第6話 職業、魔法使いw
骸骨は優馬を真っ直ぐ見つめた。
「君を選んだ理由は、それだけではない」
「……他にもあるんですか?」
「ああ」
骸骨はゆっくりと頷いた。
「君は今の人生に、強い執着を持っていない」
優馬は眉を寄せた。
「それ、さっきの話を聞いてたから言ってるんですよね?」
「もちろん」
「じゃあ、最初から俺の人生を調べてたってことですか?」
「必要な情報は確認している」
「プライバシーは?」
「こちらの世界では、その概念について少々事情が違ってね」
「嫌な話だな……」
優馬は頭を掻いた。
自分が知らないところで、四十年間の人生を調べられていた。
普通なら気味が悪い。
だが、なぜか怒る気にはなれなかった。
「君は不幸ではない」
骸骨が静かに言う。
「仕事があり、住む場所があり、生活するだけの金もある。大きな病気もなく、犯罪に巻き込まれているわけでもない」
「……はい」
「家族も友人もいる」
「まあ、家族とは疎遠ですけど」
「それでも、君の人生には、明日を必ず今の場所で迎えなければならない理由が少ない」
優馬は黙った。
否定できなかった。
会社には行かなければならない。
だが、自分でなければできない仕事ではない。
兄には家庭がある。
友人たちにも、それぞれの生活がある。
自分がいなくなったところで、世界は何事もなく回っていくだろう。
「我々が君を選んだのは、君が特別だったからではない」
「……え?」
思わず聞き返した。
「むしろ逆だ」
骸骨は淡々と続ける。
「君は、あの世界へ行ったとしても、世界そのものを変えようとはしないだろう」
「そんなの、分かるんですか?」
「完全には分からない」
「なんだそれ」
優馬が苦笑する。
「ただ、我々は長い時間、多くの人間を見てきた。その経験から言えば、君は力を手にしたとしても、自分の生活を求める可能性が高い」
「……」
「だからこそ、あの世界にとって都合がいい」
「都合がいいって、結構ぶっちゃけますね」
「嘘をつく必要がないからね」
骸骨はそう言って、少しだけ首を傾けた。
「もちろん、君には断る権利がある」
「断ったら?」
「元の世界へ戻るだけだよ」
即答だった。
「記憶は?」
「異世界や我々に関する記憶だけを消去する。気付けば、風呂上がりの自宅へ戻っている」
「じゃあ、今日からまた普通に会社へ行くんですか」
「そうなる」
「明日も残業です」
思わず本音が漏れた。
骸骨は少しだけ首を傾げる。
「嫌なのかね」
「好きな人なんていませんよ」
優馬は苦笑した。
「経理なんで、月末も決算前も忙しいですし」
「なるほど」
「それでも仕事は仕事なんで、行きますけど」
骸骨は少し黙った。
「君は今の人生に満足しているかね」
優馬は答えなかった。
さっきと同じ質問だった。
けれど、今度は少し意味が違って聞こえた。
四十歳。
中規模ゼネコンの経理として働き、毎朝同じ時間に起きる。
同じ電車に乗り、同じ会社へ行く。
数字を確認し、伝票を処理し、残業して帰る。
休日は掃除と洗濯。
スーパーで安い惣菜を買い、ビールを飲んで寝る。
その繰り返しだった。
別に不幸ではない。
生活に困っているわけでもない。
借金もない。
蓄えも少しはある。
大きな病気をしたこともない。
友人も何人かいる。
だけど。
「何のために生きてるんだろうなって思うことは、あります」
気付けば、口にしていた。
骸骨は何も言わず、続きを待っている。
「親は二人とも、三十代の頃に立て続けに亡くなりました。兄はいます。でも、母親の葬式以来会ってません。兄には家庭がありますし、子どももいます。俺がいなくても、別に困らないでしょう」
静かな部屋に、自分の声だけが響く。
「友達もいますよ。多くはないけど。でも、みんな結婚してるんです」
「うん」
「たまに集まっても、子どもの話とか家族旅行の話とか。俺だけなんか違う。話題もない」
「彼女は?」
「学生の頃に一人だけ付き合いました。すぐに振られちゃいましたけど」
