第33話 小さな姫の密かな決意
エミリア・フォン・アルヴェリア。
アルヴェリア王国の第一王女として生まれた少女。
彼女は、生まれた時から特別だった。
強すぎる魔力。
それは祝福であると同時に、幼い身体には大きすぎる負担でもあった。
常に身体の中を満たす膨大な魔力のせいで、エミリアはとても病弱だった。少し外に出るだけで疲れ、長く歩くこともできない。何度も高熱を出し、宮廷の医師たちは口を揃えて言った。
「このままでは、成人まで生きられない可能性があります」
王女なのに、何もできない。
いつも誰かに守られているだけ。
それが、幼いエミリアには嫌だった。
そんなある日、エミリアは三つの小さな光と出会った。
風、炎、雷の精霊のかけら達。
本来は誰にも見えないはずの存在が、エミリアには見えた。
「遊びに来てくれたの?」
エミリアが尋ねると、三つの光が嬉しそうに舞った。
それから精霊たちは、毎日のようにエミリアのもとへやって来た。一緒に遊び、話をし、眠れない夜にはそばにいてくれる。
いつしか、三人はエミリアにとって家族のような存在になっていた。
そしてある日、精霊たちはエミリアに告げた。
『力を分けて』
『エミリアの魔力を』
膨大すぎるエミリアの魔力を精霊たちが受け取れば、彼ら自身の力を強めることができる。それと同時に、エミリアの身体への負担も減らせるという。
エミリアは迷わなかった。
「みんなが苦しくないのなら、私の力を分けてあげる」
その日から、エミリアの身体は少しずつ変わっていった。
寝込むことが減り、歩けるようになり、やがて外へ出られるようになった。
医師たちは奇跡だと言った。
けれど、エミリアにとっては奇跡ではない。
大切な友達が助けてくれただけだった。
だから、エミリアは精霊たちを力を得るための道具だと思ったことは一度もない。
大切な友達。
それが、エミリアにとっての精霊たちだった。
元気になったエミリアは、それまでできなかったことを少しずつ楽しむようになった。
庭を走り、城の中を歩き回り、精霊たちと笑い合う。
病弱だった少女からは想像できないほど、明るく楽しい毎日だった。
しかし。
その日々は、戦争によって終わりを告げた。
アルヴェリア王国が隣国との戦争に入ると、国王である父は戦争の指揮を執るため城を離れることが増えた。王妃である母も、負傷兵や避難民の支援のため、城を空けることが多くなった。
それまでなら、分からないことがあれば父や母に聞けばよかった。
怖ければ甘えることもできた。
だが、二人がいない時間が増えるにつれて、エミリアのもとへ届く報告も増えていった。
戦況。
負傷者。
食料。
国民の不安。
最初の頃は、「お父様はいつ帰ってくるの?」「お母様は?」と聞いてばかりだった。
けれど、ある日。
一人になった部屋で、エミリアは考えた。
自分は王女だ。
国の人々が戦争で苦しんでいる。
そんな時、自分まで子供のように甘えていていいのだろうか。
父も母もいない時、誰かがこの国を支えなければならない。
もちろん、自分一人で何かできるわけではない。
それでも。
「私が、しっかりしなきゃ」
その日から、エミリアは少しずつ変わった。
子供らしく甘えることを減らし、王女として振る舞おうとするようになった。
そして、いつの間にか口調まで変わっていた。
「わらわはアルヴェリア王国の王女なのじゃ」
誰に教えられたわけでもない。
王女らしく、強くあろうとして、自分で作った話し方だった。
「だから、しっかりせねばならぬのじゃ」
それが、いつしかエミリアの癖になった。
そして十歳になった今。
幼い見た目とは不釣り合いな、どこか古風な口調で話す王女となっていた。
そんなある日のこと。
「姫様」
王女付きの騎士がエミリアのもとへ駆け込んできた。
「城に不審な者が現れました」
「不審な者?」
「白い天馬を連れた男です」
エミリアの表情が変わった。
天馬。
神獣。
そんな存在を連れた人間が、戦争中のこの国へ突然現れた。
しかも、正体も目的も分からない。
怪しすぎる。
「……敵じゃ」
エミリアは迷わず言った。
「この戦争の最中に、そんな者が突然現れるなど……敵に決まっておる」
「しかし、姫様。まだ、その者が何者なのかは――」
「分からぬからこそ怪しいのじゃ」
エミリアは言い切った。
「敵が、自ら敵だと名乗って現れると思うか?」
騎士は言葉を失う。
エミリアは三つの光を見る。
「イオ、リム、パール」
三つの光がエミリアの周囲に集まった。
『任せて』
『守る』
『パフェ食べたい』
「もちろんじゃ。終わったら、特大フルーツ盛りパフェを食べようぞ。みんな、すまぬが力を貸してくれ」
エミリアは扉へ視線を移す。
そして、静かに言った。
「その者をここに連れてくるのじゃ」
騎士が王女の言葉を伝えに慌ただしく食堂に向かうのを見て、エミリアは呟いた。
「帝国のスパイめ。容赦はせんぞ」
エミリアに呼応するように、三つの光が強く輝く。
それからしばらくして、扉が開いた。
そこにいたのは、一人の男だった。
白い天馬を連れた男。
だが、エミリアの目に最初に入ったのは、その服装だった。
くすんだ色の服。
肩から羽織る毛皮と、背には大きな黒い剣。
山賊を思わせる風貌。
王城に現れるには、あまりにも場違いな姿だった。
(怪しいどころか、完全にクロじゃ!)
どう見ても、まともな旅人には見えない。
「……」
優馬は落ち着かない様子で周囲を見回しながら、一歩、部屋へ入った。
エミリアは精霊たちに小さく頷いた。
「やるのじゃ!」
三つの光が一斉に動く。
風が巻き起こり、炎が弾け、雷が走った。
三つの精霊魔法が同時に男へ襲いかかる。
しかし。
男は避けた。
一発。
二発。
三発。
まるで攻撃が来ることを知っていたかのように、次々と身をかわしていく。
エミリアは目を見開いた。
最後の攻撃が壁を砕き、砂煙が舞う。
その向こうから、男が現れた。
息を整えながら、こちらを見ている。
エミリアは男から目を離せなかった。
精霊たちの攻撃を、難なくかわした。
A級冒険者でさえ、無事では済まないほどの攻撃だというのに。
それを、この男はまるで何事もなかったかのように避けている。
しかも、男には戦う意思すら見えない。
「……おかしいのじゃ」
思わず、そんな言葉が漏れた。
エミリアは男をじっと見つめた。
「貴様、一体、何者なのじゃ?」




