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トゥプラス  作者: 秋月瑛
3/12

第3話_ショッピングに行こう!

 朝になり、大きなあくびをしながら部屋から出てきた輝は、ちょうど部屋から出てきた悠樹と椛と鉢合わせした。

 あくびを途中で止めて輝は叫んだ。

「二人で寝てたのか!? エッチだ、不潔だ、人として間違っているぞ!」

 滅茶苦茶な言われようだった。

「そういう考えを抱く方が不純だ」

 確かに輝はいろんな想像を瞬時にしていた。

「不純のどこが悪いんだ。純粋な人間なんてこの世界には存在しない。神が人間を創った時、天使の時に使った炎じゃなくて泥で人間を創ったんだ。そして、知識の林檎を食べた人間はエデンの園を追放されて……」

「何が言いたいんだ?」

 悠樹の言うとおり輝の話は先が見えてこない。つまり、輝の言いたかったセリフはこれだ。

「悠樹だって人間である以上は汚れているんだ」

 ふ〜ん、という表情をした悠樹の会心の一撃が炸裂。

「……朝食自分で作るか?」

 輝は痛恨の一撃を受けた。

「いや、朝食の準備お願いします」

 内心、料理のできない自分に料理のことを出すなんて卑怯だと思いながらも、輝は負けを認めた。

 悠樹は自分の後ろにいた椛を輝に預けるとキッチンに向かっていった。

 残された輝は椛の手を取りダイニングに向かった。

 ダイニングは輝が家の中で最も一番長くいる場所だ。

 ソファーテーブルを囲んで大きいソファーが二つあり、そのソファーで横になりごろごろしながらテレビを見るのが輝の日課だ。

 今日は椛を横に座らせて輝はテレビのリモコンで電源を入れた。

 今の時間帯は子供向けのアニメもやっているので、とりあえず輝はそのチャンネルを回した。

 椛はアニメを食い入るように見ている。

 アニメの内容はメイド服を着た主人公たちが変身して、ねこ耳やらなんやらに変身して悪と戦うという内容だ。輝には理解しがたい内容だったが、思ったことがある。

「子供向け番組じゃない。深い深夜に大人が見る番組だ」

 この番組で主人公が身に付けている変身時の服は当然の如く売り出されているが、なぜかそのサイズには子供用の他に大人用のサイズまで売り出されている。

 アニメを見ていると、悠樹が朝食をトレイに乗せて運んで来た。

 今日の朝食のメニューはトーストとスクランブルエッグとウインナー。簡単なメニューではあるが、輝が作ると誰にも理解してもらえない芸術作品になってしまう。トーストは闇のように黒くカチカチの物体に変化し、スクランブルエッグは殻入りの歯ごたえ万点カルシウム豊富な黄色と白色の混じった一つの塊になり、ウィンナーはタコさんウインナーにしようと、できもしないことに挑戦し、おぞましい怪物を作り出してしまう。

