第20話「生きて帰る訓練」
# 第20話 生きて帰る訓練
探索者にとって、最も大切なことは何か。
第三探索者育成学園の訓練教室で、鬼塚蓮司は黒板にその一文を書いた。
そして、チョークを置くと、生徒たちを見回した。
「神代。お前はどう思う?」
突然名前を呼ばれ、悠斗は背筋を伸ばした。
「……生きて帰ること、だと思います」
「なぜだ?」
「どれだけ素材を採取できても、どれだけ魔物を倒せても、帰ってこられなかったら意味がないからです。家族を支えるためにも、次の仕事をするためにも、生きて帰る必要があります」
鬼塚は黙ってうなずいた。
「悪くない答えだ。では、月城」
「任務を達成することも重要ですが、安全に帰還できる見込みがなくなった場合は、撤退を判断するべきだと思います」
「桐谷」
「仲間を守ることです。ただし、守るために全員が危険な場所へ残るのは違うと思います」
「白石」
「状況を正しく把握することです。危険があるかどうかを確認しないまま進むのも、必要以上に恐れて何もできなくなるのも、適切ではありません」
「東雲」
「魔法を使えるからって、何でも解決できるわけじゃない。使うべきときと、使わないほうがいいときを見極めることだと思います」
「九条」
「確認できた情報と、予測を区別することです。分からないことがあるなら、それを前提に行動を決めるべきです」
鬼塚は六人の答えを聞き終えると、黒板の文字を指で示した。
「どれも大切だ。だが、実際の探索では、正しいことを知っているだけでは足りない」
その声が、少しだけ低くなった。
「頭では分かっていても、いざというときに判断できなければ意味がない。今日は、それを訓練する」
鬼塚は教室の扉へ向かい、振り返った。
「訓練区画へ移動するぞ。今日は少し、厳しいぞ」
◇
訓練区画には、普段とは異なる設備が用意されていた。
岩場の一角には、崩れた通路を模した障害物が設置されている。通路の先には採集対象が置かれ、その周囲には訓練用の危険表示が複数配置されていた。
「今回の課題は、採集対象を確保して帰還することだ」
鬼塚が説明する。
「ただし、途中で状況が変化する。何が起きるかは教えない。与えられた情報をもとに判断しろ」
「状況が変化する、ですか?」
健吾が聞き返した。
「そうだ。予定どおりに進めるとは限らない。採集対象を見つけても、途中で作業を中断しなければならない場合がある」
「中断する条件は、事前に決めておくんですか?」
凛が尋ねた。
「一部は事前に決めておく。だが、すべての状況を想定することはできない。何が起きたのかを確認し、事前の計画を変更する必要があるか判断しろ」
悠斗は資料を受け取った。
今回の課題では、六人が協力して指定された素材を採取し、スタート地点まで持ち帰る。
途中には狭い通路、見通しの悪い岩場、通行を制限された区画がある。
さらに、訓練中に何らかの異常が発生した場合、教官から追加の情報が与えられるらしい。
「まずは、撤退条件を決めるぞ」
美鈴が地図を広げた。
「通路が通れなくなった場合。誰かが負傷した場合。制限時間を超えそうな場合。このあたりは必要ね」
「異常を確認した場合も、いったん停止する条件に入れよう」
レオンが言った。
「異常の内容が分からないまま進むのは危険だ。確認してから、進行か撤退かを決める」
「俺は、誰かが動けなくなった場合に備えて、支える方法を考えておく」
健吾が盾を持ち直した。
「私は負傷者が出た場合の対応と、全員の状態を確認する手順をまとめるわ」
凛が資料に書き込む。
「私は、通路を確認するときに、魔法を使わずに済む方法を優先する。必要になった場合も、周囲への影響を考えて使うね」
紅葉も続いた。
悠斗は、採集と運搬の手順を整理した。
「素材を見つけても、すぐに採取するんじゃなくて、全員が安全に作業できるか確認しよう。採取したあとも、持ち帰るまで周囲への注意を続ける」
六人の準備が整うと、鬼塚は短くうなずいた。
「よし。始めろ」
◇
訓練は、順調に進んでいた。
六人は事前に決めた役割を守り、見通しの悪い場所では速度を落とし、通路の幅が狭い場所では互いの位置を確認した。
採集対象の置かれた地点に到着したときも、悠斗はすぐに素材へ手を伸ばさなかった。
