第19話 ナイトヘルム
――パッ!
視界を覆っていた白い光が消えた。
「うわっ!?」
アドニスは思わず両手を広げ、よろめきながら足元を確かめた。
そこは、先ほどまでの賑やかな広場ではなかった。
青い街灯が等間隔に並ぶ、薄暗い街道。
周囲に人影はなく、遠くには多重結界闘技場の巨大な外壁が見えている。
夜風が吹き抜け、先ほどまで耳を埋め尽くしていた怒号や歓声が、まるで嘘のように消え去っていた。
「……あれ?」
アドニスが周囲を見回す。
隣には、例の兜を被ったクルスが立っていた。
「わあー! 瞬間移動だー!」
クルスが両手を広げた瞬間、びくりと身体を震わせた。
「……がっ! 頭が……!」
しかし、次の瞬間には何事もなかったかのように、くるりと回転する。
「すごいねー! すごいねー! ぎっ! 頭が……!」
「……まだそれやってるの!?」
アドニスは思わず頭を抱えた。
そのとき、何もなかった空間に人影が現れた。
「よっ」
「ファクト!」
「おおおおっ! ファクト様ー!」
クルスが勢いよく膝をついた。
先ほどまで陽気に踊っていたとは思えないほど、凛とした動きだった。
「お会いできて光栄ですー! ……ぐっ! 頭が……!」
「……お、おう」
ファクトは少しだけ面食らったようにクルスを見下ろした。
「お前、ずいぶん楽しそうだな」
「はいっ! とってもハッピーでーす!」
「……だろうな」
ファクトは苦笑いを浮かべた。
「ちょっとファクト!」
アドニスが二人の間に割って入る。
「助けてくれたのはありがたいけど、魔法を制限しすぎじゃない!? さっきみたいなとき、何にもできなかったんだけど!」
「当たり前だろ。熟練度に応じて使える魔法が増えるって説明したじゃねえか」
「そうだけどさ! この街道で瞬間移動できたときは、もっと自由に使えたじゃん!」
「そりゃ、制限をかける前の話だろ」
「うう……」
ファクトは腕を組んだ。
「じゃあ聞くけど、お前、さっきの演習場で魔法の基礎的な性質を理解できたか?」
「……」
アドニスは視線をそらした。
「……まだ、よく分かってない」
「だろ?」
「でも、いざってときに困るじゃん!」
「だから、困らないように覚えるんだよ」
「むうう……」
反論できず、アドニスは頬を膨らませた。
その横で、クルスが突然立ち上がる。
「ファクト様!」
「ん?」
「アドニスの火炎魔法で、俺の髪がなくなりました!」
「……ああ」
「でも、ジン様からこの素晴らしい兜をいただきました! ……がががっ! 頭が痛い……!」
頭を押さえつつ、クルスは胸を張った。
苦痛に身体を震わせているのに、その声だけは妙に明るい。
明らかに様子がおかしい。
「おかげで、今はとってもハッピーでーす!」
「……うん。知ってる」
ファクトは額に手を当てた。
「それ、ナイトヘルムっていうんだけどな」
「ナイトヘルム!」
「実は、失敗作なんだよ」
「えっ!?」
アドニスが振り向く。
「やっぱり!? さっきも言ってたけど、どういうこと!?」
「簡単に言うと、精神に作用する術式の調整がうまくいってない」
ファクトはクルスの兜を指さした。
「普通の人間が装着すると、精神強化の効果がどんどん強くなっていくんだ。もともと精神耐性が高い奴ならまだしも、そうじゃない奴が使い続けると……」
ファクトが言葉を切る。
アドニスも、その視線を追った。
「ハッピーハッピー、ハーッピー! ……うひょー! 頭が割れる! ハッ……ハッピィーーー!」
クルスが両手を振りながら、二人の周囲を回っていた。
「……ああなる」
「……うん。よく分かった」
アドニスは深く頷いた。
「でも、なんで精神を強くすると、あんなふうになるの?」
「本来なら、恐怖や混乱なんかに耐えられるようにする効果なんだけどな。こいつは調整が狂ってるせいで、感情や衝動を抑える働きまでおかしくなってる」
