第35話 人は見た目が大事
冷たい石の床。鉄格子。薄暗い牢屋。
優馬は壁にもたれながら、深いため息をついていた。
「……なあ、ルシア」
「はい」
「俺、悪くないよな?」
ルシアは少し考えるように黙り、それから答えた。
「……今回は、かなり優馬さんに非は少ないですね」
「かなりって何?」
「多少はあります」
「どこに?」
「見た目が山賊」
「ぐうの音も出ねぇ」
ルシアは小さく笑った。
優馬は改めて、ここ数日の出来事を思い返す。
「いや、俺、本当に冒険者ギルドに行きたかっただけなんだよ。なのに、街に入る前に山賊扱い。人攫い扱い。スリの子供を助ける。城に連れてこられる。ご飯を食べさせてもらう。ここまではまだいい」
「問題は、その後ですね」
「そう。いきなり王女様に攻撃される。避ける。さらに攻撃される。避ける。避けると首を狙われる。ハクが止める。姫様が気絶する。そして俺、牢屋」
「あれ?もしかしたら何も悪くなくないですか?」
「言ってるじゃん」
優馬は両手を広げた。
「おかしくない?」
ルシアは答えなかった。代わりに、牢屋の隅を見る。
そこには、小さくなったハクが丸くなって眠っていた。
「……」
「お前、一番自由だな」
プルル。
ハクは眠そうに鼻を鳴らした。
「反省してない」
「まあ、ハクさんですから」
結局、その日は優馬たちは牢屋から出されることはなかった。とはいえ、食事はきちんと運ばれ、特に乱暴な扱いを受けることもなかった。
翌朝。
優馬が牢屋の中でぼんやりしていると、外から声が響いた。
「兄ちゃん!」
優馬が顔を上げる。
鉄格子の向こうにいたのは、見覚えのある兄妹だった。
昨日までと違い、二人とも小綺麗になっている。髪も整えられ、風呂に入ったのかサッパリと小綺麗になっていた。シンプルではあるものの、昨日と服装まで違う。
「お前ら」
優馬は少し安心したように笑った。
「なんだか綺麗になったな」
少女は嬉しそうに自分の服を見る。
「お城のお姉さんたちが、お風呂に入れてくれたの」
少年も少し照れながら服の袖をつまむ。
「ご飯もいっぱい食べさせてもらったよ」
「そっか」
「夜なんか、すげぇでかいベッドを使わせてもらってさ、あのグスタフの人とウーノってゲームしたんだ」
「すっごく面白かったよ。グスタフおじさんって、奥さんとものすごい恋愛結婚をしてて、今も愛してるんだって」
「修学旅行くらい楽しんでるっ!」
「あの大臣、隅に置けませんねぇ」
二人がちゃんと大事にされている。それが分かって、優馬は少し安心した。
すると少年が心配そうに尋ねる。
「兄ちゃん」
「何したんだよ?」
優馬は目を丸くした。
「いや、何もしてない」
「じゃあなんで牢屋に?」
「むしろ、されたのはこっち」
兄妹が首を傾げる。
「された?」
優馬は指を折りながら説明する。
「街に着いただけで、山賊扱い、人攫い扱い。スリに遭う」
「いや、それはごめん」
「いや、それはいい。それで、お前らを助ける為に怖い人たちを倒す。城に連れてこられる。姫様に攻撃される。ハクが止める。牢屋。今ここ。」
少女が小さく呟いた。
「大変だったんだね」
「だろ?」
優馬は頷く。
しかし、少年が何かを思い出したように言った。
「でも、兄ちゃん」
「姫様を倒したんだろ?」
優馬は慌てて手を振る。
「違う違う。倒したのは俺じゃない。ハクだ」
「「ハクが?」」
二人はそう言って牢屋の奥でスヤスヤと眠る小さな白馬を見る。
「……まあ、結果だけ見ると俺の仲間だからなぁ」
優馬は苦笑した。
「姫様、大丈夫かな」
ルシアが答える。
「命に別状はないと思います。ただ、かなり消耗はしたでしょうね」
「だよな……」
優馬は少し落ち込む。
「十歳くらいの女の子を気絶させるとか、俺、異世界に来て何してるんだろ」
その時だった。
「おい」
牢屋の外から声がした。
前に優馬を姫のもとへ案内した、白銀の鎧を身につけた女騎士だった。
「姫様がお呼びだ」
優馬は固まった。
「……また?」
女騎士は無表情のまま答える。
