↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
20/22

第18話 謎兜


 多重結界闘技場の演習所を出たアドニスとクルスは、再び受付へと向かった。


「はーい! お疲れさまでした! 十九番の方々ですね。またのご利用をお待ちしております!」


 受付嬢がにこやかに二人を迎える。


 しかし、クルスは無言だった。


 差し出された会員証を受け取り、ぺこりと頭を下げると、背中を丸めて出口へと歩き始める。


 頭には、ジンの思念体から受け取った兜。


 その奥に隠された表情は見えないが、肩の落とし方だけで、どれほど落ち込んでいるのかは十分に伝わってきた。


「ありがとうございました! また来ます!」


 アドニスは受付嬢に手を振り、トボトボと歩くクルスを追いかけた。


「……あああああ。毛生え薬が欲しい……」


「ぷっ……!」


 思わず吹き出しかけたアドニスは、慌てて口を押さえる。


「ご、ごめん。笑っちゃ駄目だよね。……あっ! もしかしたらアイテムボックスにあるかも!」


「本当か!?」


 クルスが勢いよく振り向いた。


「助かる! 早くジン様にお願いしてくれ!」


「分かった、分かったって!」


 二人は人通りの少ない場所へ移動すると、アドニスがアイテムボックスを開いた。


 空間に現れた扉の向こうから、ジンの姿をした小さな思念体が顔を出す。


「えーっと……ハゲた人の髪が生えてくるような薬って、ある?」


 ジンの思念体はクルスの方を見た。


 そして、にっこりと微笑む。


 クルスが期待に満ちた様子で身を乗り出した。


 しかし、ジンの思念体はアドニスへ向き直ると、静かに首を横に振った。


「……ないって」


「くううううっ!」


 クルスは両手で兜を抱え込んだ。


「まあ、ジン様を拝めただけでもよしとするか……。ないものはない。諦めるしかないな」


「髪もねー」


「おいーーーーっ!!」


 アドニスはとうとう我慢できず、腹を抱えて笑い出した。


「ごめん! ごめんってば!」


「絶対に悪いと思ってないだろ、お前!」


 そう言いながらも、クルスの声には少しだけ元気が戻っていた。


 そんな二人のやり取りは、傍から見れば仲のいい兄弟のようだった。


 アドニスには兄弟がいない。


 一人っ子として育った彼は、時折、兄という存在に憧れを抱くことがあった。


「ねえ、クルスって兄弟いるの?」


「なんだよ、唐突に」


「いや、ちょっと気になって」


「いないよ。俺は、一人っ子だ」


「そうなんだ!」


「それに、両親は俺が生まれてすぐ事故で亡くなったからな。じいちゃんとばあちゃんに育てられたんだ。アドニスは?」


「えっ……」


 アドニスの笑顔が消えた。


「あ……ごめん。変なこと聞いちゃった。僕も兄弟はいないよ」


「なんで謝るんだよ。別に気にしてないって」


 クルスは軽く肩をすくめた。


「両親の顔も知らないし、じいちゃんとばあちゃんが親みたいなものだったからな。二人とも何年か前に亡くなったけど、それからは師匠が親代わりだったよ」


「……そっか」


「まあ、いろいろあったけど、悪いことばっかりじゃなかったさ」


 兜のせいで表情は分からない。


 それでも、クルスが懐かしい何かを思い出していることは、声の調子から伝わってきた。


 アドニスは何と返せばいいのか分からず、しばらく黙っていた。


 そのときだった。


 ぐううううううっ!


「……腹減った!」


「ええっ!?」


「とりあえず飯だ! 何食べたい?」


 あまりにも唐突な話題の転換に、アドニスは目を丸くする。


「え、えーっと……肉!」


「肉かー! 昼も肉だったような気がするけど、まあいいか! 育ち盛りは食べないとな!」


 そう言ってクルスは歩き始めた。


 アドニスも、その背中を追いかける。


 いつの間にか、二人の足取りは少し軽くなっていた。


     ※


 昼間にも訪れた露店の並ぶ広場は、夜になってさらに活気を増していた。


 青や緑の街灯が石畳を照らし、店先には色とりどりの料理が並んでいる。


 肉の焼ける香ばしい匂い。


 威勢のいい客引きの声。


 行き交う人々の笑い声。


 昼間とは違った賑やかさに、アドニスは目を輝かせた。


「うわー! おいしそうな匂い!」


「だろ? 夜は昼間より店も増えるんだよ」


「あっ、そういえばさ」


「ん?」


「その兜、どうやってご飯食べるの? 脱がないと駄目なんじゃない?」


「……あ」


「脱いだらハゲ見えちゃうよ」


「おいーーー! はっきり言うな!」


 クルスは慌てて兜の顎のあたりを触り始めた。


「でも、これ……前の部分だけ開きそうなんだよな」


「どれどれ?」


 アドニスが横から覗き込む。


 白銀とはほど遠い、ツヤもなくどこか無骨な造りの兜。


 よく見ると、側面の内側に小さな突起があった。


 その先端が、淡く光っている。


「あれ? これ、スイッチじゃない?」


「ん? どこだ?」


「ここだよ。ポチッ!」


「おい、ちょっ――!」


 ピッ!


