生き残り-2
字へ喰い込んでいる。一つの文字が終わる場所と次が始まる場所の区別がつかず、そのくせ全体としては明らかに規則を持っていて、目で追っていくと蔓草の意匠のようにも見え、次の瞬きでは骨の連なりのようにも見え、また次には無数の掌が互いの手首を掴み合って鎖を成しているようにも見えた。彫りは深い。刃物で削ったのではない。焼き付けたのでもない。内側から膨れ上がって、そのまま冷えて固まったような、そういう盛り上がり方をしている。しかも一層ではなかった。古い文字の上に新しい文字が重ねられ、その上にさらに別の文字が重ねられ、いちばん下の層はもう読み取ることもできないほど潰れていて、それでもなお、押し潰された文字の輪郭だけが、上の層を内側から歪ませていた。何度も。何度も。誰かが、この箱を、繰り返し封じ直してきたのだ。
封印だ。
術式の刻印であることだけは、わかる。俺にわかるのは、それだけだ。
だが、封印というものは。
――中身を、外へ出さないための、ものだ。
匂いが、した。
火に炙られて、微かに立ち上がる。鉄と、蝋と、それから、名づけようのない何かの混じった匂い。教会の匂いに、少し似ている。だが、教会には、こんな甘さはない。腐りかけた果実を蜜蝋で塗り込めて、何十年も抽斗に忘れていたら、こういう匂いになるのかもしれない。
継ぎ目は、なかった。
蓋がない。蝶番がない。錠前も、留め金も、紐の一本もない。どこにも、開く場所が、ない。
俺は、伸ばしかけた手を、なんとなく、引っ込めた。
あの棺は、今日、二度、割れた。中から、槍が、迸り出た。なのに今は、何事もなかったように、閉じている。割れた跡すら、残っていない。
そして。やはり。
それは、脈打っていた。ゆっくりと。規則正しく。呼吸するみたいに。
「……なあ」
訊かずには、いられなかった。
「さっきの、槍。あれは、何だ」
アベルの、指が、止まった。
火を見つめたまま、少しの間、黙っていた。
「わからない」
嘘だ。直感的に、そう思った。
だが、その声には、嘘をつく者の後ろめたさが、なかった。むしろ、本当にわからない者の、途方に暮れた響きが、あった。
「わからない、って。あんたの、武器だろ」
「物心ついた時から、背負っていた。開け方も、知らない。中身が、何本あるのかも、知らない」アベルが、初めて、こちらを見た。火明かりに、その横顔が、揺れる。「今日、初めて、出た。あんなふうに、勝手に。私の、意志ではない」
「意志じゃ、ない?」
「呼んだつもりは、なかった。ただ――間に合わない、と思った瞬間。あれが、勝手に、割れて、出てきた。まるで――私の代わりに、あいつらを、固定しようと、するように」
アベルは、棺を、負い直した。
「ただ、これだけは、わかる」
「なんだ」
「これは、私を、離さない」
その、瞬間。
棺が。ひときわ、大きく。脈打った。
ど、く、ん。と。
ルキウスの、心臓と。同じ、律動で。
いや。
――違う。
俺の心臓の方が。あれに、合わせて。打ったのか。
背筋が、凍った。
火が、爆ぜた。
灰は、まだ、降っていた。夜の底に、静かに。百年、降り続けたような、顔をして。
(一章 了)




