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トゥプラス  作者: 秋月瑛
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第4話_御神木

 ショッピングの帰り道、本来の目的であった椛のことを調べるために四人は小春神社に来ていた。

 小さな境内に焼け焦げた楓の木はあった。そこに四人のよく知る人物が立っていた。

「こんにちは、奇遇ね」

 微笑を浮かべ挨拶をしたのは星川未空だった。しかし、彼女はそのまま神社を出て行こうとした。

「待ってください星川さん」

 悠樹が声をかけると未空はゆっくりと振り向き静かに言った。

「椛ちゃんの記憶、早く戻るといいわね」

 もう、誰も止めなかった。誰が止めても未空はいってしまう。不思議なことにそう誰もが思ったからだ。

 未空が去った後、綾乃は急に嫌な顔をした。

「星川さん用事があるって言ってなかった?」

 声に少し怒りがこもっている。

「もしかして独りで椛ちゃんのこと調べてたわけ? ちょっと協調性に欠けるんじゃないの!」

 頭にきていた綾乃はみんなに同意を求めようと振り向いたのだが、そこでは椛が焼けた木の前に立ち、輝と悠樹がそれを見守っていた。それを見た綾乃は口を閉じることにして椛を見守った。

 椛は見る影も無くなった黒く焼け焦げた大木にそっと触れた。手を触れ、おでこを押し当てた。

 しばらくして綾乃が椛に声をかけた。

「何か思い出した?」

「ううん、何も……」

 哀しそうな表情でそう答えた椛。しかし、悠樹は口にはしなかったが、椛に何かを感じ取った。

 綾乃は残念そうな顔をしている。

「絶対神社と関係ありそうだったんだけど、違う神社なのかな?」

 そう言いながらも綾乃はこの神社に何か感じるものがあった。それは綾乃だけではない、ここに来た全員がそう感じていた――星川未空も。

「今日は買い物に付き合わされて疲れたから、もう家に帰るぞ」

 そう言って輝は荷物を大きく振りながら身体の向き変えると、さっさと神社を出ていってしまった。

「待ちなさいよ輝!」

 綾乃も走って輝の後を追って神社を出ていった。

 残された悠樹は椛の手を取り、椛の顔を見ると、

「記憶なんていつ戻るかわからないからな」

 と呟いた。この言葉を無視するように椛は悠樹の手を引っ張って歩き出した。


 マンションに帰って来た輝は綾乃と別れた後、すぐに荷物を置き『疲れたからもう寝る』と言い残して部屋の中にこもってしまった。

 悠樹はダイニングを見回した。いつもは大抵ここで輝がごろごろとしながらテレビを見ているのだが、今日はいない。

 誰かの視線を感じた悠樹はその方向を見た。そこに立っていたのは椛だった。

 心配そうな瞳で自分のことを見つめている。そう思った悠樹はすぐに視線を逸らせてしまった。

 椛にとって最善だと判断した自分の考え――。『一週間は待ってみる』、そうは言ったものの、悠樹の気持ちは複雑だった。

 人の幸せはそれぞれで、椛の記憶が戻り何らかの解決策が出るまで自分らで面倒を看る。この選択肢は誰の幸せなのか?

「椛はどうしたい? このまま記憶が戻らなかったら俺たちと暮らしたいかい?」

「うん、ここにいてもいいなら悠樹たちと一緒にいたい……。だって、悠樹も輝も綾乃お姉ちゃんも、み〜んな大好きだもん!」

「……俺も椛のこと好きだよ」

 悠樹は判断を保留とした。椛のことを今後どうするか、わからなくなったからだ。

 気分を切り替えようとした悠樹だったが、椛と二人きりにされて何をすればいいのかわからなかった。

 昼下がりの二時過ぎ。昼食はまだ食べていなかったが、昼食を食べない悠樹には椛に食事を作ってあげるという発想が浮かばなかった。

 綾乃を呼ぶという選択肢も考えたが、綾乃を頼ってばかりではいけない。椛と二人きりになることは今後もあるだろうから……。

「椛ちゃん何かしたいことある?」

「ううん」

「何かして遊ぼうか?」

「お話聞かせて、悠樹やみんなのお話。みんなのこといっぱい知りたいから」

「じゃあ、ソファーに座ってゆっくり話そうか」

 時間はすぐに過ぎ去っていった。

 悠樹は友達との楽しかった思い出や、小さい頃は輝につられて悪戯を一緒にしてよく怒られていたこと、昔は妖精や幽霊など、そういったものを信じていたことなどを話して聞かせた。

