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底辺ハンター一家のダンジョンドリーム~200年続く迷宮時代、貧乏暮らしから始まる成長譚~  作者: 盆ちゃん


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第7話「合格の向こう側」

# 第7話 合格の向こう側


 第三探索者育成学園に入学して、三日目。


 神代悠斗は、朝食を食べ終えると、机の上に広げたノートを確認していた。


 昨日の授業で書き留めた内容が、ページいっぱいに並んでいる。


 探索者の基礎知識。


 ダンジョン内での安全管理。


 装備と物資の管理。


 素材の取り扱い。


 どれも、これから探索者を目指すなら避けて通れないものばかりだった。


「……覚えること、多いな」


 思わず声が漏れる。


 昨日までは、採集士として何ができるのかを知ることが一番の課題だと思っていた。


 だが、学園で授業を受けてみると、それだけでは足りないことが分かった。


 素材を見つけられたとしても、危険を察知できなければ意味がない。


 採集の知識があっても、必要な道具を準備できなければ作業は難しくなる。


 そして、何か問題が起きたとき、自分一人で解決できるとは限らない。


 学ぶべきことは、想像していたよりもずっと多かった。


「悠斗、そろそろ出ないと遅れるわよ」


 台所から母の美咲の声が聞こえた。


「分かってる!」


 悠斗はノートを閉じ、鞄にしまった。


 玄関へ向かう途中、居間で新聞を読んでいた父の大輔が顔を上げる。


「学校はどうだ?」


「面白いよ。まだ基礎ばかりだけど、知らないことが多くてさ」


「それはいいことだ」


 大輔は新聞をたたんだ。


「知らないことが多いと分かったなら、学ぶ余地があるってことだからな」


「うん。今日も頑張ってくる」


「無理はするなよ」


「分かってるって」


 そう答えて家を出た悠斗だったが、父の言葉を忘れたわけではなかった。


 学園に通い始めてから、探索者という仕事の輪郭が少しずつ見えてきた。


 同時に、その難しさも分かり始めている。


 だからこそ、今のうちに学んでおきたかった。


 自分がどんな探索者になれるのか。


 そして、どんな探索者になりたいのか。


 その答えを探すために。


     *


 教室へ入ると、何人かの生徒が机を寄せて話をしていた。


「昨日の授業、思ったより大変じゃなかった?」


「俺は装備の管理が苦手かも。何をどれくらい持っていくか、まだ全然分からない」


「魔物の知識も覚えないといけないんだろ? 名前だけでも多すぎるよな」


 そんな会話が聞こえてくる。


 悠斗は自分の席に鞄を置き、周囲を見渡した。


 入学前は、探索者を目指す生徒たちは、みんな自信に満ちているのだと思っていた。


 強いスキルを持ち、将来への目標がはっきりしていて、訓練を楽しみにしている。


 そんな姿ばかりを想像していた。


 けれど、実際には違う。


 期待している者もいれば、不安を抱えている者もいる。


 自分のスキルに自信がある者もいれば、周囲の評価が気になっている者もいる。


 入学したからといって、全員が自分の進む道を理解しているわけではないのだ。


「おはよう、悠斗!」


 声をかけてきたのは、桐谷健吾だった。


「おはよう。今日は早いな」


「家を出る時間を間違えた。早く着きすぎたんだよ」


