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ASSAULT 89 〜異世界自衛官幻想奇譚〜  作者: 木天蓼
七章 異世界自衛官サバイバル
201/203

Another warrior

 斧を引きずり、塹壕の底を歩く。滴る血が背後に線を引く。皮革と骨を継いだ鎧に、折れた槍の穂先が引っかかったままだ。だが、抜こうとも思わない。傷は進んだ証だ。邪魔になるほど深くはない。


「ハァ、ハァ、ルゥ……」


 血に濡れた前髪が視界に張り付く。雑に拭うと血の臭いが鼻を突く。気づけば手は敵の血で真っ赤に染まっていた。


「ルゥー、敵はあとどのくらい?」


 突撃した仲間の援護に回り、敵を蹴散らした。そこまでは良かった。だが、エルフどもはある程度戦うと散り散りになる。小さな群れに分かれ、塹壕の中へ潜り込む。


「ほんと、エルフは面倒くさい!」


 そのせいで私も壕の中に入り戦う羽目になってしまった。狭い壕内では、この新しい両手斧は戦いづらい。


「笛の音……?」


 遠くからかすかに音が聞こえる。この音を聞くたびにイライラする。

 前に奴らに捕まった時もこの笛の音がなっていた。卑怯な真似で囲まれて、逃げ道を潰され、気づけば檻の中。それからしばらく、ずっと檻に閉じ込められていた。


「ルゥ!?」


 考えごとをしている間に、壕の先にエルフどもがいた。私を見つけるなり盾を寄せ合い、まるで亀みたいに身を縮める。

 みっともない。それでも戦士のつもりか。


 私は武器を担ぎ、間合いも無視して突っ込む。真上から叩きつけ、盾ごと頭蓋を割る。呆けたまま突っ立っている一匹の顔面に、拳を叩き込む。ぐちゃり、と嫌な感触が返ってきた。

 腰を抜かして逃げようとする最後の一匹に、斧を振り下ろす。湿った音が壕内に反響し、辺りはようやく静かになった。


「ルゥ、ルゥ、カチュ! 全員倒す!」


 敵を倒すたびに胸の奥が熱くなる。幼い身体ではどうしようもなかった敵が、今では千切り倒せる。湧きあがる殺意が新たに出現した敵へ向かう。


「ガアァァッ!」


 咆哮ひとつで敵は怯む。敵を断ち割ろうと振りかぶったところに、エルフどもの身体に投げ槍が突き刺さる。


「無事か? ゲルダ!」


「キサワカ!」


 横の通路から斧と槍を持った仲間が現れる。キサワカが私の顔を見てギョッとした顔をしてきた。いったいどうしたのだろうか。


「ゲルダ、お前大丈夫か?」


「ルゥ! 怪我ないよ!」


「いや、怪我じゃなくてだな……まあいいか」


 よく分からないことを言う。多少疲れはあるが問題ない。まだまだ私は戦える。むしろ身体が熱くて堪らないほどに、昂っている。


「みんなは戻った?」


「穴の後ろまでな。助かったぞゲルダ。お前がいなかったらかなりやられてたかもしれん」


 ほっと胸を撫でおろす。暴れた甲斐があった、私が敵を殺すことでみんなを守れる。なんて素晴らしい、斧の柄を握る力がより強くなるのが分かる。身体が戦いに歓喜しているのをだ。


「キサワカも戻っていいよ。私はもっと倒してくる」


 斧を担ぎ、歩き出そうとする私をキサワカの手が止める。振り返ると難しい顔で私を見てくる。何だろうか。


「どうしたの?」


「いや、何でもない。気を付けろよ」


 変なことを言ってくる。戦場で気をつけるのは当然なのに。

 振り返らず歩き出すと、また遠くから笛の音が聞こえてくる。あれが鳴るたびに心がざらつき、頭の熱が増してくる。まるで身体に刻み込まれたように、数多の古傷よりも存在を感じる。


「ルゥゥゥアアァッッ!」


 見かけた敵を薙ぎ倒していく。斧を振るうたび、斬りつけるたびに身体が闘争を求めていく。際限のない灼熱の怨念が身体に力が入っていく。


 そのとき、私の足下にカサリと何かが落ちる。


「ルー……アメ」


 あの男。ハジメがくれた甘い食べ物。甘いのに喉がスースーして声の調子もいい。不思議なオヤツだった。


「ルー、美味しかったなー」


 私と別れ際、ハジメは何かを私に捲し立ててた。何を言ってるか分からなかったけど、興奮してた私の頭はあれのおかげで少し冷めた。

 今の身体の熱さも、ハジメがいれば冷ましてくれる。そう思えてしまう。あの男のことを考えると身体の中心に別の熱が込み上げてくる。


 この熱だけが身体を冷ましてくれる。冷静になった頭が戦況を見させてくれた。


 周りにはもう味方はいない。すでに下がって防備を固めている。これだけの人数で戦うのは初めてだ。ダガが言っていた。センリャクとかいうやつ。みんなで動くのが大事らしい。


