第16話 新たな仲間(人間ではない)
「これ、焼けたんじゃないですか?」
焚き火の前で、ルシアが鍋代わりの平たい石を覗き込む。
その上では、いつもの魚に加えて、昨日採ってきた人参によく似た根菜と、キャベツによく似た葉野菜が焼かれていた。
ちゃんちゃん焼き……と言っていいのかは分からない。
味噌も醤油もないけど。
「おぉ」
優馬は焼けた根菜を一口かじる。
シャクッ。
「……甘い」
「本当ですか?」
「うん。人参だな、これ」
ルシアも少しだけ口にする。
「美味しいです!」
「醤油があったら、もっと美味いんだろうな」
「醤油ですか」
「醤油だ」
「優馬さん、醤油好きですね」
「日本人だからな」
魚だけだった食卓に野菜が加わった。
たったそれだけのことなのに、少しだけ生活が豊かになった気がする。
「よし」
朝食を終え、優馬は立ち上がった。
「今日も探索するか」
「昨日の続きですね」
「あの白い馬も気になるし」
「そうですね」
二人は昨日と同じ方向へ歩き始めた。
森の中は相変わらず静かだった。
木々の間から差し込む光。
鳥の鳴き声。
時折、遠くから聞こえる獣の声。
昨日よりも、少しだけ奥へ進んでいく。
途中、昨日見つけた人参によく似た野菜が群生している場所を見つけた。
「これ、持っていくか」
「食べるんですか?」
「うん。昨日食べて大丈夫だったしな」
優馬は数本だけ引き抜き、毛皮の袋へ入れる。
そして一本だけ手に持った。
「生でもいけるかな」
土を払い、そのまま一口かじる。
「……うん。いける」
「ワイルドですねぇ」
「文明がないからな」
そんな話をしながら歩いていると。
ガサッ。
茂みが揺れた。
「……また魔物か?」
優馬は反射的に石を握る。
ルシアも周囲を見回した。
やがて、茂みの向こうから姿を現したのは――
「あ」
優馬の口から声が漏れた。
昨日の白馬だった。
真っ白な毛並み。
透き通るような青い瞳。
間違いない。
昨日、マンティコアを一撃で吹き飛ばした馬だ。
白馬も優馬を見ている。
「また会ったな」
優馬は思わず笑った。
白馬は逃げない。
かといって、近づいてもこない。
昨日と同じように、一定の距離を保ったまま優馬を見つめている。
「どうします?」
「どうするって言われてもな」
優馬は苦笑した。
野生動物だ。
犬や猫のように、いきなり近づいていくのも違う気がする。
ふと、手に持っていた根菜を見る。
「……これ、食べるかな」
「試してみます?」
「駄目なら俺が食う」
優馬はゆっくりと根菜を前へ差し出した。
「ほら」
白馬は動かない。
じっと優馬の手元を見ている。
優馬も無理に近づかない。
しばらくして。
コツ……コツ……
白馬が、ゆっくり歩き始めた。
「来た」
「来ましたね」
一歩。
また一歩。
あと三歩。
あと二歩。
あと一歩。
白馬は優馬の手元まで来ると、差し出された根菜の匂いを嗅いだ。
「食べる?」
モグ。
「食った」
白馬はシャクシャクと、美味しそうに根菜を食べ始めた。
「人参、好きなんだな」
「馬ですからね」
「それもそうか」
あっという間に食べ終えると、白馬は優馬の肩へ鼻先を近づけた。
スリッ。
「お」
「懐いてません?」
「いや、まだ分からん」
優馬が手を伸ばし、頭をそっと撫でる。
白馬は嫌がる様子もない。
むしろ気持ちよさそうに目を細めている。
「……可愛いな」
「可愛いですね」
しばらく撫でていると、白馬は優馬の横へ並んだ。
「帰るか」
優馬が歩き出す。
コツ、コツ。
白馬も歩く。
優馬が止まる。
白馬も止まる。
「……」
「……」
優馬はもう一度歩く。
コツ、コツ。
白馬も歩く。
「……付いてきてるな」
「付いてきてますね」
「なんで?」
「人参がおいしかったとか?」
「そんな犬みたいな」
ルシアは口元を押さえ、笑いを堪えていた。
(えぇぇぇぇ……)
心の中では大騒ぎだった。
(この子、普通はこんなに人に懐かないですよ!?)
しかし、それを口に出すことはしなかった。
「どうします?」
「追い払う理由もないしな」
優馬は白馬を見る。
「帰りたくなったら帰るだろ」
「そうですね」
二人と一頭は、そのまま並んで森を歩いた。
途中で何度か白馬が立ち止まる。
そのたびに優馬も立ち止まる。
そして、また歩き出す。
いつの間にか、それが当たり前になっていた。
やがて拠点へ戻る。
白馬は屋根だけの家の近くまで来ると、その場で座り込んだ。
「……帰らないのか?」
ブルルッ。
短く鼻を鳴らす。
「泊まる気だな」
「泊まる気ですね」
優馬は頭を掻いた。
「まあ、いいか」
どうせ屋根しかない家だ。
一頭増えたところで困ることもない。
「明日も人参探すか」
その言葉に反応するように、白馬が嬉しそうに鼻を鳴らした。
ルシアは、そんな一人と一頭を見ながら小さく笑う。
「ふふっ」
「どうした?」
「いえ」
ルシアは首を横に振った。
「賑やかになったなって思いまして」
優馬は白馬の首を軽く叩く。
「そうだな」
元の世界で長らく一人だった生活が、異世界へ来て数日で少し賑やかになった。
……人間が俺以外、いないけど。




