第17話 特訓開始
路地裏で絵本をアイテムボックスにしまったアドニスは、ふと自分のお腹に手を当てた。
「んーーー。なんだか変な感じ……。」
「んん?どうした?まだ腹いっぱいじゃないのか?」
クルスが不思議そうにアドニスの顔をのぞき込む。
「ううん。こっちに来てから空腹感も喉の渇きもなかったんだけど、ご飯を食べてから、お腹っていうか……なんか変な感じがするんだ。」
アドニスは、自分のお腹をさすりながら首をかしげる。
「なんだろう……。ちょっと待って。」
ドサドサッ! ぐちゃっ!
「「あああああ!!!」」
突然、アドニスのズボンの隙間から、先ほど食べた料理が零れ落ちた。
「ええええ!? 食べたものが……。僕、漏らしちゃった……の?」
足元に散らばった料理を見つめ、アドニスは顔を真っ赤にする。
「やっぱりかー。なんか変だと思ったんだよ。」
クルスは額に手を当て、困ったように笑った。
「思念体は、気体や液体からできているんだ。そりゃ固体を中に入れたら、そのまま出ていっちゃうよな。」
「えええ……。じゃあ、僕が食べたものって全部……。」
「そういうことだな。」
アドニスは、がっくりと肩を落とした。
騒ぎを聞きつけた小柄な思念体がやって来て、地面に落ちた料理をせっせと片付け始める。
「ご、ごめんなさい……。」
申し訳なさそうに頭を下げるアドニスだったが、ふと疑問が浮かんだ。
「あれ? それじゃあ服を着たり、ああやって掃除道具を持ったりって、できないんじゃないの?」
「かっかっか! 確かにそう思うよな!」
クルスは楽しそうに笑い、アドニスの胸当てをコンコンと叩いた。
「そこが思念体の不思議なところでな。思念体を作ってる素材のグレードにもよるらしいけど、ある程度の重さなら持ったり装備したりできるんだ。」
「そういうことなの?」
「特に手や足みたいに細い部分は、身体のほかの部分より密度が高くて、固く頑丈にできてるんだ。だから普通の片手剣くらいなら問題なく持てるってわけだ。」
「あっ! だから武具屋のおやじさんが、装備できるものは限られてるって言ってたんだ! 重量の問題なんだね!」
「そういうことだ。……それより、ズボンが汚れちまったな。替えの服はないんだろ?」
「あー、そうだね。でも、これって元々は一枚の長い布なんだよね。それをここのボタンで……あれ?」
アドニスが服の形状変更ボタンを見ると、小さな光がチカチカと点滅していた。
「なんか光ってる……?」
少し考えたあと、アドニスはボタンを押してみる。
ポチッ。
シュルルルルルル!!
「わっ! わわわ!!」
一瞬、インナーが消えて身体がむき出しになったかと思うと、布が再び身体を包み込んでいく。
今度は、オレンジ色だったインナーが青色に変わっていた。
それどころか、ズボンについた料理の汚れまできれいさっぱり消えている。
「おおーー! すごい! 新品みたい!」
「ほーーー。綺麗になったな。その魔道具、すごいじゃないか! どんな仕組みなんだろうな?」
クルスは興味津々といった様子で、アドニスの服を眺めている。
「今度サウザーってやつに会ったら、俺の分も欲しいって言っといてくれよ。」
「サウザー……。」
その名前を聞いて、アドニスは少し寂しそうな表情になった。
「会えるのかな……。ううん。会えると思うから、会ったらクルスの分も欲しいって言っとくよ!」
「おう! 頼んだぞ!」
クルスはにこやかに親指を立てた。
片付けをしてくれた思念体にもう一度お礼を言い、二人は路地裏を出た。
しばらく歩いたところで、クルスが口を開く。
「さてと。サウザーってやつの話も出てきたことだし、色々話してもらおうかな。」
「うっ、うん。クルスは何が知りたいの?」
「んーーー。まず、お前が人間なのに思念体になった理由かな。あと、なんだっけ? マキタ? なんか違うな。ママママ……。」
「マキナね。」
パンッ!