対象の特徴を確認し、周囲の安全を確認し、運搬用の容器を準備する。
「採取できます」
悠斗の報告を受けて、健吾が周囲を確認した。
「周囲に異常は見当たらない。作業を始めていいと思う」
「記録も問題ないわ」
凛が答える。
悠斗は素材を丁寧に採取し、容器に収めた。
残る作業は、帰還することだけだった。
ところが、帰路に入ってすぐ、訓練区画に警告音が鳴り響いた。
短い電子音が繰り返され、通路の表示灯が切り替わる。
『訓練区画内で異常を検知。中央通路の一部を封鎖します』
機械音声が響いた。
「止まって!」
美鈴が声を上げた。
六人は、その場で足を止めた。
「中央通路が封鎖されたってことは、帰り道が使えないの?」
紅葉が周囲を見回す。
「今の放送から確認できるのは、中央通路の一部が封鎖されるということだけだ。封鎖された範囲や、ほかの経路が使えるかどうかは分からない」
レオンが落ち着いて答えた。
「まず、教官から追加情報が来るのを待とう」
凛が言う。
数秒後、鬼塚の声が訓練区画のスピーカーから流れた。
『中央通路は通行不能。迂回路を使って帰還するか、現地点で待機するか判断しろ』
「迂回路があるなら、そこを通って戻ればいいんじゃないか?」
健吾が地図を確認した。
「ただし、迂回路は狭い通路を通る必要がある。採集した素材を運びながら進むことになるわ」
美鈴が指摘した。
「それに、迂回路の状況はまだ確認できていない」
レオンが続ける。
「今の情報だけでは、安全に通れるとは判断できない」
「じゃあ、待機する?」
紅葉が尋ねた。
「待機しても、封鎖が解除される時間は分からないわ。制限時間もある」
凛は時計を確認した。
残り時間は、予定より少なくなっている。
悠斗は、採集した素材を抱えたまま考えた。
目的は、素材を持ち帰ることだ。
だが、通路が封鎖された以上、最初の計画をそのまま続けることはできない。
迂回路を使うか。
安全を確認できるまで待機するか。
それとも、別の方法を探すか。
「まず、迂回路の入口まで戻って、通路の状況を確認しよう。そこで安全に通れると判断できなければ、進むのはやめる」
悠斗が提案した。
「賛成。ただし、入口へ戻る途中でも周囲の状況を確認しましょう」
美鈴がうなずく。
「俺は後方を警戒する。全員が一緒に動けるようにするよ」
健吾が続けた。
六人は慎重に移動し、迂回路の入口へ向かった。
通路の先には、低い天井と狭い足場が見えた。
床の一部には、訓練用の障害物が配置されている。
「通れないわけではなさそうだけど……」
紅葉が小さくつぶやく。
「通れることと、安全に通れることは別だ」
悠斗は、以前の授業で聞いた言葉を思い出した。
足場の幅。
障害物の位置。
全員が通過するために必要な時間。
素材を運びながら移動する場合の問題。
それらを確認しなければ、判断はできない。
六人が相談していると、スピーカーから再び鬼塚の声が響いた。
『追加情報だ。訓練区画内で負傷者が発生したという想定を加える。負傷者は中央通路付近にいる。お前たちは、どうする?』
悠斗たちは顔を見合わせた。
今度は、単に帰還するだけではない。
中央通路付近に、負傷者がいるという想定が加わった。
「中央通路は封鎖されているんですよね?」
凛がスピーカーへ問いかけた。
『そのとおりだ』
「負傷者の状態や、現在地の詳細は?」
『情報は与えられていない。今ある情報をもとに判断しろ』
悠斗は、思わず唇を結んだ。
負傷者がいる。
助けに行くべきなのではないか。
しかし、現在地も負傷の程度も分からない。中央通路は封鎖されている。
自分たちが無理に近づけば、さらに状況を悪化させる可能性もある。
「……まず、教官に状況の確認を求めたいです」
悠斗は言った。
「負傷者がいることは分かりました。でも、どこにいるのか、どの程度の負傷なのか、今の情報では判断できません。こちらが安全に近づける経路も分からないので、確認せずに向かうのは危険だと思います」
凛がうなずいた。
「同意するわ。負傷者の救助を考えるにしても、必要な情報が不足している。まずは位置と経路の確認、それから対応を決めるべきよ」
「でも、助けを求めているかもしれないよ」
紅葉が不安そうに言った。
「そうだね」
悠斗は答えた。
