第4話 悪い意味で和洋折衷
異世界。
その言葉だけなら、漫画やアニメで何度も見てきた。
剣と魔法の世界。
勇者。
魔王。
美少女。
……ハーレム。
そんなファンタジーな世界が、本当にあるとは思っていなかった。
いや、正確には今でも思っていない。
パンツ一丁で草原を歩いているこの状況になっても、まだどこか現実味がないのだ。
「……寒い」
朝露を含んだ草が足首に触れる。
風が吹くたび、肌が粟立った。
四十歳になった最初の朝が、異世界でパンツ一丁だなんて、誰が想像できる。
少し前まで、八畳のワンルームでビールを飲もうとしていたはずなのに。
隣を歩く小柄な骸骨は、そんな優馬の心境など気にも留めず、一定の歩幅で前だけを見て歩いている。
歩き方まで妙に真面目だ。
「そういえば」
優馬は口を開いた。
「ここって、どこなんだ」
骸骨は少しだけ歩みを緩めた。
「目的地まで、あと少しです」
「いや、そうじゃなくて」
優馬は周囲を見渡した。
景色はいつの間にか草原から、小石が転がる河原へと変わっていた。
川の向こうには深い森が広がり、そのさらに奥には山々が連なっている。
空気は澄み切っていた。
鳥の声が遠くから聞こえる。
風に揺れた草が、さらさらと音を立てている。
人工物らしいものは、どこにも見当たらない。
「死んだ人が集まる場所とか、そういうところなのか?」
骸骨は首を横に振った。
「違います」
「じゃあ、三途の川?」
「違います」
「賽の河原?」
「違います」
「天国でも地獄でもない?」
「はい」
優馬は小さく息を吐いた。
「説明、苦手だろ」
骸骨は少しだけ俯いた。
「……はい」
その返事が妙に素直で、優馬は思わず笑ってしまった。
「よく言われるのか?」
「上司から、何度も」
「だろうな」
「申し訳ありません」
謝られると、逆に責めづらい。
どうやらこの骸骨は、性格が悪いわけではないらしい。
融通が利かないだけだ。
「まあ、目的地に着けば分かるんだろ?」
「はい。そのためにお連れしています」
「じゃあ、歩くか」
それ以上聞いても、答えは返ってこない気がした。
骸骨が言っていた通り、十分ほど歩いた頃だった。
森の木々が途切れ、急に視界が開ける。
優馬は思わず足を止めた。
「……なんだ、あれ」
巨大な建物だった。
いや、建物という表現で合っているのかも分からない。
西洋の城を思わせる石造りの外壁。
その上には、日本の寺を思わせる瓦屋根。
さらに中華風の塔が何本も突き出し、正面には神社の鳥居まで建っている。
建築様式という概念を、一度全部ミキサーにかけて固めたような景色だった。
「設計した人が途中で入れ替わりまくったのか?」
思わず漏れた独り言に、骸骨が答える。
「歴史の積み重ねです」
「積み重ね?」
「はい。増築を繰り返した結果、このような形になりました」
「なるほど」
それなら納得できる。
……いや、やっぱりできない。
どんな増築をしたら、鳥居と西洋の城と中華風の塔が同じ建物に共存するのだろう。
門へ近づくにつれ、その異様な建物の大きさが分かってくる。
門だけでも十メートル近くありそうだった。
その前には、全身を鎧で固めた骸骨が二体、槍を手にして直立している。
微動だにしない。
まるで石像のようだった。
案内役の骸骨が門番の前で立ち止まり、一礼する。
「第四管理局職員、任務を完了しました。対象者をお連れしました」
二体の門番は無言のまま槍を掲げた。
重厚な音を立てながら、巨大な門がゆっくりと開いていく。
その光景を見ながら、優馬は何となく思った。
(軍隊みたいだな)
もっと適当な組織を想像していた。
死神と言えば、自由気ままな存在だと思っていたが、実際は真逆らしい。
礼儀正しく、規律を重んじ、上司への報告も欠かさない。
まるで役所だ。
門をくぐる。
そこには、外からは想像もできない光景が広がっていた。
広い中庭では、ローブ姿の骸骨たちが大量の書類を抱えて走り回っている。
「急いでください、午後の便に間に合いません!」
「この書類、印鑑が足りません!」
「第四管理局に確認をお願いします!」
あちこちから声が飛び交っている。
その中の一体が、髑髏の頭を抱えるようにして叫んでいた。
「誰か死神王様を見ませんでしたか!書類に判子押してもらえてないんです!」
「またですか……」
「またです!」
(どこの世界にも適当な上司はいるんだな…)
そのまま進んでいくと、白衣姿の骸骨たちが巨大な魔法陣を囲み、何やら真剣な顔で議論していた。
誰も彼も忙しそうだった。
(働いてる……)
異世界より、そっちの方が衝撃だった。
骸骨にも会社勤めがあるらしい。
しかも、なんとなくブラック企業の匂いがする。
だって骸骨だし。
「こちらです」
案内されるまま、建物の中へ入る。
長い廊下だった。
赤い絨毯が真っ直ぐ伸び、高い天井には豪華なシャンデリアが吊るされている。
壁には、歴代の管理者なのだろうか。
豪華な服を着た骸骨たちの肖像画が、等間隔に並んでいた。
服以外、見分けはつかない。
その中を、パンツ一丁の四十歳が歩いていく。
(……これ、後から思い出したら絶対黒歴史になるやつだ)
さっきまでは寒さの方が気になっていたのに、急に恥ずかしくなってきた。
途中ですれ違う骸骨たちも、ちらりとこちらを見る。
だが、驚く様子はない。
中には軽く会釈をする者までいる。
(……見慣れてるのか?)
もしかすると、異世界へ送り出される人間は、みんなパンツ一丁なのかもしれない。
そんな都合のいい想像で、自分を慰めていた時だった。
すれ違いざま、背後からひそひそと声が聞こえてくる。
「……ねえ、なんであの人パンツ一丁なんだよ」
「……さあ、初めて見たけど」
(うん、違った。きっと俺だけだ)
その結論に辿り着いたところで、案内役の骸骨が立ち止まった。
廊下の突き当たり。
そこには、一際大きな両開きの扉があった。
案内役の骸骨は姿勢を正し、胸元に手を当てる。
そして、三度、一定の間隔でノックした。
「入りなさい」
落ち着いた声が、扉の向こうから響いた。
骸骨が静かに扉を開く。
優馬は小さく息を吸った。
そして、部屋の中へ足を踏み入れた。




