鈴音ハルカSIDE。其の九
「いやいや違いますって、分かってないなサウスさんは。擬人化は一般性癖ですよ」
工房で私の情熱を話したあと、私達は一緒に食事をすることになった。マールーさんのご飯がまだだったのと、私が癖をもっと語りたかったのでご一緒してもらったのだ。
朱色の塗装がされた木のテーブル。大陸の匂いを感じさせるシンプルながらも高級な佇まいは、初見さんならば名高い中華料理の店にでも連れてかれたと勘違いしてしまう。実際私も勘違いしちゃったし。
目の前に並ぶのは魚介を贅沢に使った御馳走ばかり。新鮮な魚の刺身を花のように並べ添えられた海藻や果実が食卓を彩っている。酢豚にパイナップルは許せないけど、ブリにカボスは許そう。
ここはドラゴン退治に出発する前、自衛隊さん達と一緒にご飯を食べた高級店だ。我が兄も好きな御用達店なのだ。
「いいですか? 古今東西ありとあらゆる事象を擬人化させ、ワッショイしてた私が言うんですから間違いないですよ?」
熱弁するが、誰にも響かない。仕方なく私は目の前にあるマグロの竜田揚げを食べる。
「うん! 美味しい美味しい。新鮮な魚は違うね」
マールさんさんが刺身をフォークで刺して食べ、舌鼓を打っている。サウスさんは普通のよくいるエルフと言っていたが、十分綺麗で可愛い。この顔で攻めた衣装を作ってくれると考えると、ゲヘヘな心が芽生えてしまう。
「マールーさんの自信作とかあります? 背中がびろーんと広がるやつとか?」
「ないわよ! そんなの!」
顔をぷんぷんさせて怒られる。しまった、さっきの工房で一時間付きっきりで熱弁したのがいけなかったか。気を悪くさせてしまったのは申し訳ない。でも私はあと六時間は熱弁できる。
「マールーは防具も作れるんだぜ? 手先が器用なんだ」
海鮮丼を豪快に掻き込むサウスさん。豪胆な食いっぷりだ。美貌、筋肉、強さ、そして食欲。盛り込みすぎである。神様のキャラメイクが雑なんじゃないかと疑いたくなる。
「へぇ、防具まで作れるんですね。服屋さんって聞いてましたけど」
「鎖帷子作らされた時は気が狂いそうだったわよ……」
箸で刺身を摘んだまま遠い目をする。何か嫌な出来事でもあったのだろうか。
「何回も命を助けられてんだ。感謝してるんだぜ?」
「……そう言われたらさ、また作っちゃうじゃん」
照れた顔のマールーさんは可愛い。自認普通の女の子から得られない栄養が今ここにある。吸わせてもらおう、空気が美味い。
「そういえば、ハジメって奴がお前の防具着けてたぞ」
「はじめ? 誰それ?」
「ハジメは私の仲間よ」
自衛隊さんの名前が出たとき、黙々とご飯を食べていたルチアさんが口を挟む。美味しいご飯を食べて元気も出たのだろうか。
「ふーん、私が作ったやつってどれだろう?」
「ほら、対衝撃吸収の素材をたくさん詰め込んだあの試作鎧。ハーフプレートの」
「……あのメチャクチャ重いやつ!? アンタも着るの嫌がってた鎧じゃん! その人よく動けたね、凄いや!」
あの鎧、そんな逸品だったのか。図らずにも仲間が褒められたことが嬉しいのか、ルチアさんに数日ぶりの笑顔が戻る。
「俺の攻撃受けて生きてるからおかしいと思ったんだ。残骸見たら鎧から粉がこぼれ落ちてて確信したぜ」
私はその現場を見てないから知らない。でも、居合わせたルチアさんはその光景を思い出してるのか、どことなく嬉しそうに頷く。
「防具に命救われるのは何度もあるさ。鎖帷子と言えばあの時もそうだったな?」
「あの時って、吸血鬼達と戦った時のこと?」
「そうそう。今まで何度も死にかけたときはあったが、特にミア。あれはマジで死ぬかと思った」
「ミア? 誰ですか? 新たな美人さん?」
誰だろうか。新たに出てきたニューフェイスの名前に私の興味はむんむんに惹かれる。初めて自衛隊の最新式小銃の情報を知った時並に興味津々だ。
「吸血鬼の真祖。昔、私達エルフと戦ってたのよ」
「真祖ミア……!」
その名前を聞いた瞬間、ザビーの手が止まる。どうしたのだろうか、玉ねぎでも食べてしまったか。
「知ってるのザビー?」
「えぇ、御伽話でですが」
震える手で温い茶を啜る。舌を湿らしてから長い舌を捲る。
「狼人族は過去に吸血鬼の一族に仕えていましたので。今は違いますし、そもそも吸血鬼族はほぼ絶滅しております」
「そりゃ俺らが徹底的に叩いたからな。今では両手で数えるほどしか生き残ってないんじゃないかな?」
湯呑みから湯気立つ茶を飲み、昔を懐かしむように目を閉じる。
「あの時って大分危なかったよね?」
「あぁ、エナの武器がまだ質が悪くてまいったぜ。それに……」
サウスさんは湯呑みを置き、血色が良くなった唇を揺らす。
「ミアがとにかく強くてな。特に槍術がヤバい、槍に関してだけなら俺より強い」
「えっ、じゃあその人もグラマラスボディですか? ブォン、ギュ、ズドォォンッ! って感じです?」
「んー、綺麗ではあるか?」
「そだね、顔立ち整ってるし」
二人とも訝しげな雰囲気だ。どうしたのだろうか。
「……世界は広いですな。まだ見ぬ強者がこうも出てくるとは」
強い人の話を聞き、勇者殿は愚痴をこぼす。だが、私の能力で聞く心の声は違う。とても熱い想いに満ちている。