「じゃあ、クルスは楽しくて踊ってるわけじゃないの?」
「楽しいのは本当だろうさ。ただ、自分で止められなくなってるんだよ」
「……それだけ?」
「いや。ついでに言うと、人間じゃ処理しきれないような情報量が、頭に流れ込んでる」
「……え?」
アドニスは、頭を押さえながら踊るクルスを見た。
「それで、さっきから頭が痛そうなんだ……」
「そういうことだな」
「……それ、めちゃくちゃ危ないじゃん!」
「だから失敗作なんだって」
ファクトはあっさり答えた。
「クルス! もうその兜、脱ごう!」
「えー? なんでー?」
「なんでじゃないよ! 危ないんだって!」
「大丈夫だよー!」
クルスはひらりと身をかわした。
「ほら! こんなに元気!」
「元気すぎるんだよー!」
アドニスが飛びつこうとする。
しかし、クルスは軽やかに回転し、あっさりと避けてしまった。
「うわっ!」
勢い余って転びそうになるアドニス。
その様子を眺めていたファクトが、片手を持ち上げた。
「ほらよっと」
指先が素早く動く。
まるで空中に何かを描くように、いくつもの印を結んだ。
シュシュシュシュッ!
スーッ!
ポンッ!
「あっ!」
クルスの頭から兜が抜けた。
まるで見えない手に引き上げられたかのように宙を滑り、ファクトの手元へと収まる。
「……あ」
クルスの動きが止まった。
次の瞬間。
ガクッ!
「クルス!?」
膝から崩れ落ち、そのまま地面に倒れ込んだ。
「ちょっと! 大丈夫!?」
アドニスが慌てて駆け寄る。
クルスの顔は、先ほどまでの笑顔が嘘のように青ざめていた。
「クルス! ねえ!」
「……うう」
ゆっくりと仰向けになったクルスは、虚ろな目で夜空を見上げた。
そして、震える手を頭へと伸ばす。
「……髪が」
「……え?」
「俺の……髪が……」
手のひらで、そっと焼けてしまった部分を隠す。
「ううううう……」
「……」
アドニスは何とも言えない表情になった。
さっきまで、あんなに楽しそうだったのに。
まるで身体の中から明かりが消えてしまったようだった。
「……元に戻ったんだね」
「……髪が……」
「うん……。戻ったみたいだね……」
クルスはそのまま動かなくなった。
そんな二人の横で、ファクトは兜を片手に持ち、じっと眺めていた。
「……さて、と」
その声に、アドニスが振り向く。
「何するの?」
「ちょっと直してみる」
「えっ!? 直せるの!?」
「まあな」
ファクトは兜を宙に浮かべた。
その周囲に、淡い緑色の光が灯る。
アドニスが目を見開いた。
「……わあ」
兜の表面から、無数の文字が浮かび上がってきた。
見たこともない文字。
読めない記号。
複雑な模様。
それらが幾重にも重なり、兜の周囲を漂っている。
しかし、その並び方はアドニスが見ても分かるほど滅茶苦茶だった。
文字の大きさも、向きも、間隔もそろっていない。
互いにぶつかり合うように重なり、ときには不規則に明滅している。
「……なにこれ」
「術式だよ」
ファクトが答えた。
「俺が昔、よく分からず適当に詰め込んだやつだ」
「適当に!?」
「そう。ちょっと面白そうな術式をいろいろ入れてみたら、思ってたのと違う効果まで付いちまってな」
「……」
「当時は術式を整理するのも面倒だったから、そのままアイテムボックスに放り込んでた」
「……それ、アイテムボックスの中のジンが持ってきちゃったんだ」
「そういうことだな」
ファクトは肩をすくめた。
「ま、せっかくだから使えるようにしてやるよ」
そう言って、両手をかざした。
指が動く。
シュッ。
シュシュッ。
指先の動きに合わせ、空中に新たな文字が現れた。
その文字が、乱雑に浮かんでいた術式の間へと入り込んでいく。
すると――。
カチッ。
まるで見えない歯車が噛み合ったかのように、いくつかの文字が整列した。
「おおっ!」
アドニスは思わず声を上げた。
ファクトの指がさらに動く。
シュシュシュシュッ!
