第25話 大漁じゃーい!
村長の家に泊めてもらった、その翌朝。
「それじゃあ、一回帰ってきます」
優馬が頭を下げると、村長も笑顔で頷いた。
「お気を付けください。森には魔物もおりますからな」
優馬はハクを見る。
「大丈夫です!」
「ブルルッ」
ハクは「任せろ」とでも言うように鼻を鳴らした。
「夕方までには戻ります」
「魚、いっぱい持ってきますね」
ルシアも笑顔で手を振る。
「燻製、楽しみです」
◇◇◇
森へ戻る道。
「あー」
優馬は大きく伸びをした。
「久しぶりに帰ってきた感じがするな」
「一泊しかしてないですけどね」
「気分だよ、気分」
ルシアがくすっと笑う。
「でも」
「ん?」
「街へ行くって決めたら、この森も見納めなんですね」
優馬は森を見回した。
ここから異世界生活が始まった。
異世界に飛ばされた。
家を建てた。
ハクと出会った。
魚を獲った。
服も自分で作った。
そして、黒い剣まで見つけた。
「……なんだかんだ」
優馬は少しだけ笑う。
「世話になったな」
「ですね」
二人は少しだけ感傷に浸った。
「……」
「……」
「よし!」
優馬が手を叩く。
「しんみりするのはやめよう!」
「魚だ!」
「魚ですね!」
二人は川へ向かって走り出した。
◇◇◇
いつもの川へ着く。
優馬は石を拾った。
「今日は本気でいく」
「何匹くらい必要なんですかね」
「分からん」
「じゃあ、とりあえずいっぱい」
「それだ」
優馬は川を覗き込む。
魚影を見つけた。
「そこ!」
ビュンッ!
ドボン!
バシャァッ!
魚が宙を舞う。
「一匹!」
「はい、一匹!」
ルシアが元気よく数え始めた。
「次!」
ビュン!
「二匹!」
「次!」
ビュン!
「三匹!」
「おお!」
「今日は調子いい!」
次々と石が飛ぶ。
水面が跳ねるたび、魚が岸へ飛んできた。
「四!」
「五!」
「六!」
ルシアの声もどんどん大きくなっていく。
やがて、足元には二十匹近くの魚が並んでいた。
「優馬さん」
「ん?」
「その辺にしましょうか」
「なんで?」
ルシアは足元を指差した。
「もう十分じゃないですか?」
「……」
優馬は魚の山を見る。
「いや」
真顔になった。
「七日分だぞ?」
「キャベツもどきもありますよ?」
「足りる?」
「パンもくれると思いますし」
「ほんと?」
「たぶん」
優馬は腕を組んだ。
「でも」
少し考えてから頷く。
「せっかくだし」
「キリよく三十匹」
「キリ?」
「三十」
「それ、キリなんですか?」
「俺の中では」
「分かりました」
ルシアはもう止めなかった。
◇◇◇
三十分後。
「三十匹達成!」
優馬が拳を突き上げる。
ルシアも拍手した。
「おめでとうございます!」
「ありがとう!」
その時だった。
「ブルルッ」
ハクが川の中へ入っていく。
「ん?」
ゆっくりと歩き、ピタリと止まる。
そして――。
バシャッ!
前足を一振り。
一匹の、今まで見たことがないくらい大きな魚が岸へ飛んできた。
「……」
「……」
優馬が魚を見る。
ハクを見る。
また魚を見る。
「ハク」
「ブルルッ」
「お前」
「ブルルッ♪」
「俺より上手いじゃん」
ルシアが吹き出した。
「また負けましたね」
「いや、これは違う!」
「何がですか?」
「俺は投石部門だから!」
「部門?」
「ハクは前足部門!」
「そんな部門ありません」
優馬は腕を組み、真剣な顔で頷く。
「住み分けって大事だから」
「よくわからない言い訳ですねぇ」
◇◇◇
魚を縄へ通し、肩へ担ぐ。
「いやぁ、大漁大漁っ」
「大丈夫ですか?」
「よゆーよゆー」
優馬は肩の魚を持ち直した。
「でも生臭い」
「それは我慢してください」
「街へ行く前に風呂入りたいなぁ」
「お風呂、恋しいですか?」
「恋しい」
優馬は即答した。
「ゆっくり湯船に浸かって、シャンプーしたい」
伸びてきた髪をつまむ。
「石鹸もほしい」
「文明って偉大ですね」
「本当に」
ふと、優馬は森の奥へ目を向けた。
「……あ」
「どうしました?」
「そういえば、家の壁も直さないとな」
前日のハクの一撃で、見事に壁が一枚ぶち抜かれている。
さすがに、あのままでは住めない。
「村の人たちが直してくれるって言ってましたけど」
「材料はいるだろ?」
優馬は辺りを見回した。
「木なら、この辺にいくらでもあるし」
「また家を作るんですか?」
「いや、今回は材料を持って帰るだけ」
優馬は太そうな木を一本見つける。
「これくらいなら使えるかな」
「それ、かなり太いですよ?」
「そう?」
優馬は木の幹に手をかけた。
ぐっ。
「よっ」
ミシッ。
「……」
バキィッ!
