第28話 ギルドはどこですか?
「あ」
「どうしました?」
ルシアが首を傾げる。
優馬は真顔だった。
「ギルドの場所、聞くの忘れた」
「あと、この街の名前も」
「……」
ルシアも足を止める。
「あっ」
「気付いた?」
「気付きました」
二人は顔を見合わせた。
「普通、入り口付近の人に聞いたら教えてくれますもんね」
「そうなんだけどさ」
優馬は周囲を見回した。
人、人、人。
石畳の大通りにはたくさんの人が行き交い、あちこちに店が並んでいる。
「まあ、そのうち誰かに聞けばいいか」
「そうですね」
優馬は歩き出そうとして、ふと足を止めた。
「……あれ?」
「今度は何ですか?」
「俺たちって、お金持ってる?」
「……」
ルシアが固まった。
「ルシア?」
「……持ってません」
「え?」
「持ってくるのを忘れました」
「忘れた?」
「はい」
「お金を?」
「はい」
ルシアは悪びれもせず頷いた。
「この世界のお金がどんなものかは知ってますよ」
「知ってるんだ」
「銀貨とか銅貨とか、そういうものですよね」
「じゃあ、なんで持ってないの?」
「忘れました」
「堂々と言うなぁ……」
優馬は頭を抱えた。
「俺も当然持ってないぞ。あの偉い骸骨が渡し忘れたからな」
「ですよね」
「……」
「……」
二人はしばらく黙った。
「とりあえず」
優馬が口を開く。
「ギルドを探そう」
「はい」
「冒険者になれば、依頼を受けてお金を稼げる」
「そうですね」
「それまでは……」
優馬は自分の荷物を確認する。
燻製。
木の実。
村長からもらった紹介状。
「食べ物はある」
「ありますね」
「寝るところは……」
「野宿ですか?」
「最悪な」
「最悪ですね」
二人は顔を見合わせる。
そして同時に苦笑した。
「まあ、なんとかなるか」
「優馬さんなら、なんとかなりそうですね」
「その根拠のない信頼、ちょっと怖いな」
二人は再び歩き始めた。
「でも、ゲームなら街に入ったら、とりあえず入口付近のNPC全員に話しかけるじゃん」
「話しかけません」
「え?」
「現実ですから」
「そうだった……」
優馬は肩を落とした。
「ミニマップもないし、目的地も表示されない」
「クエストマーカーもありません」
「不便だな、この世界」
「だから現実なんです」
優馬は苦笑しながら周囲を見回した。
そこには、森とはまるで違う景色が広がっていた。
石畳がどこまでも続き、両脇には色とりどりの店が並ぶ。
焼きたてのパンの香り。
肉を焼く香ばしい匂い。
果物を売る元気な声。
鍛冶屋から響く金属音。
荷馬車がゆっくり通り過ぎ、鎧姿の男たちが談笑しながら歩いていく。
ローブ姿の女性。
耳の長いエルフらしき青年。
大きな荷物を抱えた商人。
優馬は目を輝かせた。
「すげぇ……」
「まるで異世界だ」
「いや、異世界ですよ」
「森もよかったけど、やっぱり文明って最高だ」
「まだ何もしてませんけどね」
「いるだけでテンション上がる」
優馬はキョロキョロと辺りを見回す。
「あのパン屋のおばちゃんに聞こうかな」
店の前には行列。
「……忙しそうだな」
今度は八百屋のおじさん。
こちらも接客中。
「タイミング悪いな」
鎧姿の男が歩いてくる。
「冒険者っぽい」
「でも怖そう」
「話しかけづらいですね」
「うん」
二人は苦笑しながら歩き続ける。
その時だった。
ドンッ。
小さな衝撃とともに、誰かがぶつかった。
「おっと」
優馬が振り返る。
十歳くらいの少年が尻もちをついていた。
ボロボロの服。
痩せた身体。
「ご、ごめん!」
慌てて立ち上がると、そのまま人混みへ駆けていく。
「大丈夫か?」
優馬は声を掛けたが、少年は振り返らなかった。
「急いでたのかな」
歩き出そうとした、その時。
ルシアが優馬の腰辺りを指差す。
「優馬さん」
「ん?」
「荷物がありません」
「……え?」
腰を見る。
そこに掛かっていたはずの袋が消えている。
ゆっくり前を見る。
さっきの少年が、その袋を抱えて全力疾走していた。
「おいぃぃぃぃ!!」
優馬も反射的に走り出す。
勝負は一瞬だった。
三歩。
それだけで追いついた。
「はい、捕まえた」
ひょいっと首根っこを掴み上げる。
「うわっ!」
「離せ!」
少年は手足をばたつかせる。
「返せ!」
「だから、それ俺の荷物だから」
優馬は袋を少年から取り戻し、中を確認する。
燻製。
木の実。
紹介状。
全部ある。
「よかった」
少年は悔しそうに睨みつけた。
「ちくしょう……」
その時。
ぐぅぅぅぅ……
辺りに響く大きなお腹の音。
少年の顔が真っ赤になる。
優馬は袋から燻製を一本取り出した。
「腹減ってるんだろ」
少年は黙ったまま燻製を見つめる。
視線が動かない。
「ほら」
優馬が差し出す。
少年はしばらく迷ったあと、そっと受け取った。
恐る恐る一口。
「……」
もう一口。
さらにもう一口。
食べる手が止まらない。
あっという間に一本なくなった。
「うま……」
思わず漏れた本音だった。
優馬は少しだけ誇らしげに笑う。
「フェル村のみんなが作ってくれた燻製だからな。」
「私も作るの手伝いましたよ」
少年は何も言わない。
しばらく俯いたあと、小さく呟いた。
「……悪かった」
その一言だけ残し、人混みの中へ走って消えていく。
優馬は笑いながら手を振った。
「もう盗むなよー」
返事はなかった。
ルシアが優しく笑う。
「優馬さんらしいですね」
「そうか?」
「普通なら衛兵へ突き出してますよ」
「腹減ってみたいだしな」
優馬は荷物を今度は肩へ掛け直した。
そして。
また立ち止まる。
「あ」
「今度は何ですか?」
「さっきの子に聞けばよかった」
「何をです?」
「ギルドの場所」
「あと、この街の名前」
ルシアは数秒黙る。
そして肩を震わせた。
「ふふっ」
「確かに地元の子ですもんね」
「絶対知ってたよな」
「知ってましたね」
優馬は頭を掻きながら苦笑する。
「惜しいことしたなぁ」
「惜しかったですね」
二人は笑い合いながら、大通りを歩き始めた。
今度こそ、冒険者ギルドを目指して。