 健吾は笑いながら、隣の席に鞄を置いた。


「そういえば、昨日の話なんだけどさ」


「昨日?」


「スキルごとの授業。今日、詳しい説明があるんだろ?」


「ああ、そうだったね」


「俺、ちょっと楽しみなんだ。剣士として、どんな訓練を受けられるのか気になるし」


 健吾の表情には、期待がはっきりと表れていた。


「悠斗は?」


「俺も気になるよ。採集士の授業で何を学ぶのか、ちゃんと知りたいから」


「そっか。お互い、これからだな」


「うん」


 健吾は自分の席に戻りながら、ふと振り返った。


「なあ、悠斗」


「何?」


「俺たち、いつか一緒に探索できたら面白そうだよな」


 悠斗は目を丸くした。


「一緒に?」


「そう。俺が前に出て、悠斗が素材を集める。役割が違うなら、組んだときにできることも増えるかもしれないだろ?」


 健吾は、まるで思いついたばかりの遊びを提案するような調子で言った。


「もちろん、今すぐって話じゃないぞ。まずは勉強と訓練だし」


「……そうだね」


 悠斗は、少しだけ胸が温かくなるのを感じた。


 昨日までは、自分のスキルが周囲にどう評価されるのかばかり気にしていた。


 けれど、健吾は自分と組んだときに何ができるかを考えてくれた。


 採集士だから役に立たない、と決めつけるのではなく、役割の違いに目を向けてくれたのだ。


「俺も、健吾と一緒に探索できたらいいと思う」


「よし。じゃあ、まずは訓練で置いていかれないようにしないとな!」


「それはこっちの台詞だよ」


 二人は笑った。


 教室の窓から朝日が差し込み、机の上を明るく照らしていた。


 まだ始まったばかりの学園生活。


 その中で、悠斗には少しずつ、前を向く理由が増え始めていた。


     *


 朝のホームルームが終わると、担任の教員が教壇に立った。


「今日は、君たちのスキルと、これからの学習内容について説明する」


 教室が静かになる。


「先に言っておくが、スキルの種類だけで、将来の職業や能力のすべてが決まるわけではない。スキルは適性を知るための手がかりだ。実際に何ができるかは、訓練や経験を通じて確かめていく必要がある」


 教員は黒板に、いくつかの言葉を書いた。


 適性。


 基礎技能。


 安全管理。


 実地経験。


「例えば、戦闘系のスキルを持つ者であっても、戦闘だけを学べばいいわけではない。周囲の状況を確認し、仲間と連携し、危険が大きいと判断したら撤退する。その判断も、探索者にとって重要な能力だ」


 教員は続けた。


「また、採集を主とする者であっても、採集の知識だけで十分とは限らない。自分が活動する場所の危険を理解し、素材を安全に扱い、必要に応じて他の探索者と連携することが求められる」


 悠斗は、ノートに言葉を書き留めた。


 採集士について、少しずつ具体的な説明が増えている。


 だが、教員は、採集士なら必ず特定の能力を使える、といった説明はしなかった。


 個々のスキルの詳細は、実際に学びながら確認する必要があるという。


「これから行う訓練では、君たちの得意なことだけでなく、苦手なことも確認していく。できないことが見つかっても、恥ずかしがる必要はない。問題なのは、できないことを認めず、対策を考えないことだ」


 教室のあちこちで、生徒たちがうなずいていた。


「自分の弱点を知ることは、成長の第一歩だ。反対に、自分のスキルを理由に、最初から可能性を狭める必要もない。学園での時間を、ただ卒業するためだけのものにしないように」