次々と新たな文字が生まれ、古い術式の隙間へと収まっていく。
乱雑だった配列が、少しずつ規則正しい形へと変わっていった。
文字の列が輪を描く。
幾重もの輪が重なり、兜を包み込む。
まるで巨大な立体の魔法陣だった。
「すごい……!」
アドニスは夢中になって近づいた。
途中、地面に倒れていたクルスをひょいと跨ぐ。
「……おい」
クルスが小さく声を漏らしたが、アドニスの耳には届かなかった。
「ねえ! ファクト! これ、どうなってるの!?」
「ちょっと待て。今、集中してるから」
「あっ、ごめん!」
アドニスは慌てて口を閉じた。
ファクトの指の動きが、さらに速くなる。
シュシュシュシュシュシュッ!
浮かんでいた文字が次々と移動する。
緑色の光が、青へ。
青から白へ。
そして赤へ。
それぞれの光が複雑に交差し、やがて一つに重なった。
パアアアアアッ!
「うわっ! 眩しい!」
アドニスは両手で目を覆った。
兜から放たれた光が、虹色へと変わっていく。
赤、青、緑、紫。
幾重もの光が夜空へと伸び、暗かった街道を鮮やかに照らし出した。
思わず空を見上げる。
街灯の青い光さえかき消すほどの輝きだった。
やがて――。
シュパッ!
光が一瞬で収束した。
「……ふう。こんなもんかな」
ファクトが手を下ろす。
宙に浮かんでいた兜が、ゆっくりと降りてきた。
「……え?」
アドニスは目を丸くした。
そこにあったのは、先ほどまでの無骨な兜ではなかった。
滑らかな曲線を描く、美しい白銀の兜。
表面には繊細な装飾が施され、街灯の光を受けて柔らかく輝いている。
頭頂部に突き出していた無骨な鉾のような飾りは姿を消し、代わりに長く鮮やかな赤い飾り毛が伸びていた。
まるで、まったく別の兜だった。
「すごい……!」
アドニスが息を呑む。
「めちゃくちゃ綺麗になった!」
「だろ?」
ファクトは満足そうに笑った。
「元の術式が乱雑すぎたからな。配列を整理して、必要な部分に呪符印を追加した。それから、素材も形状進化させてある」
「……じゅふいん?」
「呪符印」
「……けいじょうしんか?」
「形状進化」
「……」
アドニスはぽかんと口を開けた。
「……つまり?」
「つまり、前よりずっとまともな兜になったってことだ」
「なるほど!」
「……絶対に分かってないだろ、お前」
「うん!」
「元気よく認めるなよ」
ファクトは苦笑いすると、兜をアドニスへ放り投げた。
「ほらよ」
「うわっ! ちょっと! 急に投げないでよ!」
アドニスは慌てて両手を伸ばした。
しかし――。
「……あれ?」
受け止めた感触が、ほとんどなかった。
「えっ!? 軽い!」
両手で持ち上げる。
まるで重さを感じない。
「これ、本当に兜なの!? 持ってないみたい!」
「素材そのものを進化させてるからな。見た目だけじゃなく、性質も変わってる」
「へえええ……!」
「精神強化の暴走も調整した。今度は普通の精神耐性として働くようになってる」
「じゃあ、もうクルスは踊らない?」
「少なくとも、あの効果でおかしくなることはない」
「よかったあ……!」
アドニスは胸を撫で下ろした。
「あと、鑑定機能も消した。あれは人間には向いてねえ」
「えっ!? 便利そうだったのに!」
「便利だろうな。俺なら何の問題もない。けどな、人間の頭じゃ処理しきれない量の情報が、勝手に流れ込んでくるんだよ」
「……それでクルス、頭が痛そうだったんだ」
「そういうこと。必要な情報だけ見せるように作ればよかったんだけどな。まあ、昔の俺が適当に作ったもんだから仕方ねえ」