根元から木が引き抜かれた。
「よし」
「よし、じゃないですよ」
ルシアが呆れた顔をする。
「普通は一本丸ごと抜きません」
「でも材料として使えるだろ?」
「使えますけど……」
優馬は肩に木を担いだ。
その反対側には大量の魚。
「じゃあ、帰ろう」
「持ちすぎじゃないですか?」
「大丈夫大丈夫」
「本当に?」
「よゆーよゆー」
ルシアはため息をついた。
「その言葉、信用できなくなってきました」
「なんでだよ」
二人と一匹は、村へ向かって歩き始めた。
◇◇◇
村が見えてきた。
最初に気づいたのは、子どもたちだった。
「帰ってきたぞ!」
「魚だ!」
「すごい量!」
村人たちも次々と外へ出てくる。
そして――。
「……木?」
誰かが呟いた。
優馬の肩には大量の魚。
その反対側には、丸太のような大木。
「……」
「……」
村人たちは言葉を失った。
「どうしたんです?」
優馬が不思議そうに尋ねる。
「いや……」
村長が苦笑する。
「魚の量にも驚きましたが、その木は……」
「ああ、家の壁を直すのに使えるかなと思って」
「なるほど……」
村長は頷いた。
確かに、壁の修理には木材が必要だ。
その意味では、優馬の考えは間違っていない。
「なるほど……なのですが」
村長は改めて木を見上げた。
太い。
どう見ても、一本の木をそのまま持ってきている。
「……これを?」
「はい」
「お一人で?」
「はい」
村長は優馬の顔を見た。
それから木を見る。
もう一度、優馬を見る。
「……そうですか」
納得したような声だった。
だが、その表情は明らかに引いていた。
「まあ……材料としては、十分すぎるほどありますな」
「ですよね!」
優馬は嬉しそうに笑った。
村長は苦笑しながら頷く。
「ええ……十分すぎます」
優馬が魚を降ろす。
「じゃあ、燻製をお願いします!」
「もちろんだ!」
村人たちの顔が明るくなる。
「こんだけあれば、しばらく食べられるぞ!」
「燻製にしておけば保存もできる!」
「よし、みんなでやるか!」
「おぉー!」
その一方で、別の村人たちは優馬が持ってきた木を受け取った。
「壁の修理は俺たちに任せろ」
「助かります!」
「これくらい、どうってことないさ」
優馬が村長の家を見る。
そこには、昨日ハクに吹き飛ばされて開いた大きな穴がある。
「……本当にすみません」
「はっはっは。まあ、あれだけ元気なら壁の一枚くらい壊れることもありますわ」
「そんなもんですか?」
「そんなもんです」
村長は笑った。
◇◇◇
「お兄さん」
振り向くと、レックとミーナが立っていた。
「おかえり!」
「ただいま」
「すごい魚だね!」
「だろ?」
優馬が胸を張る。
「これ、全部獲ったの?」
「ほとんどな」
優馬はハクを見る。
「このデカいやつはハクだけど」
「ブルルッ」
「ハクも獲ったんだ!」
ミーナが嬉しそうにハクの首を撫でる。
「今日はご飯いっぱい食べられるね」
「そうだな」
レックも魚の山を眺めながら笑った。
「冒険者って、こういうこともするのかな」
「どうだろうな」
優馬は笑う。
「でも、腹が減ったら魚を獲る。困ってる人がいたら助ける。それも冒険者なんじゃないか?」
レックは少し考えたあと、力強く頷いた。
「うん!」
◇◇◇
壁の修理が終わるまで、母親とレック、ミーナは村長の家に泊めてもらうことになった。
「今日はここでゆっくり休みなされ」
「ありがとうございます」
母親が深々と頭を下げる。
「本当に、何から何まで……」
「気にすることはありません」
村長は笑った。
「家の修理も、そう時間はかからんでしょう」
「はい」
子どもたちは村長の家の布団を見て、嬉しそうに顔を見合わせた。
「お母さん、今日はここで寝るんだね」
「そうだよ」
「よかった」
ミーナが笑う。
レックも頷いた。
「明日には家に戻れるかな?」
「たぶんね」
母親は二人の頭を優しく撫でた。
その様子を見ていた優馬は、少しだけ安心した。
「じゃあ、俺たちも今日はここで休ませてもらいます」
「もちろんですとも」
村長が頷く。
「優馬さんも、今日はゆっくり休んでくだされ」
「ありがとうございます」
その頃、村の別の場所では――。
「こっちを押さえてくれ!」
「釘を!」
「そこ、もう少し上だ!」
壊れた家の修理が始まっていた。
そして村の中央では、魚をさばく人々の姿がある。
やがて、煙がゆっくりと空へ昇っていく。
燻製の香りが、村中に広がっていった。
優馬はその様子を眺めながら、満足そうに笑った。
「……大漁じゃーい!」
ルシアが隣で笑う。
「本当に大漁でしたね」
ハクも、
「ブルルッ」
と鼻を鳴らした。
こうしてその日、フェル村では燻製作りが始まった。
作業が終わった後も、その日から数日間、フェル村は燻製の香りに包まれたのだった。