 その言葉に、悠斗は顔を上げた。


 卒業するためだけではない。


 自分は、何のために学園へ来たのだろう。


 探索者になるため。


 家族を支えるため。


 いつか家族全員で、焼肉を食べに行くため。


 それは間違いない。


 けれど、その目標を達成するために必要なものを、まだ十分に理解していなかった。


 稼ぐためには、仕事を得なければならない。


 仕事を得るためには、依頼を任せてもらえるだけの知識や技能が必要になる。


 安全に仕事を続けるには、自分の限界を知り、仲間と協力しなければならない。


 そのすべてが、今の自分につながっている。


 悠斗はノートの端に、小さく書き込んだ。


『入学は、始まり』


 そして、その下に続けた。


『卒業することだけを目標にしない』


 今の自分にとって、忘れてはいけない言葉だった。


     *


 午前の授業が終わると、生徒たちは昼休みに入った。


 悠斗と健吾は、食堂へ向かう途中で、掲示板の前に立ち止まった。


 そこには、学園の年間予定や、授業に関する案内が掲示されている。


 その一角に、探索者基礎課程の説明資料が置かれていた。


「これ、読んでおこうぜ」


 健吾が一枚を手に取った。


「今後の授業内容が載ってるみたいだ」


 悠斗も資料を受け取り、目を通した。


 基礎講義。


 技能別の訓練。


 安全管理の実習。


 チームでの活動。


 段階的な学習を通じて、探索者として必要な知識と判断力を身につけることが目的とされていた。


「すぐにダンジョンへ行くわけじゃないんだな」


 健吾が少し残念そうに言った。


「まずは準備が必要なんだろうね」


「分かってるんだけどさ。せっかくスキルが分かったんだから、早く試したくなるんだよ」


「俺も、自分のスキルがどういうものなのか知りたいよ」


「採集士って、実際に何をするんだろうな?」


 健吾の問いに、悠斗は資料を見つめた。


「素材を集めることが中心なんだと思う。でも、どんなものが採集できるのかとか、どうやって見つけるのかとか、詳しいことはまだ分からない」


「じゃあ、授業で分かるといいな」


「うん」


 悠斗は、資料を丁寧に折りたたんだ。


 そのとき、背後から別の声が聞こえた。


「採集士なら、戦闘訓練はあまり必要ないんじゃないの?」


 二人が振り返ると、同じクラスの生徒が立っていた。


 悪意があるようには見えなかった。


 純粋に疑問に思ったから尋ねた、という様子だった。


「素材を集める仕事なら、戦うのは剣士とか魔術士の役目だろ?」


 悠斗は、すぐに答えられなかった。


 採集士の仕事について、まだ詳しいことを知らないからだ。


 それでも、父の話が頭に浮かんだ。


 ダンジョンでは、魔物だけでなく、地形や足場、帰り道にも注意しなければならない。


 自分が採集をしている間、仲間が必ずそばにいてくれるとは限らない。


 何が起こるか分からない場所で活動するなら、危険に対処するための知識は必要になるだろう。


「戦うことが中心じゃないとしても、自分の身を守るための訓練は必要だと思う」


 悠斗は、ゆっくりと言った。


「それに、採集する場所が安全かどうかも、自分で判断できるようにならないといけないんじゃないかな」


「ふうん。なるほどな」


 相手は少し考えてから、うなずいた。


「まあ、実際に授業を受けてみないと分からないか」


「そうだね」


 悠斗は、それ以上、無理に説明しなかった。


 自分の考えが正しいと、すべてを断言できるわけではない。


 今の段階では、分からないことのほうが多い。


 だからこそ、授業を受けて、教員に質問して、実際の訓練を通じて確かめる必要がある。


 そのことを、悠斗は少しずつ理解し始めていた。


     *


 昼食を終えたあと、午後の授業では、スキルと進路についての説明が行われた。


 教員は、スキルの種類によって得意分野が異なることを改めて説明したうえで、進路を考える際に注意すべき点を挙げた。


「君たちは、これから自分のスキルを学んでいく。しかし、スキルの名前だけで将来の職業を決めつけないこと。実際の仕事では、複数の技能や知識を組み合わせる必要がある」


 教員は資料をめくった。


「例えば、素材を採集する仕事であっても、対象を見つける知識、適切に回収する技能、品質を損なわずに保管する方法、取引に必要な基礎知識などが関係する。採集だけができれば、それで仕事が完結するとは限らない」


 悠斗は、目を輝かせた。


 素材を採集する。


 それは、自分がこれから学ぶ分野だ。


「また、戦闘系の仕事を目指す者も、素材や装備について学ぶことがある。自分が使う道具や、活動によって得られる資源について知っておくことは、仕事の幅を考えるうえでも大切だ」


