第14話 強い剣
ガヤガヤガヤガヤ……。
武具屋の前に集まっていた民衆が、何やら騒ぎ始めている。
先ほどまで爆発事故の後片付けで慌ただしかった通りには、いつの間にか大きな人だかりができていた。
修復用の思念体たちは、そんな騒ぎなど気にも留めず、壊れた建物の修繕を続けている。
「あーあーあーあー。こりゃ、なんの騒ぎだ??」
武具屋の親父が、再生したばかりの腕を動かしながら首を傾げる。
「おやじさん! あれ!!」
クルスが人だかりの向こうを指さした。
その先には――。
ファクトとジンが立っていた。
先ほど武具屋の中に現れた二人と、まったく同じ姿である。
民衆たちは二人を取り囲み、歓声を上げたり、地面に膝をついたりしている。
「ファクト様だ!!」
「ジン様もいらっしゃるぞ!!」
「なんと神々しい……!」
通りは、ちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。
「ふむ……。店の中にいたファクト様とジン様と同じ幻影か。これは幻影の範囲魔法みたいだな……」
親父は腕を組み、二人の姿をじっと観察する。
「しかし、誰が何のためにこんな術式を考えたんだ……。しかも、ファクト様とジン様の姿を勝手に使うとは……」
クルスとアドニスが顔を見合わせる。
アドニスの手には、問題の剣が握られていた。
「ねえ、クルス。あれって――」
バッ!!
「もがががが!!」
クルスが、とっさにアドニスの口を塞いだ。
「しっ!! 何も言うな!」
「もがっ!? もががが!」
アドニスは口を塞がれたまま、クルスの腕をペシペシ叩く。
「おいおい。なんだなんだ?? お前ら、何か知ってるのか??」
親父が不思議そうに二人を見る。
「い、いや! 別に何も!!」
「もがが!!」
「お前は黙ってろ!」
「……お前ら、やっぱり何か隠してるだろ」
親父が疑いの眼差しを向ける。
その時――。
「ああーーーー!! ファクト様!! ジン様!!」
民衆の中から悲鳴にも似た声が上がった。
三人がそちらを見る。
すると、先ほどまで立っていたファクトとジンの姿が、淡い光となって消えていくところだった。
「ああ……行ってしまわれた……」
「もっとお姿を拝見したかった……」
民衆たちは残念そうに肩を落としている。
「ふむふむ。そういうことか」
親父は何かに納得したように頷く。
「店の中も……消えてるな。やはり一定時間が経過すると消える幻影みたいだ。しかし、爆発はこの次に抜刀した時に起きた……」
親父は剣を見つめる。
そして――。
スラ————。
手を伸ばしアドニスが持っている剣を再び抜刀した。
「おやじさん!!」
クルスが思わず声を上げる。
アドニスも反射的にさやから手を離し身構えた。
……。
…………。
何も起こらない。
「あれ?」
「……今度は緑色ですね」
刀身は、先ほどとは違う鮮やかな緑色に輝いていた。
「ふむ。本格的に毎回特性が変わるみたいだな。それにランダムにだ。この緑色の刀身は、初めから数えて十八回目に抜刀した時だ」
「十八回目?」
アドニスが首を傾げる。
「そんなに数えてたの?」
「当たり前だろう。何が起こるか分からん剣なんだ。調べるなら記録を取らんとな」
「へーー。おやじさん、すごいね!」
「かっかっかっ! これでもちゃんとした武具屋だからな!」
親父は嬉しそうに笑った。
そして、もう一度剣を鞘へ納める。
スラッ。
抜刀。
今度は淡い赤色。
「おお!」
納刀。
抜刀。
今度は白色。
「おおお!」
納刀。
抜刀。
今度は、薄紫色。
「おおおおお!!」
「おい、アドニス。お前、色が変わるたびに喜んでないか?」
「だって、面白いじゃん!!」
アドニスは刀身の色が変わるたびに、目をキラキラさせている。
一方のクルスは、剣が抜かれるたびに少しずつ距離を取っていた。
最初は親父の隣。
次は一歩後ろ。
さらにもう一歩。
「……クルス?」
「なんだ?」
「なんで離れてるの?」
「いや……。念のためだ」
「怖いの?」
「怖くない……って言ったら嘘になるな。って言うか、俺は人間だからな!あんな爆発に巻き込まれたら洒落になんねー!」
「じゃあ、ちゃんと見ておかないとね。こっち来れば?」
「だから………、ここからでも十分見える!」