 のどかに朝食を摂っているとチャイムがピンポーンと鳴った。

 次の瞬間、ドンドン、ガチャガチャ、ドゴッっというけたたましい轟音が玄関から鳴り響いてきた。のどかな朝食は一瞬にしてぶち壊しだ。

 ゴンゴンゴン!! まだ玄関から音がしている。借金の取立てではないが、迫力なら負けていない。

 コーヒーカップをテーブルの上に必要以上に強く置いた悠樹は、頭を抱えながら玄関に歩いていきドアを開けた。

 ドアの先に立っていたのは準備万端な綾乃だった。

「おはよー!」

「近所迷惑だ」

「えっ? 何のこと?」

 ものすごいとぼけぶりだった。

「ドアを殴ったり蹴ったりしてただろ」

「近くで工事でもしてるんじゃないの?」

 玄関のドアには蹴ったような汚れ傷が付いている。それを確認する悠樹であったが、彼はそのことにはあえて触れなかった。

「まだ、朝食も終わっていなければ着替えも済んでいない」

「じゃあ、家の中で待たせてもらうから」

 そう言うと綾乃は悠樹を押しのけ強引に家の中へ入っていった。

 ダイニングに着いた綾乃は輝の横に来てウインナーを奪って口に入れると、

「早く食べて、着替えて、出かけるわよ」

「オレのウインナー!? 最後に残しておいたんだぞ!」

「最後に残しておくのが悪いのよ。人生なんていつ何が起こるかわからないんだから、好きなものは先に食べる。そうしないと後悔するわよ」

「おまえが食ったんだろ」

「だから何が起こるかわからないのよ」

「あ〜っ、もう、意味わかんねぇ」

 そう言って輝はコップに残っていた牛乳を一気飲みすると、怒ったようすで自分の部屋にいってしまった。

 そんな光景を見ていた悠樹は深くため息をついた。

「はぁ、子供の争いを見ているようだ」

「仕返しよ、仕返し。アタシも前に輝に同じことされて、同じセリフ言われたから、そのままお返ししてやったのよ」

 ウインナー闘争の根は以外に深かったのだ。

「お姉ちゃん子供みたい、あはは」

 綾乃が振り向くと椛に指をさされ笑われていた。

「どうせアタシは子供よ」

 コーヒーを喉に流し込んだ悠樹は、カップを置くと綾乃に背中越しに手を振りながら自分の部屋に行こうとした。

「じゃあ、俺着替えてくるから洗い物よろしく」

「何でアタシが!?」

「時間の節約」

 悠樹は洗い物を押し付けて行ってしまった。ドアを叩かれたり蹴られたりして、悠樹にとって大事な朝食の時間を妨害されたことを少しだけ根に持っていた。

 仕方なく綾乃はお皿やコップをトレイに乗せてキッチンに向かった。その際、椛も綾乃の後ろにちょこちょこしながらついていった。

 キッチンに着いた綾乃は食器を流し場に置いてため息をついた。

「ふぅ、水仕事は肌が荒れるから嫌なのよね……?」

 綾乃がふと横を見るとそこには椛が大きな瞳で自分のことを見ているではないか。

「手伝ってくれるの?」

「うん!」

「ホントに!? 椛ちゃん、ちょ〜いい娘でちょ〜カワイイ〜!」

 ぎゅぅ〜っと椛を抱きしめた綾乃は急いで椅子を持って来て、その上に椛をちょこんと乗せた。

「椛ちゃんはアタシが洗ったお皿を拭いてね」

「うん任せて!」

 かわいい椛の支援もあって綾乃は意気揚揚とお皿洗いに励み、どんどん洗ったお皿を椛に渡していく。

 二人の息はぴったりで、どんどんお皿洗いのスピードは加速していく。だが、少し加速し過ぎた。

 どんどん渡されるお皿を拭こうと慌ててしまった椛は、ついうっかり手からお皿を滑らせてしまったのだ。

 床に落ちたお皿は四方に弾けて飛んで割れた。

「……ごめんなさい」

 椛の瞳はすでに涙が零れ落ちそうになっている。そんな椛に綾乃は笑顔を向ける。

「だいじょぶ、だいじょぶ、どうせ輝んちのだから」

 笑顔のまま綾乃は割れたお皿の破片に手を伸ばした。が、その時!

