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ASSAULT 89 〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
七章 異世界自衛官サバイバル
202/203

白い日傘

 くるりくるりと白い日傘が回る。たおやかに、艶やかに。まるで貴婦人が戦場に迷い込んできたのではないかと錯覚するほど、場違いなほどに異質だ。


「お前、吸血鬼の……ミアとかいったか?」


「ハエスイテインガ? ミア……ミア、ロエムーエムーベエロ、イテ」


 揶揄うような軽い声音だった。こちらの反応を見て楽しんでるのか、終始にこやかな表情をしている。美人が笑えば絵になるとはよく言ったものだ。長い犬歯が見えてなければ連絡先を聞いていた。


 手元の木刀へ視線を落とす。エルフ達を全力で殴っても折れなかった刀身が根本から噛みちぎられている。くっきりと残る歯形からは、尋常じゃない咬筋力と歯並びの良さが伺えた。


「飴玉齧るタイプか? 歯が丈夫だな」


「ワハテ? ンー……」


 一方通行の会話をしていると、ミアが右手を横に出し指先で魔法陣を描く。そこから血のように赤い矢が射出される。陰に隠れ、投石しようとしていたオークの石だけを正確に撃ち抜く。


「オウテ、オフ、ムーヨ、アンオヨ、ムーエ、ケイルル」


 面倒そうに吐き捨てる。うざったそうに髪を掻き上げると、今しがた射ったオークに見向きもせず俺へ向かってくる。


 ミアは急がない。

 血と泥でぐちゃぐちゃになった地面を、まるで散歩でもするみたいに歩いてくる。白い日傘がまたくるりと回る。


「銀の弾丸なんて持ってないぜ」


 噛みちぎられ、既に使用不可能な木刀を地面に投げ捨てる。代わりに小剣を抜き、切先をミアへ向けた。


 ミアの視線がゆっくりと動く。小剣。俺の足元。そして顔。値踏みするように、目を細める。そしてくすりと笑った。


「ア、スワォロデ……シウテェ!」


 俺が構えているにも関わらず、まるで思い出でも振り返っているかのように深く目を閉じている。目を閉じたまま、腰の小さなナイフを抜くと刃の部分を思いっきり握りしめた。


「自傷癖でもあんのか?」


「フフッ、ワハテ!」


 俺の問いに楽しそうに返事をすると、さらに握りこみ手から血が流れる。指先から血が一滴、滴り落ちた。

 だが地面まで落ちない。途中で止まり、空中でぐにゃりと歪む。赤い雫がどんどん零れ膨れ、細長く伸びる。やがてそれは手元のナイフを取り込み、槍の形を取った。穂先が横にも伸びた、そう、十文字槍。徹底的に敵を殺す形状だ。


「……やっべ」


 軽口を叩く間もなく、血槍がしなった。一直線に俺の喉を狙って突き出される。反射的に横へ飛びのけると槍は俺のいた位置のはるか後方まで伸び、地面を爆ぜさせる。深々と刺さった槍はそのままぐにゃりと曲がり、しなりを加えてミアの手元に戻る。白い日傘を持ちながらクルッと血槍を回す姿はなんと例えようか。妙に優雅なのは確かだ。


「ガオォデ」


 楽しげに、且つ妖艶に笑いかけてくる。ゆるりと回した血槍をピタッと止めると目を細めた。

 来る。そう思い咄嗟に小剣を胸の前に構える。構えたと同時に甲高い音が胸元から鳴り俺の身体が吹き飛ばされる。


「んな!?」


 距離は離れていた。なのに届いた。手にびりびりとした衝撃を受け痺れが続く。戸惑っていると視界の端に赤の軌跡が見える。ミアの持つ血槍、その先端がまるで意識を持つ生命のように縦横無尽に動き回る。やがて穂先は槍本来の位置に収まり動きを止める。


「ンオテ、ベアデ。ルゥシカヨ」


 遊びの延長みたいな口調でミアは笑うと、血槍がまた伸びる。今度は俺の腹を狙って突き込んでくる。慌てて小剣で地面に叩き落とすが、次の瞬間、直角に跳ね上がる。真下から突き上げられ、身をよじり避けるが数本の髪が宙に舞った。