「大丈夫だ。出ろ。残念ながら今は首を刎ねるつもりはない。残念ながら」
「それ聞くと余計怖いんだけど」
ルシアが小さく笑う。
「今度こそ話し合いですね」
「本当にそう願うよ……」
牢の扉が開く。
優馬とルシア、そして兄妹は女騎士に連れられ、城の奥へ向かった。
◇◇◇
案内されたのは、エミリアの寝室だった。
大きなベッドの上で、姫が起き上がっている。顔色は少し悪いものの、無事そうだ。
その傍らにはグスタフも立っている。
「おや」
グスタフが優馬を見る。
「一晩、牢で過ごした気分はどうだったかね?」
「できれば二度と経験したくないです」
「すまなかったな。こちらとしても、姫様に攻撃したものを何も無しというわけにもいかんのでな」
「ってか、まあ、攻撃はしてないんですけどね。でも、まあ、昨日はこの子達と遊んでもらったみたいで、ありがとうございます」
「ぐふふふふ、昨日は久方ぶりにカードゲームに勤しんでしまってな」
(ウーノって、カードゲームだったんだ。やっぱ、ドローフォーとかあるのかな)
「グスタフおじさん、顔に出るからすっごく弱いんだよ」
「こらこら、それは言いっこなしだろう。ロイド」
「え、名前…そういえば俺もまだ聞いてなかったのに」
「ん?ロイドとエマは貴様の連れではないのか?」
「妹ちゃんはエマって言うんだ!いや、そういえば聞くタイミングがなくて」
「俺は兄ちゃん達の名前知ってるぜ。ユーマ兄ちゃんとルシアねーちゃんだろ」
「私たちの会話を聞いてたんですね」
そのやり取りを見て、グスタフが楽しそうに笑う。
「ぐふふ。相変わらず面白い連中だ」
「おい、妾のことを忘れてやせんか」
「これはこれは、エミリア様、失礼をば」
大臣と女騎士が同時に跪く。
「よい、楽にせよ」
その時、兄妹が前へ出た。
「姫様、お願いします!」
「僕らはどうなってもいいです!」
「この兄ちゃんを処刑しないでください!」
優馬は目を丸くした。
「え? いや、いきなりお前ら何言ってるの?」
エミリアは二人を見つめ、それから小さく息を吐いた。
「……そんなことをするわけがないのじゃ」
兄妹が顔を上げる。
エミリアは優馬へ視線を向けた。
「すまなかったのじゃ」
優馬は少し驚いた。
「え?」
エミリアはベッドの上で身体を起こし、まっすぐ優馬を見る。
「まず、お主を疑ったことじゃ」
そして、傍らにいるハクへ目を向ける。
「天馬というものは、誰にでも心を許す存在ではないと聞いておる。ましてや、邪な目的を持つ者に、自ら付き従うなど考えにくいのじゃ」
ハクは小さく鼻を鳴らした。
「だから、本当なら……お主を見た時点で、もう少し冷静になるべきだったのじゃ」
優馬は首を傾げる。
「じゃあ、なんで攻撃したんですか?」
エミリアは黙り込んだ。
そして、少しだけ顔を逸らす。
「……それは、その……」
「姫様?」
女騎士が怪訝そうに見る。
エミリアは頬を膨らませた。
「少し、ムキになったのじゃ」
「ムキに?」
ルシアが首を傾げる。
「だってお主が妾の攻撃を避けるからじゃ。次も、その次もじゃ。妾の精霊たちが放つ攻撃を、ことごとく避けていく。あれほどの攻撃を、まるで何事もないかのように……」
「いや、こっちは必死でしたけど」
「でもじゃ!」
エミリアが少し声を上げる。
「ただでさえ強力な精霊たちに妾の魔力も乗った攻撃じゃぞ。その力を何度放っても届かぬ。もっと力を出せば、お主の本当の力が分かると思ったのじゃ」
「それで、あんなことに……」
「……少し、やりすぎたのじゃ」
ルシアが小さく笑った。
「つまり、負けず嫌いだったんですね」
「……そうとも言うのじゃ」
エミリアは少し不満そうに答える。
優馬は思わず笑ってしまった。
「子供じゃん」
「なに?」
「いや、なんかお前子供だな」
「貴様!姫様にお前だと!」
「よい、控えろ!」
「ですが」
「妾がよいといっておる。いいから控えておけ」
「…かしこまりました」
剣に手をかけた騎士をエミリアが制した。
そして、エミリアはじとっと優馬を見る。
「一応、これでも王女なのじゃ」
「へえ、すみません」
