第18話「採集対象を探せ」
# 第18話 採集対象を探せ
第三探索者育成学園の訓練区画は、授業で使う場所とは思えないほど広かった。
人工的に整備された地面には大小さまざまな岩が配置され、低木や草花が植えられている。ところどころに小さな段差や曲がり道があり、視界を遮るための仕切りも設けられていた。
もちろん、本物のダンジョンとは違う。
ここには命を脅かす魔物も、予測できない迷宮の変化もない。それでも、探索に必要な観察や判断を練習するには十分な設備だった。
「おお……思っていたより本格的だな」
桐谷健吾が、背負っていた訓練用の盾を軽く持ち上げた。
「学校の施設案内で見たときより広く感じるね」
神代悠斗は、周囲を見回した。
今日は六人で行う初めての採集課題だ。
指定された素材を見つけ、正しい対象かどうかを確認し、採取できる状態なら持ち帰る。対象が見つからなければ、見つからなかった理由を考え、無理に採取しない。
前回の話し合いで決めた方針を、実際の行動に移すことになる。
「課題の説明を始めるぞ」
担当教官が、六人に薄い資料を配った。
「今回探してもらうのは、訓練用の薬草だ。指定された特徴を持つ植物を一株見つけ、採取可能か判断し、採取するまでの手順を説明してもらう」
資料には、対象となる植物の簡単な図と特徴が記されていた。
葉の形。
葉脈の入り方。
茎の色。
根元の状態。
どれも短い説明だったが、見つけるための手掛かりにはなりそうだった。
「ただし、対象とよく似た植物も配置してある。見た目が似ているからという理由だけで採取するな。特徴が一致しているか確認すること。採取に適さない状態のものもあるから、そこも判断しろ」
教官は六人の顔を見回した。
「時間は三十分。範囲は訓練区画の第一エリア内だ。範囲外には出るな。判断に迷った場合は、無理に採取せず、教官に報告してもいい」
説明が終わると、紅葉が元気よく手を挙げた。
「質問です! 対象を見つけても、採取できる状態じゃなかったら、別の株を探していいんですか?」
「もちろんだ。採取できないものを見つけた時点で、課題が終わるわけではない。ただし、最初の対象をなぜ採取しなかったのか、説明できるようにしておけ」
「了解です!」
紅葉は満足そうにうなずいた。
「では、始め!」
教官の合図と同時に、六人は動き始めた。
◇
「まず、どこから探す?」
健吾が周囲を見ながら尋ねた。
「範囲内を手当たり次第に探すより、区画を分けたほうがいいと思う」
悠斗は資料を開いた。
「入口側、中央の岩場、その奥の植生区画。大きく三つに分けられるね。最初にどこを探すか決めて、見た場所を記録すれば、同じところを何度も探さずに済む」
「効率を優先するなら、入口側から順番に確認するのがよさそうね」
美鈴が地図をのぞき込む。
「視界が開けているから、最初に周囲の様子も確認できる。いきなり奥へ入る必要はないわ」
「賛成。僕は少し離れた位置から、通路と岩場の配置を確認する。見落としやすい場所があれば伝えるよ」
レオンは区画の端へ視線を向けた。
「じゃあ、私は資料の特徴を読み上げながら探すね。葉の形と葉脈、茎の色を確認すればいいんだよね?」
紅葉が資料を持ち上げた。
「そう。ただ、見た目が似ているだけでは決めないようにしよう」
悠斗が答えると、凛が補足した。
「特徴を一つずつ確認するのはいいけれど、全部が一致しているかも見て。二つ合っているから正しい、という判断はできないもの」
「分かった。俺は後ろから全体を見て、みんなが動いているときに危険がないか確認する」
健吾が盾を持ち直した。
六人は、入口側の区画から調べ始めた。
悠斗は、地面に目を向けながら歩く。
草花の形はさまざまだった。細長い葉を持つもの、丸みを帯びた葉を持つもの、葉の縁に細かな切れ込みがあるもの。
資料の図と見比べながら、一つずつ特徴を確かめていく。
そのとき、紅葉が声を上げた。
「あっ、これじゃない?」
彼女が指さした先に、小さな植物が生えていた。
葉の形は資料の図によく似ている。茎も淡い色をしていた。
「確かに似ているね」
悠斗はしゃがみ込んだ。
