02 伝説の宝剣
ジルが昨晩から仕込んでおいた煮込み料理を宿泊客に振舞うと、食卓から歓声があがった。
宿は小さく、ジルとイース、二人で切り盛りしているので、食事は1か所で一度に食べてもらっている。
さっきパンとスープをきれいにたいらげた少年も、これは別腹と言わんばかりの勢いで食事をかきこんでいる。
ほほえましい様子につい見とれていると、少年は周りに怪しまれないようにそっと自分のパンを一口サイズにちぎって注意深く皿の上に置いた。
しかも、そのパンのかけらがフッと消えたのだ。
ジルが見間違いかと思って瞬きし、再び見てみると、何かがそこにいるのがわかった。
頭に頭巾を被り、長めのスカートをはいた小太りの小人だ!
小人はジルの視線に気づくと、「おやまあ!」と言って、さっと姿を隠してしまった。
少年が気づいてこちらをギッとにらみつけてきたので、ジルは慌てて厨房に戻った。
「イース、僕、とんでもないものを見てしまいました。」
「ん? あの小人さんか?」
厨房で片づけをしていたイースがこともなげに言う。
「やっぱり僕の見間違いじゃなかった~!自分の目を疑ってしまいましたよ!」
「ありゃ、あの子の世話をしてる妖精だろうな。家で人の手伝いをするのが大好きな奴らだ。」
「そ、そ、そうなんですか。僕、初めて見ましたよ。」
これは、ますます気になる。あの子はいったい何者だ? 金貨を見えないように差し出したかさついた温かい手。お金の価値をしっているし、周囲を伺う用心深さもある。僕より少し年下くらいかな。何よりあの強い視線も。さらにそばにいて世話をしているらしい小人までいるなんて、いったいどういうことなんだろう?
少年は食事を終えたらすぐに部屋に戻るかと思いきや、宿の宿泊客と話し始めた。
どうも伝説の宝剣について質問されているらしい。
「宝剣というのは、国が栄える土台となる力を持つらしいのです。私の国はとても貧しく、お金と引き換えに結婚させられる女性がとても多い。私の姉上ももうすぐ遠国に嫁がされてしまう。だから、剣が必要なのです。」
少年がハキハキ答えると、皆がしみじみ共感したように頷いた。
それを聞いていたイースが人の悪い笑みを浮かべながら話に割り込んでくる。
「坊主、あの剣ならホンモノだぞ。俺が保証する。抜けるものなら抜いてみるといいさ。」
「なるほど、そういうことなら、もう一度試してみませんか?みんなでやれば抜けるかもしれませんよ。」
年配の商人らしき宿泊客の提案で、食後の運動とばかりに、ランプを携えてわいわいと皆で廟に向かうと、剣の柄に手をかけてはかわるがわる、あるいは何人かで引き抜こうとするが、一向に抜けない。
騒ぐ宿泊客たちを遠めに見守りながら、ジルはため息をついた。
「もう、イースってば、そんな昔の剣があんなにピカピカなわけがないじゃないですか。やっぱり偽物なんでしょう?」
「いや、あれは王が埋葬されて以来、ずーーーーっとここにあるぞ。守護の魔法がかかってるから錆びないんだ。俺んちは代々ここで塚守をやってるんだから、間違いない。」
「え??そうだったんですか。」
「そうだぞ、お前がここに来たのなんて、ほんの少し前のことだろう?」
イースはジルの黒髪をわしゃわしゃとかき混ぜ、ガハハと笑った。
結局、誰にも伝説の宝剣は抜けなかった。
でも、ジルもイースもしっかり見ていた。少年が剣の柄に手をかけたものの、抜こうとはしなかったことを。
剣をとりに来たのに、なぜ抜かない?
ジルの疑問は深まるばかりだ。
そして、夜も更け、ジルが戸締りと火の用心をして自分の部屋に戻ろうとした時になって、少年が再び顔を見せた。
「すまないが、ミルクかエールがあったらほんの少しもらえないだろうか?」
ハスキーボイスでそう尋ねられて、ジルはグラスにエールを注いで出してやった。
「ありがとう、夜分にすまないな。ほら、メアリ、ご所望のものだ。」
「ん?メアリって誰だろう?」とジルが首をかしげると、少年の肩の上にポンと小人が現れた。
「君には見えているんだろう? これは私の世話をしてくれているメアリだ。」
「あらやだ、お嬢様ったら、私、そんなにはしたなくおねだりはしておりませんよ!でもクッキーがあればなお嬉しいです。」
ちょうどジルの手のひらくらいの身長だろうか?
夕食時に見たのと同じ、頭巾を被った小太りの妖精がそこにいる。
ジルが作り置きしておいたクッキーを瓶から出してやると、これもまたうまそうに食べだす。
「ん? あれ? そういえば、この小人さん、さっきお嬢様って言ってませんでした?」
「…メアリ、せっかく変装してるのにばれちゃったじゃないか!どうしてくれる!」
「あら、お嬢様、せっかく御髪を切ったのに、もったいのうございましたね。」
「…誰のせいだと。」
少年、もといお嬢様は額に手を当てる。
「一人旅なので、安全のために変装している。女だということは伏せておいてほしい。」
「わかりました。あの、あなたのことはなんとお呼びすればいいですか?」
「ヴィ…、そうだな、ヴィンスと。」
思い切り偽名だけど、しょうがないんだろうな。ジルは苦笑する。
「ぼ、私はジルです。変装なさっているなら、お嬢様扱いしないほうがいいですよね。よろしくお願いします。」
「よろしく、ジル。」
意外なことに、お嬢様、いや、ヴィンスは握手を求めてきた。へえ、意外とフランクな性格らしい。
「あの、そういえば、先ほど、ヴィンスさんは剣を抜かなかったでしょう? 柄をつかんだけど、抜こうとはされていなかった。あれはどうしてですか?」
「…気配がないんだ。」
「気配?」
「物の魂というのかな。中身がない空っぽな感じがして、そんなものを持ち帰っても意味はないと思った。」
「そうなんですか。」
ジルには気配と言われてもよくわからない。曖昧に笑って相槌だけを打っておいた。
「ジルさま、ごちそうさまでした。とてもおいしかったです。ありがとうございます。」
メアリは腹が満たされてとても幸福そうな顔をしている。どうも年齢不詳だが、丸いほっぺが赤くなっているのが可愛く見える。
「いえ、では、おやすみなさい」
「おやすみ」
「おやすみなさいませ」
三人は部屋に戻って今度こそ眠りについた。