「痛っ!」

 指先から赤い血が滲み出て来た。綾乃は破片に触れた時に指を切ってしまったのだ。

 涙を流しながら椛は紅い血を見た。その時だった、涙が急に止まり椛の表情が恐怖に染まっていったのは――。椛は紅い血に燃え上がる紅蓮の炎を見た。

「きゃーっ!」

 急に叫び声を上げた椛。それに気づいて輝と悠樹が駆けつけて来た。

「どうした! なんだ、泥簿か、強盗か、痴漢かっ!?」

 一番取り乱しているのは輝だった。

「おまえが慌ててどうするんだ。――どうしたんだ? 叫び声をあげたのは椛ちゃんだろう?」

 激しく泣きじゃくる椛。今はとても話せる状態ではなかった。変わりに綾乃が自分のわかる範囲で話した。

「二人でお皿洗いしてたら椛ちゃんがお皿を割っちゃって……それでアタシが破片で怪我して、急に椛ちゃんが……アタシにも何が起きたのかわからないのよ」

 嗚咽しながらゆっくりと顔を上げた椛。その目には涙がいっぱいだ。

「うぐっ……げほっ……うっ、あははは〜っ!」

 急に椛は腹を抱えて笑い転げた。その指差す方向には輝が立っていた。

「オレ?」

 ……無言で輝のことを見つめる悠樹と綾乃。そして、二人も笑い出した。

「く、ははっ、なんだその格好は!?」

「きゃはは、何それカッコわるぅ〜、もうウケるよ輝ったら……はは」

 最初は何のことだかわからなかったが、輝は自分の下半身を見て初めて気がついた。

「なんじゃこりゃ〜!!」

 ズボンがずり落ちて派手な柄のトランクスが丸見えだった。実に間の抜けた滑稽な格好だ。

「あはは、おもしろ〜い!!」

 まだ腹を抱えて椛は笑っている。何はともあれ椛が元気を取り戻してくれたのでよかった。

 だが輝は顔を真っ赤にして急いでズボンを上げてベルトを締めた。

「なんだよ、急いで駆けつけようとしたらこうなっちまったんだよ。いい加減笑うなよ!」

 やるなと言われるとやりたくなり、笑うなと言われると笑ってしまうのが人間の性である。特に綾乃はツボにハマッて大爆笑だ。

「きゃははは……もう、ダメェん……腹痛い……死ぬって、きゃは……」

「笑うならあっち行って笑ってろ、皿はオレが片付けておくから」

「きゃはは、うん……任せたから……きゃはは」

 笑い過ぎて歩くのもままならなくなってしまった綾乃は、腹を押さえながら悠樹に支えられながらこの場を後にした。

 椛はこの場に残り、輝のこと上目遣いで見つめていた。

「笑ったりして、ごめんなさい……」

「いい、いい、別に。笑いたい時は笑えばいいんだよ。さっ、椛もあっちいってろ危ないから」

「うん」

 大きくうなずくと椛は走っていってしまった。

 輝は一息ついて割れた皿の片付けを始めようとしたのだが――。

「きゃはははは〜っ!!」

 遠くからどっかの誰かさんの声が聞こえた。

「……綾乃笑い過ぎなんだよ」

 輝は再び顔を真っ赤にして皿を拾い始めた。


 出かける準備ができ、まず最初に椛の服を買いにいくことにした。

 向かう先は歩いて二〇分ほどの距離にあるデパートだ。

 自転車だと数分でいくことが可能だが、椛を連れて自転車の二人乗りでいくのは危険だということになった。

 ちなみに輝はジャンケンで負けた奴が椛と歩いてデパートまでいき、残りの二人は自転車でいくという案の出したが、瞬時に反対され却下された。

 椛と綾乃は手を繋いで仲良く輝と悠樹の前方を歩いている。綾乃は今、二人っきりの世界を満喫している。

「デパートに着いたら椛ちゃんのお洋服、いっぱい、いっぱい、買おうねぇ〜」

「本当に椛のお洋服買っていいの?」

「だいじょうぶ任せなさい、代金は皇子様持ちだから好きなだけ買いましょう」

 綾乃たちの後方で悠樹がクシャミをしたが、きっとただの風邪だ。虫の知らせなんてあるはずがない、きっと、たぶん、おそらく……。

 だが、悠樹は嫌な予感がしていた。誰が椛の洋服の代金を出すのか、彼は聞かされていなかった。

 しばらくするとデパートが見えてきた。もう、信号を渡ればすぐの距離だ。

 信号が青に変わり、椛は綾乃と手を繋ぎ、もう片方の手を高く上げて信号を渡る様は、『お姉さんとお買い物、手を上げて信号を渡るなんて偉いねぇ〜』って感じで、とてもかわいらしかった。

 そんなかわいらしい椛の後ろ姿を見て、輝は自分の妹とついつい比べてしまった。

 輝曰く、自分の妹は小さい頃から世界一かわいかった。だが、最近は兄に反抗的でちょっぴり生意気、でも、そんなところがまたかわいんだよなぁ〜。とのことである。

 輝の妹の慧夢が最近輝に反抗的なのは事実だった。蹴りは飛んでくるは、罵声は飛んでくるはで、輝は反抗期なんだなと思っているが、実は別の理由がある。ついつい妹がかわいいあまり、輝がちょっと苛め過ぎてしまったのだ。それに輝は気づいていない。

