第20話 黒い剣
「……遺跡、か」
優馬は目の前の石造りの建物を見上げた。
近くで見ると、その大きさは想像以上だった。
崩れた柱。
蔦に覆われた壁。
風化した石像。
ぽっかりと口を開けた入口は、まるで今でも誰かを待っているように見える。
「完全にダンジョンだな……」
思わず呟く。
「ですねぇ」
ルシアも入口を見つめる。
「こういう所って、魔物がいるイメージがあります」
「あるある」
優馬は苦笑する。
「宝箱開けたらミミックとか」
「床を踏んだら槍が飛んできたり」
「天井から岩が落ちてきたり」
「それは嫌ですねぇ」
二人で勝手に怖がる。
「……どうします?」
ルシアが聞いた。
優馬は少しだけ考えた。
正直、怖い。
でも。
(俺、身体はめちゃくちゃ丈夫なんだよな)
狼もどきを石ころで吹き飛ばした。
大木を引っこ抜いた。
岩だって拳で砕ける。
多少のことなら、何とかなる気がする。
それに。
隣に立つ白馬へ目をやる。
「ハクもいるし」
ブルルッ。
ハクは相変わらず眠そうに鼻を鳴らした。
「よし」
優馬は棒を握り直す。
「探検開始だ」
「おー!」
三人は遺跡へ足を踏み入れた。
◇◇◇
中は驚くほど静かだった。
二人の足音だけが、石造りの通路に響く。
コン……。
コン……。
コン……。
崩れた石壁。
朽ちた木箱。
砕けた壺。
そして、錆びた剣や槍。
「おっ」
優馬が一本の剣を拾い上げる。
だが。
ボロッ。
触れた瞬間、刀身が崩れ落ちた。
「……ダメか」
槍を拾ってみる。
こちらも同じだった。
錆びついた金属が、砂のように崩れていく。
「使えそうな物は残ってないですねぇ」
「昔は人が来てたんだろうな」
「冒険者ですかね」
「ダンジョン攻略ってやつか」
「そんな感じがします」
通路を進む。
部屋を覗く。
何もない。
また進む。
何もない。
「……本当に何もないな」
「もう攻略された後なんでしょうね」
「何百年も前に」
「そんな感じですね」
罠らしき仕掛けも見つかった。
だが、歯車は錆びつき、床板も崩れている。
今さら動くことはなさそうだった。
「完全に廃墟だ」
「ですね」
そのまま歩き続ける。
やがて、一番奥と思われる広間へ辿り着いた。
「終点かな」
優馬は広間を見渡す。
何もない。
……いや。
「あれ?」
奥の壁に、不自然な隙間があった。
近づいてみると、その向こうにもう一つ部屋がある。
「部屋?」
「ありますね」
隠し部屋だったのだろう。
だが、入口はすでに大きく開いている。
石扉らしきものは砕け、床には瓦礫が散らばっていた。
「隠れてないな」
「見つかった後なんでしょうね」
「だな」
二人は中へ入った。
「……あー」
思わず同じ声が漏れる。
部屋の中央には宝箱。
ただし、蓋は開きっぱなし。
当然、中は空だった。
壁際の棚も空。
木箱も空。
袋までひっくり返されている。
「綺麗さっぱりだな」
「ですねぇ」
「一枚くらい金貨とか残しといてくれてもいいのに」
「持って帰りますよ」
「そりゃそうか」
優馬は苦笑する。
「数百年遅かったな」
「ですね」
諦めて帰ろうとした、その時だった。
「……ん?」
部屋の隅。
瓦礫に半ば埋もれるようにして、一本の剣が置かれていた。
「剣?」
優馬が近づく。
他の武器とは明らかに違う。
刀身も柄も、すべて黒い。
光を反射しているはずなのに、妙に暗く見える。
飾り気は一切ない。
ただ、そこに置かれているだけ。
「なんで、あれだけ残ってるんだ?」
ルシアも近づいてくる。
「綺麗ですね」
「だな」
優馬は剣の前にしゃがみ込む。
柄を握った。
ひんやりとしている。
「……持ってみるか」
「気をつけてくださいね」
「分かってる」
ぐっと力を入れる。
ピクリ。
剣が動いた。
「お?」
さらに力を込める。
ズズッ……。
床に擦れる音が響く。
「重いな」
優馬は両手で柄を握り直した。
そして、一気に引き上げる。
「……よっ!」
ズズズッ。
ゆっくりと剣が床から抜けた。
「持てた!」
優馬は思わず声を上げる。
だが。
「うわ……」
想像以上に重い。
片手では厳しい。
両手で持って、ようやく扱える程度だ。
「すごく重そうですね」
「重い」
優馬は剣を両手で持ち上げる。
「でも、持てないほどじゃない」
身体強化されていなければ、まず持ち上げることすらできなかっただろう。
試しに振ってみる。
ブンッ!
空気が大きく鳴った。
「おお……」
「迫力ありますねぇ」
「これ、武器として使えるんじゃないか?」
「使えそうですね」
優馬は剣を眺める。
黒い刀身。
無骨な形。
飾り気はない。
けれど、妙に気に入った。
「格好いいな」
「分かります」
ルシアも頷く。
優馬は剣を肩に担いだ。
「よし」
その姿を見て、ルシアが笑う。
「似合ってますね」
「だろ?」
狼の毛皮をまとい、石斧を腰にぶら下げ、一本の棒を背負い、黒い大剣を肩に担ぐ。
改めて見ると、かなり物騒な格好だった。
「これ、名前とか付いてるのかな」
「分かりませんねぇ」
「まあいいか」
優馬は黒い剣をもう一度見る。
「黒いから……黒剣?」
「そのまますぎません?」
「じゃあ、ブラックソード」
「もっとそのままです」
「じゃあ名前なしで」
「それが一番ですね」
優馬は笑った。
「とりあえず、持って帰ろう」
「はい」
三人は遺跡を後にした。
狼の毛皮をまとい、黒い大剣を肩に担ぐ男。
森の中を歩くその姿は――。
どう見ても、山賊だった。