 椛は自分のことを覚えていないので、ずっと聞き手に回っていたがすごく楽しそうに悠樹の話を聞いていた。

 だいぶ時間が経過してしまったことに悠樹は気づき、はっとした。

「そうだ、夕飯の買い物行かないと」

「椛も行きたい!」

「そうだね、二人で行こうか」

 悠樹はソファーから立ち上がると椛に手を差し伸べた。うれしそうな顔をした椛が小さなその手で悠樹の手をしっかりと握り締め立ち上がった。

 そのまま二人は手を繋ぎ玄関を出た。この微笑ましい光景を輝が見たら絶対嫉妬するに違いない。

 スーパーは歩いて一〇分程の距離にある。

 店内は夕飯の食材を買い求める主婦たちでいっぱいだった。

 悠樹は椛が迷子にならないように手をしっかりと握り、店内を歩き始めた

 いろいろな食材やお惣菜コーナーも見て回るが今日のメニューが決まらない。

 悠樹は学校のある日はいつも武の意見を参考にして夕食を決めているのだが、学校が無い日はなかなか夕飯のメニューが決まらない。

「椛は何か食べたいものある?」

「う〜ん」

 椛も首を傾げて困ってしまった。このままでは夕飯のメニューが決まらない。

 その時だった。ちょうどいいところへ、夕飯のおつかいに来ていた藍澄武が姿を現したのだ。

「やあ悠樹」

「夕食何が食べたい?」

 行き成りだった。会ってすぐに悠樹はそう聞いた。だが、武は平然と言葉を返す。

「今日はてんぷらうどんなんだよね〜、ウチの夕飯」

「じゃあ、てんぷらうどんにするか」

 武を椛に目をやった。

「その子だれ?」

「俺のいとこの椛だ」

「椛ちゃんっていうのか、カワイイ名前だね。ボクの名前は藍澄武、ヨロシクね」

 差し出された手を掴み握手した椛はニッコリと微笑んでぺこりと頭を下げた。

「はじめまして」

「さて、てんぷらを買ってさっさと帰るか」

 悠樹は椛の手を取って半ば強引に歩き始めた。

「待ってよ悠樹、会ったばっかじゃないか。椛ちゃんとももっと話したいし、ねえ!」

「夕食が遅れると輝がうるさいのでな」

 全くの嘘だった。輝は一度寝ると朝まで起きない。悠樹はただ武に椛のことがばれるのを何としても避けたいのだ。

 椛の手を引きお惣菜売り場へ急ぐ。ここでてんぷらを買って急いで帰る。

 てんぷらの詰め合わせを手に取り急いでレジに向かおうとしたのだが、武がすぐに追いかけて来た。

「なんで逃げるのさ」

「別に逃げてはいない。急いでるだけだ」

「ウソだよ絶対。悠樹はボクから逃げてる」

 こう言って武は椛のことを見た。

「これはボクの勘だけど椛ちゃんのことで隠し事でしょ」

 ――鋭い。武は勘が異様に鋭いのだ。

「今度ゆっくり話すから、今日は急いでいるんだ」

 再び悠樹は椛の手を取り早足でレジに向かっていった。

「今度絶対話してよぉ」

 武の声は悠樹に届いたかどうかわからない。

 てんぷらの詰め合わせだけを買うと悠樹は椛を連れて外に出た。

「どうも武に隠し事をするのは得意ではないな」

「ねえ、どうして椛のこといとこって言ったの? 椛、悠樹のいとこじゃないよ」

 二人は帰り道を歩きながら話した。

「そうだね、椛は俺のいとこじゃないよね。でも、これからは人前ではそういうことにしてくれるかな、椛が人間じゃないってみんなが知ったら大変なことになるからね」

「うん、わかった」

 この時、悠樹は自分の発言にはっとした。椛のことを人間じゃないと何時の間にか言っていたのだ。

 周りの雰囲気に押されて、悠樹の中で何かが変わりつつあった。

 悠樹は昔からこんな性格だったわけでもないし、小さい頃は幻想的な世界を信じていた。いつから信じなくなってしまったのか……。

 夕暮れの中を家に帰って来た悠樹と椛は少し早めの夕食を食べた。

 うどんを茹でて、スーパーのお惣菜売り場で買って来たてんぷらを乗せた手抜き料理。毎日の料理を作る悠樹としてはたまには手抜きも必要だった。

 輝が起きて来てもいいようにてんぷらを残して置いたが、結局輝が起きて来ることはなかった。

 そして、夜は更けて朝が来た。

 部屋から出て来た輝は昨日と同じように悠樹と椛と鉢合わせになった。しかし、今朝の輝ははやし立てることなく、ただ、

「おはよ」

 と言って、それ以上口にせずにダイニングにいってしまった。

 朝食時の会話も二人とも椛とは楽しそうに話すが、二人の会話は単語を交わすのみだった。

 昨日のデパートでの言い争いがまだ緒を引いているらしい。

 そんな二人に挟まれた椛は表情が曇ってしまった。

「どうしたの二人とも?」

「……ごちそうさま」

 そう言って席を立った輝は椛の質問に答えないまま部屋に帰ってしまった。

 悠樹は心配そうな表情をした椛に見つめられてしまった。すぐに笑顔を作るがどこかぎこちない。

「……別に何もないから、椛は心配しなくていいよ」