「もう、戻ろうかな」


 私が自陣へと振り返ったとき、背後から爆発音が轟く。


「ルゥ!?」


 驚いた私は思わず身を屈めて飛来する土石を避ける。くぐもった土釜の向こうで誰かがいる。


「おー、いるいる。いるぜ。ハナナシ」


「本当だ。新兵どもがやられてる訳だ」


 声を聞き、頭で認識する前に身体がゾッとし強張るのを感じる。無意識に手足へ力が入り、肩の筋肉が盛り上がる。噛み締める歯がギリッと軋む。


「おい見ろよクチサケ。あの斧ってよ、オークの……バロンのじゃないか」


「本当だな。でも、持ってるのは夜にボコボコにしたオークじゃんかよ。こりゃ楽勝だな」


 晴れた土煙から現れたのは鼻の無いエルフと口が裂けた二人のエルフ。二人ともそれぞれ斧と棍棒、そして盾と夜襲のときとは違い装備がしっかりしている。他の兵とは違う。金属と革を重ねた重装だ。しかも血で真っ赤だ。


 握りしめた手から血が滲むのが分かる。握った斧の柄がギチギチと締まる。私の心に恐れよりも先に闘争心が漲ってくる。

 こいつらの身体の赤は、私の仲間の血だ。この血より濃い、真っ赤な怒りが全身に激る。


「ルゥガアァ!」


 全力で叩きつけ、塹壕内の壁を破壊する。粘土の煙たい香りが周囲に漂い、ねっとりとした手応えを斧先に感じる。


「……シルヴィラ」


 ハナナシが口裂けエルフをシルヴィラと呼ぶ。ダガがその名を呼んでいたがコイツらの本名なのか。しかし、そんなことはどうでもいい。

 斧を切り返し、塹壕内を真一文字に払う。屈んで避けたクチサケの頭に土が被る。その土を意に介さぬまま会話を返す。


「分かるぜリアナ。馬鹿力、技術、そして怒りによる戦闘力……」


 裂けた口でリアナと呼び返すと、二人は並んで自分の身体に刻まれた一番大きな傷跡に触れる。そしてわなわなと小刻みに震えると二人して私を睨みつける。


「全部バロン以下だ! 許せねぇよな!? こんな雑魚がバロンの武器を使うなんてよぉ。なぁ、リアナ!」


「だな、シルヴィラ。こんなやつ殺しても、私達の……アンドリューの憂さ晴らしになんねぇよ!」


 リアナ、シルヴィラとお互いの名をそう呼び合うと、二人は睨みつけた目をさらに血走らせる。私の怒りを、一族の誇りを、焚火の燃えカス以下の熱と言われてる気がした。


 そんなことない。私達がこいつらエルフに殺されてきた事実が、大したことないなんて筈はない。


「ルゥアァ!」


 斧を振りかぶり叩きつける。

 私の斧が二人に迫るが一瞥すると鼻で笑われる。

 渾身の一撃だった。私の全身の筋肉が軋み、骨が鳴り、斧が唸る。カン、と乾いた音が鳴った。ハナナシの盾が片手でそれを受け止めていた。


「……軽いな、見ろよ」


 棍棒を片手で弄びながら、鼻の無い顔を撫でる。


「こんな弱っちい斧で、私の鼻は潰されたんだぜ? 笑えるよなぁ?」


「あぁ、笑えるな?」


 斧を振り上げる。まだ振り下ろしていない。なのにクチサケはもう避けていた。一撃は誰もいない場所を斬る。


「この程度の鋭さで、私の口は裂かれたんだ。なまくらでよぉ」


「なまくらだよなぁ!?」


 足元の土がじわりと沈む気がした。

 二人の持つ武器が軋む。塹壕内の湿気が二人の身体から放たれる熱量で湯気が立つ。


「でも何より腹立つのはよ」


「あぁ、イラつくのはよぉ」


 二人は同時に跳ね、迫る。振り下ろされた鉄の棍棒と斧が火花を散らし、私の両手斧を弾き飛ばし、仰け反らせる。


「「こんな弱い武器に負けたのが許せねぇ!」」


 ギラついた目が、殺意に染まる。だらしなく開いた鼻と口が獲物を求め呼吸している。すり潰されそうな威圧感が私の身体に纏わりつく。


「ルゥアァァッ!!」


 殺意を払うように、地面を蹴る。土を弾きながら、横薙ぎの一閃を繰り出すが、二人に避けられ空を切る。


「ほら、もう雑だ。速いだけ」


 ハナナシが避けざまに振り下ろした棍棒が肩に食い込む。骨が鳴る。痛い。痛みが腑にまで響いてくる。

 それでも振り返す。激痛に歯を食い縛りながらも、クチサケの顎先へ向け、真上に切り上げる。


 しかし、その一撃をクチサケは一歩前へ踏み込み、半身で避ける。

 近い。そう認識すると同時に肘が打ち上げられるのが見え、顎が揺れる。


「反応も悪いしよ、寝てんのか?」


 そのまま足払いを受け体勢が崩れる。地面に倒れ間際、盾を胸へ当てがわれ挟み潰される。


「カハッ!?」


 呼吸が止まる。空気を強制的に吐きだされ、もはや嗚咽しか吐き出せない。ジタバタともがいて暴れ回り、苦し紛れに拳を突き出すが、ハナナシに容易く受け止められる。


「怒ってるだけだ。こんなもんじゃないだろ? 怒りってのはよ!」


 棍棒が脇腹に入る。鈍く弾ける痛みに斧が手から滑り落ち、刃先が泥に塗れた。


(コイツら……強い!)