 キュイイイイイン!


 突然、兜の内部から甲高い作動音が響いた。


 目の部分が淡い緑色に輝き、細かな機械音が連続して鳴り始める。


「うわっ! 押したのかよ!」


「だ、大丈夫!?」


「……え?」


 クルスの動きが止まった。


「ええっ!? な、なんだこれ!?」


 両手で目の部分を覆ったかと思えば、すぐに手を離す。


 露店を見る。


 アドニスを見る。


 自分の手元を見る。


 そして、また露店へと視線を戻した。


「ちょっと! クルス! 何が見えてるの!?」


「すごい……!」


「何が!?」


「これ、すごいぞ! これは、武具屋の親父さんが使ってる鑑定スキルみたいなやつだな!街中の物や武具の名前や特殊効果まで分かる!」


「ええっ!?」


「魔道具……いや、兜だから魔装って言うのか? とにかく、ものすごい物だ!」


 ガジャッ!


 突然、兜の顔面部分が中央から左右に分かれた。


「うわっ!」


 驚いて飛び退くアドニス。


 開いた兜の中から、クルスの顔が現れる。


 つい先ほどまでの落ち込みが嘘のように、満面の笑みを浮かべていた。


「ありがとう、アドニス!」


「えっ!?」


 クルスはアドニスの手を両手で掴み、勢いよく上下に振った。


「これはすごい装備だ! 本当にありがとう!」


「わ、分かったから! 手が取れちゃうって!」


 ジャカッ!


 兜の顔面が閉じ、再び緑色の光が灯る。


「すごい! ほんとにすごい!」


 ガジャッ!


「ええっ!? そんなことまで分かるのか!」


 ジャカッ!


「おおおおっ!」


「ぷぷっ! さっきから『すごい』しか言ってないじゃん! 何がどうすごいのか全然伝わらないよ!」


 クルスは再び顔面を開き、アドニスに向かってにやりと笑った。


「ふっふっふっ。これは明日が楽しみだな!」


「……なんだよ、その顔」


「さーて! 飯だ飯だ!」


 クルスは軽い足取りで露店へ向かった。


 その変わりように、アドニスは思わず首を傾げる。


「……急に元気になったな。大丈夫かな?」


「大丈夫、大丈夫!」


 クルスが振り返った。


「この兜、精神強化っていう効果まで付いてるんだよ! だからもう、何にも気にならない!」


「へえ……」


「ほら、あっちの肉もうまそうだ! こっちの料理は何だろうな! あはははは!」


 クルスは両手を広げ、弾むような足取りで歩き始めた。


 いや、歩いているというより、踊っている。


 人混みの中をひらり、ひらり。


 軽やかに身体を回転させながら、露店から露店へと移動していく。


「ちょ、ちょっとクルス!」


「んー?」


「なんかテンションおかしくない!? 周りの人、すっごく見てるよ!」


「どうしてー? 全然おかしくないよー!」


 くるり。


 くるくる。


「ほら! こんなに身体が軽いんだよ!」


「だから回らないでってば!」


 アドニスの声など聞こえていないかのように、クルスは人々の間を踊り続けた。


 そして――。


「あっ! 危ない!」


 前方から、大きな皿に料理を載せた男が歩いてきた。


 筋骨隆々とした戦士風の大男だ。


 クルスがその目の前でくるりと回る。


「おっと!」


 男は慌てて身体をひねった。


 しかし、皿が大きく傾く。


 ガシャン!


 料理が石畳へと滑り落ちた。


「……あ?」


 男が足元を見下ろす。


 続いて、くるくると回り続けるクルスを見た。


「おい! なんだてめえ! 危ねえだろうが!」


「ごめんねー!」


「ごめんじゃねえ! 飯が全部落ちたじゃねえか!」


 男がクルスの肩を掴もうとする。


 ヒョイッ。


 その手は空を切った。


「……あ?」


 男がもう一度手を伸ばす。


 ヒョヒョイッ。


 クルスは踊るように身体を傾け、またしてもかわした。


「逃げんじゃねえ!」


「逃げてないよー!」


「逃げてんだろうが!」


「ちょっと! クルス、止まって!」


 アドニスが駆け寄ろうとする。


 しかし、男はすでに怒り心頭だった。


「飯代弁償しやがれ!」


「いいよー! 弁償するよー!」


「だったら止まれ!」


 男が拳を振り上げる。


「オラァッ!」


 ブンッ!