「……床屋は向いてねぇな」


「キャハハ! ヨォウ、イテス、フゥン!」


 またも楽しそうだ。俺が足掻くのが面白いのか、言葉は分からないが上機嫌そうだ。


「イテス、フゥン。楽しいねって意味か? そりゃ楽しいだろうよ、そんだけ強けりゃ」


 自信満々な強者にしか、この面は許されない。笑顔とは反対に俺は歯噛みした顔しか表せなかった。


「……どうすればいい?」


 勝てない。この一言に尽きる。対策も打開案も何も浮かばない。思考は巡り、周りを注視するが突破口は何もない。ただひたすらに窮地だ。


「デオッデガエ、テハイス?」


 こちらを試すような響きの声。血槍がまたも俺の顔に迫る。反射的に小剣を顔の前に構えるが、衝撃は来ない。穂先は目の前で止まると、次の瞬間、弾けた。


「うぎゃ!?」


 顔にかかった赤い血が視界を塞ぐ。慌てて拭うが、粘つくそれはまるで生きているみたいに肌へ張りついて離れない。


 視界を奪われた時点で死だ。そう理解した瞬間、うなじに温いものが触れた。


「ルエテ、ムーエ、テアステェ」


 甘く、湿った声だった。耳元で囁かれ、肩を強く掴まれる。激痛に手から小剣が離れ落ちていった。生温かい空気が俺の耳にかかり、湿った何かが俺の首筋を伝う。

 背筋がゾッとする感覚のまま、視線を向けるとそこにはミアの顔があった。


「スアルテヨ」


 舌で俺の皮膚を舐め、汗でしょっぱいのかしかめた顔をしている。白い犬歯が俺の首筋にあてがわれ、今にも刺さりそうだ。


「きゅ、吸血鬼……」


 想像するまでもない。これから何をされるのかを。


「ベオン、アッペェテイテ!」


「まま、待てって!」


 大きく開かれた口。白い切っ先が迫る。次の瞬間、俺の顔の横を石が通り過ぎる。飛んできた方向を見るとオークが石を投げて俺を助けようとしてくれていた。


「……アンオヨインガ」


 明らかに不機嫌な顔。邪魔だなと言わんばかりに、声色までも気怠い感じだ。俺を噛もうとするのを止め、再び手の平から血の槍を生み出そうとした。


 こいつ、あのオークを刺し殺すつもりだ。そのことに気付いた俺は咄嗟にミアの手を掴み攻撃の邪魔をする。練成途中の槍は崩壊し地面に血だまりを作った。


「ペアテハエテイシ」


 俺の妨害が気に食わないのか、ミアは苛ついた様子で押さえつける。のしかかる力は華奢な見た目からは信じられないほど強く、俺の力でも抗えない。


(くそ! なんかないか、なんかないか!)


 このままではあのオークが殺されてしまう。彼らを助けるために俺は戦っているのに、俺を助けて彼らが死ぬなど、本末転倒もいいとこだ。


「やめろ化け物!」


 俺は咄嗟に足元の地面を掴む。血と土が混じった汚い泥だ。手で掬い上げると、俺の首筋を舐めてるミアの顔へと押し付ける。


「プヘェ!?」


 思わぬ反撃にミアは怯む。その隙をついて拘束から抜け出し、落とした剣を拾うとミアの背後へ逃げ距離を取る。


「あ、あぶねぇ。お前ら、俺はいいから他に当たれッ!」


 オークに言葉は通じなかったが、俺の気迫と身振り手振り通じたのかこの場から離れていく。その姿を見送った後、視線をミアへ戻す。


 ミアは動かない。顔に着いた血と泥を拭いもせず、ただ茫然と立っていた。さっきまでの愉悦が、嘘みたいに消えている。


「どうした? 綺麗な顔が台無しになってショックだったのか?」


 軽口を叩きつつも距離をとり構える。あの血槍はサウスのような強烈な破壊力こそないものの、精密性や速度などが危険すぎる。


(そろり、そろりと……)