クルスは手を鳴らし、人差し指をアドニスに向けた。
「そう! マキナ! アドニスは、マキナってところから来たんだよな?」
その質問に、アドニスは首を横に振る。
「ううん。僕は地球ってところから来たんだ。僕が住んでた星の名前だけど、世界の名前とかは分からないかな。」
「地球?」
クルスは目を丸くする。
「ってことは、その地球ってところからマキナに来て、ファクト様にラムダへ連れてこられたってことか?」
アドニスは、俯きながら深く頷いた。
クルスも腕を組み、複雑そうな表情を浮かべる。
「僕は……地球には、もう帰りたくないんだ。」
アドニスは、ぽつりと呟いた。
「……でも、マキナには帰りたい。友達が……サウザーが待ってるから……。たぶん……。」
「かーーーー。なんか辛気臭い話になっちまったな。これだからお子様は……。」
クルスは頭をかきながら、少し考える。
「ああ、でもなんでファクト様がお前をマキナからラムダに連れてくることになったんだ? サウザーと一緒にいたかったんだろ?」
「それは……。言っていいか分からないから、今は言えないかな。たぶんファクトに怒られると思う……。」
ファクトの名前が出た途端、クルスの表情が変わった。
「ううううううんんん……。」
腕を組んだまま俯き、しばらく考え込む。
「そこはかなり気になるけど、ファクト様に口止めされてるんなら、俺が聞けるようなことじゃないな。」
そう言って、クルスは顔を上げた。
「じゃあ、思念体になったのはどうしてなんだ?」
「それは……僕もよく分からないんだけど……。サウザーに誘われて最初にマキナへ来たとき、木の中に閉じ込められてたんだ。その木からサウザーが出してくれて……って感じかな?」
「ききききき、木の中に閉じ込められてただと!?」
クルスの目が、再びまん丸になる。
「もしかして、その木ってすごく大きかったか!? あそこに生えてる木より、もっと大きい木か!?」
道端の街路樹を指さしながら、クルスは両手を広げて大きさを表現する。
「うん。たぶんもっと大きい木。自分が小さかったから大きく見えたのかもしれないけど、それでもすごく大きかったと思うよ。」
「それは、たぶん霊木ってやつだろうな。」
クルスは額に手を当て、少し笑った。
「ラムダにも一本あるんだ。ラムダの街はほとんど人間しかいないから、魔素も薄いって師匠が言ってた。」
「へぇー。」
「俺も見たことはないんだけど、ラムダから北に行ったところに霊木があって、その周りにはマジカルヒューマノイドの街があるらしい。それに霊木は、思念体の素材にもなるとか……。」
「そうなんだ……。」
アドニスは、マキナで見た大きな木を思い出していた。
しばらくして、別の疑問が浮かぶ。
「あれ? そういえば、ジンとラムダの街に入ったとき、空を飛んでる人や荷物を浮かせて運んでる人がいたんだけど……。あれは人間なの?」
「おっ、いいところに気づいたな!」
クルスはアイテムボックスから一本の木の棒を取り出した。
「これは、人間でも魔法が使えるようになる魔法の杖だ。この杖には五つまで魔法を登録できるんだよ。」
「へぇーー!」
「かなり高価なものでな。何本も持ってるやつもいるけど、俺は一本だけ。しかも師匠からもらったんだ。」
クルスは近くの休憩用のテーブルに置かれた水の入ったピッチャーへ杖を向ける。
「よっと……。」
ふわっ。
ピッチャーが青く光る粒子に包まれ、宙に浮かび上がった。
「うわぁ!! 宙に浮いた! クルスすごいや! どうやったの?」
「この杖に登録されてる浮遊魔法の効果だよ。これを自分にかけると……。」
ふわーーっ。
今度はクルスの身体が青い粒子に包まれ、ゆっくりと浮かび上がる。
「どうだ? こんな感じで飛んでただろ?」
クルスは空中で姿勢を正し、進行方向へ顔を向ける。
すると、その方向へゆっくり進み始めた。
「うんうん! そんな感じだった!」
クルスは地面に降り立つ。