葉を直接むしらないように注意しながら、少し離れた位置から観察する。
葉の形は近い。
茎の色も、資料に書かれた特徴から大きく外れてはいない。
だが、葉脈の入り方が違っているように見えた。
「葉脈が、資料の図と少し違う気がする」
「本当?」
紅葉もしゃがみ込んだ。
「うーん……言われてみると、こっちは葉の中央から横に伸びる線が目立つね」
「対象の葉脈は、中央から枝分かれしている形だったわね」
凛が資料を確認する。
「少なくとも、今の段階では一致しているとは言えないわ」
「じゃあ、違う植物なのかな?」
紅葉が首を傾げた。
「その可能性はある。でも、今は断定しないほうがいいと思う」
悠斗は植物から目を離さなかった。
見た目が似ていることは事実だ。
葉脈が異なって見えることも、観察した範囲では事実だ。
ただし、角度や光の当たり方によって、見え方が変わっている可能性もある。
「写真を撮るか、記録を残しておこう。採取はしないで、別の候補を探そう」
「分かった!」
紅葉は、植物の位置と特徴を記録した。
悠斗もノートに書き込む。
――第一候補。葉の形は類似。葉脈の特徴が一致するか確認できず。採取は保留。
書き終えたところで、健吾が感心したように言った。
「見つけたらすぐ採るんじゃないんだな」
「うん。見つけることと、採取していいと判断することは別だから」
悠斗は立ち上がった。
採集士としての能力が、何でも自動的に教えてくれるわけではない。
自分の目で確認して、分からないことは分からないと判断する。
地味な作業だ。
だが、その地味な積み重ねが、間違った素材を持ち帰らないための基本になる。
◇
入口側の確認を終えた六人は、中央の岩場へ移動した。
岩の周囲には、似たような植物が何株も生えている。
「ここは見落としがありそうだね」
レオンが、岩の陰を指さした。
「正面から見ると岩に隠れているけど、少し横に移動すると、奥の地面まで見える」
「本当だ。こっちからなら、岩の裏側も確認できるね」
悠斗は位置を変えた。
視点を変えるだけで、見えるものが変わる。
資料に書かれている特徴だけでなく、植物がどこに生えているのかも確認しておくべきだろう。
「対象の特徴が分かっているなら、似ているものが集まっている場所を先に調べるのが効率的かもしれないわね」
美鈴が言った。
「でも、似た植物が集まっているからといって、対象も必ずそこにあるとは限らない。確認する場所を絞る手掛かりとして使うべきだと思う」
凛の言葉に、美鈴はうなずいた。
「そうね。予測と事実は分けないと」
そのとき、健吾が足を止めた。
「ちょっと待ってくれ。ここ、地面が少し柔らかくないか?」
彼は足元を見ていた。
岩場の一角だけ、土がわずかに盛り上がっている。周囲の地面よりも、踏み跡が残りやすそうだった。
「誰かが掘った跡かな?」
紅葉がのぞき込む。
「まだ分からない」
レオンがすぐに答えた。
「土が盛り上がっているのは確認できる。でも、それが人の手によるものか、訓練用の設備によるものかは、この情報だけでは判断できない」
「そうだな。むやみに踏み込まないほうがよさそうだ」
健吾は、その場所を避けて立った。
悠斗も足元を確認する。
課題は植物を探すことだが、採集対象だけに集中していては、周囲の変化を見落とすかもしれない。
「この場所は記録しておこう。対象を探すときに、無理に近づく必要はないから」
悠斗が言うと、凛はすぐに記録欄を作った。
「場所、見た目、判断できないこと。この三つを残しておけば、後から確認できるわね」
「よし。俺は少し後ろに下がって、全員がこの場所を避けられるようにしておく」
健吾が立ち位置を変えた。
六人は、岩場を回り込むようにして進んだ。
そして、岩の陰に隠れた小さな植物を見つけた。
「これ……資料に似ているわ」
美鈴が足を止める。
植物は低い位置に生え、葉は数枚だけ広がっていた。
悠斗は、すぐにしゃがみ込んだ。
葉の形は、先ほど見つけた候補よりも資料に近い。
葉脈も、中央から枝分かれしているように見える。
茎の色も、おおむね一致していた。
「今度は、かなり近いと思う」
「じゃあ、採取していいんじゃない?」
紅葉が期待を込めた声を出す。