 大きな拳がクルスの顔面を狙った。


 だが、当たらない。


 クルスはわずかに首を傾けただけだった。


「……ん?」


 男が目を見開く。


 続けざまに拳を繰り出す。


 右、左、右。


 どれも確実に捉えたはずの一撃だった。


 しかし、そのすべてが、ほんのわずかな差で空を切る。


「おおおっ! すごい!」


 アドニスが思わず声を上げた。


 クルス自身も、不思議そうに自分の身体を見下ろしている。


「へえ……。なんだか当たらないねえ」


「てめえ! ふざけやがって!」


「いやいや、飯代は払うって言ってるじゃないかー!」


「そのふざけた態度が気に入らねえんだよ!」


 男は背中に手を伸ばした。


 引き抜かれたのは、斧とハンマーを組み合わせたような大きな武器。


 その刃が街灯の光を受けて鈍く輝く。


「うわっ! 武器を!クルス!早く謝ってよー!」


「おおー。抜いちゃったねー。でも抜いたからには……」


 クルスは相変わらず楽しそうだった。


「大丈夫かなー? 後悔しないかなー?」


「この野郎!」


 男が武器を振り下ろす。


 ゴウッ!


 風を切る音が響いた。


 クルスは軽く身体を横へ流す。


 刃は石畳のすぐ上を通り過ぎた。


「おおおおおっ!」


 周囲から歓声が上がった。


「喧嘩だ! 喧嘩!」


「兜の兄ちゃん、やるじゃねえか!」


「大男も負けるなよ!」


 いつの間にか、人だかりができていた。


「さあさあ! どっちが勝つか賭けようじゃねえか! 兜の兄ちゃんか、大男か!」


「俺は大男だ!」


「いや、あの兄ちゃん、ただ者じゃねえぞ!」


 勝手に賭けまで始まっている。


「ええええっ!? ちょっと待ってよ!」


 アドニスは必死に人混みをかき分けた。


「クルス! もうやめようってば!」


 しかし、周囲の大人たちに押され、どんどん後ろへ追いやられてしまう。


 十歳のアドニスには、人垣の向こうがまるで見えない。


「おーい! クルスー!」


 聞こえてくるのは怒号と歓声ばかり。


「くそっ! なんで当たらねえ!」


「あはははは!」


「おおおおっ!」


 アドニスは頭を抱えた。


 ――とんでもないことになっちゃった!


 あの兜、絶対におかしい!


 精神強化って言ってたけど、どう考えても普通じゃない!


 もしかして、呪いの兜なんじゃ……!?


「あっ!」


 アドニスは何かを思いつき、《記拳グローブ》のコンソールを開いた。


 使える魔法の一覧が浮かび上がる。


 しかし――。


「……ない!」


 使える魔法が少なすぎる。


 ファクトが熟練度に応じて制限をかけているため、今のアドニスには、この騒ぎを収められそうな魔法が見当たらなかった。


「うわあああ! ファクトー! どうにかしてよー!」


 そのとき。


 ヌッ。


「うわっ!?」


 足元の地面から、見慣れた顔が現れた。


「……なんだ。ずいぶん賑やかだな」


「ファ……!」


 アドニスが叫ぼうとした瞬間、口が動かなくなった。


「もごっ!?」


「しーっ。騒ぐなって」


「もごもごもご!」


 ファクトは地面から顔だけを出したまま、人垣の向こうへ視線を向けた。


「……ああ、あれか。ナイトヘルムだな」


「もごっ!?」


「ありゃ失敗作だ」


 ファクトは、なぜか楽しそうに笑った。


「懐かしいな。まだあんなのが残ってたのか」


「もごもごもごもご!」


「まあ待てって。ちょっと細工すれば、人間にも使えるようになるだろうけどな」


 ファクトはしばらくクルスの方を眺めていた。


「……あのまま使わせても面白そうだな」


「もごおおおおっ!!」


 アドニスが両手を振り回す。


「ああ、悪い悪い」


 ファクトが指を軽く動かすと、ようやく口が自由になった。


「ぷはっ! ちょっと! 笑ってる場合じゃないでしょ!」


「分かった分かった。とりあえず、お前とクルスをここから転移させるぞ」


「えっ?」


 アドニスの身体が白く輝いた。


 そのとき、人垣の向こうから大男の怒声が響いた。


「今度こそ逃がさねえぞ!」


「わあー! まだやるのー?」


 クルスの楽しそうな声が重なる。


「ちょっと! クルスもちゃんと――!」


 アドニスが言い終えるより早く、視界が真っ白になった。


 次の瞬間、二人の姿は広場から消えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キャラクター設定資料・イラストなどをXで公開しています!
※本編未登場のキャラクターを含む場合があります。
X:モハメド商会(@Moham_MAD_SK)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。