「だから、放っておくつもりはない。こちらから状況を確認する。安全に近づける方法が分かれば、救助に協力することも考える。でも、何も分からないまま突っ込むのは違うと思う」
健吾は、盾を握り直した。
「俺も同じ考えだ。助けるために動くのは大切だけど、全員が倒れたら、助けられる人も助けられなくなる」
美鈴は、迂回路と地図を交互に見た。
「まずは帰還経路を確保しながら、教官に必要な情報を求める。負傷者への対応が必要なら、その条件も確認する。今は、それが一番現実的だと思う」
レオンも静かにうなずいた。
「確認できている事実と、想像していることを分ければ、判断を誤りにくくなる」
六人の意見がまとまった。
悠斗はスピーカーへ向かって、判断を報告した。
「負傷者の位置と状態、接近可能な経路について追加情報をお願いします。現時点では、封鎖された中央通路へ向かうことはせず、安全な経路を確認しながら帰還します。追加情報が得られた場合は、救助への協力も含めて判断します」
しばらく、返事はなかった。
そして。
『……よし。そこで訓練終了だ』
警告音が止まり、通路の表示灯が通常の色へ戻った。
「全員、集合しろ」
◇
訓練区画の入口に戻ると、鬼塚が待っていた。
六人は一列に並び、指示を待つ。
「まず、今回の判断について話す」
鬼塚は、全員の顔を見回した。
「神代たちが選んだのは、情報を求めながら安全な帰還経路を確保することだった。現時点の情報だけで救助へ向かわず、状況を確認してから判断する。筋は通っている」
悠斗は、ほっと息を吐いた。
「だが、実際の現場では、情報がすぐに手に入るとは限らない。確認を求めても返答がない場合、どうするか。負傷者の状態が悪いと分かった場合、何を優先するか。そこまで考えておく必要がある」
「はい」
「それと、もう一つ」
鬼塚は、訓練区画の奥へ目を向けた。
「今の課題で、お前たちが迷った場面があったな。中央通路が封鎖されたときだ」
「はい」
悠斗が答えた。
「最初の計画どおりに帰れなくなった。そこで、お前たちは迂回路を確認しようとした。これはいい。問題は、計画が崩れたときに、何を基準に次の行動を選ぶかだ」
鬼塚は、ゆっくりと腕を組んだ。
「俺がA級探索者として現場に出ていた頃にも、似た状況があった」
六人の表情が変わった。
A級探索者としての経験。
普段は厳しい教官である鬼塚が、現場で何を経験してきたのか。
悠斗は自然と背筋を伸ばしていた。
「今から話すのは、俺がA級だった頃の、とある探索任務の話だ。武勇伝じゃない。むしろ、俺自身が判断を誤りかけた話だ」
◇
――今から十数年前。
鬼塚蓮司は、A級探索者として複数の探索任務に参加していた。
当時の鬼塚は、前線で戦うことを得意としていた。
危険な魔物を相手にしてもひるまず、仲間を守りながら突破口を開く。
その働きを評価され、A級の地位にまで上がった。
しかし、本人は自分が特別な人間だとは思っていなかった。
強い仲間がいた。
経験を積んだ支援担当がいた。
状況を見極める偵察担当がいた。
そして、後方で必要な素材を確保し、全員が帰還できるよう準備を整える者たちがいた。
探索は、誰か一人の力だけで成り立つものではなかった。
ある日、鬼塚たちは、複数の区画を調査する任務に参加した。
任務の目的は、指定区域の状況を確認し、必要な素材を回収して帰還すること。
事前の調査では、大きな問題は報告されていなかった。
経路も確認されており、撤退時に使う予定の通路も決めてあった。
ところが、現地での調査中、予定していた経路の一部が使えなくなった。
通路の先で想定外の障害が確認され、当初の計画を変更する必要が生じたのだ。
「別の経路を探す。周囲を確認しろ」
当時の鬼塚は、仲間に指示を出した。
そのとき、仲間の一人が足を痛めていることが分かった。
致命的な負傷ではなかった。
しかし、長い距離を移動するには負担が大きく、急いで進めば状態が悪化する可能性があった。
「歩ける。問題ない」
仲間はそう言った。
鬼塚は、その言葉を聞いて、すぐに判断を下せなかった。
任務を続けることもできるかもしれない。
別の経路を見つければ、予定していた成果を持ち帰れるかもしれない。
だが、帰還までに必要な時間は、最初の計画よりも長くなる可能性が高かった。
