第3話 サングンタイ星
サウザーに半ば押し切られる形で、アドニスはトレジャーハンターとして行動を共にすることになった。
一体トレジャーハンターとは何なのか? 何をするのか? そもそも泥棒ではないのか?
いろいろと疑問は残っているが、考えないようにしようと思った。
『考えても仕方がない。こっちの世界にいても元の世界の時間は止まってるんだ。もし捕まったりしても、どうにかなるような気がする。それなら、この状況を楽しんだ方がいいに違いない!』
そう考えながら、サウザーが準備してくれていた服に着替える。
『……しかし、この服は一体……。どうなってるのこれ??』
服というよりは、一枚の長い布……。
わからないなりに身体へ巻いてみたり、す巻きにしてみたりと、いろいろ試してみる。
『あーーー、いきなりわけわからないじゃないかよ! これをどうしろって言うんだよ』
むしゃくしゃしてきて、何が何だかわからない状態になっていった。
おそらく20メートルほどはあるオレンジ色の布。
これをどうやって着ろと言うのか……まったく不明である。
よく見ると、布の端に小さく光るボタンがある。
何か文字が書かれているが、マキナの世界の文字なので読めない。
『押してみようか……』
ポチッ……。
しゅるるるーーー。
「うっ、うわー。ええ!? 服になった……」
長い布は、光るボタンを押すことで身体に密着し、下着と服に瞬時に変形した。
よく見ると縫い目もなく、身体にストレスなくフィットしている。
「さーー、着替えたか?」
突然、サウザーが部屋に入ってくる。
アドニスは服に対する不満があり、悶々としている。
「いやいや、何なんだよこれ。ボタンを押すと服になるとか聞いてないから。字も読めないし、そういうことは先に言ってくれよなぁ」
「ああ。字、読めないのか? 言葉はわかるのに……。人間界とマキナでは字が違うのか……。そんなことは、どこにも情報としてはなかったな……」
人間界の情報は、マキナの世界にもあまりないように思える。
実際、サウザーにもわからないことが多いようである。
サウザーも先ほどの長い布を使って服を着替えている。かなりの薄着である。
「これから出かけるのか?」
「そうだよ。サングンタイ星北の都を案内してやろうと思ってな。ついてきてくれ」
そう言って地下施設のドアを開け、奥にあるエレベーターまで移動する。
研究室のような部屋は空調が効いていたのか、まったく感じなかったが、エレベーターの前まで来ると、やや肌寒い。
思念体とはいえ、今の身体には温度を感じる感覚もしっかりと備わっている。
その中でもサウザーは、かなりの薄着……。
「ええっと……ちょっと寒くない? 大丈夫? 外は冬なのか?」
エレベーターに乗って上へ上がっていくにつれて、だんだん気温が下がっていくのがわかる。
アドニスは寒さに震えながら尋ねるが、サウザーは平然と驚くようなことを答える。
「ああ。もしかしたら寒いかもしれないな。サングンタイ星は冬季星といって、年中気温が低い惑星だ。外は……そうだな。今は夏だから、そんなに寒くはないよ」
そうは言うが、どんどん寒さが増してくる。
明らかにアドニスの服装では耐えられるような気温ではない。
寒くて震えが止まらないような状態であった。
……そう考えると、サウザーの薄着は尋常ではない。
本人が夏と言っているのだから、そうなのだろう。
しかし、アドニスには寒くて仕方がない。
「なんだよ。震えてるな。寒いんだったら、服のどこかにある、さっき押したボタンをもう一回押してみろよ」
そう言われ、ガチガチと震えながら例のボタンを探す。
……襟元にあるのを見つけた。
間髪入れず押してみる。
ポチッ!
