第11話 採集士の授業
# 第11話 採集士の授業
最初の実技試験から、二日が過ぎた。
神代悠斗は、朝食を終えると鞄の中身を確認した。
教科書、筆記具、採集士の基礎訓練で使うノート。それから、父に譲ってもらった古い手帳も入っている。
父の手帳には、探索者として活動していたころの記録が残されていた。
すべてを理解できているわけではない。それでも、授業で聞いた言葉と手帳の記述がつながることがあり、悠斗にとっては大切な参考資料になっていた。
「悠斗、忘れ物はない?」
台所から母の美咲が声をかける。
「うん。今日は採集士の専門授業があるから、ノートも持ったよ」
「そう。勉強も大切だけど、無理はしないでね」
「分かってる」
悠斗は靴を履き、玄関を出た。
空はよく晴れていた。
以前なら、学園へ向かう道でも、自分のスキルについて考えては不安になっていた。
けれど、今は少し違う。
最初の実技試験で、できたこととできなかったことが分かった。
観察する順序を整理すること。
判断の根拠を説明できるようにすること。
分からないことを、そのままにしないこと。
課題は多い。
だが、何を学べばいいのかが分かれば、一歩ずつ進んでいける。
「今日は、もう少し詳しく採集のことを知りたいな」
悠斗はそうつぶやき、学園へ向かった。
◇
午前の授業が終わると、担任教師が教室の前に立った。
「午後は採集士の専門授業を行う。対象を見つけるだけでなく、素材としての状態を確認し、採取後の取り扱いまで学んでもらう」
悠斗は、思わず姿勢を正した。
これまでの授業では、主に植物の特徴を観察し、指定された対象を見分ける練習をしてきた。
だが、素材を見つけられたとしても、それだけで仕事が終わるわけではない。
採取したものを傷つけてしまったら。
持ち帰るまでに状態が悪くなったら。
そもそも、採取してよいものか判断できなかったら。
実際の探索では、考えなければならないことがいくつもある。
「採集士の適性を持つ生徒は、専門訓練区画へ移動すること。ほかの生徒も、それぞれの専門授業に参加するように」
悠斗は教科書とノートを持ち、指定された区画へ向かった。
室内には、採集作業用の台が並んでいた。
台の上には、植物の標本や鉱物の見本、採取道具、保管用の容器などが用意されている。
これまで使っていた訓練用の道具よりも種類が多い。
見慣れない器具もあった。
「本日は、採集士の仕事を一連の流れとして考える」
担当教師は、生徒たちが集まったことを確認してから説明を始めた。
「採集士の仕事は、素材を見つけることだけではない。対象を識別し、採取する価値や状態を確認し、適切な方法で採取する。そして、必要な処理を行い、持ち帰るまでの管理を考える。素材によって必要な手順は異なる」
教師は、台の上に置かれた標本を示した。
「素材には、それぞれ特徴がある。見た目が似ていても、同じように扱えるとは限らない。何を採取するのか、どのような状態なのかを確かめずに作業を進めれば、素材の価値を損なう可能性がある」
悠斗は、説明を一つずつノートに書き留めた。
素材を見つける。
識別する。
状態を確認する。
採取する。
採取後の管理を考える。
どれも、これまでの授業で部分的に学んだことだった。
しかし、こうして一連の流れとして聞くと、それぞれがつながっていることが分かる。
「では、実際に考えてみよう」
教師は生徒たちに標本を配った。
「この対象を採取するとしたら、どのような点を確認すべきか。すぐに答えを出そうとせず、まず観察したことを書き出しなさい」
悠斗は、目の前の標本を見つめた。
葉の形。
色。
表面の状態。
茎の太さ。
根元の様子。
分かることを順番に書いていく。
以前の自分なら、資料と似た特徴を見つけた時点で、正解だと思っていたかもしれない。
だが、今は違う。
似ていることと、同じものだと判断できることは別だ。
悠斗は標本を何度も見比べ、判断できる点と、まだ判断できない点を分けて記録した。
「先生、この標本について質問があります」
「言ってみなさい」
「特徴の一部は資料と一致しています。ただ、これだけで採取してよいと判断するのは難しいと思います。対象の種類だけでなく、状態も確認する必要があるのではないでしょうか」