 デパートの中はそれなりに人で溢れていた。このデパートができた当初はもっと人で溢れていたのだが、何処も彼処も不況のあおりを受けているのだ。

 それにもう一つ、客足が年々減少傾向にある原因がある。

 小春市は大きく分けて、坂の上と坂の下を境界線に分かれている。坂の上は都市化が進んでいるのだが、坂の下は立地条件が悪く田舎臭い景色が広がっているせいか都市開発が遅れていた。当初は坂の下の都市化計画が市で計画されていたのだが、不況のあおりでその話は無かったことにされてしまったのだ。

 デパートは七階建てで、六階までが売り場で七階は駐車場、そして、地下にも駐車場がある。

 輝たちは三階にある子供服売り場に向かった。

 子供服売り場には当然だが子供服がいっぱいある。それも年々増えているような気がするし、値段が大人服と変わらない――それよりも高い場合がある。

「さあ、お洋服選びましょう」

 綾乃はとにかくヤル気満々だが、椛はいっこうに動こうとしなかった。

 繋いだ手の先にいる自分を不安そうな瞳で見つめる少女。綾乃的ベストアングルだったが、今はそんなことよりも、なぜそんな顔をしているのかを聞かなくてはいけない。

「どうしたの、どれでも好きなの選んでいいんだよ『悠樹』持ちだから」

 この時初めて悠樹は知った。

「俺が払うのか?」

「「もちろん」」

 輝と綾乃の声が『謀った』ように重なった。しかも、満面の笑み。

「……予想範囲ではあったがな」

「じゃあそういうことで、皇子の許可も出たことだし椛ちゃんのお洋服いっぱい買いましょう」

 ちなみに悠樹は許可を出した覚えはない、ただあきらめただけだ。

 椛は辺りをきょろきょろと見回すが動こうとしない。いっぱいの服に囲まれて、どれを選んだらいいか迷い、困ってしまっているのだ。

 そんな椛を引っ張り、リードしてくれるのは綾乃だ。

「アタシが選んであげるから、ねっ!」

 手を引っ張られて、椛は売り場を駆け巡りツアーに連れていかれてしまった。

 ツアーに置いていかれた二人はやることがなくなったしまった。

「どうする悠樹?」

「あっちに自販とベンチがあっただろう」

「そうだな」

 二人は自動販売機で飲み物でも買ってベンチで女性の買い物を待つことにした。

 二人は思う。女性の買い物にしっかり付き合える男はいったいどんな魔法を使っているのだろうか?

