第3話「十五歳のスキル判定」
『底辺ハンター一家のダンジョンドリーム』
第3話 十五歳のスキル判定
「《採集士》です」
職員の声が、静かな判定室に響いた。
神代悠斗は、すぐには返事ができなかった。
聞き間違いではないかと思った。
剣士でもない。
魔法使いでもない。
盾役や治療師でもない。
告げられたのは、《採集士》。
ダンジョンに潜り、素材を見つけ、必要なものを採集するためのスキルだった。
「……採集士、ですか?」
「はい。判定結果は間違いありません」
職員は端末を操作し、表示された情報を確認した。
「あなたの適性スキルは《採集士》と判定されています」
「そう、ですか……」
悠斗は自分の手を見た。
先ほどまで、何か特別な力が宿っているのではないかと期待していた手だった。
もちろん、戦闘系のスキルが必ず出るとは思っていなかった。
それでも、心のどこかでは期待していたのだ。
強いスキルが出れば、探索者として活躍できるかもしれない。
稼げるようになれば、家族を楽にできるかもしれない。
父のようにダンジョンへ潜り、自分の力で生活を変えられるかもしれない。
けれど、目の前に示された結果は、想像していたものとは違っていた。
「採集士というのは、ダンジョン内の素材を見つけ、採集する作業に適性を持つスキルです」
職員が説明を続ける。
「薬草や鉱石などの採集活動で、適性を発揮する可能性があります。ただし、スキルの詳細な特性や実際の能力については、今後の訓練や実地経験を通じて確認する必要があります」
「……戦闘には、向いていないんでしょうか?」
気がつけば、悠斗はそう尋ねていた。
職員は少し考えてから答えた。
「少なくとも、今回の判定で確認できたのは採集に関する適性です。戦闘能力については、この結果だけでは判断できません」
「そうですか」
「採集士も、探索者の活動を支える役割の一つですよ。ダンジョンの資源は、魔物を倒すだけでは手に入りませんから」
慰めようとしてくれているのだろうか。
悠斗には分からなかった。
職員の言葉に嘘があるとは思わない。
実際、ダンジョンの中には、採集しなければ手に入らない資源が存在する。
それらを見つけ、持ち帰る仕事も必要だ。
しかし、悠斗が知りたかったのは、もっと現実的なことだった。
採集士で、生活できるのか。
家族を養えるだけの収入を得られるのか。
その答えは、今の説明だけでは分からなかった。
「こちらが判定結果の書類です。進路相談でも必要になるので、大切に保管してください」
「分かりました」
悠斗は書類を受け取った。
そこには、自分の名前と年齢、判定日、そしてスキル名が記載されていた。
神代悠斗。
十五歳。
適性スキル――《採集士》。
たった数行の記録。
けれど、その文字が妙に重く感じられた。
「以上で判定は終了です。お疲れさまでした」
「ありがとうございました」
頭を下げ、悠斗は判定室を出た。
扉が閉まる。
その瞬間、胸の奥に押し込めていた感情が、ゆっくりと浮かび上がってきた。
悔しい。
期待していたものとは違った。
自分は、もっと家族の役に立てる力を手に入れたかった。
そう思う一方で、採集士というスキルを否定することもできなかった。
まだ何も分かっていないのだから。
このスキルがどんな可能性を持っているのか。
どんな仕事につながるのか。
どうすれば生活を支えられるのか。
何も知らないまま、価値がないと決めつけるのは違う。
父なら、きっとそう言うだろう。
自分にできることと、できないことを知る。
そして、自分にできることを探す。
悠斗は書類を鞄にしまい、待合室へ戻った。
◇
待合室には、まだ何人もの受検者が残っていた。
悠斗が入ると、先ほど話しかけてきた少年がこちらを見た。
「おっ、戻ってきたな。どうだった?」
「……採集士だった」
「採集士?」
少年は一瞬、考えるような顔をした。
「ああ、素材を集めるやつか」
「うん」
「そっか。まあ、採集も大事だよな。ダンジョンにはいろんな素材があるらしいし」
気を遣ってくれているのだろう。
少年はそれ以上、深く尋ねなかった。
だが、別の席にいた受検者の声が耳に入った。
「採集士って、戦闘は苦手なタイプなのかな?」
「さあ。素材を集める専門職って感じじゃない?」
「それだけで探索者としてやっていけるの?」
小声だった。
わざと聞かせようとしているわけではないのかもしれない。
それでも、悠斗の耳にははっきりと届いた。
胸の奥が、ちくりと痛む。
言い返したかった。
採集だって、ダンジョンで必要な仕事だ。