そして、エミリアは真剣な表情に戻った。
「本当にすまなかった。戦争の最中に、突然現れた天馬を連れたお主を見て、我は敵だと思い込んでしまったのじゃ」
「まあ……」
優馬は苦笑する。
「敵に見えたなら、仕方ないかもな」
「お主にも、怪しまれる理由はあったしのう」
エミリアが優馬の服装を見る。
くすんだ色の服に、羽織っているのはなめされていない毛皮。王城に現れる人間としては、確かに場違いだった。
「俺の格好、そんなに怪しいか?」
「そりゃそうじゃろ。鏡を見てみい」
「即答なんだ……」
ルシアも頷く。
「そこは否定できませんね」
「ルシア、今それ言う?」
エミリアは少しだけ笑った。
その様子を見ていたグスタフが、口を挟む。
「ぐふふ。まあ、確かに天馬を連れていようが、その格好なら、警戒されても仕方あるまい」
「グスタフさんまで……」
優馬は肩を落とした。
「俺、そんなに山賊っぽいかな」
「「かなり」」
兄弟の声が重なった。
「二人とも!?」
エミリアも小さく笑った。
「じゃが、もう一つ謝らねばならぬことがある」
「もう一つ?」
「お主を牢に入れたことじゃ」
優馬は苦笑する。
「それは……まあ、正直、かなり納得いってないな」
「うむ。当然じゃな」
エミリアは素直に頷いた。
「お主には何の罪もないのじゃから」
優馬は少し意外そうな顔をする。
「……認めるんだ」
「認めるものは認めるのじゃ」
エミリアは胸を張った。
「妾が間違えたのなら、妾が謝る。それが王女として、いや、人として当然じゃ」
「ですが、姫様」
傍らに控えていた女騎士が、すっと口を挟んだ。
「姫様の攻撃を避けるなど、不敬にもほどがあります。やはり、首を刎ねるべきでは?」
「なんでそうなるんだよ!」
優馬が思わず叫ぶ。
女騎士は真顔だった。
「姫様の攻撃を避けるなど、普通ならあり得ぬことです」
「いや、避けなかったら怪我とかしてたと思うんだけど」
「それでもだ」
「それでもじゃない!」
エミリアは小さくため息をついた。
「もうよい。お主は少し黙っておれ」
「はっ」
女騎士は素直に口を閉じた。
そのやり取りをみて、優馬の表情が少し緩んだ。
「まあ、でも、もういいよ。許す」
「許してくれるのか?」
「姫様を許すなど、不敬だ」
「うるさい!話が進まん!お主は一旦、部屋を出ろ」
「いや、しかし姫様に何かあっては」
「今更何があると言うのだ。こやつが何かするなら、昨日の時点でしているであろう」
「しかし…」
「妾が出ろと言っている」
「…申し訳ございません。かしこまりました」
女騎士はその場の全員に見送られながらトボトボと部屋を出ていった。
「すまんな。あの者は妾が生まれた時から仕えておる騎士でな。ヴィオラという。悪い者ではないのじゃが、少々アレが過ぎて」
「ちょっとで、首を刎ねられたらこっちはたまったもんじゃないけどな」
「すまぬな。後できつく言っておく」
「ギンッギンにきつく言っておいてくれよ」
「ギンッギン?あはは、そうじゃな。もう、ギッタンギッタンにきつく言っておこう」
「姫、お戯れを」
「ん、おっほん。とにかく、すまなかった」
「ああ、いいよ。子供はそんなこと気にすんな」
「さっきも言ったが、妾は一応この国の王女じゃぞ。子供扱いするでない」
「そうだな。昨日の攻撃もきっと、この国に忍び込む怪しいやつを何とかしてやろうと思ってのことだろ。偉いよ。お前は立派な王女様だよ」
「その感じ、さっきの騎士さんが聞いたらすぐに刎ねに来るでしょうね」
「やめろ、フラグを立てるんじゃねーよ」
「大丈夫じゃ。ちゃんと妾が止めておく。それはそうと」
エミリアはそう言うと、改めて優馬を見る。
「詳しい話を聞かせてほしいのじゃ。お主が何者なのか。なぜ天馬を連れているのか。そして、何の目的でこの国へ来たのか」
「事情説明会ですね」
「そうじゃ」
エミリアは小さく笑った。
「今度はちゃんと話をするのじゃ」
優馬も苦笑しながら頷く。
「お願いします」
こうして、優馬の王城での騒動は、ようやく話し合いへと進むことになった。




