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僕の異世界攻略日記  作者: サメ


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第9話 旅立ちの時

重厚な扉が、ゆっくりと開いていく。

その隙間から、冷たい風が流れ込んできた。


さっきまでいた部屋とは、明らかに違う空気だった。


優馬は思わず目を細める。


「……これが、向こうの世界の風?」


「そうです」


隣の小さな骸骨が答える。


扉が完全に開く。


その先に広がっていたのは、円形の大広間だった。

床一面には巨大な魔法陣が刻まれている。


その周囲には、黒いローブを纏った骸骨たちが規則正しく並んでいた。


全員が、大きな鎌を手にしている。


「……怖いな」


思わず本音が漏れた。


「見た目だけですよ」


隣の小さな骸骨が笑う。


「皆さん、すごく優しいです」


「その見た目で言われても、説得力ねぇな」


「大丈夫。無問題です」


「その言葉も信用できないんだよなぁ……」


そんなやり取りをしている間に、王の骸骨が魔法陣の前で足を止めた。


「まずは出発前の準備を行う」


「準備?」


「身体の強化だ」


「ああ、さっき言ってたやつですね」


「そう」


王の骸骨が魔法陣の一角を指差す。


「そこへ立ってもらっていいかい」


「痛くないですよね?」


「少し熱いくらいだから」


「その『少し』が信用できないんですけど」


とはいえ、選択肢はない。


優馬は不安を抱えながら、魔法陣の中へ足を踏み入れた。


その瞬間だった。


魔法陣が白く輝いた。


足元から光が立ち上がり、優馬の身体全体を包み込んでいく。


「熱っつ! 熱っつ!」


思わず飛び跳ねる。


「熱っつぅぅぅ! ちょっ、まっ、熱っつ!」


王の骸骨は、腕を組んでそれを眺めていた。


「……大袈裟だなぁ」


「大袈裟じゃないですよ! 熱いんですって!」


「少し熱いくらいと言っただろう」


「これのどこが少しなんですかぁぁ!」


優馬は魔法陣の中で、足踏みするように跳ね続けた。


骨の奥が熱を持つ。


筋肉が細かく震える。


血液が全身を駆け巡るたびに、自分の身体そのものが作り替えられていくような感覚があった。


「熱っつ! 熱っつ! 熱っつ!」


やがて、光がゆっくりと消えた。


優馬は肩で息をしながら、その場に立ち尽くしていた。


「……終わった、のか?」


自分の腕を見る。


何も変わっていない。

筋肉も増えていない。


手を握ってみても、特に力が強くなった感じもしない。


「失敗しました?」


「そんなことないよ。成功だ」


王の骸骨は即答した。


「これで君は、以前とは比べものにならないほど頑丈になった」


「……実感ゼロですけど」


「今はそれでいい。向こうへ着けば、嫌でも分かるから」


「またその言い方ですか」


「説明されるより、自分で気付く方が面白いだろう?」


「完全に楽しんでますよね」


「少しだけね」


「認めるんだ」


周囲の骸骨たちが、カタカタと肩を揺らした。


また笑われている。


こんなフレンドリーでいいのか。


「さて」


王の骸骨が咳払いを一つした。


「最後に紹介しておこう」


優馬の隣にいた小さな骸骨が、ぴしっと背筋を伸ばした。


「君には、サポーターを一人付ける」


「サポーター?」


「はい!」


優馬をここまで連れてきた骸骨が、元気よく返事をする。


お前か。


「異世界での生活を補助するための案内役だ。生活に必要な知識を教え、道案内をし、必要に応じて助言をする」


「戦ったりは?」


「基本的にはしません」


「仕事ですから!」


小さな骸骨が胸を張る。


「私は、あくまでサポーターです!」


「なるほど」


優馬は改めて小さな骸骨を見る。


「ちなみに、その姿のまま向こうへ行くんですか?」


「いや」


王の骸骨が首を横に振る。


「向こうでは現地に合わせた姿になる」


「人間?」


「見た目はそうだね」


「見た目は?」


「まあ、細かいことは気にしなくていい」


「気になるんですけど」


王の骸骨は軽く流すと、ふと思い出したように続けた。


「そうだ。オプションを付けようか?」


「どんなのがあるんですか?」