 後退りするように距離を取る。こいつを倒すにはゲルダやダカのように強力な戦闘力を持つ仲間が欲しい。

 チラッと後ろを見る。後方には俺が住んでいた家、今はオークの作戦本部の役割として使っていた、大きく頑丈な石造りの建物がある。あそこに行けば状況を立て直せるかもしれない。


「アンドリュー……」


 考え続ける俺の思考をミアの言葉が遮る。なにか人の名前のような言葉を口にするとこちらを振り向いた。

 泥と血が付着した顔に、二筋の涙が伝う。なぜ泣いているのか、突然の表情に俺は困惑してしまう。その目は、俺を見ていない。まるで、誰か別の人間を見ているみたいだった。


「なんで、泣いてるんだ?」


 言葉に答えず、ミアは泣き顔のまま日傘を閉じる。地面に力強く突き刺し、両手を自由にするとその手の平に血があふれ出す。


「テハァテ、テアカエス、ムーエ、ベアッシケ。シアン、ヨォウ、ハンデルエ、テハイス? ……アンドリュー、シオウルデッ!!」


 ——懐かしむような声音が、途中から熱を帯びる。別人みたいに感情が昂っている。


 ミアの両手から血槍が生み出される。だが、それだけじゃない。一つの槍からさらに血が溢れ、もう一つの槍を生み出す。二つが四つになる。四つが八つになる。そして止まらない。血が増えるたび、空が赤く埋まっていく。


「……冗談はよしてくれよ……」


 頭の中が危険信号で一杯になる。先ほどの一つの血槍だけでも防ぐのがやっとだったのに、深紅の槍の壁が今や視界を埋め尽くさんほどに広がっている。


 俺はすぐさま背中を敵に見せて走り出す。


「シアン、ヨォウ、デオ、イテ?」


 グロリヤ語が聞こえた。そして槍が空気を引き裂く音も。


「うおぉぉおおお!?」


 俺の頭のすぐ横を槍が通り過ぎる。驚いて飛び跳ねた瞬間、足があった場所へ槍が刺さる。肩を掠め血が流れるのを腕に感じた。もうそれ以降は何も考えず無心で走り続けた。


「死ぬ死ぬ死ぬッ!」


 目の前に見える本部。頑丈な造りのあの建物ならこの攻撃に耐えられるはずだ。俺はとにかく全力疾走し、開きっぱなしの窓へと飛び込み室内へ入る。遅れて血槍が石の壁にぶつかる音が聞こえた。