「ここで撤退すれば、回収できるものも回収できないぞ」
別の仲間が言った。
「まだ動ける。進めるなら、進んだほうがいい」
その意見にも、理由はあった。
任務には準備が必要だ。
費用もかかる。
回収するはずだった素材を持ち帰れなければ、任務の成果は減る。
現場で活動する探索者なら、誰でも悩む問題だった。
鬼塚も、任務を続けたい気持ちがなかったわけではない。
A級として、仲間を守り、任務を成功させたい。
自分が前に出れば、少しは状況を改善できるかもしれない。
そう考えた。
だが、そこで偵察担当が口を開いた。
「今、確認できているのは、予定経路が使えないことと、負傷者が長距離を移動するのは難しいということです。別の経路が安全かどうかは、まだ分かっていません」
仲間は、鬼塚を見た。
「任務を続けるかどうかを決める前に、帰還できる見込みを確認しましょう。今のまま進めば、帰り道がさらに厳しくなる可能性があります」
鬼塚は、黙って地図を見た。
その言葉は、彼が考えていたことを、はっきりと形にした。
任務を続けたい。
成果を持ち帰りたい。
仲間を守りたい。
その気持ちが、いつの間にか「進める方法を探す」ことばかりに向いていた。
だが、本当に考えなければならないのは、進めるかどうかだけではない。
進んだあと、全員が帰ってこられるのか。
そこまで含めて判断しなければならなかった。
鬼塚は、地図を閉じた。
「撤退する。回収できていないものは残す。全員で帰ることを優先する」
反対する者はいなかった。
その後、仲間たちは慎重に帰還した。
任務の成果は、当初の予定を下回った。
しかし、全員が戻ってくることができた。
任務を終えたあと、鬼塚は何度もその判断を振り返った。
あのとき、もう少し早く撤退を決められたのではないか。
負傷者が出た時点で、計画を変更するべきだったのではないか。
仲間の「歩ける」という言葉だけで、問題がないと判断しかけたのはなぜだったのか。
考えても、すべての答えが簡単に出るわけではなかった。
ただ、一つだけ確かなことがあった。
任務の成果は、持ち帰った素材の量だけで決まるものではない。
仲間が帰還できたことも、任務の重要な成果なのだ。
◇
「その経験が、今の先生の考え方につながっているんですか?」
悠斗が尋ねた。
「そうだ」
鬼塚はうなずいた。
「A級になれば、何でも正しく判断できるようになると思うか?」
六人は答えなかった。
「そんなことはない。経験を積めば、見えるものは増える。判断も速くなる。だが、経験があるからこそ、過去にうまくいった方法に頼りすぎることもある」
鬼塚は、悠斗を見た。
「俺は、前線で戦う力には自信があった。だから、状況が悪くなったときも、自分が何とかすればいいと考えかけた。だが、探索は一人で完結するものじゃない。自分の力で解決できるかどうかだけで、判断してはいけないんだ」
「……はい」
悠斗は、静かにうなずいた。
父の姿が、頭に浮かんだ。
かつて有望な探索者だった父も、二十歳の頃にダンジョン暴走に巻き込まれ、右脚に障害を負った。
父がどのような判断をし、どんな状況に置かれたのか、悠斗はまだすべてを知っているわけではない。
だが、探索者として活動することには、どれだけ気をつけても避けきれない危険がある。
だからこそ、危険を減らすために考え続けなければならない。
「先生。もし、あのとき仲間がもっと重い負傷をしていたら、どうしていましたか?」
凛が尋ねた。
「状況による。負傷の程度、周囲の危険、使える経路、救助を求められるかどうか。それらを確認したうえで、できる限り安全な方法を探す」
鬼塚は、すぐには答えを決めつけなかった。
「ただし、何をしても危険がある状況は存在する。そのときは、危険を理解したうえで、何を優先するか決めなければならない。簡単な正解があるとは限らん」
「それでも、見捨てない方法を考えるんですね」
美鈴が言った。
「ああ。だが、見捨てないことと、全員が無計画に危険へ飛び込むことは違う」
鬼塚は、六人を順番に見た。
「救助するためにも、情報がいる。手段がいる。判断がいる。自分たちが動けなくなれば、助けられるはずの相手まで危険にさらすことになる」
健吾は、ゆっくりとうなずいた。
「守るために、無理をしないことも必要なんですね」
