドニス。
「なんだよ。体の大きさは自由自在だよ。大体、意識がなくなった時点で思念体が分離して、筒の中に勝手に戻るんだよ。あの後、教会から出るときに大変だったんだよ。まったく……」
そうだ!
アドニスは、はっとした表情になり、サウザーに問いかける。
「あの後どうなったの? 急に現実世界に戻って……。何がどうなったのかわからなくて、すぐに帰ってきたんだ」
アタフタしながら身振り手振りでそう伝える。
5時46分を確認してから、おそらく数分も経たずにマキナの世界へ戻ってきた。
それほど長い時間は経っていないはずなのだが、感覚としてはこちらでしばらく時間が経っているように思えた。
サウザーの方を見ると、大変だったと言うわりにはニコニコして嬉しそうである。
『なんでニコニコしてるんだろう? 何かあったのかな』
「……気絶したんだろ?」
「へ?」
「思念体は、もともとあんまり安定した身体じゃないんだ。意識がなくなったり、強い外傷を負ったりすると、気体になって元いた筒に戻っていくんだ。教会から出るときも、服だけになっていなくなったからびっくりしたんだ」
びっくりしたと言いながらも、ニヤニヤしてこちらを見ている。
……なんだか腹が立つ。
サウザーは、おそらく恐怖心から気絶したと思っているのだろうが、アドニスとしては違っていた。
青い光を浴びて、急に意識が遠のいていったのである。
「いや。それが別に怖かったわけじゃないんだ。青い光が身体を包んで……そう思ったら意識が遠のいていったんだ」
ニヤニヤしていたサウザーの顔が、急に真面目になる。
「青い光? それはどんな感じだったんだ? 詳しく聞かせてくれ」
「うーーーん。床が移動しているように感じて……。そう思ったら青い光に包まれて……。あっ、その間はまったく何の感覚もなかったね。ははは。それくらいしか……」
ガタンッ!!
アドニスが話し終わる前に、急にサウザーが立ち上がり、アドニスを掴んで別の部屋へ移動する。
『えええ? 何か悪いこと言った?? なんだなんだ??』
裸のミニアドニスを透明なガラスの筒に入れて蓋をし、何かの機械の台に置く。
「あのー? これから何をするの? 何かやばいことが起きたの?」
「まだわからない。もしかしたら起きているかもしれない……。ちょっと調べるから、じっとしててくれ」
機械の作動音とともに、ゆっくりとガラスの筒が回り始める。
アドニスは少し不安げな表情を浮かべながらも、サウザーの言う通り動かずに検査を受ける。
シュー———ン。
機械の作動音が止まった。
サウザーが不安げな表情でアドニスを見つめている。
「うーーん。ちょっとまずいかもだな……。いいか、よく聞くんだ。お前が見た青い光は、おそらくだが『世界の傍観者』からの便りなんだ」
アドニスは、きょとんとした顔でサウザーを見る。
「これがちょっとまずくてな。その者は『神殺し』と言われていて、本来ならマキナの世界に干渉してくることはないんだ」
世界の傍観者?
神殺し?
いったい何を言っているんだろう。
とてつもない不安の種をまかれたような気分になり、急に不安が込み上げてくる。
そう思ったのも束の間――。
サウザーの研究室が、青く照らされる!!!!