「もう少し確認しよう」
悠斗は、植物の根元に目を向けた。
資料には、採取可能な状態の特徴も記されている。
葉の傷みが少ないこと。
根元に異常がないこと。
採取する部分が十分に育っていること。
見た目が一致していても、状態が悪ければ持ち帰るべきではない。
「葉に大きな傷はないね。茎も折れていない」
「でも、根元が岩にかなり近いわ」
凛が指摘した。
「この位置から採取すると、根を傷つける可能性があるかもしれない」
「確かに。無理に引き抜くのは避けたいな」
健吾がうなずく。
「採取方法を変えればいいんじゃない?」
紅葉が提案した。
「周りの土を少しだけどけて、根元を確認するとか」
「その方法で根を傷つけないと確認できるなら、選択肢にはなると思う」
悠斗は慎重に答えた。
「ただ、今は岩の陰で作業しにくい。ここで無理をするより、ほかの候補も確認してから判断したい」
「時間はまだあるわ」
美鈴が周囲を見た。
「ほかの場所を確認して、もっと採取しやすい対象がなければ戻ってくる。それでいいんじゃない?」
「賛成」
凛が記録をまとめる。
「この植物は特徴が一致している可能性が高い。ただし、採取のしやすさと根元の状態については、まだ確認が必要。そう書いておきましょう」
悠斗はその言葉を聞きながら、心の中でうなずいた。
採集士として必要なのは、対象を見つける力だけではない。
見つけた対象を、どう扱うべきか判断する力も必要なのだ。
◇
残り時間は、十分を切っていた。
六人は最後の植生区画を確認したが、資料の特徴に完全に一致する候補は見つからなかった。
「候補は二つ。でも、一つ目は葉脈が一致しているか確認できない。二つ目は特徴が近いけれど、根元の状態と採取方法に不安がある」
悠斗は、ノートを見ながら説明した。
「どちらも、今の情報だけで採取を決めるのは難しいと思う」
「時間がないからといって、無理に選ぶ必要はないわね」
凛が言った。
「ただ、課題の条件を考えると、二つ目についてもう一度確認する価値はあると思う。採取方法を工夫できるか、教官に相談するのも一つの方法よ」
「そうだな。全員で戻って、もう一度状態を確認しよう」
健吾がうなずいた。
六人は、先ほどの岩場へ戻った。
植物の前に集まり、改めて特徴を確認する。
葉の形。葉脈。茎の色。
資料と照らし合わせても、大きな違いは見当たらなかった。
だが、根元は岩に近く、採取するには慎重な作業が必要になりそうだった。
「どうする?」
美鈴が悠斗に尋ねた。
採集士としての判断を求められている。
悠斗は、植物を見つめた。
ここで採取できれば、課題の成果になるかもしれない。
しかし、根元の状態を十分に確認できていない。採取方法も確実ではない。
分からないことを残したまま、成功したことにしてしまっていいのだろうか。
答えは、もう決まっていた。
「今回は、採取を見送ろうと思う」
悠斗は顔を上げた。
「対象の特徴はかなり一致している。でも、根元の状態を十分に確認できていないし、安全に採取できる方法も、今ははっきりしない。ここで無理に採るより、判断できなかった理由を報告したい」
紅葉は、少し残念そうな顔をした。
「せっかく見つけたのに、採らないんだね」
「うん。でも、見つけたこと自体は無駄じゃないよ。どこまで確認できて、何が分からなかったのか。それが分かれば、次に同じようなものを見つけたときに役立つと思う」
紅葉はしばらく考えてから、笑顔を見せた。
「そっか。じゃあ、今回は観察の成果を持ち帰ろう!」
「記録は十分に残っているわ。判断を見送った理由も説明できる」
凛がノートを閉じた。
「よし、時間だ。全員、入口に戻るぞ」
健吾の声に合わせて、六人は来た道を戻った。
移動中、レオンは何度か立ち止まり、周囲を確認した。美鈴は前方の見通しを確かめ、健吾は全員が離れすぎないように注意を払う。凛は記録を整理し、紅葉は見つけた植物の特徴を思い返していた。
悠斗は、自分のノートを見下ろした。
今日は、採集対象を見つけた。
けれど、持ち帰ることはできなかった。
それでも、失敗だとは思わなかった。
採取できない理由を考え、無理に決めず、仲間と相談して判断を見送った。
