第10話 多重結界闘技場 ①
長い長い石畳の道を、ひたすら小走りで進んでいくアドニス……。
眼前に見えた赤い壁の闘技場は、そこそこの距離があったようであり、10歳の少年の足ではかなりの時間がかかりそうである。
しかし、長い距離を小走りで進んでいくにつれて、段々スピードが上がっていっている。アドニス自身も、思念体であるこの体の特性を理解していっている様子である。
『すごい!! こんなに走ってるのに息切れがしない!! っていうよりもゲームでキャラクターを操作している感じだな』
そんなことを考えつつ、更に走るスピードを上げていく。
どんどん加速していき、普段走っているスピードよりも、更に速いスピードで走れるようになった。
風景が流れるように過ぎていき、歩いている人が止まって見えるくらいである。
猛ダッシュを続けても息は上がらず、疲労感も全くない。
市街地を抜けたようであり、行き交う人もまばらになり、並木道に出た。
赤い壁の闘技場は、遠くから見た時よりはるかに大きく見える。
「あれ? あの建物ってどれくらい大きいんだろう? もしかしてめちゃくちゃ大きいのかな??」
そう言って走ることをやめて立ち止まる。
「うーーーん。めちゃくちゃ遠いな。これって瞬間移動とかってできないのかな? えーーーっと。コマンドを開いて……」
独り言をブツブツ言いながら、《記拳グローブ》の機能を使おうとコマンドを開き、色々とあーでもないこーでもないと言いながら操作している。
「んんん?? なんか説明書きがあるものもあれば、ないものもあるな。ファクトが上に行くほど強い魔法って言ってたからな……。んん? 転移術式……? これかな? 空間転移……あれ? 行き先?? ……えええええ!?? めちゃくちゃ沢山ある……。あの建物ってなんてところなんだろう? 闘技場って言ってたな」
ヒュン……。
転移先のコマンドを開いた状態で闘技場の名前を出すことで、無数にあった選択肢からかなり少ない選択肢に勝手に絞られる。
アドニスは驚いて前傾姿勢になり、眼前に浮かび上がるコマンドの選択肢を食い入るように見ている。
「おおおお!! すごい! こんなことも出来るんだ……。でもまだまだ沢山あるな……」
まだ沢山の闘技場の名前が書いてあり、どれを選択していいかわからない様子であった。
すると一人、アドニスの横を通り過ぎる人がいたので話しかけてみる。
「あの。すみません! あの闘技場の名前って何ですか??」
「どうもー。闘技場ですか?? あれは、多重結界闘技場と言って限られた人しか入れませんよ。前までは行けますが、まだまだかなりの距離がありますよ」
「ありがとうございます!! たじゅうけっかいとうぎじょう?? ……ですね?」
多重結界闘技場……。
一か所に目的地を絞ることができた!!
早速選択してみる。
……?
「あれ? 何も起きない……。あっ! 選択した魔法と目的地を言わないといけないのかな? 空間転移、多重結界闘技場!」
シュン!!
そう言った瞬間、アドニスの姿は消えた。
転移成功なのか……な?
※
シュン!
手で触れるくらいの距離に赤い壁が見える。
どうやら転移は成功したらしい。
「やったーーーー! 瞬間移動できた!! すっげーや! やっほーーい!」
声を上げて喜び、飛び跳ねている。
闘技場の周りにはたくさん人がおり、注目を集めてしまう……。
「あっ。ちょっと恥ずかしい……。ええっと入り口は……。って言うかこれ……めちゃくちゃ大きくない?」
薄々は感じていたが、この多重結界闘技場はとんでもない大きさである。
どこまでも続く壁……。
上を見上げても先には雲がかかり、その先が見えない……。
しかも遠くから見えた窓のような窪みは、ただの窪みで中が見えるような構造にはなっていない。
「あれれ?? これってどうやって入るの? うーーん聞いてみようかな。あの、すみません。この中に入るにはどうしたらいいんですか?」
近くにいて、戦士のような格好をしている人に話しかける……。
「ん? この中に入るのか? 多重結界闘技場内は、召喚状がなければ入れないぞ。そのために闘技会に出るんじゃないか」
アドニスは、戦士風の見た目の男をまじまじと見ている……。
『おおお! かっこいい! 戦士! 戦士だなこりゃ! 背中に盾! 腰には剣!! たまらないなーーー』
「おい。聞いてるのか? 召喚状が必要なんだよ」
感動してガッツポーズするアドニスに、戦士風の男が律儀にもう一度、召喚状について伝えてくれる。
「召喚状ですね!! わかりました! それはどこでもらえるんですか??」
「お前……人の話聞いてなかっただろう……。闘技会に出ていい成績を残したら、この中で戦えるんだ。ほらあそこ。召喚状があれば、あのポータルの上に立ったら中に入れるようになるんだ」
戦士風の男が指さす先に、小高くなった場所に青白く光る魔法陣が見える。
「ありがとうございます!!! 行ってきます!!」
「おいおい……。俺の話聞いてなかっただろう。召喚状が……。まさか持ってるのか??」
「いいえ! わかりませんが、ここに来るようにファクトとジンに言われましたんで、たぶん大丈夫かなっと!」
その二人の名前を出すと、周りの民衆がざわつく……。
「ちょっと待て。ファクト様とジン様にって……お前は何者なんだ??」
ざわざわと民衆がアドニスの方に集まってきて、ポータルに向かって歩むアドニスを、みんなが羨望の眼差しで見ている。
視線を感じつつ、自信満々でポータルの上に乗るアドニス……。
「よしっ!! ファクトーーーー! 中に入れてくれーーー!!」
……。
…………。
…………………??
