04 ジルとイース
ヴィンスことヴィヴィアンは、実は密かに森の一軒宿オールドホーントの二人について調べていた。
まず、ジルという黒髪翠目の青年は、10年ほど前に母親とともにあの宿にやってきたらしい。
旅の途中で母親が病にかかって宿泊中に亡くなってしまったため、イースに引き取られ、宿の切り盛りを手伝っているとのこと。
母親は温泉街リリアスとは森を挟んで反対側にある街アルドの商家の出身で、嫁ぎ先で苦労した上、夫が亡くなってから追い出されたらしい。
息子のジルは子供の頃から頭の回転が速く将来有望と見込まれていたため、年長の後継者候補たちに妬まれ、策にはめられたのだろうとのことだった。
イースから連絡を受けた母親の実家から迎えが来たが、ジルはその迎えを断ってしまった。
身内の争いはもうこりごりだったし、母親の墓の近くにいたいということもあった。
狩猟小屋のようだったオールドホーントが立派な宿屋になったのはつい最近のことで、それはもっぱら彼の功績らしい。
そして、イースという大柄な銀髪碧眼の男は、代々、あの地で塚守をしているらしい、ということがわかった。
奇妙なのは、街の古老、誰に聞いても、イースの両親の話が出てこないことだ。
代々というからには、先祖がいて子孫がいるのだろうに、イースの父親がどんな人間だったのか、イースの母親がどんな人間だったのか、誰も知らないのだ。
加えて、誰もイースの少年時代を知らない。
そして、もっと不思議なことに、街の誰もがそのことを不思議に思っていないのだ。
イースの見た目はせいぜい30代半ばといったところ。
それならば両親が健在でもおかしくないし、イースが子供の頃に亡くなったとしても覚えている者がいるはずだ。
「メアリ、どう思う?」
リリアスの広場で足を湯に浸しながら、ヴィヴィアンは小声でメアリに呼び掛けた。
「たぶん、お嬢様の思う通りでございましょうねえ。あの男、わたくしから見ても、どうも人くさくないんですよ。自分と同じような匂いを感じますわ~。」
「なるほど。」
「これからどうなさるおつもりですの?」
「ストレートに頼んでみるよ。私とともに来てくれって。」
「まあ、なんだかプロポーズの言葉みたいですわね~。」
メアリがうっとり頬を染めて身をよじっている様子が想像でき、ヴィヴィアンは微笑んだ。
オールドホーントに戻るつもりで街道を歩きだしたところ、乗り合い馬車が通りかかったので載せてもらった。
行き先は隣り街アルドだったので、オールドホーントの傍を通り越してそのままアルドに向かう。
アルドは、ジルの母親の実家がある街だ。
そこで何か秘密を解く鍵が見つかるかもしれない。
ヴィヴィアンは、長旅で擦り切れはじめた袖口を見つめながら、故郷の街と家族を思った。
財政的な援助を受けるために娘を差し出すことを要求されるような不幸な関係の連鎖はここで断ち切りたい。
一番上のおっとりしたいかにも良家の子女の姉はすでに嫁いでいる。
二番目の姉は、恋人がいるにも関わらず、父親の意思に沿うため、彼と引き離される覚悟をしている。
それを認めてしまったら、腹違いの姉妹である自分にも降りかかってくるはずの運命を、ヴィヴィアンははねのけたかった。