「顔面タトゥーとか」


「却下で」


即答だった。


「そんなのが近くにいたら、向こうの住人に絶対なんか勘違いされるでしょう」


「それもそうだね」


「普通で大丈夫です。普通で」


優馬はそう言ってから、ふと思った。


「あ、そういえば」


小さな骸骨を見る。


「名前はなんて言うんですか?」


「あっ」


小さな骸骨が固まる。


「ありませんでした」


「ないの?」


「管理番号ならあります!」


「それはいらないかな」


「ですよねぇ……」


少し肩を落とす姿は、妙に人間らしかった。


「名前は向こうで好きに付けるといい」


王の骸骨が言う。


「それまでは、サポーターとでも呼んでくれ」


「分かりました」


優馬が頷く。


名前のない骸骨。


パンツ一丁の自分。


そして、これから始まる異世界生活。


どう考えても、まともな旅立ちではない。


「では、準備は整った」


王の骸骨が立ち上がる。


「それでは、みんな頼んだよ」


優馬とサポーターが、大きな魔法陣の中心へ促される。


すると、黒いローブを纏った骸骨たちが、一斉に魔法陣の周囲へ並んだ。


鎌を天へ掲げる。


低い声で、何かを唱え始めた。


「オオオオオオオオオオッ!」


「いくぞぉぉ!!」


「オラァ!! 気合い入れていけぇぇぇぇぇ!!」


「「「オオオオオッ!!」」」


「……そんな感じなんだ」


優馬は呆れたように呟いた。


隣では、サポーターが苦笑いしている。


「毎回こんな感じなんです」


「呪文とかじゃないの?」


「ちがいます。気合いです」


「気合いなんだ」


「はい」


妙に体育会系だった。


だんだんと魔法陣が眩い光を放ち始める。


足元の白い光が溢れ、身体が少しずつ浮き上がっていく。


(いよいよ異世界か)


胸の奥が、ほんの少しだけ高鳴った。


四十年間、生きてきた世界を離れる。


誰も自分を知らない世界へ行く。


何が待っているのかも分からない。


それでも――。


光のヴェールの向こうで、王の骸骨に別の骸骨が耳打ちをした。


「あ」


王の骸骨が、何かに気づいたように声を漏らした。


「え?」


優馬の身体は、すでに宙へ半分ほど浮き上がっていた。


「今の『あ』は何ですか?」


「いや、その……」


王の骸骨が、珍しく言葉を濁した。


「実を言うと、先ほどの強化なんだが」


「……はい」


「規定値より、少しばかり高く出てしまったようでね」


「今言うんですか!?」


「本来想定していた強化値の、およそ三倍ほどだ」


「三倍ってなんですか! 戻してください!」


「もう転送処理は始まっているからね。私でも止められないんだ」



「早く言ってくださいよぉぉぉぉ!」


優馬の身体は、もう半分以上、光の中へ溶けかけていた。


「大丈夫。強すぎて困ることは、そうそうないよ」


「絶対そういう問題じゃないでしょ!」


「向こうで力の加減には気をつけたまえ」


「気をつけるにも限度があるでしょうが!」


護衛の骸骨たちが、カタカタと肩を震わせている。


(くそっ、でも、まあ、弱いよりはマシか)


不安と混乱がない交ぜになったまま、優馬の意識は白い光に飲み込まれていった。


そして――。


「あ」


王の骸骨が、何かを思い出したように口を開いた。


「向こうの通貨を渡し忘れゲフンゲフン、向こうの通貨は支給してない」


「え、なんですか!?」


「……はい?」


「つまり、無一文だ」


「……」


優馬の思考が止まった。


「頑張りたまえ」


「先に言えぇぇぇぇぇぇぇ!!」


優馬の絶叫が、転移陣いっぱいに響き渡る。


護衛の骸骨たちはカタカタと頷き合っている。


隣のサポーターは、優馬の肩に手を置き、


「ドンマイ」


とでも言うように頷いた。


(向こうについたら殴ってやろうか)


王の骸骨は悪びれもせず、ひらひらと手を振っている。


「忘れていたわけじゃないよ。そういうルールだから」


「嘘だぁぁぁ!」


その言葉を最後に、世界は真っ白な光に包まれた。


こうして、田中優馬の異世界生活が始まった。


パンツ一丁。


所持金ゼロ。


そして、名前のないサポーターを連れて。


最低限の準備だけを整えて――

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