教師はうなずいた。
「その通りだ。対象が何であるかを識別することと、今この個体を採取してよいか判断することは、同じではない」
悠斗は、その言葉を聞いて、ノートの余白に大きく書き込んだ。
『種類の識別と、採取の判断は別に考える』
採集士の仕事は、単に珍しい素材を見つければよいというものではない。
対象を正しく知り、状態を確認し、必要な手順を守る。
その積み重ねが、素材の価値を守ることにつながるのだ。
◇
「次は、採取後の取り扱いについて学ぶ」
教師は、いくつかの保管容器を机の上に並べた。
「採取した素材は、すべて同じ方法で持ち帰れるわけではない。素材の性質や状態によって、適切な管理方法を考える必要がある。容器を選ぶときも、なぜそれを使うのか、根拠を持つことが重要だ」
生徒たちは、容器の形や材質を確認した。
悠斗も、手に取って観察する。
硬い素材でできたもの。
中の様子を確認しやすいもの。
開閉しやすい構造のもの。
それぞれ違いがあるが、どれが適切かは、対象によって変わるらしい。
「では、課題だ。先ほどの標本を採取したと仮定して、どのような点に注意して保管すべきかを考えなさい。実際の素材の性質について、資料にないことを勝手に決めつけてはいけない」
悠斗は手元の資料を読み直した。
ここで大切なのは、知らないことを想像だけで補わないことだ。
資料に記されているのは、対象の形状や確認できる状態についての情報だった。
保存に必要な具体的条件までは書かれていない。
ならば、分かる範囲を整理し、確認が必要な部分を明確にすればいい。
悠斗は記録用紙に書いた。
対象の種類を確認する。
採取時に傷がないか確認する。
容器に入れる前後で状態を確かめる。
適切な保管条件が分からない場合は、資料や指導者に確認する。
書き終えたところで、教師が机の間を回ってきた。
「神代。ずいぶん慎重に書いているな」
「はい。資料に書かれていないことは、まだ判断できないので……」
「それでいい。探索の現場では、分からないことを無理に埋めようとするのは危険だ。必要な知識が不足しているなら、調べる。確認できる人がいるなら、相談する。そうした判断も、仕事のうちだ」
悠斗は深くうなずいた。
父が言っていたことを思い出す。
自分の限界を知ることも大切だ。
危険な仕事を無理に引き受けないこと。
仲間と連携すること。
そして、無事に帰ってくること。
採集士の授業で学んでいる内容は、素材の扱い方だけではなかった。
安全に仕事をするための考え方も、少しずつ身についてきている。
◇
授業の後半では、複数の標本を比較し、それぞれについて記録を作成する課題が出された。
悠斗は、一つ目の標本を観察した後、すぐに二つ目へ移らず、確認した項目を記録用紙に整理した。
種類を判断するための特徴。
状態を確認するための特徴。
採取方法を考えるうえで必要な情報。
そして、現時点では判断できないこと。
項目を分けておくと、先ほどよりも考えを整理しやすかった。
二つ目の標本では、見た目の特徴を確認するだけでなく、資料に記された注意点も読み直した。
三つ目では、判断に迷った部分をそのまま記録し、教師へ確認を求めた。
最初の実技試験で時間がかかったことを思い出しながら、悠斗は観察の順序を意識して作業を進めた。
それでも、すべてがうまくいったわけではない。
確認する項目が多くなり、記録を書く時間が足りなくなりそうになる。
そこで、悠斗は一度手を止めた。
何もかも同じ詳しさで書こうとすると、時間がかかりすぎる。
必要な情報を整理し、後から見返したときに分かる形で記録することも大切だ。
彼は、確認した事実と、自分の判断、追加で確認すべき事項を分けて書くことにした。
すると、少しずつ記録がまとまり始めた。
「神代、作業を終えたか?」
教師に尋ねられ、悠斗は顔を上げた。
「はい。まだ確認したいところはありますが、今の段階で分かることは整理できました」
「では、説明してみなさい」
悠斗は記録用紙を見ながら、自分が観察した特徴を説明した。
どの部分を根拠に対象を判断したのか。
どのような状態が確認できたのか。
何が分かっていて、何が分かっていないのか。
教師は最後まで聞き、記録用紙を確認した。