「これを使ってるのは人間だよ。マジカルヒューマノイドは、杖がなくても自分の魔素を使って魔法を使えるからな。」
そう言いながら、杖をアイテムボックスに戻す。
「あっ、ちなみに闘技会に出場するのは人間だけだ。ただし、魔法剣や魔法の杖を使って魔法を使ってくるやつもいる。その対策もしないといけないな。」
続いてクルスは、ポケットから一センチほどの黒い粒を取り出した。
「ほら、これ。」
「なにこれ? 小石?」
「小石じゃないよ! サンガルマの種だ。」
「サンガルマ?」
「通称、火炎草って呼ばれてる植物でな。込める魔素の量によって、小さく長く燃やしたり、一気に燃焼させて爆発させたりできるんだ。」
アドニスは黒い種をまじまじと眺める。
「そうなんだ……。これは何に使うの?」
「戦闘中にサンガルマの種をばらまいて、浮遊魔法をかけると……。」
「ああ! 火の玉になる!?」
「勘がいいな! そういうことだ。初歩的な火炎魔法みたいな使い方ができるんだよ。」
クルスは種を受け取り、しまった。
「まー、そういうことも含めて戦闘訓練だな。それじゃ演習場に行くか!」
「うん! よろしくお願いします!!」
アドニスが勢いよく頭を下げると、クルスはその頭をわしゃわしゃと撫でた。
「わわっ! だから髪をぐちゃぐちゃにしないでよ!」
「かっかっか! 元気があってよろしい!」
そんなやり取りをしながら、二人は演習場へ向かった。
※
ラムダは、隣にある星フォールーンの放つ光によって、一日の大半が明るい。
露店街から演習場へ移動する頃には、辺りはうっすらと暗くなり始めていた。
「あっ、いらっしゃいませ。今日の演習場の利用受付は、もう少しで締め切りますので、お早めにお願いします。」
受付嬢が二人に声をかける。
「確かにな。もう日が傾いてるからな。それじゃ二人頼むよ。場所はどこでもいい。広くなくてもいいからさ。」
クルスはアドニスの方を振り返る。
「ほら、アドニスも会員証を出せって。」
「あっ、うん!」
アドニスはいそいそと会員証を取り出した。
「かしこまりました。それでは二名様、十九番の演習場へどうぞ。」
受付嬢は二人の会員証と、何か文字の書かれた札を手渡した。
「よし! あのポータルに乗るぞ。そしたら十九番の演習場に行けるから。」
アドニスは少し緊張した様子でクルスの後ろについていく。
二人がポータルに乗った瞬間、クルスの持っている札の文字が青く浮かび上がった。
パァァァッ!
ポータルから青い光が放たれ、目の前が真っ青に染まる。
次の瞬間、二人は先ほどとはまったく違う場所に立っていた。
「うわーーーー! すごい! 運動場よりずっと広いや!!」
「また、えらく広いところに来たもんだな。」
クルスは頭をポリポリとかきながら、アドニスから少し距離を取った。
「よーし! 何か魔法を撃ってみろ!」
「へっ!? いきなり始めるの? 魔法って言ってもなぁ……。」
アドニスは《記拳グローブ》のコンソールを開き、使用できる魔法の一覧を眺めた。
「おーーい! 何やってんだー! 早く撃ってこいよ!」
「それじゃ……火炎魔法かな。」
アドニスは手のひらをクルスへ向ける。
「火炎魔法!!」
ぼわっ!!
ひょろひょろひょろ……ぼぼぼぼ……ぷすっ。
手のひらから放たれた直径二十センチほどの火の玉は、数メートル先まで飛んだところで、あっけなく消えてしまった。
「ぶっ……ぶはっはっはっはっ!! 何だよそれ! 全然飛ばないじゃないか!」
「えええええ!? 全然飛ばない……。うーーー!」
悔しそうなアドニスは、もう一度手のひらをクルスへ向けた。
「火炎魔法! 火炎魔法!! 火炎魔法!!!」
ぼぼぼぼ!!
ひょろひょろ……ぷすぷす……。
「うっ……。」
「だーっはっはっはっ!! あーーーおかしい! 腹がよじれる! どうしてそうなるんだよ!!」
クルスは腹を抱えて大笑いしている。
アドニスは頬を膨らませ、再び手をかざした。
「もう! じゃあ、こっちはどうだ! 閃光魔法!!」
ビシュ――――ン!!
……どーーーーん!!
