第10話 最初の実技試験
# 第10話 最初の実技試験
第三探索者育成学園に入学してから、悠斗が学んだことは少しずつ増えていた。
採集士としての基礎知識。素材を見分けるための観察方法。採取道具の扱い方。そして、探索者に必要な安全意識。
剣士の月城美鈴が基本動作を何度も繰り返していたことも、盾役の桐谷健吾が攻撃を受け止めた後の動きを練習していたことも、悠斗の記憶に残っている。
それぞれが、自分の役割を身につけようとしている。
ならば、自分も前に進まなければならない。
そんなことを考えながら登校した朝、教室の前方で担任教師が告げた。
「今日の午後、最初の実技試験を行う」
教室がざわついた。
「実技試験って、もうやるのか?」
「まだ入学してそんなに経ってないよな?」
生徒たちの声が広がる。
悠斗も思わず顔を上げた。
試験という言葉には、どうしても緊張してしまう。
スキル判定の日のことが、頭の片隅によみがえった。
自分の適性を告げられたとき、周囲の反応が気になったこと。採集士というスキルで何ができるのか分からず、帰り道に何度も考え込んだこと。
あの日から、まだそれほど時間は経っていない。
「安心しろ。今回の試験は、成績だけで諸君の将来を決めるものではない」
教師は、生徒たちの反応を確かめながら続けた。
「これまで授業で学んだ基本を、実際に使えるかどうかを確認する。正確さ、安全意識、手順の理解。それぞれの適性に応じた項目を評価する。できなかったことがあれば、今後の訓練に生かしてもらいたい」
悠斗は、机の上に置いたノートを見た。
これまで覚えたことを、きちんと実践できるだろうか。
知識として理解していることと、目の前の課題に対応することは違う。
自分でも、それは分かっていた。
「神代」
隣から健吾が小声で話しかけてきた。
「緊張してる?」
「……少しね。健吾は?」
「してるよ。盾を構えるだけなら、前よりはできるようになったと思う。でも、試験でちゃんとできるかは別だからな」
健吾は苦笑した。
「まあ、失敗したら直せばいいんだろ。先生もそう言ってたし」
「そうだね」
「お互い頑張ろうぜ」
その言葉に、悠斗はうなずいた。
試験は怖い。
けれど、今の自分がどこまでできるのかを確かめる機会でもある。
逃げずに向き合ってみよう。
◇
午前の授業は、いつも以上に長く感じられた。
悠斗は教師の説明を聞きながらも、午後の試験について考えてしまう。
採集士としての実技試験では、どのような課題が出されるのだろう。
素材の識別だろうか。
採取の手順だろうか。
それとも、複数の課題を組み合わせたものだろうか。
考え始めると、気になることが次々に浮かんでくる。
昼休みになり、悠斗が弁当を取り出すと、健吾が向かいの席に座った。
「神代、昼飯食べたら訓練区画を見に行かないか?」
「どうして?」
「試験会場を確認しておきたいんだ。場所が分かってれば、少しは落ち着くだろ?」
「それはいいかもしれないね」
二人は昼食を済ませると、午後の実技試験で使われる訓練区画へ向かった。
室内では、教職員が試験用の道具を準備していた。
採集訓練用の作業台には、いくつかの植物と識別用の資料が並べられている。近くには採取道具、記録用紙、素材を保管するための容器も用意されていた。
別の区画には、盾や訓練用の武器が整然と並んでいる。
「いろいろ準備してあるんだな」
健吾が感心したようにつぶやいた。
「僕たちが学んだことを、それぞれ確認するんだろうね」
悠斗は作業台を見つめた。
目の前の道具は、これまで授業で使ってきたものと大きく変わらない。
それでも、試験というだけで違って見える。
「見学はここまでだ。午後の試験に備えて、教室へ戻りなさい」
教職員に声をかけられ、二人は素直に引き返した。
その途中、剣術訓練区画から美鈴が出てきた。
彼女は手にしていたタオルで額の汗を拭き、二人に気づくと足を止めた。
「桐谷くん、神代くん。試験会場を見に来たの?」
「ああ。どんな準備がされてるのか気になってさ」
健吾が答える。
「月城さんは、もう準備できた?」
「できたかどうかは、試験を受けてみないと分からないよ」
美鈴は落ち着いた声で答えた。
「でも、今まで練習してきたことを出せるようにしたいと思ってる」
「そうだね」
悠斗はうなずいた。
「僕も、授業で覚えたことをきちんと実践できるようにしたい」
「なら、いつも通りにやるしかないね」
美鈴はそれだけ言うと、教室へ戻っていった。
その背中を見送りながら、悠斗は彼女の言葉を心の中で繰り返した。
いつも通りに。