 教員は、黒板に新しい言葉を書いた。


『自分の役割を理解する』


『他者の役割を理解する』


『必要に応じて協力する』


「探索者の仕事は、スキルの優劣だけで決まるものではない。それぞれが自分の役割を理解し、必要な場面で協力することが重要になる」


 悠斗は、健吾の言葉を思い出した。


 いつか一緒に探索できたら面白そうだ。


 あの言葉は、単なる思いつきだったのかもしれない。


 けれど、役割が違うからこそ、互いに補えることもある。


 自分は採集士だ。


 健吾は剣士として判定された。


 将来、二人がどんな探索者になるかは、まだ分からない。


 それでも、互いに学び、得意なことを増やしていけば、一緒にできることも見つかるかもしれない。


 悠斗は、ノートに書き込んだ。


『自分の役割を知る』


『仲間の役割を知る』


『一人ではできないことを、どう補うか考える』


 書き終えてから、ふと気づいた。


 家族を支えるという目標も、同じなのかもしれない。


 父には父の役割がある。


 母には母の役割がある。


 妹や弟も、家族の中でそれぞれ違う存在だ。


 誰か一人がすべてを背負うのではなく、それぞれができることを持ち寄って暮らしている。


 探索者の仕事も、そうした協力の上に成り立っているのだろう。


     *


 放課後。


 悠斗は教室に残り、今日の授業内容をノートにまとめていた。


 健吾は先に帰ったが、明日の授業で必要な持ち物を確認するため、資料を机の上に広げている生徒もいた。


 窓の外では、運動場を使っていた生徒たちが片づけを始めている。


 悠斗はペンを止め、ノートのページを見つめた。


 今日、学んだことは多い。


 けれど、採集士としての具体的な能力については、まだ分からないままだ。


 自分がどんな素材を見つけやすいのか。


 採集にどんな適性があるのか。


 実際にどれくらいの仕事ができるのか。


 今の段階では、何も断言できない。


 それでも、焦る必要はないと考えられるようになっていた。


 入学したからといって、すぐに一人前になれるわけではない。


 合格通知を受け取ったことも、学園の門をくぐったことも、探索者としての実績にはならない。


 ここから学び、訓練し、経験を積んでいく必要がある。


 合格は、終わりではない。


 始まりなのだ。


「よし……」


 悠斗はノートを閉じた。


 明日からも、分からないことを一つずつ確かめていこう。


 自分のスキルを知る。


 自分の苦手なことを知る。


 そして、自分にできることを増やしていく。


 その先に、家族を支えられる未来があると信じたい。


     *


 帰宅すると、玄関先で蒼太が待ち構えていた。


「おにいちゃん、おかえり!」


「ただいま。どうしたんだ?」


「きょう、学校でなにしたの?」


「勉強だよ」


「なにをべんきょうしたの?」


 蒼太は、悠斗の鞄を見上げた。


「ダンジョンのこと?」


「そうだな。ダンジョンで安全に活動するために、何を知っておかないといけないのかとか」


「もうダンジョンにいったの?」


「まだだよ。今は学校で勉強してるところ」


「いついくの?」


「それは、もっと勉強してからだな」


 蒼太は少し考えてから、うなずいた。


「じゃあ、いっぱいべんきょうしてね!」


「ああ。頑張るよ」


 そのやり取りを聞いていた美咲が、台所から顔を出した。


「蒼太、お兄ちゃんは疲れて帰ってきたんだから、少し休ませてあげなさい」


「はーい!」


 蒼太は元気よく返事をして、居間へ走っていった。


 悠斗は靴を脱ぎながら、思わず笑った。


 学校で何を学んだのか。


 自分がどこまで成長できるのか。


 家族は、これからも時々、そんなことを尋ねてくるのだろう。


 そのたびに、少しずつでも答えられるようになりたい。


 ただ「頑張っている」と言うだけではなく、何を学び、何ができるようになったのかを、自分の言葉で伝えられるように。


 そしていつか、家族に安心してもらえるような探索者になりたい。


 悠斗は鞄を持ち直し、自分の部屋へ向かった。


 ノートには、今日の学びが残っている。


 まだ小さな記録だ。


 けれど、これから増えていくはずだ。


 その積み重ねが、いつか自分の道を形作ってくれる。


 そう信じながら、悠斗は机に向かった。


 合格しただけでは、夢には届かない。


 それでも、合格したからこそ、今日という一日がある。


 そして明日もまた、学ぶことができる。


 それが、今の自分に与えられた最初の一歩だった。


次回、第8話「剣士・月城美鈴」


スキル別の学習が始まる中、悠斗は実技訓練に向けて準備を進める。


そこで出会うのは、剣士としての技術を磨こうとする少女・月城美鈴。彼女の真剣な姿を目にした悠斗は、自分とは異なる強さと向き合うことになる。


ここまでお読みいただきありがとうございます!少しでも面白いと感じたら、画面下から【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価をいただけると、執筆の大きなモチベーションになります!

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