クルスは頑として近づこうとしない。
それを見た親父が、豪快に笑った。
「かっかっかっ! まあ無理もない! さっきは俺の店が吹っ飛んだからな!」
「笑い事じゃないですよ!!」
クルスが叫ぶ。
「おやじさん、手どころか身体まで吹っ飛んだんですよ!?」
「もう治っただろ?」
「そういう問題じゃないですって!!俺は、人間だって!」
「かっかっかっ!」
親父はまったく気にしていない様子である。
そんなやり取りをしている間にも、剣の検証は続いていた。
そして――。
「あっ!」
アドニスが声を上げた。
三人の目の前に、再びファクトとジンの姿が現れたのである。
「ジン様っ!!…………。」
クルスが一瞬、二人の方へ駆け寄ろうとする。
しかし、すぐに足を止めた。
「……幻影なんだよな?」
「そうだな。さっきと同じだ」
親父が頷く。
目の前のファクトとジンは、何も話さず、ただ静かに立っている。
「いやーーー。本当にこの剣はどうなってるんだ?」
クルスは首筋をかきながら、アドニスを見る。
「おい、アドニス。この剣は戦闘には向いていないかもな。抜刀して毎回特性が変わるんじゃ、使いこなせないだろ。いい感じの効果を出して抜きっぱなしで使うのもちょっとアレだしな……」
普通に考えれば、当然の話である。
剣を抜いた瞬間に何が起こるか分からない。
回復魔法が発動するかもしれない。
幻影が現れるかもしれない。
最悪の場合、先ほどのような爆発が起こる可能性もある。
そんな武器を戦闘中に使うなど、危険極まりない。
ところが――。
「うんうん!!」
アドニスは、なぜか満面の笑みで頷いていた。
「……?」
クルスが首を傾げる。
「お前、話聞いてたか?」
「聞いてたよ!!」
「じゃあ、なんでそんなに嬉しそうなんだ?」
アドニスは剣を見つめる。
そして、両手を握りしめた。
「これは……ガチャだよ!!」
「……は?」
「ガチャ!! ガチャ剣!!!」
「がちゃ……?」
「ロマンだよーーー!!」
アドニスは大興奮である。
剣を抜くたびに、何が出るか分からない。
しかも、同じ効果が出るとは限らない。
まるでゲームのガチャ機能そのものではないか。
「すごいすごい!! 何が出るか分からない剣なんて、めちゃくちゃ面白いじゃん!!」
「いやいやいや!! さっき店が爆発しただろ!!」
「うん!」
「うん! じゃない!!」
「でも、強い魔法が出るかもしれないんでしょ?」
「そりゃそうかもしれないが……リスクがデカすぎるだろー」
「じゃあ、やっぱりガチャだよ!!」
クルスは頭を抱えた。
親父も呆れたように笑っている。
「おいおい。坊主、これはちょっと使用者も気を付けないといけないぞ」
「はーい!」
「……本当に分かってるのか?」
「分かってるよ!」
「じゃあ、説明を聞け」
それからも検証は続き、気づけば百回もの抜刀を繰り返していた。
親父は剣を机の上へ置いた。
「百回、納刀と抜刀を繰り返してみたが、同じ特性はほとんどなかった。よく出たのが、四回ほど回復系の術式が施された状態で抜刀されたくらいだ」
「ほうほう!」
「他は、その幻影術式が二回ってところだ。それに……」
親父は剣の刀身を指さしながら説明を続ける。
しかし――。
「ガチャ剣……。ふふふ……」
アドニスは、まったく聞いていない。
「強い魔法が出たらどうなるんだろ……。もしかしたら、すっごいのが出るかも……」
「おい、坊主」
「百回も違うのが出るなんて……。何種類あるんだろ……」
「……坊主?」
「ガチャ剣……。いいなぁ……」
親父は大きくため息をついた。
そして、クルスの肩をポンッと叩く。
「……大変だな、お前も」
「……はい」
クルスも大きくため息をついた。
二人の視線の先では、アドニスがまだ剣を眺めてニヤニヤしている。
「……あっ!」
クルスが突然、何かを思い出した。
「アドニス!!」
「なに?」
「おやじさんに武具の代金の支払いと礼だ!」
「あっ。そうだった……」
アドニスは慌ててポケットを探る。
「ええっと……。これ、どうすればいいの?」
取り出したのは、先ほどの魔石である。
親父は頭をかきながら店のカウンターへ向かい、四角い道具を持って戻ってきた。
中央には、黒い四角形の金属がはめ込まれている。
「ほれ。ここに石をかざしてみろ」