特別なことをしようとする必要はない。
これまで学んできたことを、一つずつ確かめればいい。
◇
午後。
生徒たちは訓練区画に集められ、試験の説明を受けた。
「今回の実技試験では、各自の適性に応じた課題を実施する。評価するのは、結果だけではない。作業の正確さ、手順、安全への配慮、そして自分で判断できないことを適切に確認できるかどうかも見る」
教師は一人ずつ生徒の顔を見た。
「分からないことがあれば、勝手に判断して進めず、指示を求めなさい。無理に高い評価を取ろうとする必要はない。基本を守ることを第一に考えるように」
説明が終わり、生徒たちは指定された場所へ移動した。
悠斗の試験は、採集士の基礎課題だった。
作業台には、見た目の似た複数の植物が並んでいる。資料を参考にしながら指定された対象を識別し、教師の確認を受けた後、決められた手順で採取する。
最後に、対象の特徴と採取時の注意点を記録用紙へまとめる。
これまでの授業で学んだ内容が、ひと通り含まれていた。
「神代悠斗。準備ができたら開始しなさい」
「はい」
悠斗は作業台の前に立った。
深呼吸を一つ。
まずは、全体を観察する。
焦って対象に手を伸ばしてはいけない。
葉の形、色、茎の太さ、傷の有無。
資料に記された特徴を確認しながら、一つずつ比較していく。
最初の対象は、すぐに判断できた。
しかし、次の植物で手が止まった。
二つの植物は、葉の形がよく似ていた。資料には違いが説明されているが、実物を見比べると、どちらも条件に当てはまるように見える。
悠斗は眉を寄せた。
どちらかを選んでしまうことはできる。
だが、それでは根拠のない判断になる。
彼は資料をもう一度読み直した。
葉の縁。
茎の特徴。
対象の全体的な形。
それでも、確信は持てなかった。
そのとき、授業中に教師から言われた言葉を思い出した。
――分からない部分を分からないままにしておけるのも、探索者には必要な能力だ。
悠斗は顔を上げた。
「先生、確認していただきたいことがあります」
「何だ?」
「この二つの植物ですが、葉の形はどちらも似ています。資料にある特徴を見比べていますが、今の僕には、指定された対象を確実に判断できません。ほかに確認すべき特徴はありますか?」
教師は二つの植物を確認した。
「いい質問だ。では、資料に書かれている特徴を、もう一度順番に説明してみなさい」
悠斗は、自分が確認したことを一つずつ説明した。
葉の形。
色の違い。
茎の太さ。
それぞれの特徴を比較した結果、どこで判断に迷ったのかも伝える。
教師は話を聞き終えると、対象の一部を指し示した。
「ここを見てみなさい。今まで確認していなかった特徴があるだろう」
悠斗は身をかがめた。
そこには、資料で説明されていた小さな違いがあった。
「あ……」
「見つけられたな。観察する項目を知っていても、すべてを確認できているとは限らない。自分の判断が正しいかどうか、根拠を確かめることが重要だ」
「はい。ありがとうございます」
悠斗はもう一度対象を見比べ、指定された植物を選んだ。
教師の確認を受けてから、採取の手順に移る。
道具を正しく持ち、対象を傷つけないよう慎重に扱う。
採取を終えた後も、状態を確認し、指定された容器へ収めた。
最後に、特徴と作業時の注意点を記録用紙へ書き込む。
書き終えたところで、教師が用紙を確認した。
「よし。基本的な手順は守れている。最初に判断に迷った際、勝手に進めず確認を求めた点も適切だった」
「ありがとうございます」
「ただし、観察に時間がかかっていた。特徴を比較する順序を整理すれば、もう少し効率よく進められるだろう」
「はい。次からは、確認する項目を順番に整理してみます」
悠斗は頭を下げた。
試験は終わった。
すべてが完璧だったわけではない。
判断に迷い、時間もかかった。
それでも、自分ができたことと、できなかったことが分かった。
それは、今後の訓練に役立つはずだ。
◇
試験を終えた生徒たちは、順番に講評を受けていた。
悠斗が記録用紙を提出して待っていると、訓練区画の向こうから健吾の声が聞こえた。
「もう一度、お願いします!」
見ると、健吾が盾を構えていた。
試験の課題は、指定された位置で盾を構え、決められた動作で衝撃を受け止めること。そして、その後に姿勢を立て直し、安全な位置へ移動することだった。
健吾は、最初の動作を終えていた。
だが、盾を受け止めた後の足運びが少し遅れたらしい。
「桐谷。受け止めることだけに意識が向いている。次の動作を考えながら構えなさい」
「はい!」