何も起こらない……。
次第に民衆がざわつき始める……。
「おっ、おーーーい。早く中に入れてくれよーーー。……えええ? ちらっ」
ざわつく民衆の視線が痛くて、恐る恐る後ろを振り向く……。
「何も起こらないじゃないか!! ファクト様を呼び捨てにして!! 何考えてるんだ! そこから降りろ!!」
「小僧!! 召喚状がなけりゃ中には入れないんだよ!! この無礼者が!!」
罵詈雑言の雨あられ……。
立ち尽くしているアドニスを、先ほどの戦士風の男が抱えてポータルから飛び降り、民衆から猛ダッシュで離れていく。
「はぁ、はぁ。お前絶対バカだろ……。何やってるんだよ。召喚状がなきゃ入れないって言っただろう……。まったく……」
「ええ。だって……。ファクトとジンが……」
戦士風の男は、大きくため息をつく。
「はぁーーーー。あのな。お前はたぶん、ここの状況や、そのお二人がどういった存在かってのがわからないようだから教えてやる。あのお二人は、俺たちにとって神様みたいな存在なんだよ。って言うか、そもそもお前ラムダの住人じゃないだろ?? ラムダに来たのは、何のために来たんだよ」
そう言って、戦士風の男はファクトとジンについて話す……。
「ええええええ!!?? 神様!!! あの二人って神様なの??」
「しーーーーっ! 声が大きい! 神みたいな者であって神じゃないの!! ここでは、あのお二人を神様扱いするのはタブーなの!!」
戦士風の男は、この第6惑星ラムダを作ったのがファクトとジンであり、この星では二人は神のような存在であると話したようである。
しかしながら、ファクトはサウザーがポツリと言っていたように《神殺し》の異名を持つ者。
それでは矛盾が生じる……。
ファクトは神ではなく、神殺しなのである。
そのこともあってか、この星ではあの二人を神様扱いすることはタブーとされているようである。
「まーーなんにせよ。あの二人は、ここの星の管理者って感じだな。そう言うことにしておこう。うんうん。俺も直接見たことはないんだ。おとぎ話に出てくるような方さ。それで、たまたまお姿を見た者が絵にしたり彫刻したりして、大切にするって感じの存在なんだ」
うんうんと、戦士風の男は二人のことを熱く語っている。
そう言って熱弁してくれているが、アドニスの脳裏には、どうしてもあの二人のやり取りが目に浮かんでしまう。
この星の民が二人を敬うことに、少し滑稽な気持ちになってしまう。
それは二人の意外性であり、アドニスの顔をにやけさせるのに十分であった。
「へーーーー。そうなんだね。ちょっとびっくりした。あの二人は確かにすごかったけど、そんな感じには見えなかったな」
うんうんと頷く戦士風の男の動きが止まる……。
「ん? お前は、本当にあのお二人を見たことがあるのか!? どこで??」
「ええ? どこって言われてもなー。初めては、こっちに来てできた友達をめちゃくちゃにした時で……。ジンは、そのあとにどっかの部屋で……。へっ??」
戦士風の男が、アドニスの両肩をガツッと掴む!!
「お前、本当に会ったんだな!! お二人は……どどどどどどんな感じだったんだ!?」
「ええ?? ファクトとジンが、どんな感じだったか……」
アドニスは思い出す……。
大笑いして、エビ反りになり頭を打ち付けて一点ブリッジの体勢になったり、ファクトの顔を踏みつけてエビ反りにさせているジンの姿を……。
途端に、にやけ顔が爆笑に変わる!