 先に自動販売機の前に立った輝は財布を取り出し五〇〇円玉を入れると、

「おごるから何飲む?」

「コーヒー」

「じゃあオレは紅茶」

 ベンチに座る悠樹にコーヒーを差し出し輝もベンチに深く腰掛けた。

 沈黙の時間が続き、だいぶ時間が経った頃、輝が突然口を開いた。

「なあ悠樹」

「何だ?」

「椛ちゃんのことどう思う? オレは人間じゃないっての信じてるんだけど?」

「どっちとも言えないが、人間である可能性の方が現実的だ」

「あっそ、つまんねぇ〜な」

 輝は両手をいっぱいに高く上げて身体を伸ばした。そして、

「でも、今の状況はちょ〜おもしれー。武に話したらもっと楽しくなると思うんだけどな……」

「駄目だ」

 間入れず悠樹の言葉が入った。

「それは絶対に駄目だ。確かに武は超常現象おたくだ、で必ず話に首を突っ込んで来る。そこが駄目だ。話がややこしくなる」

「どーしてさ、武きっと役に立つぜ」

「武の知識が役に立つ可能性はあるが、あいつは騒いで、はしゃいで、独りで先走って

周りをかき乱す」

「まぁな、武のことだから『マジで!? ホント!? スゴイやそれ! ねぇねぇねぇ、うわぁ、もう、うれしーな』とか早口で騒ぎまくるよな……」

「だろ? だから言うなよ。誰にも」

 輝は立ち上がり空き缶をゴミ箱の中に投げ込んだ後に言った。

「椛ちゃんの記憶戻ると思うか?」

「さぁな。――一週間は待ってみるつもりだが……」

 輝は眉を寄せて口を空けた。

「はぁ? 一週間って何?」

「一週間経ったら警察に連絡して椛を引き取ってもらうからな」

「なんだよそれ! 聞いてねえよ!」

「今初めて言ったからな。でもこれは守ってもらうぞ。いつまでも俺たちで面倒を看るわけにもいかないだろう」

「勝手に決めんなよ!」

「では、何かいい方法を言え」

「無い! けど、記憶が戻るまでオレが面倒看る」

「アホだろおまえ、家事一つできない奴が小さな子供を育てられると思っているのか? それに今の状態じゃ椛は国からの社会保障も受けられないし、病気になった時も困るだろう」

「椛ちゃんは人間じゃないから、もともと国からの保障なんて関係ねーよ」

 二人の間には明らかに奸悪なムードが漂っている。そこへ現れた綾乃がたまたまケンカを止めるきっかけになった。

「椛ちゃんの服決まったから悠樹お金出して」

「わかった……」

 ゆっくり立ち上がると悠樹は、ゴミ箱の中に空き缶を投げつけてこの場を後にしていった。


「……なぜ、こうなる?」

 『理解不能』の四文字が悠樹の頭の中をいっぱいにした。先ほどの輝との言い合いを悔いての発言ではない。ある『数字』がそうさせたのだ。

 横にいた輝もその『数字』を悪魔の数字だと思った。しかし、驚愕のあまり声には出せなかった。

 デパート内にある子供服専門店。そこで微笑んでいる綾乃は悠樹と輝にとっては悪魔が笑みを浮かべているようにしか見えなかった。その傍らにはかわいらしい服と靴に着替えた椛が佇んでいる。こちらはかわいらしい仔悪魔に見える。

 レジに表示されている数字は確かに、どうがんばっても、どう目を凝らそうと、二〇万七千九〇〇円と表示されている。これを悪魔の数字と呼ばずして何と呼ぶのか!?

 買った量が半端ではなかったのだ。椛が私生活を送るために必要な服をまとめてあれやこれやと綾乃が選んだ結果、大きい手さげ紙袋が六袋分。

 店員は明らかに不信の眼つきで悠樹たちを見ている。こんな子供たちがこんな大金を払えるのだろうかという気持ちからだ。それに椛は試着した服を着たままで帰る準備オーケーである。

 ショートしていた悠樹の脳が復帰した。

「……こんな金あるわけないだろ」

 店員は少し嫌な顔をした。金がないならこんなに買おうとするなと、いらつきを覚えたのだ。だが、しかし悠樹は――、

「少し待っていろ、現金を下ろしてくるから」

 決して買えないとは言わなかった。財布に持ち合わせが入っていなかっただけだ。

 普段は主婦感覚の金銭感覚を持ち合わせている悠樹だが、たまにその金銭感覚がズレる。その要因は彼の育ってきた家庭環境にありそうだ。

 デパート内にあるキャッシュディスペンサーで現金を下ろしてくると、悠樹はレジにバンと出した。ここでなぜか輝がニヤッとした。それは店員の表情が手のひらを返したようによくなったからだ。

 これで買うまでの肯定は無事終了したわけだが、問題はこれからだ。

 大きい手さげ袋を六袋も誰が持つのか?

 一斉に『謀った』ように輝に視線が集中した。

「オレ?」

「当ったり前じゃない、アタシと椛ちゃんはか弱いレディーだし、悠樹はお金払ってくれたんだから

、輝が持って当然でしょ?」

 みんなで分担して持つという選択肢は最初から存在していなかった。最初から輝が持つ運命だったのだ。

 しぶしぶ納得した輝は手さげ袋を両手いっぱいに持った。――重い。

 こんな荷物持ちのシーンはテレビなどの中だけだと思っていたが、現実にあるもんなんだなと輝は思った。

 そんなことを思って回りを見回すと、すでにみんな先をさっさと歩いていた。

 ――荷物を押し付けられて置いていかれた。そう思った輝は急いでみんなの後を追ったが、三人はエレベーターに乗り込み、輝が乗り込もうとしたその時エレベーターのドアは閉まった。くだらないギャグとしか思えない出来事だ。

 この時輝の何かに火が点いた。――輝猛ダッシュ!

