第14話 服を作ろう
翌朝。
優馬は家――いや、屋根だけの拠点から外へ出ると、大きく伸びをした。
「今日もいい天気だな」
「絶好のサバイバル日和です!」
ルシアは朝から元気だった。
「そんな日和、初めて聞いたぞ」
「私が今作りました!」
「そうだろうな」
優馬は笑いながら川へ向かった。
水をすくって顔を洗う。
冷たい。
眠気が一気に吹き飛んだ。
顔をぬぐってから、タオルなんてものはない、改めて自分の姿を見下ろす。
「……うん」
黒いパンツ一枚。
昨日もそうだった。
一昨日もそうだった。
「やっぱり服が欲しい」
「欲しいですね!」
「というか、必要だ」
「必要ですね!」
「よし」
優馬は立ち上がった。
「今日は服を作る」
「おおー!」
ルシアが拍手する。
「文明レベルがまた一つ上がります!」
「まだレベル二くらいだけどな」
「大進歩ですよ!」
「まあ、そうだな」
優馬は昨日作った石器を手に取った。
「材料を集めるか」
「はい!」
二人は、昨日狼たちと戦った場所へ向かった。
幸い、狼の死骸はまだ残っていた。
優馬は少し離れたところで立ち止まる。
「……使わせてもらうか」
狼へ向かって軽く頭を下げる。
「いただきます」
ルシアも隣で頭を下げた。
「いただきます」
「食べるわけじゃないけどな」
「気持ちです!」
「それは大事だ」
優馬は石器を握る。
「さて……」
毛皮を剥ぎ始めた。
しかし。
「……難しいな」
石器が滑る。
毛が邪魔になる。
皮も思ったようには剥がれない。
「職人って、すげぇな……」
少しずつ作業を進める。
十分。
二十分。
三十分。
ようやく一枚を剥ぎ終えた。
「ふぅ」
優馬は毛皮を広げる。
身体はまったく疲れていない。
腕も痛くない。
息も切れていない。
身体強化の効果は、こういうところでもはっきり分かる。
ただ。
「……めんどくさい」
「ですよねぇ」
ルシアがしみじみ頷いた。
「疲れないんですけどね」
「そうなんだよ」
「身体は元気なのに、心が疲れます」
「まさにそれ」
優馬は毛皮を見つめる。
「文明って偉大だな」
「お金って偉大ですね!」
「急に現実的だな」
「お金があれば服が買えます!」
「その通りだ」
毛皮を川で洗う。
血や汚れを落とし、何度も水をかける。
「これでいいのか?」
「たぶん!」
「その『たぶん』が怖い」
「私も初めてなので!」
「お前もか」
「はい!」
どうやら、ルシアの知識はあっても、実際に毛皮から服を作った経験があるわけではないらしい。
まあ、当然か。
優馬は苦笑しながら、毛皮を焚き火の近くへ運んだ。
直接火に当てないよう、木を組んで吊るす。
乾かしている間に、次の材料を探す。
「何を探してるんですか?」
「紐にできそうなもの」
「これなんかどうです?」
ルシアが細いツルを持ってくる。
「使えそうだな」
ツルを裂いて細くする。
何本か束ねてみる。
「これなら紐になる」
「おぉ!」
「針はないけど」
「どうするんです?」
優馬は細く尖った枝を拾った。
「これを針代わりにする」
「なるほど!」
枝の先を石器で削る。
できるだけ細く、尖らせる。
「これでいけるかな」
「たぶん!」
「また『たぶん』か」
「だって初めてですから!」
「まあ、そうだな」
乾いた毛皮を手に取る。
完全に加工されたものではない。
硬いし、ゴワゴワしている。
それでも、今はこれで十分だ。
優馬は毛皮へ枝を刺す。
ザクッ。
穴が開く。
そこへツルを通す。
一針。
また一針。
少しずつ形を作っていく。
「……裁縫って大変なんだな」
「お母さんって、すごいですよね」
「……ああ」
優馬の手が止まった。
子供の頃。
服のボタンが取れたとき。
母親が当たり前のように付け直してくれていた。
ほつれたところを直してくれたこともある。
当時は、それを何とも思わなかった。
やってもらって当然だと思っていた。
「今なら、ちゃんとお礼言えたのにな」
ぽつりと漏らす。
ルシアは何も言わなかった。
ただ、隣に座って作業を続ける。
優馬もそれ以上は何も言わず、手を動かした。
昼を過ぎる頃。
ようやく形になった。
「……できた」
優馬は毛皮を肩へ掛ける。
身体に巻き付け、腰をツルで縛る。
袖もなければ、きれいな形でもない。
ただ身体を覆っているだけ。
それでも。
「……一応、服だな」
「服です!」
ルシアが嬉しそうに頷く。
優馬は自分の姿を見下ろした。
鏡はない。
だから、自分がどんな格好をしているのか正確には分からない。
ただ。
「……山賊みたいだな」
「山賊ですね!」
「しかも新人」
「新人山賊です!」
「嬉しくないな」
ルシアは優馬の周りを一周する。
「でも、似合ってますよ?」
「本当か?」
「野性味があります!」
「それ、褒めてる?」
「たぶん!」
「また、たぶんか」
優馬は肩をすくめて、その場に座り込んだ。
少なくとも、パンツ一丁よりはいい。
それだけで十分だった。
余った毛皮を細く切り、ツルで足に巻き付ける。
靴と呼ぶには頼りない。
それでも、裸足よりはずっとマシだ。
「よし」
優馬は立ち上がった。
一歩。
二歩。
歩いてみる。
「これなら森の中も歩けそうだな」
「はい!」
優馬は周囲を見回した。
家。
焚き火。
川。
食料。
そして、自分たちで作った服。
昨日までより、少しだけ生活らしくなっている。
「……なんだかんだ、何とかなるもんだな」
「気合いですね!」
「それは違うと思う」
「そうですか?」
「俺たち、昨日からずっとそれで何とかなってるけどな」
「ほら!」
「認めたくないな……」
ルシアが得意げに胸を張った。
その様子がおかしくて、優馬は苦笑を漏らす。
ふと、森の奥へ目を向ける。
これまで狼から逃げるために走っただけで、まともに探索したことはない。
木々が深く生い茂っている。
その向こうに何があるのかは、まだ分からない。
「……そろそろ、森の奥も見てみるか」
「行きます?」
「食料も必要だしな」
「何か面白いものがあるかもしれません!」
「お前、それ好きだな」
「異世界ですから!」
「まあ、そうだな」
優馬は森を見つめる。
町がどこにあるのかも分からない。
人がいるのかも分からない。
この世界について知っていることは、ほとんどない。
だからこそ。
「明日は、少し奥まで行ってみよう」
「はい!」
ルシアが元気よく返事をする。
こうして異世界三日目を迎える前に、優馬は最低限の服を手に入れた。
パンツ一丁だった昨日より。
ほんの少しだけ、文明人に近づいた気がした。