健吾は盾を構え直した。
再び衝撃を受ける。
身体がわずかに揺れる。
それでも、足を踏み直し、盾の位置を整え、指定された場所へ移動した。
先ほどよりも動きが滑らかになっていた。
「よし。今の感覚を覚えておきなさい」
「ありがとうございます!」
健吾は大きく息を吐いた。
その表情には、疲労と安堵が入り交じっていた。
「健吾、どうだった?」
悠斗が近づくと、健吾は盾を返却しながら答えた。
「一応、最後までできた。でも、まだまだだな。受け止めた後に、すぐ動くのが難しいんだ」
「僕も、判断に時間がかかったよ」
「そっか。やっぱり、練習と試験は違うんだな」
「うん。でも、課題が分かったから、次の訓練で直していけると思う」
健吾は少し考えてから、うなずいた。
「そうだな。最初から全部できるわけじゃないし」
二人が話していると、美鈴も試験を終えて戻ってきた。
「二人とも、終わった?」
「ああ。月城はどうだった?」
健吾が尋ねる。
「基本動作はできたけど、動きのつなぎ方を指摘されたよ。剣を振るところだけじゃなくて、その後の姿勢も大切だって」
美鈴は淡々と答えた。
「練習ではできていると思っていたけど、試験になると、余計な力が入っていたみたい」
「月城さんでも、そういうことがあるんだね」
悠斗が言うと、美鈴は少し不思議そうな顔をした。
「できないことがあるから、練習するんでしょう?」
その言葉に、悠斗は小さく笑った。
「……そうだね」
美鈴も、健吾も、できなかった部分を隠そうとはしなかった。
それぞれが自分の課題を受け止め、次に何をすべきかを考えている。
悠斗も、自分の記録用紙を見つめた。
観察する順序を整理する。
判断の根拠を明確にする。
迷ったときには、勝手に進めず確認する。
次に練習するときは、この三つを意識しよう。
◇
放課後、悠斗は帰宅する前に、学園の記録スペースでノートを開いた。
今日の試験について、忘れないうちにまとめておきたかった。
最初に、できたことを書く。
対象を観察し、資料と比較できた。
判断に迷ったとき、教師に確認を求めた。
採取の手順を守り、対象を慎重に扱えた。
次に、改善すべきことを書く。
観察する順序を整理する。
特徴を一つずつ確認する。
判断の根拠を、自分の言葉で説明できるようにする。
書き終えた悠斗は、少し考えてから、その下に新しい一文を加えた。
『分からないことを、分からないと言えるようにする』
自分の弱さを認めることは、簡単ではない。
できないと思われたくない。
失敗したくない。
そんな気持ちが生まれることもある。
けれど、分からないまま無理に進めば、取り返しのつかない失敗につながるかもしれない。
ダンジョンでは、その判断が自分だけでなく、仲間の安全にも関わる。
だからこそ、悠斗は今日の経験を忘れないようにしたかった。
ノートを閉じ、鞄へしまう。
窓の外には、夕方の光が広がっていた。
悠斗は立ち上がり、帰り支度を始めた。
試験を受けたからといって、急に強くなったわけではない。
採集士としての技術も、まだ基礎の段階だ。
それでも、今日の自分には、昨日までより少しだけはっきりした課題がある。
次に何を学べばいいのか。
何を直せばいいのか。
それが分かったこと自体が、最初の実技試験で得た成果だった。
家族を支えたい。
いつか、みんなを焼肉屋へ連れていきたい。
その夢は、今も変わらない。
だが、夢に近づくために必要なのは、いきなり大きな成果を手に入れることではない。
今日できなかったことを、明日できるようにする。
明日できるようになったことを、次の日にはもっと確実にする。
その積み重ねが、いつか自分をダンジョンへ導いてくれるはずだ。
悠斗は、帰り道を歩きながら空を見上げた。
「……明日も頑張ろう」
小さな声でつぶやき、歩き出す。
最初の実技試験は終わった。
しかし、探索者になるための学びは、まだ始まったばかりだった。
次回予告
# 第11話 採集士の授業
最初の実技試験で、自分の課題を知った悠斗。
次の授業では、採集士に必要な知識をさらに深く学ぶことになる。
素材を見つけるだけではなく、採取する価値を見極め、状態を保ち、持ち帰るまでを考える。
採集士として歩き始めた悠斗は、自分の役割をもっと具体的に理解していく。
ここまでお読みいただきありがとうございます!少しでも面白いと感じたら、画面下から【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価をいただけると、執筆の大きなモチベーションになります!