「はぁ、はぁ」


 荒い呼吸で黴臭い空気が鼻腔に入り咽る。壁を打ち付ける衝撃音が鼓膜を震わせ続けていく。


 ドォンッ。


 衝撃と共に石の壁が揺れた。天井から砂と小石がぱらぱらと落ちてくる。


「はは……冗談だろ……」


 外から聞こえるのは、あの血槍が石を叩きつける音だ。石造りの建物でも、あの数を撃ち込まれればいつまでも持つとは思えない。


 俺は背中を壁に預けながら、ゆっくりと床へ腰を落とした。逃げ込んだのはいいが、ここでどうする。考えろ。考えろ。


 ドゴォン。


 今度はさっきよりも重い衝撃が建物を揺らした。壁の一部に、蜘蛛の巣のような亀裂が走る。


「おいおいおい……」


 外から声が聞こえる。


「テハエロエ?」


 楽しそうな声だった。その直後、血槍が窓から突き込まれる。部屋の中央を横切るように瓦礫が散らばる。窓側はもう槍の射線に入っていたのだ。


「うわっ!」


 慌てて転がる。さっきまで俺がいた場所を、真紅の槍が貫いていた。石の床を砕き、槍はぐにゃりと曲がって引き戻される。


 また来る。そう思った瞬間。背後の壁が砕けた。

 血槍が壁を突き破り、石の破片が室内へ雪崩れ込む。衝撃で棚や机がひっくり返り、瓦礫が床を覆った。


「くっ……!」


 顔を腕で庇いながら身を伏せる。その衝撃で、部屋の奥に積まれていた瓦礫の山が崩れた。ゴロゴロと石が転がる。


 もはや壁も持たない。俺は壁から離れ、部屋の奥に向かい遮蔽物を探す。


「くそ、これしかないのかよ!」


 奥の部屋に置かれた物。それは夜中にゲルダと開けた宝箱だ。木製だが分厚いので盾にはなるはずだ。俺は重いそれを立てかけ、身を隠す壁にする。


 不意に音が止む。弾を打ち尽くしたのか攻撃が止んだのだ。

 俺は恐る恐る木箱の陰から顔を覗かせ、外を伺う。


「……そう来るよな」


 崩れた壁の先にはミアがいた閉じた日傘をまるで槍のようにこちらへ構える。血が構えた日傘を覆い武器の形状を取る。今までの、いわば十文字槍のような形状ではない。


 破城槌。堅牢な城門すら打ち破る破壊の槍だ。文字通りこの建物ごと俺を打ち破るつもりだ。


「無理だ」


 俺は短くつぶやいた。ここから避ける手段はもはやない。どう動こうにもあれは小細工ごと吹き飛ばすだろう。

 走馬灯を巡ろうに、もはや弾切れだ。何度命の危機にあってきたと思ってる。その経験が、今回ばかりは無理だと現実を突き付けてくる。


 視界の先にいるミアと目が合う。


「ヨエアハ……ワハテ、ア、スハアムーエ。ヨォウルエ、ンオ、アンドリュー」


 落胆とも、悲しみの目でつぶやく。顔に着いた乾いた血と泥が剥がれ落ちると同時に、ミアの手から槍が放たれる。


 尋常じゃない衝撃。建物全体が軋み崩れる音。網膜に感じる鮮血の赤。盾にしていた木箱が槍の威力に押され木っ端になっていく。


(ん?)


 衝撃に目がくらむ中、一つのことに気が付く。


 吹き飛ぶ木片の向こう、箱の側面。泥に埋もれていたはずの文字が一瞬だけ見えた。


 USE IT JAPANESE


 使え、日本人。そう英語で書かれていた。

 認識したのもつかの間、俺の視界すべてが吹き飛ばされる。文字も何もかも。だが、そこで破壊は止まる。


「はぁ!?」


「ワハテ?」


 戸惑っているのは俺だけじゃない。ミアもだ。それも当然、建物を吹き飛ばした血の破城槌が突如消滅してしまったのだ。俺の前の地面には真っ二つに裂かれた血にまみれた日傘が落ちていた。

 俺達の視線が向かうのはそれじゃない。人間と吸血鬼の目が向かう先にあったもの。


 煤けたような黒い刃だった。飾り気もない。だが、なぜか目を離せない。瓦礫の中に落ちているだけなのに。妙にそこだけ空気が静かだ。

 日本刀だ。日本人なら、誰でも分かる形だった。白鞘の柄はまるで任侠映画に出てくる義の香りを感じる。


 俺は咄嗟に刀を握りミアへと構える。放心しかけていたミアだったがすぐに血槍を生み出し、俺へと突き出してきた。


「刀なんて分かんねぇよ!」


 握りも握り方も何も分からないが、とにかく力任せに振り切る。血槍と刀が触れ合った瞬間、まるで泡の飛沫みたいに血が霧散する。


「え?」


 なんの手ごたえもなく血槍は消滅する。衝撃に備えていた四肢はあまりの肩透かしに逆に強張る。


「……ンオワ、テハイス、イス、ガエテテインガ、インテェロステインガ!」


 涙をぬぐい、顔をほころばせるミアは今までで一番楽しそうにしている。そう、心の底から楽しそうに、笑っていた。


 何が起きたかよくわからない俺はひとまず構えてみた。


 構えた時、刀身にアルファベットの文字が書かれていることに気付く。瞬間、戦場の音が遠のいた気がした。


 そこには、ただ一行。


 ASSAULT 88


 それだけだった。

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