しゅるるるうーーーー。
布が形を変化させ、モコモコとした暖かそうな毛皮の服に変化した。
まさに完全防備であり、皮膚が見える場所は目しかない。
「ええ?? そんなに寒い? その布は、着ている本人が快適に思えるような服に変化する設計にしてるんだ……。しかし、そのなりで外を歩くと、ちょっと厄介かもしれないな……」
そう言うと、サウザーはアドニスの首元にあるボタンをもう一度操作する。
ポチッ……ポチポチッ。
ブーン……しゅるるうううーーー。
「あっ。暖かいなー。なにこれ? 暖房が付いてるの?」
先ほどのモコモコした見た目より格段にシュッとした服になったが、暖かさはまるで変わらない。
「さすがにそのモコモコ状態だと不審に思われてしまうからな。この服は俺が開発したもので、全気候全天候対応スーツだよ。装着者が快適だと思う服に変形するんだ。もちろん冷暖房完備! 完全防水だな」
……アドニスは、ただただ驚いている。
これを開発したと。
一体、何をどうやったらこんなものが作れるのか。
そうしているうちに、エレベーターが止まった。
かなり高いところまで上がってきたような印象である。
「さっ、地上に着いたぞ。このエレベーターは地中進行型だから、地中を移動してどこへでも出ることができる。さっきいた地下施設は、かなり深いところに建設してあるんだ。そして完全に外界とのコンタクトを遮断した、地中に孤立した施設なんだ。このエレベーターがなければ移動できな……どうした?」
地表に出たエレベーターを回収しているサウザーの横を、説明を聞いているのかいないのかといった様子でアドニスが素通りしていく。
そのまま崖のすぐ手前まで歩いていった。
透き通るような青い空。
眼下に広がる、真っ白な大地……。
白いものは、すべて氷や雪だった。
まさに氷に閉ざされた土地。
地表に近づくにつれて寒くなっていたのも当然である。
今は特殊なスーツのおかげで、まったく寒さを感じない。
しかし、口から吐き出される息は白く、この場所がどれほど寒いのかがよくわかる。
「えっ!! 真っ白! これ全部雪か?」
「冬季星って言っただろ。サングンタイ星は、星全体の平均気温がアドニスのいた人間界の星よりもかなり低いはずだ。今の気温は……マイナス60度だな。夏だし、暑いくらいだな」
…………マイナス60度!!
寒いわけである。
これほど雪と氷で覆われた世界で夏。
しかも、サウザー本人は暑いと……。
おそらく、この環境で育ったから適応しているのだろう。
寒さに対する限界そのものが違うのだ。
アドニスは、あまりの衝撃に口をポカンと開けている。
「そんなに寒いのに夏!? わけわかんね! でも、この服のおかげでまったく寒さは感じないな。サウザー。あんた、この気温で暑いくらいなんだろ? びっくりだよ」
そう言って、サウザーの方へ近づいていく。
サウザーはエレベーターを手のひらほどの大きさに格納すると、袋に入れた。
「とりあえず街に行ってみよう。ここの北の都は、サングンタイ星でも一番栄えている場所なんだ。いろんな星や国から人や物も集まってくる。ここは街外れだから何にもないけどな。これに乗ってくれ」
そう言って、また袋から小さな飛行機の模型を取り出す。
スイッチを押し、地面に置いた。
パーーーーー。
強い光を放ち、飛行機の模型はどんどん大きくなっていく。
やがて、人が乗れるほどの大きさになった。
見た目は完全に戦闘機。
黒と銀の美しい外装をしている。
「まさか、これもサウザーが作ったのか?」
「ご名答。俺はトレジャーハンターでもあり、発明家でもあるんだ。無いものは自分で作るのが、生きがいみたいなもんだな。さっ、乗った乗った」
そう言うと、操縦席から椅子が2脚出てきて、地面にふわりと着地する。
そこにサウザーが座ると、椅子はふわりと浮き上がり、操縦席へ入っていった。
「何してる! 早く乗れよ。置いてくぞ」
