第34話 神獣の真価
エミリアは、目の前の男を見ていた。
信じられない。
三体の精霊による同時攻撃。風の刃、炎の槍、雷の閃光。普通の人間なら、避けることすらできないはずだった。
それなのに。
目の前の男は、避けた。
ただ、それだけだった。
「……」
エミリアは目を細める。
男の動き。反応。身体能力。どれも普通ではない。しかし、攻撃を受ける気配もない。
「まだじゃ」
エミリアが呟く。
「もう一度じゃ!」
三つの光が一斉に動いた。
◇◇◇
優馬は困っていた。
「いや……なんで?」
目の前の少女。どう見ても十歳くらいだ。
その周囲に浮かぶ三つの光。精霊か何かだろう。
異世界だし。
そして、その精霊たちが攻撃してくる。
「ルシア」
「はい」
「これ、話し合い、失敗した感じですか?」
「完全に失敗していますね」
「まだ一言も話してすらいないけどなぁっ!」
優馬は迫ってきた炎を横へ避ける。その直後、足元から風が吹き上がった。
「うわっ!」
身体が浮く。
しかし、空中で身体を捻り、そのまま着地する。
「……」
エミリアの目が大きく開く。
「今のを避けるか」
次は雷。
優馬は身体を横へ投げ出す。
続けて炎。
避ける。
風。
避ける。
雷。
また避ける。
何度攻撃しても、当たらない。紙一重でかわされる。
「……」
エミリアは眉を寄せた。
「馬鹿な。なぜ当たらぬのじゃ」
「いや、こっちも聞きたいんだけど!」
優馬は叫びながら炎を避ける。
「なんで攻撃されてるの? 俺、何かしました?」
その言葉に、エミリアの動きが一瞬止まった。
だが、すぐに精霊たちへ視線を戻す。
「……お主」
エミリアは優馬を睨む。
「本当に何者なのじゃ」
「それ、こっちの台詞なんだけど……」
優馬がぼやいた、その時だった。
「うりゃぁぁ!」
背後から声が響いた。
「え?」
優馬が振り向く。
そこには、白銀の鎧を身につけた女騎士がいた。
手には抜き身の剣。
そして、その切っ先は真っ直ぐに優馬の首へ向かっている。
「ちょっ――!」
優馬は咄嗟に身を屈めた。
剣が頭上を通り過ぎる。
「何であんたまで!?」
「姫様に対する無礼、見過ごすわけにはいかん!」
「いや、俺が何したんだよ!」
優馬が叫ぶ。
しかし、女騎士は止まらない。
「姫様の御前で騒ぎ立て、精霊の攻撃を避け続けるなど、到底許されぬ!」
「いや、それは避けるだろ!」
再び剣が振り下ろされる。
優馬は横へ飛ぶ。
その直後、炎が横切った。
「うわっ!」
「動くな!」
「無茶言うな!」
前から精霊。
後ろから女騎士。
優馬は完全に挟み撃ちにされていた。
「ルシア!」
「はい!」
「何とかして!」
「私は戦いません。頑張ってください」
「ですよね!」
優馬は炎を避け、雷をかわし、女騎士の剣を身をひねって避ける。
そのたびに床や壁が破壊されていく。
「姫様!」
女騎士が叫ぶ。
「この者、只者ではありません!」
「分かっておる!」
エミリアも驚きを隠せない。
精霊たちの猛攻を避けながら、女騎士の剣までかわしている。
それでも、優馬は一度も攻撃を返さない。
「……」
エミリアの魔力がさらに膨れ上がる。
「姫様、本気になられるのですか!」
女騎士が叫ぶ。
「当然じゃ!」
エミリアの周囲に、風、炎、雷の精霊たちが集まっていく。
三つの力が、これまでとは比べものにならないほど膨れ上がっていく。
「この国を守るため、父上たちが帰ってくる場所を守るため……中途半端な力では足りぬのじゃ!」
「承知しました!」
女騎士も剣を構える。
「ならば、私もお力添えを!」
「いやいやいや!」
優馬が叫ぶ。
「何でそっちも乗り気なんだよ!」
「覚悟!」
女騎士が再び斬りかかる。
優馬は身体をひねってかわす。
その瞬間、目の前から炎が迫った。
「うわっ!」
優馬は咄嗟に横へ飛ぶ。
そこへ雷。
「危なっ!」
さらに風。
「ちょっ、待って!」
前後左右から次々と攻撃が飛んでくる。
優馬は必死に避け続ける。
そして、女騎士の剣が再び首へ迫った。
「――っ!」
優馬は反射的に身体を沈める。
剣が頭上を通り過ぎる。
「いい加減にしてくれ!」
優馬は黒い剣の柄を握った。
まだ鞘すら用意されていない、むき出しの黒い刀身。
女騎士が再び踏み込んでくる。
「姫様に無礼を働いた者は――!」
「だから、何もしてないって!」
ガキィン!
