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僕の異世界攻略日記  作者: サメ


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第3話 パンツ一丁での旅立ち

「よし」


優馬はスマホを見つめ、小さく息を吐いた。


ブラウザの履歴、ブックマーク、お気に入り、保存したリンク。

念のため、クラウド同期まで確認した。


これで安心だ。


四十年間で積み重ねてきた男の歴史は、誰の目にも触れることなく消え去った。


「終わったぞ」


骸骨は小さく頷いた。


「ありがとうございます」


「いや、お礼を言われることじゃないけどな」


「では、参りましょう」


「……そうか」


優馬は冷蔵庫を振り返る。


開けっぱなしになった扉の中には、風呂上がりに飲むはずだった缶ビールが一本だけ、冷たそうに光っていた。


「最後に一口だけ飲んでいい?」


「申し訳ありません」


「ダメか」


「はい」


「じゃあ服だけ着てくる」


「申し訳ありません」


「それくらいはいいだろ」


「時間です」


骸骨が静かに立ち上がり、傍らに置いていた大鎌を、両手で持ち上げる。


「……いや、待て」


優馬は嫌な予感しかしなかった。


「その鎌、何」


「転送装置です」


「絶対違うだろ」


「正式名称はもっと長いですが、分かりやすく言えば転送装置です」


「嘘つけ」


「では失礼します」


「だから待てって!」


ズッ。


本当に一瞬だった。


振りかぶることもない。

力を込めることもない。


鎌の切っ先が、優馬の胸の真ん中へ音もなく吸い込まれた。


「……え?」


痛くない。

血も出ない。


胸を見下ろすと、大鎌が心臓の辺りに刃の半ばまで刺さっている。


「いやいやいや」


思わず刃を掴もうとする。


掴めない。


手がすり抜ける。


「何これ」


「転送処理中です」


「いや、処理じゃなくて説明!」


「間もなく開始されます」


「だから服!」


「時間です」


「だからその時間って何なんだよ!」


骸骨は少しだけ申し訳なさそうに頭を下げた。


「定刻です」


「電車か!」


次の瞬間。


胸の奥が、ドクンと震えた。


部屋全体がぐにゃりと歪む。

壁が折れ曲がり、床が持ち上がる。

天井が溶ける。


世界そのものが、紙細工みたいに折り畳まれていく。


「ちょっ!」


冷蔵庫。

ソファ。

テレビ。

八畳のワンルーム。


住み慣れた部屋が、あっという間に光へ飲み込まれていく。


「せめて服ぅぅぅぅぅっ!」


「申し訳ありません」


骸骨は最後まで丁寧に頭を下げた。


「服を着替える時間は確保できませんでした」


「だから先に言えぇぇぇぇぇっ!」


視界が真っ白になる。


身体が浮いているような感覚だった。


上下も左右も分からない。

胃が持ち上がるような浮遊感だけが続く。


やがて。


ドサッ。


背中から、柔らかい草の上へ放り出された。


「いてぇ……」


青空だった。


雲が流れている。

鳥の鳴き声が聞こえる。

草の匂いがする。


風が頬を撫でた。


「……」


「…………」


「寒っ」


嫌な予感がした。


ゆっくり下を見る。


黒いボクサーパンツ一枚。


以上。


「終わったぁぁぁぁぁっ!」


叫び声が森に響いた。


少し遅れて、隣へ光の粒が集まり、一体の骸骨が現れる。


さっきまで一緒にいた小柄な骸骨だった。


「無事到着しました」


「俺は無事じゃない!」


「そうでしょうか」


「パンツ一丁だぞ!」


「はい」


「服!」


「ありません」


「靴!」


「ありません」


「荷物!」


「ありません」


「武器!」


「ありません」


「水!」


「ありません」


「食料!」


「ありません」


「何ならある!」


骸骨は胸を張った。


「私がおります」


「心細さしかねぇ!」


骸骨は少しだけ首を傾げた。


「心外です」


「俺の立場になってみろ!」


「現在、その予定はありません」


「だろうな!」


優馬は大きくため息をついた。


四十歳の誕生日。

異世界初日。


持ち物は、パンツ。

同行者は、骸骨。


「……夢だったらよかったのにな」


その呟きに、骸骨は首を横へ振る。


「残念ですが現実です」


「知ってる」


「では参りましょう」


「どこへ」


「目的地まで徒歩十分です」


「この格好で?」


「はい」


優馬は空を見上げた。


青空だけは、やたらと綺麗だった。

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