 楽な相手だと思ってはいない。でも、あまりにも遠い力の差。手玉に取られるだけで何もできない。虫籠の中の幼虫のように、成す術もなく蹂躙されていく。


 噛みつこうと踏み込む。だが、既に背後。


「ほら」


「ああ」


 盾の縁が後頭部に叩き込まれる。意識が遠のき地面が近づく。


「ッ!?」


 顔が地面に激突する寸前、手を着き昏倒を免れる。息も絶え絶えに、流れる血が地面に点を描く。

 届かない。斧が軽い。腕が重い。この二人の前じゃ私はただの獣だ。その事実が私の胸に重くのしかかる。


 こんなはずじゃない。私は強くなった。囚われていた昔の私じゃない。なのに、こいつらには届かない。


「こんなんで倒れるのか? おいおい、勘弁してくれよ」


 無い鼻を啜り、見下してくる。裂けた口が同調して笑い出し、声が壕内に響く。


「ルゥ……」


 やり返したくとも身体が動かない。傷は大したことないのに動こうとしない。頭には疑問しか浮かばない。


「あらら、もう折れちゃったのかな?」


「弱いねぇ。そんなんで何が守れるってんだ?」


 無警戒に私の身体を武器の柄で突く。もはやこの二人は私を敵とすら思ってない。そして私はやり返すことができない。身体が、心が、負けを認め始めている。


「つまんねー。なぁ、あっちの方が面白そうだぞ?」


「んん? なんかあっち燃えてるけどそんな作戦あったか?」


「知らね。でもコイツよりは遊べそうだぞ」


「確かにな」


 二人の会話が頭の上で交わされる。


 燃えてる。その言葉だけが頭に引っかかる。

 鼻から深く息を吸う。焚き付けに使う、燃える土が煙ってるのを胸で感じる。


(サク……セン……)


 昨夜のことを思い出す。ダガとハジメの三人で考えたエルフとの戦い方。少ない数の私達が沢山のエルフをどう倒すか話し合った。難しい話しだし、そもそも言葉も分からないからあんまり理解できてない。


 でも、その中の第一段階。合図は煙。それだけは覚えている。


 私がこうして他に伏せてる間に、ハジメは戦い続けている。種族も違う、出会いも浅い、恩も恨みも彼は全く関係ない。


 でも、私達のために死に物狂いで戦ってくれている。


「……ルゥゥゥウッ!」


 私はどうだ。強い敵と戦って、手も足も出ず打ちのめされて地に這いつくばり、生かすか殺すかの運命が握られている。


 たったそれだけのことで心を折られかけている。


 情けない。恥ずべき心と負けていられない身体が熱を帯び筋肉を隆起させる。一族の誇りより、あの男からの恩に報いたい。


「ええて、飽きたよ」


「便所の隅でガタガタしてろ。小蝿らしくよ」


 立ち上がり斧を拾った私に、二人の敵はつまらなそうに武器を構える。斧と棍棒を振りかぶると勢いそのまま振り下ろしてきた。


「ガアァァァァッッ!」


 咆哮を上げ、何も考えず全力で振り抜く。今はそれだけでいい。とにかく、あの男に礼を言うために戦うだけだ


 ありがとう。そう伝えるため。


「おッ!?」


「あッ!?」


 金属を叩き合う轟音。弾ける火花が壕内に散らばり、燃える土に火が付き燻る。白煙が熱を持ち私の決意をさらに熱くしていく。


「カチュッ! ゼッタニ! ルオオオォォ!」


 叫び、鼓舞し、斧を振りかぶり突進する。何が何でも、例えこの身が壊れても、戦って守り勝ってみせる。


「おいおい? やるじゃん! 怖さが出てきたな!」


「いいぞ。怒れ。吠えろ。もっと楽しませろ!」


 私の決意に二人のエルフは今まで見たことがないほどの笑顔を見せる。えぐれた鼻と裂けた口が卑しく笑うと私達の武器は互いにぶつかり合った。散る火花は私達の熱に呼応して激しくなっていく。


 まだ終わらない。終わってたまるか。戦いはここからだ。

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木天蓼です。 最新話の下方にある各種の感想や評価の項目から読者の声を聞かせていただきますとモチベーションが上がるので是非ともご利用ください。 木天蓼でした。
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