 階段まで走り、二段飛ばしで階段を駆け下りる。そして、一階のフロアの床が見えたところでジャンプ!

 輝は階段から華麗にジャンプしたつもりだった。

 ゴキッ! 骨が鳴った。思わず足首を押さえてうずくまる。これは痛そうだ。

 いつもならこんなジャンプ軽々飛べるはずだ。体育の成績もいい方だ。だが、荷物が予想以上の邪魔をした。

 捻挫くらいしてしまったかもしれない。だが、輝は走った。なぜだかわからないが走った。

 痛みに耐えてどうでもいい根性を見せてしまった輝はどうにかデパートの外に出た。

 みんなを探そうと辺りを見回した輝はすぐに遥か遠くを歩く三人を見つけた。

 早く追いかけようと思った輝であったが、その足が不意に止まった。

 少し遠くを歩いている人物。それが輝の目に飛び込んで来た。

「あの銀髪は……」

 視線の先には、長い銀髪の髪を風に戯れせ歩く男がいた。


 玉藻琥珀はある人物と会うためにカフェで待ち合わせをしていた。

 軽い昼食を摂りながら琥珀が待っていると、黒ずくめの服を着た女性が琥珀の前に現れた。

 女性が琥珀の前の席に着くと注文を取りにウェイターがすぐにやって来た。

「ご注文はお決まりでしょうか?」

「彼と同じものでいい」

 女性の声は落ち着いており、ミステリアスな雰囲気を感じさせた。

 ウェイターの去った後、女性はテーブルに肘をつき話を始めた。

「今の生活には慣れたか?」

「ああ、君には感謝しているよ。行く当ても無かった僕を拾ってくれたわけだしね」

「そうか、それならいい。だが、目立った行動は慎むように言ってあったはずだが?」

「彼らは僕の血を呼び覚ましてしまったんだ。都で暴れていた頃を思い出すね」

 二人はいったい何のことを言っているのか……琥珀が都で暴れていた?

 琥珀は妖艶とした笑みを浮かべていた。その表情は女性の一言によって驚きの表情へと変えられた。

「椛がいたぞ」

「何だって!? 椛を見つけたのか? 神社に戻った時にはもういなかった」

「そうだな。私が見に行った時もすでにいなかった」

 二人は椛のことを探していたのだ。だが、この二人と椛との関係はいったい……?

「それで、どこにいるんだ?」

「真堂輝という学生を知っているか? 今その家に椛はいる」

「すぐにでも会いにいく。あそこを出ていく時に不本意で傷つけてしまったが、長い時を共にした仲だ……」

「駄目だ、今はまだ会いにいくな。おまえはすでに二度の火事を起こしている。これ以上の表立った行動はするな」

「大妖怪と呼ばれていたこの妖狐琥珀が、たかが火事を起こしたくらいでなんだと言うんだ?」

 なんと小春市で最近起きた火事は琥珀の仕業だったのだ。そして、椛が探していたお兄ちゃんとはこの琥珀のことであった。

 だが、琥珀は椛の実の兄ではない。椛のいう『お兄ちゃん』とは自分より年上の若い男性を指し示す『お兄ちゃん』なのだ。しかし、この二人には言葉では語り尽くせないほどの絆で繋がれていた。

「椛は僕の命の恩人だ。都で痛手を負い命からがら逃げていた僕を匿ってくれたのは彼女だった……。だから僕は今まで犯した罪を彼女に言われ悔いるようになり、彼女と同じように人間のために今まで尽くしてきたんだ。……それなのに人間は!」

「だから我々は立ち上がったのではないか? この土地を我々の仲間の楽園をにしようとな……」

「そうだよ、だから椛には僕たちの仲間になって欲しい。彼女は僕たちと同じ存在であり僕の大切な女性だ。それに僕らの計画に椛の力が絶対必要だ」

 彼らの計画とはいったい何か?

 全ての中心にいるのは記憶を失った少女――椛だった。

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