「こう?」
アドニスが魔石を近づける。
すると――。
ブワッ。
黒い金属の上に文字が浮かび上がった。
「おおお!」
数字らしきものも表示されているが、アドニスには読めない。
「これ、なんて書いてあるの?」
「支払いの確認だよ。ほれ、これで終わりだ」
「えっ? もう?」
「まいどあり!!」
親父はニカッと笑う。
「これでいいの??」
「ああ。ちゃんと支払われてるぞ」
「へーー! 便利だね!」
アドニスは魔石と会計用の道具を交互に眺める。
こちらの世界には、まだまだ知らない物がたくさんある。
見た目は不思議な道具なのに、使い方は驚くほど簡単だった。
「おう坊主! 胸当てはここで着けていくか? その服も下取りするぞ」
「服?」
アドニスは自分の服を見下ろした。
今着ているのは、サウザーからもらった服である。
この世界へ来てから、ずっと身に着けている大切な物だった。
アドニスは襟元をつまみ、少し考える。
そして、首を横に振った。
「これは友達からもらったものだから……。売らない!」
「そうかそうか。そりゃ大事にしないとな!」
「うん! でも胸当ては着けていく!」
「よし! じゃあ、ちょっとこっち来い」
親父は銀色の胸当てを取り出し、アドニスの身体にあてがった。
「ふむ……。大きさは……」
胸当ての位置を調整する。
しかし、どうも服との収まりが悪い。
「むっ?」
親父がアドニスの服をまじまじと見る。
「どうしたの?」
「いや……。この服も何かの術式が付与されてるな」
「そうなの?」
「んんん?? しかし……術式が隠蔽されている……。なんだこりゃ??」
親父は首を傾げる。
服の表面を確かめ、縫い目を眺め、襟元へ手を伸ばす。
「なんだ、このボタンは?」
「あっ! それは――」
ポチッ。
しゅるるるるるるる!!!
「うおおっ!?」
突然、アドニスの服が動き始めた。
生地が伸びたり縮んだりしながら、形を変えていく。
「わわわわ!!」
アドニスが慌てて両手を広げる。
クルスも驚いて目を丸くした。
しゅるるる……。
やがて変化が収まる。
そこには、銀色の胸当てを装着したアドニスが立っていた。
しかも、服は胸当てに合わせたように、ちょうどいい形へ変わっている。
「おおおっ!! なんだこりゃ!!」
親父が声を上げる。
「すげーな、おい!! これ、どこでもらったって??」
アドニスは自分の身体を見回す。
腕を動かしてみる。
身体を左右にひねる。
その場で軽く跳ねてみる。
「おおお! 動きやすい!!」
「おお! いい感じじゃないか! 胸当ても邪魔になってないな」
クルスも絶賛している。
「でしょでしょ!」
アドニスは嬉しそうに笑った。
親父はというと、既に眼帯を外していた。
先ほど剣やナイフを鑑定した時と同じ器具を取り付け、アドニスの服を覗き込んでいる。
「ふーーむ……」
「おやじさん?」
「ちょっとじっとしてろ」
「また?」
「いいから!」
親父は服の周囲をぐるぐる回る。
襟元。
袖。
胸当ての下。
どこを見ても、納得がいかない様子である。
「……分からん」
「えっ?」
「入念に術式隠蔽がされているから、俺の鑑定スキルじゃまったく分からんな」
親父は器具を外し、感心したように頷く。
「これを作った奴は、なかなか……いや、凄腕の名工だと思う。この近辺じゃ見たことがない」
「へーーーー!!」
アドニスは胸を張る。
そして、腕を組んだ。
「やっぱりサウザーはすごい奴なんだな!! うんうん!」
自分が褒められたわけでもないのに、なぜか誇らしげである。
「また会ったら、このことを教えてあげなくちゃ!」
「サウザー?」
クルスが首を傾げる。
「それが、お前の友達か?」
「うん!」
「ふーーーん。そうか」
クルスはアドニスの顔を見て、少し笑った。
「また会えるといいな」
「うん!」
わしゃわしゃわしゃ!
クルスがアドニスの頭を撫でる。
「ちょっと! また頭!」
「はははっ!」
文句を言いながらも、アドニスは嬉しそうに頷いていた。
クルスは、そんなアドニスを見てもう一度笑う。
「それじゃ、おやじさん! 行ってくるよ。ありがとう!」
「ありがとう!!」
「おう! 頑張んな!!」
親父が大きく手を振る。
二人は武具屋を後にした。