「井の中の蛙ちゃん、大志に抱き付けというやつですね」
「この子はさっきから何言ってるの?」
「おい女! 飯食ってるのに頭痛い話すんじゃねぇ!」
「お気になさらずマールさん! そして黙れスパーダうるさい奴め。ここは私の奢りなんだからありがたく食べてなって!」
互いに箸を向けいがみ合う。元の世界でいた兄弟を思い出す。そういえば兄とも弟ともこんな感じで喧嘩してた気がする。最終的に私の才華爛発な語彙力にて論破したのは良い思い出だ。
さっきから私しか喋ってないが、みんなどうしたのだろうか。パーフェクトルカちゃんコミュニケーションの前では話題に滑り込めないのか。
まぁいい。そろそろボギャブラリーが貧相になってきたがこのままサウスさんとマールーさんを独り占めさせてもらう。
「槍を持ったミアも凄いけど、ザラも凄いよね?」
「ええと、ザラっていうと確か話が通じる方のエルフさんですよね?」
「どんな紹介の仕方してんのよ! 確かに話は通じるけどさ」
サウスさんを窘める手は優しげだ。
「クチサケとハナナシの二人を見ろよ。やべーだろあいつら、話通じねぇだろ?」
「ほらまた! リアナとシルヴィラのことあだ名で呼んだ! 私の親友のことをそう呼ばないでよ!」
「あいつらが名乗ってるんだろ!」
息の合ったツッコミが飛ぶ。夫婦漫才か、眼福だからもっとやってほしい。
「そのザラと呼ばれる方はお強いのですか? 貴女と同じ様に強者なのでしょうか?」
勇者はまたそんなことを聞く。この尊い世界が分からないのか。男の子はすぐ強さ議論したがる。元の世界の男子と同じだ。
とはいえ気になる。強い美人の話は心を豊かにするのだ。
「ザラは強いよね?」
「当然だろ。なにせ俺に戦い方を教えてくれたのはザラだぞ?」
なんかすごいことを聞いた気がする。この強いサウスさんを鍛えた人がザラさんということか。
「じゃあ、ミアさんとザラさんはどっちが強いんですか?」
「……」
私のシンプルな質問に二人は黙ってしまう。先にもぞもぞと口を動かしたのはマールーさんだ。
「ザラ……かな?」
「いや、苦戦したのはミアだ。まだ俺が弱かったとはいえ、お前の防具が無かったら死んでた」
言葉を否定したサウスさんは首元をなぞる。
「槍を捌いたと思ったら、次の瞬間には喉元に穂先があった。あと一呼吸遅れてたら終わってた。命のお手玉してる気分だったぜ」
「ヤバくないですか。そんな強いんです?」
「今は俺の方が強いけどな」
最後に自分を褒めていくスタイルは見習いたい。自己肯定感マックスが人生を生きる上で重要だ。
「好奇心もすごいよね? お気に入りには執着するもん」
「ねちっこいし、敵だったら間違いなく先にぶっ殺すな。戦場がぶっ壊れる」
軽い会話。だけど内容が重い。この人は今までどれほど戦ってきたのだろうか。百戦錬磨という言葉が軽く思える。ルチアさんが小さく息を呑む。ザビーも無言で頷いた。
「まぁ、今はやり合う理由もないがな」
あっさりと締める。イカのお寿司を雑に掴むと口に頬張り咀嚼している。続きを話すつもりは無いようだ。
「そのザラとミアは……あんたの刀みたく特別な武器を使ってるのか?」
ずっと黙ってたテッドさんがそんなことを聞く。話題が鍛冶屋らしいが、自分の興味があることを聞くのは大事だ。次は私がその二人のスリーサイズを聞こう。
「特別な武器? エナの作ったやつのことか」
「そうだ、さっきあの武器を見たとき気になることがあったんだ」
「ほう?」
興味深そうにサウスさんが身を乗り出す。鍛冶屋に対して、サウスさんは反応がある私もミリオタからジョブチェンジして鍛冶屋になろうか。
「あの武器、変わった文字が彫ってあるが見たことある」
「テッド殿も見たことありますか? 実は私も似た文字の記憶がありますぞ」
勇者も便乗する。チラッとルチアさんを見たが彼女は特に何もないようだ。テッドくんに料理を取り分け、モクモクと食事を続けている。
「特別なってアレです? 漢字で書いてあったやつです?」
「いや、カンジというものではない。もう一つ、カクカクした文字のことだ」
何だろうか。刀に興味なかったからちゃんと見てなかった。話題に入れないぐらいなら見とけばよかった。
「文字か。あの文字は――」
サウスさんが答えを言おうとした、その時だった。
コツ、と。入口で靴音が鳴る。静かで、無駄のない足取り。周りの空気が変わる。
「……いらしてくれたらもっと早く伺いましたのに。サウス殿」
低く、よく通る声。聞き馴染みがある、知った声だった。私は振り向く。
「あ」
自然と背筋が伸びた。
「ハルカ……なんでお前がこの方と一緒にいるんだ?
そこに立っていたのはニキータ筆頭商人。ジネス。私のこの世界での兄だった。
視線をもとに戻すと、サウスさんの口は閉じられていた。テッドさんが聞きたがっていたことを喋る気は既になさそうだ。横を見れば禿げ頭が心なしか元気ない。
「兄様、タイミングわるーい!!」
「なっ、なぜ!?」
狼狽する兄。
テッドさんの視線は未だサウスさんの刀に向いたままだった。だが、その答えが語られることはなかった。
兄様はほんとタイミング悪い。空気を読めない兄と、空気を読まない私。似たもの仲良し兄妹っぷりを図らずにも見せつけてしまった。