凄まじい閃光とともに、黄色いレーザーのような光がクルスの頬をかすめて飛んでいった。
「…………。」
「…………。」
一瞬、何が起きたのか理解できない二人。
クルスはその場に尻もちをついてしまった。
「なななな、何だよ今のは!! おっかねぇーー!! 無防備で当たってたらヤバかったぞ!!」
演習場の壁には、大きな穴が開いていた。
「あわわわわ! これ、やばい!! レーザー砲だ! 遠くの壁に穴が開いちゃった!!」
「や、やっぱりあれを開けたのが、さっきの閃光魔法なのか!? なかなかの威力だな……。」
クルスはゆっくりと立ち上がる。
一方のアドニスは、自分の魔法の威力に嬉しくなり、ぴょんぴょん跳ねていた。
二人はしばらく、煙を上げる壁を無言で見つめていた。
「…………。うーん。火炎魔法!」
ぼぼっ……ぽとん。
メラメラメラ……。
火の玉は真下に落ち、しばらく燃えてから消えてしまった。
「だっはっはっはっ! やっぱりそうなるんだな! 普通、もっと派手に飛んでいくもんじゃないのか?」
「うーーーん……。」
「これなら、サンガルマの種に浮遊魔法をかけて飛ばす方がよっぽど使えそうだな。」
「火炎魔法に浮遊魔法かぁ……。」
アドニスは俯き、考え込んだ。
そのときだった。
ヌッ!!
「うわあああ!!」
俯いていたアドニスの真下から、突然、人の顔が生えてきた。
ファクトである。
「びっくりした!! またそんなところから出てきて! 今度は何だよ! 笑いに来たの!?」
「かっかっかっ! すまんすまん。別に笑いに来たわけじゃないよ。」
ファクトは楽しそうに笑う。
「人間相手に魔法の練習も酷だなと思ったから、ヒントを与えに来たんだ。……またジンに怒られるから手短にな。」
「あっ! ファクト様!!」
クルスは慌ててファクトに駆け寄り、深々と頭を下げた。
「ヒント? 答えじゃなくて?」
アドニスは不満そうに口を尖らせる。
「よっ! クルスにはこれを渡しておく。」
ファクトは指輪型の魔道具を取り出した。
「三回までは、どんな魔法も吸収する魔道具だ。魔法が当たれば自動的に発動する。これならアドニスの魔法が当たっても大丈夫だろう。まあ、必要ないかもしれないが、念のためな。」
「…………!!」
クルスは指輪を受け取ると、その場に膝から崩れ落ちた。
「あああああ!! ファクト様!! 私めを気遣ってくださるのですか!! ありがとうございます!! 生涯大切にします!!」
「ちょっと! 早く教えてよ!」
ファクトの手をぐいぐい引っ張るアドニス。
どうやら、ファクトに対する二人の温度差は相変わらずらしい。
「分かった分かった! とりあえずヒントからだ。答えを言ったところで理解できないだろうからな。」
ファクトは壁の方へ向き、人差し指を突き出した。
「魔法なんてそんなものだ。まあ、まずは見てみろ。」
「火炎魔法。」
ボシュ――――ン!!
……どーーーーん!!
「わっ!! 飛んだ!!」
「なっ。これが本来の火炎魔法だ。要するに魔法ってのは、魔素操作のイメージなんだよ。イメージな、イメージ。」
「イメージ……。」
アドニスは自分の手を見つめた。
「火の玉が飛んでいくようなイメージ……。よし!」
「火炎魔法!!」
ぼぼっ!!
ひゅるひゅるひゅる……ぷすっ。
「うっ……。やっぱり駄目じゃん!」
火の玉は先ほどより少し遠くまで飛んだものの、数メートル先で落ちて消えてしまった。
「かっかっかっ! 上出来だよ! イメージ! イメージだ!」
ファクトはそう言い残し、再び地面の中へ消えていった。
「ああ……行ってしまわれた……。」
クルスは名残惜しそうに地面を見つめていたが、すぐに気を取り直す。
「さっ、特訓特訓! 今見た火炎魔法のイメージがあるうちに、どんどんやってみよう!」
「うん! 分かった!」
アドニスは手のひらを前に突き出す。
「火炎魔法!!」
ぼぼっ!
