第31話 街の名は
古びた家を出た。
外の空気を吸って、優馬は大きく息を吐いた。
「……」
たった数時間ほどで、色々あった。
街に入る前に武器を向けられた。
なんとか街に入ると、スリに遭った。
そのスリを追いかけた先でスラムに迷い込み、今度はその少年と妹を助けることになった。
「なんか、予定と違うな」
優馬が呟く。
ルシアが首を傾げた。
「何がです?」
「冒険者ギルドに行く予定なのに」
「まだ、どこにあるのかすら知りませんね」
「だよな」
優馬は遠い目をする。
「異世界って、もっと順調に進むものじゃないのか。もっと、美少女と出会ったり、ラッキースケベがあったり、ハーレムしたり、ラッキースケベがあったり」
「欲望を隠そうとしない!もう!隣に超絶美少女が二人もいるじゃないですか」
「お前、骨じゃん。っていうか、ハクって女の子なの?」
「気付いてなかったんですか!?」
ルシアが呆れたように言う。
「あーあ。鈍感系主人公気取りですか」
「いや、そういうつもりは……」
「プルルッ」
ハクが抗議するように鼻を鳴らした。
「ごめんごめん」
優馬がハクの頭を撫でる。
その時だった。
「あの……」
声を出した少年に、優馬が振り返る。
「ん?」
少年は俯いていた。
「俺……あんたの荷物、盗もうとした」
「ああ」
優馬は頷く。
「燻製な。フェル村謹製の旨いやつ」
少年の顔がさらに曇る。
「怒らないの?」
「え?」
「普通、怒るだろ」
優馬は少し考えた。
「まあ、最初はびっくりしたけど」
少年を見る。
「さっきの奴らにやらされてたんだろ?」
少年は黙る。
「妹もいたんだろ?」
小さく頷いた。
「……」
「親はいない」
少年が話し始める。
「昔、病気で死んだ。それから、さっきの叔父さん、あいつの家で暮らしてた」
優馬は黙って聞く。
「最初は普通だった。でも……」
少年は拳を握る。
「だんだん……飯を食わせてやってるんだから言うことを聞けって。スリをやらされたり、儲けが少なかったりすると……」
少年は言葉を止める。
だが、言わなくても分かった。
優馬の表情が少し険しくなる。
「でも、妹は殴られなかったから……」
少年は妹を見る。
少女は兄の服を掴んでいた。
「言うことを聞くしかなかった」
静かな時間が流れる。
優馬は少し考えた。
そして。
「もう戻らなくていいんじゃないか」
少年が顔を上げる。
「え?」
「嫌なんだろ」
「……」
「だったら戻らなくていい」
少年の目が揺れる。
「でも……」
「行く場所がない」
その言葉に、ルシアが口を開いた。
「教会があります」
二人がルシアを見る。
「教会?」
「はい」
ルシアは頷いた。
「この街にも、孤児や困っている人を受け入れる場所があるはずです。そんなに裕福じゃないかもしれませんが、少なくとも、あの場所へ戻るよりはいいと思います」
少年は妹を見る。
少女も不安そうに兄を見る。
「……」
少年はしばらく黙っていた。
そして、小さく首を横に振った。
「教会の場所、知らない」
「え?」
優馬が目を丸くする。
「じゃあ、どこにあるか分からないのか?」
「うん」
「この辺りから出たことないから……」
少年は俯いた。
「……」
優馬は頭を掻いた。
「そっか」
ルシアを見る。
「俺たちも、この街のこと全然知らないんだけど」
「そうですね」
「教会を探すのも大変そうだな」
「ですね」
二人で顔を見合わせる。
そして、優馬は少年たちを見る。
「じゃあ、一緒に探すか」
「え?」
「教会」
少年が目を丸くする。
「俺たちも、この街に来たばっかりだからさ」
優馬は笑う。
「ついでに街を案内してくれよ」
「俺が?」
「この辺りなら詳しいんだろ?」
少年は少し考える。
「……うん」
「じゃあ決まり」
優馬は軽く手を叩いた。
「まず教会を探して、それから……」
「それから?」
「冒険者ギルドだ!」
「あ」
ルシアが思い出したように声を上げる。
「そういえば、それが本来の目的でしたね」
「そうだよ!」
優馬は胸を張った。
「今日こそ冒険者ギルドに行くぞ!」
少年と少女は顔を見合わせる。
「……いいの?」
少年が尋ねた。
「俺、あんたの荷物を盗もうとしたのに」
「ああ」
優馬は笑った。
「盗まれてないだろ」
「それに、お前の意思じゃない。やらされてたんだ」
少年は少し驚いたように優馬を見る。
「まあ、子供はそんなこと気にすんな」
ルシアが優しく笑う。
「優馬さんらしいです」
「そうか?」
「そうですよ」
少年は少しだけ笑った。
そして。
「……ありがとう」
小さな声だった。
優馬は聞こえないふりをした。
「よし、行くぞ」
「うん!」
少年が頷く。
少女も兄の手を握った。
こうして、二人の兄妹は優馬たちと行動を共にすることになった。
◇◇◇
街を歩く。
優馬の隣にはルシア。
その少し後ろを少年が歩き、その腕には少女。
そして――
「かわいい……」
少女に抱きかかえられた小さな白馬。
「プルル……」
ハクは満足そうな顔をしていた。
少女が頭を撫でるたびに、気持ちよさそうに目を細めている。
「……」
優馬はその様子を横目で見る。
「完全に馴染んでるな」
「仲良くなるの早いですね」
ルシアも笑う。
「プルルッ」
ハクはどこか得意げだ。
「まあ、本人がいいならいいけど」
優馬は苦笑した。
そして、ふと足を止める。
「あ」
素っ頓狂な声を出した優馬に、全員が振り返る。
「どうしたんです?」
「いや」
優馬は周囲を見回した。
「この街の名前って、何?」
「……」
少年が固まる。
「え?」
優馬も固まる。
「知らないの?」
「いや、知ってるけど……」
少年は呆れたような顔をする。
「今まで知らなかったの?」
「うん」
「……」
ルシアが肩を震わせる。
「ふふっ」
「笑うなよ」
「だって……」
その時だった。
「いたぞ!!」
突然、背後から野太い声が響いた。
優馬たちが振り返る。
武器を持った兵士が、数人こちらへ走ってくる。
「……」
優馬は目を細める。
「え?」
ルシアも驚く。
兵士たちは叫んだ。
「止まれ! そこの男!」
「お前を拘束する!!」
「俺?」
優馬は首を傾げる。
「なんで?」
兵士たちは剣を構える。
「なんだ、その少女と少年は!」
「まさか……」
「人攫いか!」
「……」
優馬は嫌な予感がした。
また、この展開か。
ルシアが小さく呟く。
「今度は何と間違われるんでしょうね」
兵士たちに武器を突き付けられて囲まれた優馬は、深いため息をついた。
「……俺、今日だけで何回疑われるんだよ」
少年と少女は不安そうに優馬を見る。
優馬の異世界生活は、またしても予定外の方向へ進み始めた。