「……仕方ないで済むのかな、それ」
アドニスは苦笑いした。
「それと、あの妙な回避能力も残してあるぞ」
「えっ! やっぱり兜の力だったんだ!」
「ああ。まあ、あれも少し変わった術式だけどな」
ファクトは、倒れたままのクルスに目を向けた。
「ただし、性能は少しやりすぎた。あいつのためにならない道具だ」
「どういうこと?」
「強い道具に頼りすぎると、自分自身の力を伸ばさなくなることがあるだろ?」
「……ああ」
「だから、クルスの髪が生えたら返してもらえよ」
「ええっ!? そんな理由!?」
「十分な理由だろ」
ファクトは当然のように答えた。
「それじゃ、あとは頼んだぞ」
「あっ! ちょっと待って!」
アドニスが手を伸ばす。
しかし、ファクトの姿はすでに薄れ始めていた。
「ファクト!」
「またな」
フッ。
その姿が消えた。
「……行っちゃった」
アドニスは白銀の兜を抱えたまま、しばらく立ち尽くした。
「だったら、最初から普通の兜をくれればよかったのに……」
小さくため息をつく。
「あっ。そういえば、今日はジンさんが来なかったな……」
そして、地面に倒れたままのクルスへと目を向けた。
「……クルス」
「……髪が……」
「まだ言ってる……」
アドニスはクルスのそばにしゃがみ込んだ。
「ほら、ファクトが直してくれたよ」
「……うう」
「もう変にならないって。だから、被ってみて」
そう言って、白銀の兜をそっとクルスの頭へ載せた。
スポッ。
その瞬間。
パアアアアアッ!
「うわあっ!?」
再び虹色の光が弾けた。
夜の街道が、一瞬だけ昼間のように明るくなる。
そして――。
スクッ!
「アドニス!」
「うわっ!」
クルスが勢いよく立ち上がった。
光が収まる。
そこには、見違えるほど美しい白銀の兜を被ったクルスが立っていた。
先ほどまで緑色だった目の部分は、今は澄んだ青色に輝いている。
「アドニス! ごめん!」
「えっ?」
「さっきは本当に迷惑をかけた!」
クルスは深々と頭を下げた。
「俺、全部覚えてるんだ!」
「……全部?」
「ああ。広場で踊ってたことも、あの男を怒らせたことも、お前が必死に止めてくれてたことも!」
「……ええっ!?」
「自分が何をやってるかは分かってた。でも、どうしても衝動を抑えられなかったんだ」
クルスは両手を合わせた。
「本当に申し訳ない!」
「……そっか」
アドニスは少しだけ考えた。
そして、ふっと笑った。
「まあ、もういいよ。びっくりしたけど、ファクトが直してくれたし」
「……ありがとう」
「それに、今の兜、すっごくかっこいいよ!」
「だろ!?」
クルスは嬉しそうに兜へ手を当てた。
「しかも、さっきのとは比べ物にならないくらいすごいんだ!」
「へえ!」
「精神耐性も正常になってるし、ほかの効果も残ってる!」
「よかったね!」
「本当に、ファクト様には感謝してもしきれない……!」
その言葉とともに、クルスは突然膝をついた。
「……え?」
両手を合わせ、夜空へ向かって深々と頭を下げる。
「ファクト様……!」
「ちょっと! また!?」
アドニスは思わず笑ってしまった。
「大げさだなあ。そもそもファクトが失敗作をアイテムボックスに入れてたから、こんなことになったんじゃないの?」
「違う!」
クルスは真剣な声で答えた。
「ファクト様が直してくださったんだ! 感謝するのは当然だろ!」
「はいはい……」
アドニスは肩をすくめた。
しかし、クルスが拝んでいる方向が気になった。