それを聞き、アドニスも慌てて椅子に座る。
座ると同時に浮き上がり、戦闘機の後方の席へと入っていく。
縦2列に並んだ、2人乗りの戦闘機のような構造である。
「じゃー、閉めるぞ」
そう言うと、頭上の窓が閉まり、周囲が真っ暗になる。
「ええっと……何にも見えないんじゃ……」
ヒュー―――ン。
何かの作動音とともに、コックピットが明るくなる。
すると、頭上も足元も、手の届く範囲にあるコンソール以外は、すべて外の景色が見えているような状態になった。
アドニスは思わず、ゴクリと唾をのみ込む。
「ちょっといいか? これはどうなってるんだ? 中に入ったのに外が見える」
「あー、これは機体の周囲に付けたカメラからの映像だよ。360度全面が見えるようになってる。死角から攻撃されると分が悪いだろ? だから全面見えるようにしてあるのさ」
そんなことは、どうでもいい。
アドニスの脳裏にあるのは、これは飛行機なのだから、もちろん空を飛ぶということ。
そして、高いところから下を見るということだった。
「これ……飛んでる時、下も見えるよな……」
ヒュー――――ン。
また機械の作動音がして、身体が椅子に押し付けられるような力が加わる。
そう思った瞬間には、今いた場所が見えないほど高い位置まで上がっていた。
「そりゃ飛行機だからな。高いところ飛ぶに決まってるだろ」
ガチガチガチッ。
寒さとは違う震えが、アドニスの全身を襲う。
言葉は出ず、ただただ震えている。
「?? もしかして高いところ苦手なのか?」
「そそそそそそそうだよ! 高所恐怖症なんだよ! ここここわーーーーー! ぎゃーーー!!」
叫ぶのが先か、飛ぶのが先か。
凄まじい速さで空を移動する飛行機。
コックピット内は、アドニスの悲鳴で埋め尽くされている。
「ぎゃーーーーー! 降ろしてくれ―――――! もっと低く飛べないのか!? っていうか、足元の映像切ってくれ! どうにかしてくれ―――!」
その声も虚しく、飛行機は目的地へ向かって飛んでいき、やがて高度を下げていく。
「うるさい奴だな。どうにもならないよ。さっ、もう着くぞ。着いたら、ちょっとまた格納するから待っててくれ」
そう言うと、再び周囲が真っ暗になり、コックピットの蓋が開く。
アドニスはほんの短時間のフライトだったにもかかわらず、すっかり意気消沈している。
微動だにしない……。
ヒュー―――ン。
再び機械の作動音とともに椅子が浮かび上がり、地上に着地する。
サウザーは先に降り、動かないアドニスの手を引っ張って椅子から降ろす。
「いてて。自分で降りれるよ。勘弁してくれよ。高いところは苦手なんだよ」
「ははははっ。それは知らなかったよ。まー、慣れてくるって」
そう言いながら、小さな端末を操作している。
再び機体が光ったと思ったら、みるみる小さくなっていき、お菓子のおまけ程度の大きさになる。
サウザーは小さくなった機体を、袋の中へ乱雑に放り込んだ。
「そんなに勢いよく放り込んで壊れないもんなのか? だいたい、それどうなってるの?」
さっきのエレベーターといい、この飛行機といい、大きくなったり小さくなったり。
驚くことだらけである。
アドニスは、考えてもよくわからないことはあまり考えないタイプだが、どうしてもこれは気になってしまったようである。
それもそのはず。
アドニスの世界ではテレビの中でしか見たことがないような空想の物が、ここにはいくつも存在している。
見逃すわけにはいかなくなってきているのだ。
それに、降り立った場所にもサウザーと同じような服装をした者たちがいて、同じように乗ってきた乗り物を光らせ、小さくして持ち運んでいる。
「ああ。これは機体に特殊な加工をして、大きさも質量もすべて小さくできるようにしているんだよ。魔素が存在しないところでは機体のコアが反応しないから、小さくなったり大きくなったりはできないけどな」
???