「そうだ。盾役だからといって、何でも受け止めればいいわけじゃない。前衛だからといって、どこまでも進めばいいわけでもない。採集士だからといって、素材を持ち帰ることだけを考えればいいわけでもない」
鬼塚は、悠斗の手元にある採集用の容器を見た。
「お前たちには、それぞれ得意なことがある。だが、得意なことだけをやっていれば、仲間を守れるわけじゃない。自分にできることと、できないことを理解し、必要なときには仲間の力を借りろ」
悠斗は、今日の訓練を思い返した。
採集対象を見つけたとき、自分一人で判断するのではなく、仲間と情報を共有した。
通路が封鎖されたときも、無理に進まず、状況を確認した。
負傷者の想定が加わったときには、助けたいという気持ちと、今ある情報の不足を分けて考えた。
どれも、特別なことではない。
だが、その一つひとつが、全員で帰還するために必要なことなのだろう。
「先生」
悠斗は、思い切って尋ねた。
「A級探索者だった頃、撤退したことを後悔したことはありますか?」
鬼塚は、少しだけ黙った。
「ある」
短い答えだった。
「もっと早く判断できたのではないか。別の方法があったのではないか。そう考えたことは、一度や二度ではない」
鬼塚は、遠くの訓練区画を見た。
「だが、後悔したからといって、撤退した判断が間違いだったとは限らん。大事なのは、何を見落としたのか、次に同じ状況になったらどうするのかを考えることだ」
「……なるほど」
「お前たちも、今日の訓練を振り返れ。うまくいったことだけじゃなく、迷ったこと、判断に時間がかかったこと、仲間に助けられたことも記録しておけ。それが、次の探索で役に立つ」
鬼塚は、いつもの厳しい表情に戻った。
「今日の話は、これで終わりだ。次の授業では、今回の判断を踏まえて、撤退条件と連絡方法を見直してもらう。自分たちで決めた条件を、実際の行動に使える形にするんだ」
「はい!」
六人の返事が、訓練区画に響いた。
◇
帰り道、悠斗はノートを開いた。
今日の学びを、忘れないうちに書き留めておきたかった。
――計画が崩れたときは、最初の計画に固執しない。
――分からないことがあるなら、確認する。
――任務の成果だけでなく、全員が帰還できるかを考える。
そこまで書いて、悠斗は少し考えた。
父も、探索者だった。
かつてはB級に届きそうなところまで評価されていたと聞いている。
だが、今は右脚に障害が残り、倉庫で働きながら、時々ダンジョンへ潜って素材を集めている。
父がどんな思いで探索者を続けてきたのか。
どんな後悔があり、どんな判断をしてきたのか。
いつか、もっと詳しく聞いてみたいと思った。
鬼塚先生も、A級探索者だった時代に、迷いながら判断していた。
強い人だから迷わないのではない。
迷ったときに、何を確認し、何を優先するか。
それを考え続けてきたから、今の先生がいるのだろう。
悠斗は、最後にもう一行を書き加えた。
――生きて帰ることは、夢を続けるための条件だ。
ノートを閉じる。
自分の夢は、家族を支え、安心して暮らせる家を手に入れることだ。
そのためには、探索者として稼げるようにならなければならない。
だが、金を稼ぐために命を危険にさらし、家族のもとへ帰れなくなってしまえば、何の意味もない。
だからこそ、急がず、学び、判断する。
そして、仲間と一緒に帰ってくる。
それが、悠斗の目指す探索者の姿だった。
まだ、道のりは長い。
けれど今日、少しだけ、自分が目指すものがはっきりした気がした。
### 次回予告 第21話「初めての現場実習」
安全訓練を終えた悠斗たちに、次の段階が告げられる。
いよいよ、教官の監督下で行う現場実習だ。
これまで学んできた採集、観察、連携、撤退判断。そのすべてを実際の環境で試すことになる。
そして鬼塚先生は、実習に出る六人へ、A級探索者だった頃に身につけたもう一つの教訓を伝える。
――準備ができたと思ったときこそ、最後の確認を怠るな。
ここまでお読みいただきありがとうございます!少しでも面白いと感じたら、画面下から【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価をいただけると、執筆の大きなモチベーションになります!