 わかりやすい嘘だった。誰がどう見ても二人の間に何かがあったのは明白だ。小さな椛にだってそのくらいわかる。

 食事を終えた椛はすぐさま輝の部屋へと向かった。

 か弱い力でドアを叩くと椛は緊張したような震えた声を発した。

「は、話があるの」

 ドアが開かれその隙間から輝の顔が覗いた。

「何?」

「ううん、なんでもないの。ちがう、なんでもあるの」

「はぁ? まあ、いいや、とにかく中入りなよ」

 椛を部屋の中に入れると輝はドアをすぐに閉めた。悠樹に話を聞かれたくないような気がしたからだ。

 部屋の中は少し散らかっていた。物が乱雑に置いてあり整理整頓されているとは言えない部屋だった。輝の部屋はこの家で一番散らかっている。

「適当な所に座って」

 背の低い小さなテーブルの前に腰掛けた輝に続いて、椛も床にちょこんと座った。

「悠樹と輝がケンカしてるから、心配なの」

「だいじょぶだって、オレと悠樹のケンカは必ず最後は仲良くなれるから、今までだっていっぱいケンカして来たしな」

「でも、椛のことでケンカしてるんでしょ? だから椛がいると、ずっとケンカが続いて……うぐっ……」

 しゃべりながら椛は何時の間にか泣いていた。そう、椛も自分のことで二人がケンカしていたことに気づいていたのだ。

「だいじょぶだって、心配すんな。椛のことでケンカなんてしてないから」

「ほんとに? 椛のことじゃないの?」

「ああ、ホントだって」

 嘘をついた。しかし、椛の澄んだ眼で見つめられると、ものすごい罪悪感を感じる。

「じゃあ、何で輝と悠樹はケンカしてるの?」

「え〜と、それは……」

「……やっぱり椛のことでケンカしてる」

「…………違うって」

「ごめんなさい椛のことで……ごめ……うぐっ……うっ……」

 また椛は嗚咽混じりに泣き出してしまった。そして、そのまま輝の部屋を飛び出していった。

「ま、待て!」

 手を伸ばしたが間に合わない。そして、すぐに追いかけたが玄関から外へ出ていってしまった――。

 輝も急いで外に飛び出した。しかし、そこには椛の姿はなかった。

 どこにいってしまったのかと辺りを見回したがどこにもいない。

「マズイなこりゃー」

 そう呟くと輝は家の中に戻って悠樹を呼んで来ることにした。

 呼ばれた悠樹は椛が飛び出していったことを聞いてひどく心を動揺させた。

「本当か! でもどうして?」

「オレらがケンカなんかしてっから、椛ちゃんは責任感じて出てっちまったんだよ!」

「行くぞ輝!」

「おうよ、手分けして探すぞ」

 二人は家を駆け出て椛を探しに出た。

 マンションを出てすぐに二人は分かれたが、心当たりなんて何も浮かばない。どこをどう探していいのかわからない。

 輝は自転車に乗って近所を探すがどこにもいない。椛はいったいどこにいってしまったのか?

 輝はひどく後悔をしていた。悠樹と喧嘩していたのは確かだったが、どうしてもっと上手な嘘をつけなかったのか。うまい嘘がつけていれば、椛は家を飛び出したりなんかしなかった。――そうじゃない、何で自分は悠樹と喧嘩なんてしてしまったのか……。

 突然あることが輝の脳裏に浮かんだ。

「そうだ、あの神社かもしれない」

 小春神社――そこにいるかもしれないと思った。根拠はないが、あそこには何かがあった。

 すぐさま自転車の方向を変えて小春神社へと急ぐ。

 そして、小春神社の前まで来た時、前方の道から悠樹が自転車に乗って現れた。

「輝もここだと思ったのか?」

「ああ、悠樹もか?」

「そうだ。二人が偶然に逢うなんて奇跡だな」

「奇跡なら椛もここにいるハズだよな」

「たぶんな」

 二人は境内の中に入った。そして、焼けた木の下で泣く少女を見つけた。

「椛、探したぞ」

 悠樹がやさしく声をかけると、椛はゆっくりと顔を上げた。その瞳は真っ赤で、涙が止め処なく零れている。

「うぐっ……ううっ……うっ……」

 嗚咽で全く声が出ない。そして、涙は地面に水溜りを作れそうなくらい流れ、止まることがない。

 二人の男は同時に手を差し伸べて、同時に言った。

「「帰ろう」」

 椛は涙を懸命に止め、肩を震わせながら両手で二人の手を取った。

 そのまま椛は二人の男に抱きしめられた――。

「椛のことでは俺たち、もう喧嘩しないから……」

「出ていかれると悠樹とケンカするよか心が痛むからよ」

 椛の身体は震えていた。

「うっ……う……でも……も、椛がいると……迷惑でしょ?」

「大丈夫だよ、いつまでもいていいから……」

 悠樹はそう言った。彼の中で何かが弾け飛んで新たなものが生まれたのだ。

「さ〜てと、帰るか」

 気を取り直した輝の声を合図に三人は家への岐路に着いた――。

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