少し懐かしくなる。
「社会人になってからは、一度もないです」
(魔法使いだ)
「……ん?」
優馬は案内役の骸骨を振り返った。
相変わらず直立不動で、何事もなかったかのように前を向いている。
(気のせいか)
そう思って正面へ向き直る。
「そうか」
王の骸骨は静かに頷いた。
「君は、魔法使いだったのか」
「え?」
耳を疑った。
カタカタカタ……
部屋の後ろから、骨の震えるような音が聞こえてくる。
振り返ると、護衛の骸骨たちが一斉に顔を背け、肩を震わせていた。
(いや、お前ら笑ってるだろ)
「趣味は?」
明らかに話を無理やり進めようとしている。
「漫画とかアニメとかゲームは好きです」
「なるほど」
プシュゥゥ……
誰かが必死に息を堪えたような音が聞こえる。
もう隠す気すらない。
「……」
優馬は無言で護衛たちを見る。
全員、一斉に天井を見上げた。
「……」
「……」
(よし)
優馬は静かに両手を合わせた。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」
「ま、待ちなさい!」
王の骸骨が初めて大声を出した。
「それはやめたまえ!」
「え?」
「君たちの世界の経文は我々にも効く!」
「効くの!?」
その瞬間だった。
「あっ! 身体が薄く!」
「やばい! 足から消えていく!」
護衛の骸骨たちが一斉に大パニックになる。
一人は柱の陰へ逃げ込み、一人は床へ伏せ、一人は自分の頭蓋骨を押さえて震えていた。
「いやいやいや! お前ら何者なんだよ!」
「管理者だ!」
王の骸骨が即答する。
「だが、成仏してしまうと非常に困る!」
「知らんわ!」
「笑った件については謝罪する!」
王の骸骨が勢いよく頭を下げる。
それに続いて、護衛たちも一斉に頭を下げた。
「申し訳ありませんでした!」
見事な謝罪だった。
優馬は念仏を止め、しばらくその光景を眺める。
そして、小さくため息を吐いた。
「……今回は許します」
「助かった……」
部屋中から安堵の声が漏れる。
カタカタと骨が鳴る音だけが、静かに響いた。
「では、気を取り直そう」
王の骸骨は咳払いを一つして、威厳を着直した。
足がカタカタ震えてるのは指摘しないでおこう。
「異世界へ行くことを望まないのであれば、我々は君を元の人生へ返す」
「誰も責めない。誰も失望しない」
「この場で聞いたことは忘れ、君は今まで通り、四十歳からの人生を歩む」
一拍置き、静かに続ける。
「それもまた、一つの人生だ」
優馬は少しだけ天井を見上げた。
会社。
八畳のワンルーム。
冷蔵庫のビール。
明日の仕事。
来年も、その次の年も、多分同じ毎日。
もちろん、それも悪い人生じゃない。
だけど。
(未練……あるか?)
頭の中で考える。
親はいない。
兄とは疎遠。
友人には友人の人生がある。
会社は、自分が辞めても誰かが引き継ぐ。
そして。
(スマホのエロいブックマークも消したしな)
そこだけは、ちゃんとやり切った。
やり残したことは、たぶんない。
「私たちは強制はしない。今のままの人生を選ぶのも、一つの選択だ」
「そうですね」
王の骸骨は、優馬の反応を確かめるように少し間を置いた。
「このまま享年八十三歳、職業・魔法使いとして、平穏な人生を送るのも悪くは――」
優馬は、スッと手を胸の前で合わせて、念仏を唱えようとした。
「ちょ、待って!すまない!冗談だ!!」
「次言ったら、問答無用で唱えますよ」
「もちろんだとも。冗談だよ。天丼天丼」
骸骨なのに、大阪の芸人みたいな事をやってくる。
護衛の骸骨たちも、必死に笑いを堪えていた。
カタカタが止まらねぇ。
王の骸骨は咳払いを一つすると、今度こそ真面目な空気を取り戻す。
「失礼した。本当にこれで最後だ」
その一言で、部屋の空気が再び引き締まった。
「田中優馬君」
「はい」
「君は、この世界を離れ、別の世界で新しい人生を歩む覚悟はあ「あります」
今度は迷わなかった。
即答だった。