それもまた、探索者に必要な経験なのだろう。
◇
「報告を聞こう」
教官の前に、六人は並んだ。
悠斗が代表して説明する。
「指定された植物に似た候補を二つ見つけました。一つ目は葉の形が似ていましたが、葉脈の特徴が一致するか確認できなかったため、採取を保留しました。二つ目は葉の形、葉脈、茎の色が資料とおおむね一致していましたが、根元が岩に近く、安全に採取できる方法を確認できなかったため、採取を見送りました」
「なるほど。では、今回の課題で何を学んだ?」
「見つけたことと、採取してよいと判断することは別だということです。特徴が似ているだけで決めず、確認できたことと分からないことを分ける必要があると感じました」
教官は、悠斗のノートを確認した。
「記録も残っているな。候補を見つけた場所、観察した特徴、判断を保留した理由。それぞれ書けている」
教官は、ほかの五人にも目を向けた。
「今回、採取できなかったことだけを見れば、課題を達成できなかったと思うかもしれない。だが、探索では、採取することそのものが目的ではない。間違った素材を持ち帰らないこと、無理な作業をしないことも重要だ」
悠斗は、胸の奥にあった緊張が少しずつ解けていくのを感じた。
「ただし、慎重であればそれだけで十分というわけでもない」
教官の声が続いた。
「安全を理由に何も確認しなければ、いつまでも判断できない。何が分からないのかを整理し、どんな情報があれば判断できるのかを考えることだ。次の課題では、その点も意識してもらう」
「はい!」
六人の返事が重なった。
訓練区画を出たところで、健吾が大きく息を吐いた。
「いやあ、思ったより難しかったな。見つければ終わりだと思っていたけど、そうじゃなかった」
「私も。似た植物があんなにあるとは思わなかったよ」
紅葉は資料を見直している。
「次は、もっと細かい特徴も覚えておこうっと」
「覚えるだけでは足りないわ。実際に見て、特徴を確認する練習も必要ね」
凛が言った。
「そのとおりだね。今日の候補も、資料の図と見比べるだけでは決められなかった。もっと観察の仕方を工夫できたかもしれない」
悠斗は、自分のノートに目を落とした。
採集士として、まだできることは少ない。
だが、今日の経験から、次に何を練習すればいいのかは見えてきた。
植物の特徴を覚えること。
観察する順番を工夫すること。
採取できる状態かどうかを判断すること。
そして、判断できないときには、何が足りないのかを説明できるようになること。
「神代くん」
美鈴が声をかけた。
「次の課題でも、今日みたいに判断の根拠を共有していきましょう。私たちも、周囲の確認や移動の仕方をもっと工夫するわ」
「うん。よろしく」
悠斗はうなずいた。
六人の間には、まだ知らないことがたくさんある。
それでも、今日一日で少しだけ、お互いの考え方が分かった気がした。
家族を支えるために、金を稼ぐ。
その目標へ向かうには、まず自分の仕事を覚えなければならない。
採集士として、何を見つけ、何を確認し、何を持ち帰るべきなのか。
その答えは、授業の中だけでは見つからない。
自分の目で見て、考え、仲間と話し合いながら、一つずつ確かめていくしかないのだ。
悠斗はノートの最後に、今日の学びを書き加えた。
――見つけたことと、採取してよいことは別。
――判断できない理由を、説明できるようにする。
そして、もう一行。
――成果を急ぐより、確かな判断を積み重ねる。
書き終えた悠斗は、ノートを閉じた。
今日の採集課題は、採取ゼロ。
けれど、自分が何を知らないのかは、昨日よりもはっきりしていた。
それなら、次に進める。
### 次回予告 第19話「小さな失敗」
採集課題で、見つけた植物を採取できなかった悠斗。
次の授業では、観察の順番と確認の仕方を工夫し、もう一度採集に挑戦することになる。
しかし、今度は「慎重に確認する」ことを意識しすぎた結果、別の問題が起きてしまう。
小さな失敗から学ぶ、採集士としての次の一歩。
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