「あはははは。面白い二人だよ。ジンは、ファクトより強いんだ!」
そう言って、アドニスは大笑いしている。
見てきたことを戦士風の男に話す。
「ジン様がファクト様の顔を踏みつけてエビ反りに……。あれは、本当だったんだ……!! 俺のひいばあさんがその光景を見たことがあったらしく、俺の家にその絵が飾ってあるんだ。俺は、ボケたひいばあさんが描いたもんだと思っていたよ」
それを聞いたアドニスは、更に大笑いする。
お腹を押さえてゲラゲラと笑っている。
「あああーーーー。面白い!! 久しぶりにこんなに笑ったよ。ありがとう」
「なあ、お前はそのお二人に闘技場に来るように言われたんだろう? だったら俺とチームを組んで、闘技会に出ないか?」
戦士風の男は、何かの可能性をアドニスに感じて、その申し出をしている様子であった。
ゲラゲラと笑っていたアドニスだが、戦士風の男からの申し出にやや驚いた表情をする。
「えええ?? 僕が闘技会に出るの。あんたと一緒に!!! 無理無理無理! だって僕、戦えないよ? この《記拳グローブ》だって使いこなせないし……」
「おい!! 今なんて言った!!? 《記拳グローブ》だって!? それは、ファクト様がジン様のために作った神話の武具だ!! ……これがそうなのか? どうして使えないんだ。話では、ファクト様が使った魔法や技、術式を記憶し、術者の力量に関係なく使えるという話だぞ」
驚愕である。
あんぐりと口を開け、何とも言えない表情をしているアドニス……。
神話の武具?
ジンのために作った??
戦士風の男の話では、とんでもない道具のようであった。
初めは倉庫のような場所にしまってあったし、どこにでもある便利グッズのようなものだと思っていた。
どうやらこれは、そんな安っぽいものではなさそうである……。
見た目は、ファクトのこだわりで安っぽい見た目をしているが……。
「本当にこんな見た目なんだな……。絵本に出てくるんだ。俺が小さいころに母親が読んでくれた本に、この手袋の……。おとぎ話じゃなかったんだ。本当なんだ……。心底びっくりしたよ」
戦士風の男が、アドニスの手にはめている《記拳グローブ》をまじまじと見ている。
「そのおとぎ話が気になるけどね。どういった話なの?」
「ああ。これが傑作で……」
戦士風の男が、《記拳グローブ》に関する絵本の話をアドニスに聞かせている。
内容が面白いのか、時折二人して大笑いしている。
「それで、ジン様がこの手袋をはめるのを嫌がって、最終的に魔道窟って大穴に捨てちゃうんだ!」
「えええ!? うわーーー絶対ファクトはショックだっただろうな! この見た目はこだわりなんだ! 普通そうに見えて、すごい機能があるなんて、ロマンを感じないか!? なんて言ってたんだよ。女の子は、そんなロマンより可愛さだよな!!」
また二人して大笑いしている。
「ああ。ごめん。内心疑ってたんだ。お前が二人と会ったってことをな。でも、どうやら本当のようだ。この星で語られている二人の特徴そのものだよ。ええっと……そういえば名前を聞いてなかったな」
「僕は、アドニス・アトキンス! 君は??」
「俺は、クルス。人間だ。お前も人間なのか??」
「人間!! マキナに来て初めて見た! そう僕も人間! ……ああ。だった? 今は思念体って言うものらしいんだ」
「マキナ?? ここは、第6惑星ラムダだよ。マキナってなんだ? しかも思念体は人間じゃないけど、どうなってるんだ?? お前大丈夫か??」
ここが、マキナではない??
アドニスはびっくりして声も出ない……。
「まあいいや。別に人間だろうが思念体だろうが、マジカルヒューマノイドだろうが、闘技会に出場するのは関係ないからな」
「ちょっと待ってね。ここは惑星ラムダって言うのは、ジンが言ってたからわかるけど、マキナの世界じゃないの??」
アドニスの不安げな表情を見て、クルスは少し驚いた顔をしている。
「お前……。もしかして本当に外の世界から来たのか?? その世界は、マキナって名前なのか??」
アドニスにとっては、ここの世界が一体何なのか、何がどうなっているのかわからない。
やや混乱した表情である。
「お前は……いったい何者なんだ? ファクト様とジン様は、お前に何か言ってたか? もしかして俺は試されてるのか??」
二人して不安な表情である。
ファクトは、この星の住人にとって絶対的な神のような存在であり、その者と関わりのあるアドニスを、ファクトの使徒のようなものと考えているようである。
複雑な表情を浮かべ、闘技場の片隅で立ち尽くす少年と青年を、陰から見ている人影がある。
その人影が、小刻みに縦揺れをしている。
ガサガサ!!