「前回の実技試験より、観察する順序が整理されている。まだ時間はかかっているが、改善しようとしていることは分かる」
「ありがとうございます」
「今後は、確認すべき項目の優先順位も考えていくといい。すべてを同じ順番、同じ時間で確認できるとは限らないからな」
「はい。覚えておきます」
悠斗は、また一つ課題を得た。
正確さを保ちながら、必要なことを効率よく確認する。
簡単ではない。
しかし、今の自分が次に学ぶべきことは、少しずつ見えてきていた。
◇
放課後。
悠斗は学園を出る前に、記録用紙を見返していた。
授業で学んだことをノートへまとめ直すためだ。
そこへ、健吾がやってきた。
「神代、何してるんだ?」
「今日の授業のまとめ。採集した素材をどう扱うか、詳しく学んだんだ」
「へえ。見つけて終わりじゃないんだな」
「うん。種類を識別することと、採取していいか判断することも別なんだって。それに、採取した後の保管についても、素材に合わせて考えないといけないみたい」
「なるほどなあ」
健吾は感心したようにうなずいた。
「俺も盾の訓練で、受け止めることだけ考えちゃ駄目だって言われたよ。受け止めた後にどう動くかまで考えないと、次の行動が遅れるんだ」
「僕たちの授業、似ているところがあるね」
「そうかもしれないな。やることは違っても、ちゃんと考えて動かないといけないってことだろ?」
「うん」
悠斗はノートを閉じた。
採集士の仕事は、素材を見つけて持ち帰ること。
盾役の仕事は、仲間を守りながら次の行動につなげること。
どちらも、決められた動作をするだけでは十分ではない。
状況を見て、考え、判断する必要がある。
「いつか一緒に探索するとき、今日学んだことが役に立つといいね」
悠斗が言うと、健吾は笑った。
「そのためにも、今のうちに練習しないとな!」
二人は並んで学園の出口へ向かった。
校門を出たところで、健吾は別の道へ進むために手を振った。
「じゃあ、また明日な!」
「うん。また明日」
悠斗は一人になり、家への道を歩き始めた。
◇
帰宅後、悠斗は夕食の準備を手伝い、それから自分の机に向かった。
ノートを開き、今日の授業の内容を整理する。
採集士の仕事は、素材を見つけるだけではない。
対象を識別し、状態を確認する。
採取方法を考える。
採取した後の扱いを確認する。
必要な情報が不足している場合は、勝手に判断せず、資料や指導者に確認する。
そして、最後にこう書いた。
『素材を持ち帰るまで、責任を持って扱う』
悠斗は、その一文をしばらく見つめていた。
採集士というスキルを告げられた日には、ここまで具体的に仕事を考えたことはなかった。
ただ、戦う力がないことを気にしていた。
自分は探索者になれるのだろうか。
家族を支えられるのだろうか。
その不安が、ずっと心にあった。
けれど、学園で学ぶうちに、少しずつ分かってきた。
自分の仕事には、覚えなければならない知識がある。
身につけなければならない技術がある。
そして、責任がある。
採集士だから簡単な仕事だということではない。
採集士だから安全だということでもない。
だからこそ、学ぶ必要があるのだ。
悠斗はノートを閉じた。
窓の外は、すっかり暗くなっていた。
家族の声が、居間から聞こえてくる。
自分が探索者として成長することは、遠い未来の話に思える。
だが、今日の授業で学んだことを一つずつ身につけていけば、いつか本当のダンジョンで役立てられるかもしれない。
家族を支えるために。
誰かと一緒に探索するために。
そして、仲間と無事に帰ってくるために。
「明日も、頑張ろう」
悠斗は静かにつぶやいた。
採集士としての道は、まだ始まったばかりだった。
けれど、その道の先に何があるのかを、少しずつ知りたいと思えるようになっていた。
次回予告
# 第12話 戦闘訓練の壁
採集士としての知識を深めていく悠斗。
一方、学園では戦闘系の生徒たちが、実技訓練で自分の限界と向き合っていた。
戦う力が必要な場面は、探索の中に必ずある。
戦闘が得意ではない悠斗は、その現実を前にして、自分にできる備えについて考えることになる。
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