その視線の先には、夜空に大きく浮かぶ黄色い天体があった。
「……ねえ、クルス」
「なんだ?」
「あの星に何かあるの?」
「ああ。あそこはファクト様がお住まいになっている星だよ」
「えっ!?」
「第七惑星ゼブルイエロー」
クルスは誇らしげに答えた。
「ラムダの隣にある星で、いつもファクト様が我々を見守ってくださっているんだ。だから、この辺りではファクト様を拝むとき、ゼブルイエローの方を向くんだよ」
「へええ……」
アドニスは夜空を見上げた。
黄色い星は、地球で見ていたどんな天体よりも大きく見えた。
「やっぱり、あれって星だったんだ……」
「ん?」
「僕がいた地球にも、近くに月っていう星があるんだけど、あんなに大きくは見えなかったよ」
「ツキ?」
「うん。月」
「……なんだか、ぱっとしない名前だな」
「ええっ!? そうかなあ!?」
クルスは小さく笑った。
そして、ふと何かを思い出したようにアドニスを見た。
「……あっ!」
「どうしたの?」
「お前の剣!」
「……え?」
「ファクト様が来たんだから、あの強い剣の使い方も聞けばよかったじゃないか!」
「……あああああっ!!」
アドニスは頭を抱えた。
「そうだったあああ!」
その場に膝をつく。
「あの剣、すっごくロマンあるけど絶対に何かおかしいんだよ! さっきの兜みたいに直してもらえばよかった!」
「……忘れてたな」
「クルスだって忘れてたじゃん!」
「まあな」
「もう!」
アドニスは大きなため息をついた。
そして、白銀の兜を被ったクルスをじっと見つめる。
「……なんだよ」
「……いいなあ」
「何が?」
「その兜」
「……ふふん」
「ちょっと羨ましかっただけ!」
アドニスはぷいっと顔をそむけた。
「もういい! お腹すいた!」
「おいおい、怒るなって! お腹すいたって……また食うのか!?」
「先に行くからね!」
そう言って、アドニスは走り出した。
タタタタタッ!
「……え?」
クルスが目を丸くする。
アドニスの姿は、あっという間に遠ざかっていった。
「ちょ、ちょっと待て!」
慌てて追いかける。
「速っ! お前、速すぎるって!」
しかし、距離は縮まらない。
思念体であるアドニスの身体能力は、普通の人間とは比べ物にならなかった。
「待てってばー!」
「早くしないと、お肉なくなっちゃうよー!」
「なくならねえよ!」
二人の声が、静かな街道に響いた。
やがて、その姿は闘技場の方へと消えていった。
※
街道の片隅。
青い街灯が、静かな夜道を照らしていた。
その光の届かない場所に、一人の人物が立っている。
鮮やかな赤い髪。
すらりとした長身に、黒い服を身にまとったその人物は、アドニスとクルスが走り去った方向をじっと見つめていた。
手には、身の丈ほどもある長い杖。
その先端には赤い布が結ばれ、小さな金色の鈴が取り付けられている。
チリーン。
夜風に揺れた鈴が、澄んだ音を響かせた。
「……ファクト様は、いったい何をお考えなのでしょうね」
低く、落ち着いた声が夜の街道に響く。
しばらくの沈黙。
その人物は杖を軽く持ち直した。
チリーン。
再び、鈴が鳴る。
「……まあ、私が考えることでもありませんかね」
視線を上げ、遠くに見える多重結界闘技場へと目を向ける。
「さて。私も、あちらへ向かいましょうか」
シュッ!
次の瞬間。
赤い髪の人物は、音もなくその場から姿を消した。
チリーン――。
澄んだ鈴の音だけが、静かな夜道に余韻を残した。
やがて、その音も夜の静寂へと溶けていった。