黒い剣と白銀の剣が激しくぶつかった。
次の瞬間。
「なっ――!」
女騎士の身体が大きく弾き飛ばされた。
白銀の鎧ごと宙を舞い、天井にバウンドし、その勢いのまま床へ叩きつけられる。
「……」
女騎士は、その場で動かなくなった。
「え?」
優馬は目を丸くする。
「……大丈夫か?」
返事はない。
ルシアが女騎士を確認する。
「気絶しただけのようですね」
「よかった……」
優馬はほっと息を吐く。
だが。
「まだじゃ!」
エミリアの声が響いた。
三つの精霊が、限界まで力を高めていた。
風。
炎。
雷。
三つの属性が渦を巻き、一つの巨大な魔力へと変わっていく。
「行くぞ!」
エミリアが叫ぶ。
「全力じゃー!」
空間が震える。
城全体が揺れ始めた。
優馬は、その圧力に思わず息を呑んだ。
「……これ、避けられるか?」
ルシアは迫り来る魔力を眺めながら、いつもの調子で答えた。
「うーん……避けちゃうと、多分、建物自体が壊れちゃうと思いますよ」
「気楽に言うなよ!」
「でも、それくらい魔力が高まってますよ」
「そうか……」
優馬は目の前の少女を見つめた。
どこぞの戦闘民族が気を高めてる様子とそっくりだ。
これまでの攻撃とは明らかに違う。
多分、避けること自体はできる。
だが、避ければ攻撃はそのまま後ろへ抜ける。
ここは王城の中だ。
まともにぶつかれば、建物そのものが無事では済まない。
「……」
優馬は覚悟を決めて、手の中の剣の柄を握り直す。
「じゃあ、受けるしかないか」
その時だった。
横にいたハクが、ゆっくりと前へ出た。
「え?」
いつもなら優馬のそばで眠そうにしている小さな白馬。
そのハクが、優馬の前に立つ。
「ハク?」
呼びかけても、ハクは振り返らない。
ただ、エミリアたちの方を静かに見つめている。
すると。
ハクの身体から、淡い青白い光が漏れ始めた。
「……なんだ?」
優馬が目を細める。
光が少しずつ強くなっていくにつれ、小さかった体が元のサイズに戻った。そして、
「……え?」
ハクの背中が、淡く輝いた。
白い毛並みの下。
肩甲骨の辺りから、何かが浮かび上がってくる。
「まさか……」
優馬が一歩近づく。
その瞬間。
ハクの背中から、一対の白い翼が生えた。
「……ハク?」
優馬が呟く。
それはまるで、身体の内側から押し出されるように、ゆっくりと伸びていった。
純白の羽毛が光を受けて輝き、その翼がゆっくりと開いていく。
「翼……」
優馬は言葉を失った。
今まで眠っていた何かが、目を覚ましたようだった。
翼が大きく広がる。
その瞬間、強い風が巻き起こった。
優馬の服が大きくはためく。
「うわっ!」
思わず腕で顔を覆う。
風が収まる。
優馬が顔を上げる。
そこにいたのは、さっきまでの小さな白馬ではなかった。
白い毛並みが光を帯び、たてがみが風もないのに大きく揺れる。
「……ハクさん?」
優馬の声に、ハクがゆっくりと振り返る。
その瞳は、いつもの眠そうなものではない。
青く澄んだ光を宿していた。
優馬は息を呑む。
「……これが」
ルシアも、しばらく言葉を失っていた。
そして、ぽつりと呟く。
「神獣……」
その言葉に反応するように、ハクの翼が大きく広がった。
青い光が、その身体を駆け抜けていく。
エミリアも目を見開いていた。
「……天馬」
目の前にいるのは、ただの白馬ではない。
伝説に語られる神獣。
天を駆ける白き獣。
その姿だった。
優馬は、しばらくハクを見つめていた。
「……お前、そんなだったのかよ」
ハクは何も答えない。
ただ静かに、迫り来る巨大な魔力を見つめて、
たてがみが揺れる。
そのハクを目掛けて、三体の精霊が、最大の力を放つ。
「アルヴェリア・ブレイク!」
巨大な魔力が迫る。
優馬は叫んだ。
「ハク!」
次の瞬間。
青く光るたてがみが大きく揺れた。
白い光が広がる。
衝撃。
爆音。
城全体が震える。
魔力と神獣の力がぶつかり合う。
床が砕け、壁に亀裂が走る。
エミリアは、その光景を見ていた。
自分の最大攻撃。
それを、天馬は真正面から受け止めている。
「……」
「なんじゃ……」
これほどの力。
これほどの存在。
全力を使った反動で、エミリアの視界が揺れる。
「強すぎるのじゃ……」
小さく呟いた瞬間、身体から力が抜けた。
「姫様!」
ルシアの声が響く。
優馬も慌てて駆け寄った。
「え?」
エミリアの身体が、その場に崩れ落ちる。
優馬が咄嗟に受け止める。
「気絶した?」
その直後、エミリアの周囲に浮かんでいた三つの光も、ふらふらと揺れ始めた。
『……つかれた』
『もう……むり……』
『パフェ……』
三つの精霊は、エミリアの身体の周りへ集まるように降りていく。
そして、そのまま光が弱くなった。
「……」
三つとも、エミリアの周囲にふわりと落ち、完全に動かなくなった。
「こっちも気絶したのか?」
ルシアが精霊たちを覗き込む。
「どうやら、そのようですね」
優馬は腕の中のエミリアを見る。
その周囲には、力尽きた三つの精霊。
少し離れた場所には、黒い剣で吹き飛ばされて気絶した女騎士。
そして、その前には巨大な白い天馬。
「……」
優馬は周囲を見回した。
壁には大きな亀裂。
床はところどころ砕けている。
「……これ、俺が悪いのか?」
「どうでしょう」
ルシアが周囲を見渡す。
「少なくとも、最初に攻撃してきたのは姫様たちですね」
「だよな」
優馬は少しだけ安心した。
そして、腕の中のエミリアを見る。
「とりあえず、この子をどうすればいいんだ?」
その場に残ったのは、気絶した姫と精霊たち、そして女騎士。
さらに、そのすべてを受け止めた巨大な天馬。
状況をまったく理解できていない優馬は、ただ呆然と立ち尽くしていた。