ひゅるるるる……ぼぼぼ……。
やはり数メートル先で消えてしまう。
その後も何度も試みるが、飛距離はほとんど変わらなかった。
「ううううう!! どうしてーー!? どうして飛んでいかないの!?」
頭を抱えて悩むアドニス。
クルスは火の玉が落ちた場所まで歩き、距離を確かめている。
「本当に飛んだ距離は全然変わらないな……。うーん。俺も魔法はよく分からないからなぁ。」
しばらく考えたクルスが、ぽんと手を打った。
「あっ、ちょっとやり方を変えてみようか。ファクト様は指先から火炎魔法を出してたような感じだったから、真似してみるか?」
「うん! やってみるよ!」
アドニスは人差し指を前に向けた。
「火炎魔法!!」
ボシュ――――ン!!
……ぼぼぼっ!
「おおお! 飛んだ!」
「やったーー!! 飛んだ飛んだ!!」
手のひらではなく指先から放つことで、火の玉は先ほどとは比べ物にならない距離を飛んでいった。
ファクトの魔法と比べれば威力は弱いものの、確かな進歩である。
「魔法はイメージかーーー。」
アドニスは指先を見つめ、何かを思いついた。
「じゃあ今度は、ミサイルを撃つようなイメージで……。ミサイル、ミサイル……。」
指先に意識を集中させる。
「火炎魔法!!」
ドシュ――――ン!!
……どーーーーん!!!
「うわっ!!!」
「へっ!?」
指先から放たれた火の玉は、矢のような形となって凄まじい勢いで飛んでいった。
その速度も威力も飛距離も、先ほどファクトが見せた火炎魔法を上回っていた。
炎の矢はクルスの頭上をかすめ、そのまま遠くへ飛んでいく。
クルスは驚いて、その場に尻もちをついた。
「あたたた……。何だよ今の! びっくりした……。」
クルスは立ち上がりながら、ふと鼻をひくつかせた。
「……くんくん? なんか焦げ臭くないか?」
「あっ!! クルス!! 髪! 髪が燃えてるよ!!」
「えっ?」
クルスの頭頂部に、火がついていた。
「かっ、髪が!! ああああ!! 髪がーーー!! あっちちち!!」
クルスは慌てて頭の火を手で払いのける。
「あちち!! ああ……髪が……。」
先ほどまで綺麗に整えられていたツンツンの髪形は、一変していた。
頭頂部の髪の毛が、きれいさっぱりなくなっている。
「ぶっ……。クルス!! 髪! 髪が!!」
「ううう……。せっかく散髪したばっかりだったのに……。あーーもう!!」
クルスは頭を押さえた。
「……って、あれ? 本当に髪がないじゃないか!! どうするんだよこれ!?」
どうにかして自分の頭を確認しようとするクルス。
アドニスはアイテムボックスから手鏡を取り出し、差し出した。
「あっ、これ使って。」
「あ、ありがとう……。」
クルスは鏡をのぞき込む。
「うわーーーー!! 髪が……。」
まるで、この世の終わりのような顔である。
アドニスは必死に笑いをこらえながら、再びアイテムボックスを開いた。
中からジンの思念体が顔を出し、クルスを見てニコリと微笑む。
「ああ……ジン様……。」
クルスは力なく呟いた。
「もう、髪なんてすぐ生えてくるでしょ! ほら、これ!」
アドニスは両手に二つの装備を持っていた。
右手には頭頂部を隠せるヘッドギア。
左手には顔まですっぽり覆う、鉄仮面のような兜。
「これ被れば分からないでしょ?」
「いや……お前だよ! なんであんな危ないものを発射してるんだよ! 直撃したら大変だったぞ!?」
クルスは文句を言いながらも、二つの装備を見比べる。
「……でも、これはありがとう。」
そして、顔まですべて隠れる兜を選んだ。
「やっぱりそっち?」
アドニスは、にっこり笑った。
「ジンに、頭がハゲた人が被りそうな兜を持ってきてって頼んだら、それ持ってきたんだぁ。」
「おいーーーーーー!!」
クルスは兜を抱えたまま叫んだ。
「あのにっこりは、そういう意味かーーー!! ジン様―――!!」
そんなこんなで、特訓一日目は終了した。