「誰だ!!」
流石に気付く……。
生垣の陰からスッと姿を現す。
「あーーーーはっはっはっはぁーー――。どうなるのかと見ていたら、なんだか面白いことになってるな」
「あああ!」
隠れてアドニス達を見ていたのは、ファクトであった。
誰かわからず警戒して腰の剣に手をかけているクルスに対して、驚いた表情でアドニスはファクトに近づいていく。
「なんだ!! お前は誰だ!?」
「おおお! 威勢のいい人間だな。ん? その剣……変わった剣だな」
ファクトは、クルスの腰にある真っ黒な直刀へ目を向ける。
「この剣か? 師匠から受け継いだ剣だ」
「師匠?」
「ああ。アポロンって人だ。もう死んだけどな」
アポロンという名前を聞き、ファクトが少し考える。
「アポロン……? ああ、その名前なら聞いたことがあるな」
「……師匠を知っているのか?」
「いや、直接会ったことはないぞ。名前を知ってるだけだ」
「ファクト―――! 僕を放置して酷いじゃないか! ……って、それよりアポロンって誰?」
「俺の師匠だ。7年前に死んだよ。俺が10歳の時だ」
そう答えたクルスは、改めてファクトを見る。
「しかし、あなたがファクト様ですか……。本当にファクト様……なのですか??」
そう言って、再び剣に手をかけて構え直す。
「おおおぅ。やる気満々だな。まあ、疑うのも無理ないか。お前は俺を見たことないんだろ?」
「ありません。ファクト様は、おとぎ話や絵でしか見たことがない。あんたが本物だって証拠もないだろ」
構えを崩さないクルス。
目の前にいる男が、本当にこの星で語り継がれているファクトなのか。クルスには、まだ判断できないのである。
「あ……ああ。なんなんだよーー。クルス! この人は、本当にファクトだよ」
そう言って、クルスの方へアドニスが駆け寄っていく。
クルスは剣を収め、ファクトに深くお辞儀をする。
「まだすべて信用したわけではありません。ただ俺は、ファクト様を実際に見たことがありません。似ているだけの者という可能性も……」
深くお辞儀をしているところに、強い風が吹く。
その風は、花の優しい香りがする。
突風に近い風はクルスをかすめ、ファクトの方へ向かっていく。
そう、ジンである。
バーーン!!
メコメコ!!
「メコメコ?? あっ!! 貴女は!!」
ファクトは、ジンの足の裏を顔面で受け、エビ反りになっている。
メコメコは、顔面に足の裏がめり込んだ音である……。
「ファー様!! ちょっと目を離したらすぐにどこかへ行ってしまって……。まったくもう!! 私にばかり仕事を押し付けないでください。……あら、アドニスこんにちは。そちらの青年は初めまして、ジンと申します」
グリグリグリ……。
エビ反りになり微動だにしないファクト。
その顔面に更に足を押し込んでいきながら、アドニスとクルスにお辞儀をするジン。
「がぼぼぼぼぼ。やめろって! さすがに喉はやめろって。喉は……」
どうやら、めり込んだ足は喉にまで到達していたようである。
辛抱たまらなくなり、ファクトがジンの足を掴んで顔から足を抜き去る。
……どうやらジンのヒールがファクトの喉に到達していたようである……。
「おえぇ……」
「ほっ、本物だ……! 本物のファクト様とジン様だ!」
なぜか万歳をしているクルス……。
「いやいや、このやり取りを見て、なんでその二人だってわかるのって……」
「いや、ほんとそれ! なんて失礼な奴だ!!」
ジンが手渡したハンカチで顔をふきふきしながら、クルスにビシッと指をさすファクト。
「あら。ファー様。よく教育ができた方ではありませんか。ところで、あなたのお名前は?」
「あっ! クッ、クルスです!」
「クルスさんですね。よろしくお願いします」
ジンは、クルスにニコリと微笑みかける。
……やはりクルスも男である。
顔を赤らめ、やや鼻息荒く深々とお辞儀する。
「めめめめめめめっそうもございません。ありがとうございます!!」
「なんだよジン。お前は、やたらと人間から人気があるな。やっぱり見た目か? それとも何かしたのか??」
「なにか? 何かとは、何ですか?」
ゴゴゴゴゴゴゴ……。
鬼の形相でファクトを見るジン……。
「うっ。まーーあれだ……。とりあえず面白そうだし、そのクルスとやらと一緒に闘技会に出てみろ。《記拳グローブ》の使い方も実戦で覚えた方がいいだろう。さて、ジン行くぞ」
そう言って、姿を消すファクト。
ジンは二人にお辞儀して、同じく姿を消す。
残された二人は顔を見合わせて、驚いた表情をしている。