素材がなければ、魔石技術を発展させることもできない。
そう説明したかった。
けれど、今の自分には、採集士として何ができるのかさえ分からない。
反論するだけの根拠がなかった。
悠斗は視線を落とし、鞄の持ち手を握った。
「……帰ろう」
誰に言うでもなく呟き、待合室を出た。
会場の外へ出ると、昼前の陽射しが降り注いでいた。
街は、相変わらず活気に満ちている。
駅へ向かう人々。
店先に商品を並べる商店主。
頭上を走る交通機関。
昨日までと同じ景色だ。
何も変わっていない。
変わったのは、自分の未来に対する見方だけだった。
◇
帰り道。
悠斗は、朝と同じ商店街を歩いていた。
焼肉店の前を通りかかると、思わず足が止まった。
まだ昼食の時間には少し早い。
店内には客の姿がほとんどなく、入り口のメニューが朝と同じ場所に掲げられている。
焼肉定食。
カルビ定食。
特選肉盛り合わせ。
値段も変わっていない。
悠斗は、しばらくメニューを眺めていた。
朝は、この店の前で決意した。
いつか家族を連れてくる。
そのために、探索者として頑張る。
その思いは、今も変わっていない。
けれど。
「……採集士か」
口に出すと、現実味が増した。
自分は採集士になった。
正確には、採集士というスキルを持っていると判定された。
そのスキルで、どうやって稼ぐのか。
どんな素材を扱うのか。
どれほどの収入が見込めるのか。
何も分からない。
このままでは、家族を支えるどころか、自分の装備を買うことさえ難しいかもしれない。
探索者には、装備が必要だ。
ダンジョンへ入るための準備も必要だ。
交通費もかかる。
食事も必要になる。
安全を確保するための道具も、決して安くはない。
稼ぐために探索者になろうとしているのに、探索者になるためにもお金がかかる。
その矛盾が、今まで以上にはっきりと見えた。
悠斗は拳を握りしめた。
「……まだ、何も始まってない」
そうだ。
スキルの判定が終わっただけだ。
採集士の仕事をしたこともない。
実際にダンジョンへ入ったこともない。
自分のスキルがどんな場面で役に立つのか、試してもいない。
それなのに、今から諦めるのは早すぎる。
父は言っていた。
自分にできることと、できないことを知ることが大切なのだと。
ならば、まずは知るべきだ。
採集士とは何なのか。
どんな素材を扱えるのか。
どうすれば、それを仕事につなげられるのか。
分からないなら、調べればいい。
知らないなら、学べばいい。
それでも駄目なら、そのときに別の方法を考えればいい。
「……よし」
悠斗は、もう一度メニューを見た。
いつか、この店で家族と食事をする。
その夢は、まだ遠い。
けれど、遠いからといって、消えたわけではない。
今の自分にできることを、一つずつ積み重ねていこう。
そう考えたとき、少しだけ前を向けた気がした。
◇
家に帰ると、母の美咲が洗濯物を畳んでいた。
「あら、おかえり。判定はどうだった?」
悠斗は鞄を下ろした。
「……採集士だった」
美咲の手が止まる。
「そう」
「うん」
「どんなことができるか、説明は聞いた?」
「素材を見つけて、採集するのに適性があるって。でも、詳しいことは、これから訓練して確認するみたい」
「そうなのね」
母は、息子の表情をじっと見た。
「残念だった?」
悠斗はすぐには答えられなかった。
残念ではない、と言えば嘘になる。
もっと強いスキルを期待していた。
自分の力で家族を楽にしたいと思っていた。
けれど、今の自分には、採集士というスキルをどう評価すればいいのか分からない。
「……少し」
正直に答えた。
「そっか」
美咲は、ゆっくりと頷いた。
「期待していたものと違ったら、がっかりするわよね」
「うん」
「でも、悠斗。スキルの名前だけで、自分の価値まで決めなくていいのよ」
その言葉に、悠斗は顔を上げた。
「お母さん……」
「あなたがどんなスキルを持っていても、あなたは私たちの大切な家族。それは変わらないから」
美咲は、いつものように微笑んだ。
その笑顔を見た瞬間、悠斗は胸が熱くなった。
判定結果を聞いてから、ずっと気にしていた。
父や母が、がっかりするのではないか。
期待を裏切ってしまったのではないか。
家族を支えたいという夢に、近づけなくなったのではないか。
そんな不安が、心の中に積み重なっていた。
けれど、母は責めなかった。
スキルの名前を聞いただけで、将来を悲観することもなかった。
ただ、いつも通りに自分を見てくれていた。
「……ありがとう」
悠斗は、小さく頭を下げた。