また、よくわからないことを言っている。
さっきは、魔素は魔法を使う時に必要なものだと言っていたような……。
不思議そうな顔でサウザーを眺めていると――。
「うん?? ああ。魔素は魔法だけに使うものじゃないんだよ。この機体に組み込んであるマジック・コアは、通称『魔素の心臓』と言われている魔具で、魔素を錬魔して作ったものだよ。お前たち人間にわかりやすく言うとだな……」
「ちょっと待って……まったくわからん。意味不明だって」
歩きながら話をしている間にも、周囲では同じような光景が繰り返されている。
これがこの世界では普通のことなのか。
アドニスはそちらばかりに気を取られ、サウザーの話は半分も頭に入っていない。
「ははははっ。初めてのことだ。そのうち慣れるさ。アドニスのいた人間界は、基本的に魔素がかなり薄い。無いに近いような場所もたくさんある。でも、魔法や説明できないような現象の話はよく聞くだろ? それは、マキナから人間界にダイブしている奴が他にもいるってことさ。そうじゃないと、そんなことは人間たちは知りもしないし、このマキナにも人間なんていないはずだからな」
大きな建物へ入りながら、そんなことを話すサウザー。
その後ろを、ブツブツと何かを言いながらついていくアドニス。
腑に落ちない点が多すぎて、理解の限界を超えている。
すると突然、サウザーが立ち止まった。
その背中にアドニスがぶつかり、尻もちをつく。
ドサッ。
「あいて! 急に止まるなよ。……どうした?」
グイッ。
止まったかと思うと、サウザーはすぐに振り返り、何も言わずアドニスを抱えて走り出す。
「ええ? えええええ? ちょいちょいちょいちょい!! どうしたんだよ、待てって!」
「しゃべるな! 舌噛むぞ! ちょっとこの場を離れる!」
そう言って、一目散にその場から離れる。
すると、アドニスたちを追ってくる人影が見えた。
その瞬間、アドニスには思い当たる節があった。
『そういえば……こいつ泥棒だった。指名手配かなんかされてるのか? 1、2、3、4、5、6……ええ? まーまーいるな!』
「待ってくださーい!! サウザー様!!」
『…………様?』
アドニスを抱えて走っているサウザーの移動速度が、さらに上がる。
「何が起きても暴れたりするなよ!! はっ!!」
サウザーの一瞬の掛け声とともに、足元に青白い閃光が走る!!
バシュ―――ン!!!!
とんでもないスピードで建物の窓から外へ飛び出した。
浮いている?
いや、飛んでいる?
何が起きているのか理解できないアドニスは、サウザーに言われた「暴れるな」という言葉の意味を、身をもって理解した。
しかし、心は正直である。
「キ……キャーーーーー!!」
悲鳴とともに、凄まじいスピードで建物から飛び去っていった。
※
しばらくして――。
「おっ!? やっと目を開けたか。何だよ。悲鳴が聞こえなくなったと思ったら、ずっと目ぇつぶって固まってたのかよ。もう大丈夫だよ。追っても来ていない」
眩しい……。
サウザーの声は聞こえるが、目を開けたばかりで眩しく、焦点が定まらない。
「眩しい……。何が起きて……。…………えっ? えええええ!??」
状況を理解した瞬間、驚いて思わずサウザーにしがみつく。
そう。
ここは、さっきいた場所のはるか上空。
二メートル四方ほどの四角い板の上に乗っている。
しかも――透明。
眼下には、はるか下に街並みが見える。
少し離れた山間には、白く大きな建物も見えた。
「空……そらぁーーー?? 浮いてるのか!?? 何やってんだよ!!!」
そう、何度も言うが、アドニスは高所恐怖症である。
「はははっ。じき慣れるよ」
そう言って、透明な板は地上へ向かって急降下していく……。
「ぎゃーーーーーーーーーーーーー!!」
サウザーは、わざと何も言わずに急降下を始めたようである。
案の定、アドニスは断末魔のような叫び声を轟かせながら、サウザーにしがみついている。
雲を抜ける。
眼下に見えてきたのは、とても近代的な街並み。
そして少し離れたところには、石造りの建物が並ぶ一帯が見える。
ここが、サングンタイ星――北の都である。
少し曇った空に、アドニスの叫び声が響き渡っている。
しばらくして、透明な板は地上へ到着した。