「お父さんにも、あとで話すわね。今日はゆっくり休んで、明日からどうするか考えましょう」
「うん」
悠斗は自分の部屋へ向かった。
机の上に判定結果の書類を置く。
《採集士》。
その文字を、もう一度見つめた。
今はまだ、何も分からない。
でも、知らないことがあるなら、調べる余地がある。
できないことがあるなら、できることを探す余地がある。
悠斗は机の椅子に座り、ノートを開いた。
最初のページに、ゆっくりと書き込む。
――採集士について調べる。
その下に、もう一行。
――どうすれば、家族を支えられるか考える。
書き終えると、悠斗はペンを置いた。
小さな一歩だった。
けれど、何もせずに悩んでいるよりは、ずっといい。
◇
夕方。
仕事から帰った大輔は、食卓で悠斗の判定結果を聞いた。
「《採集士》か」
「うん」
「そうか」
父は、しばらく黙っていた。
悠斗は、父の反応を窺った。
がっかりしているのだろうか。
期待外れだと思っているのだろうか。
父のような探索者になりたいと考えていた息子が、戦闘に直接関わらないスキルを得た。
そう考えれば、落胆してもおかしくはない。
だが、大輔は違った。
「なら、まずは採集士について学ぶところからだな」
「……いいの?」
「何がだ?」
「俺、もっと強いスキルが出ると思ってた。家族を支えられるような、稼げるスキルが」
大輔は、悠斗の言葉を黙って聞いた。
「でも、採集士で本当に稼げるのか分からない。戦闘もできるか分からない。探索者としてやっていけるのかも……」
「悠斗」
父は、息子の言葉を遮るように名前を呼んだ。
「まだ、何も試していないだろう」
「……うん」
「だったら、今から答えを決める必要はない」
大輔は、ゆっくりと椅子に座り直した。
「採集が仕事になるなら、その仕事を覚えればいい。採集だけでは難しいなら、ほかの知識も身につければいい。どんな道があるかは、調べてみないと分からない」
「でも、お金が……」
「それも大事だ。夢だけで生活できるわけじゃないからな」
父は、真剣な目で悠斗を見た。
「だからこそ、焦るな。稼ぎたいからといって、自分にできないことまで引き受けたら、命を落とすことだってある」
悠斗は、静かに頷いた。
「まずは知ることだ。採集士が何をできるのか。何が必要なのか。どういう場所なら働けるのか。そこから始めればいい」
「……分かった」
「それに」
大輔は、少しだけ笑った。
「採集が上手い人間がいなければ、ダンジョンの資源は十分に活用できない。戦う人間だけで、ダンジョンが成り立つわけじゃないんだ」
悠斗は、その言葉を聞いて、ほんの少しだけ背筋を伸ばした。
まだ、自信はない。
不安も残っている。
けれど、採集士というスキルを持った自分に、何もできないと決まったわけではないのだ。
自分にできることを探す。
そこから始めよう。
「父さん。俺、採集士について勉強してみる」
「そうか」
「どうすれば稼げるのかも、ちゃんと調べたい」
「いい考えだ」
父は短く頷いた。
「分からないことがあったら、聞きに来い。俺に教えられることなら教える」
「……ありがとう」
悠斗は、頭を下げた。
そのとき、台所から陽菜の声がした。
「ねえ、お父さん! 今日のご飯、なに?」
「そろそろできるぞ」
「お肉ある?」
大輔は、悠斗を見た。
悠斗も、父を見た。
二人は一瞬だけ顔を見合わせ、それから笑った。
「少しだけな」
大輔が答える。
「えーっ!」
陽菜の声が響いた。
いつも通りの神代家。
いつも通りの夕食。
けれど、悠斗の机の上には、新しい目標が書かれたノートが置かれていた。
採集士について調べる。
家族を支える方法を考える。
それは、まだ夢へ向かうための準備にすぎない。
それでも、何も始めていない昨日とは違う。
悠斗は、心の中で改めて誓った。
自分にできることを探そう。
どんなに小さなことでもいい。
一つずつ、積み重ねていこう。
いつか、あの焼肉店の扉を家族と一緒に開けるために。
そのときには、値段を気にせず、みんなで好きなものを食べたい。
父と母にも、陽菜にも、蒼太にも。
笑顔で「おいしい」と言ってほしい。
その夢は、まだ遠い。
だが、諦める理由にはならなかった。
第3話 了
次回、第4話「採集士という評価」
スキル判定を終えた悠斗は、採集士という職業の現実を知る。周囲からの評価と、家族を支えたいという思い。その間で悩みながら、彼は自分の進む道を探し始める。
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