第9話 盾役・桐谷健吾
# 第9話 盾役・桐谷健吾
第三探索者育成学園に入学してから、悠斗は少しずつ学校での生活に慣れ始めていた。
朝は教室で授業を受け、午後は訓練区画で実技を学ぶ。帰宅すれば、授業の内容をノートにまとめ、家の手伝いをする。
忙しい毎日だった。
それでも、以前のように自分のスキルを思い出して落ち込む時間は減っていた。
採集士という適性が、戦闘向きではないことは変わらない。
だが、採集の基礎訓練を受けてみて、少しだけ分かったことがある。
自分には、自分が学ぶべきことがある。
剣士には剣士の訓練があるように、採集士には採集士の訓練がある。
そして、探索者として生き残るためには、それぞれの役割を理解しなければならない。
「よし。今日も頑張ろう」
悠斗はノートを鞄にしまい、教室の前方へ視線を向けた。
今日の授業は、探索者に必要な防御技術について学ぶ実技訓練だった。
◇
「本日の授業では、探索者にとっての防御の意味を考えてもらう」
訓練区画に集まった生徒たちを前に、担当教師が説明を始めた。
「ダンジョンでは、魔物の攻撃を避けきれない場合がある。仲間が危険にさらされることもある。そうした状況で、攻撃を受け止め、仲間が行動できる時間を作る役割が必要になる」
教師の隣には、訓練用の盾がいくつも並べられていた。
「盾を持てば、誰でも仲間を守れるわけではない。盾の扱い方だけでなく、立ち位置、周囲の確認、相手の動きの予測、そして自分の限界を知ることが重要だ」
悠斗は説明を聞きながら、ノートに要点を書き留めた。
盾役。
それは、魔物の攻撃を受け止める役割だと考えていた。
しかし、教師の説明はそれだけではなかった。
仲間が動ける時間を作る。
危険な状況を把握する。
自分が耐えられる範囲を見極める。
ただ攻撃を受ければいいというものではないらしい。
「それでは、まず基本姿勢を確認する。盾の重さに振り回されず、足元を安定させること。腕だけで支えようとするな。身体全体を使って受け止めるんだ」
生徒たちは順番に盾を手に取った。
その中で、ひときわ真剣な表情をしていたのが桐谷健吾だった。
「桐谷、前へ」
「はい!」
健吾は元気よく返事をすると、訓練用の盾を持って指定された位置に立った。
普段の彼は、明るく、話しかけやすい少年だ。休憩時間には冗談を言うこともあるし、訓練の前には楽しそうに身体を動かしている。
だが、今は違った。
盾を構えると、健吾の表情から余計な緩さが消えた。
足を肩幅に開き、膝を軽く曲げる。盾を身体の前に構え、教師の指示を待つ。
「桐谷。まずは正面からの軽い衝撃を受けてみろ。無理に押し返そうとせず、姿勢を保つことを意識しなさい」
「分かりました」
教師が訓練用の器具を使い、盾へ軽く衝撃を与えた。
ガンッ、と鈍い音が響く。
健吾の身体がわずかに揺れた。
しかし、足は動かなかった。
「今の姿勢を確認しなさい。衝撃を受けたとき、上半身だけで耐えようとしていなかったか?」
「少し、腕に力が入っていました」
「そうだ。盾を力任せに押し返そうとすると、次の動きが遅れる。受け止めることと、動けなくなることは違う」
「はい」
健吾は盾を下ろし、足の位置を確かめた。
教師の説明を聞くと、すぐに構え直す。
もう一度、衝撃を受ける。
今度は身体の揺れが少なくなった。
「いいだろう。では、次は衝撃を受けた後に、指定された位置まで移動してみなさい」
「はい!」
健吾は盾を構えたまま、慎重に足を運んだ。
最初は動きがぎこちなかった。
盾を意識しすぎると足が止まり、足を動かそうとすると盾の位置がずれる。
それでも健吾は、何度も繰り返した。
悠斗は、その様子を見つめていた。
自分が採集の訓練で植物の特徴を見比べていたときと、少し似ている。
簡単そうに見える動作でも、実際にやってみると難しい。
そして、できなかった部分を一つずつ直していく必要がある。
「桐谷くん、頑張ってるね」
隣の生徒が感心したように言った。
「うん。すごく集中してる」
悠斗はうなずいた。
健吾は三度目の訓練を終えると、額の汗を手の甲で拭った。
「よし……!」
小さくつぶやく声が聞こえた。
その表情には、うまくできたことへの喜びが浮かんでいた。
◇
訓練が一段落すると、教師は生徒たちを集めた。
「今の訓練で分かったと思うが、防御は盾を構えて終わりではない。攻撃を受けた後に、次の行動へ移れることが大切だ」
教師は訓練区画を見回した。
「また、盾役がすべての攻撃を受け止めることを前提にしてはいけない。避けられる攻撃は避ける。危険が大きすぎるなら距離を取る。仲間を守るために、自分が無理をして倒れてしまえば、結果的に全員を危険にさらすことになる」
悠斗は、その言葉をノートに書き込んだ。
仲間を守るために、自分の限界を知る。
それは、父から教わったことにも通じていた。
探索者は、無茶をする人間が優れているわけではない。
生きて帰ることが大切なのだ。
「では、次は二人一組で訓練を行う。片方が盾を構え、もう片方は指定された位置から安全な範囲で動く。盾役は相手の位置を確認し、守るべき場所を意識すること」
教師が組み合わせを指定していく。
悠斗は採集の実技に移る予定だったため、その場で訓練を続けるわけではなかった。
だが、健吾の訓練をもう少し見ていたいと思った。
自分とは異なる役割を持つ人間が、何を考え、何を身につけようとしているのか。
それを知ることも、きっと無駄ではない。
「神代!」
呼ばれて振り返ると、健吾が盾を片づけているところだった。
「さっきから見てたな」
「あ、ごめん。邪魔だった?」
「いや、全然。どうだった?」
健吾は、感想を待つように顔を近づけた。
「どうって……盾を持っているだけじゃなくて、足の動きも大事なんだね」
「そうなんだよ。盾を構えてると、つい腕に力が入るんだ。そうすると、ちょっと動くだけでもバランスが崩れる」
健吾は自分の腕を軽く振った。
「攻撃を受け止めるだけなら、力を入れれば何とかなることもあるかもしれない。でも、それで動けなくなったら意味がないんだよな」
「うん。先生も、受け止めた後に動けることが大切だって言ってた」
「だろ? 分かってるつもりでも、やってみると難しいんだよ」
健吾は苦笑した。
「でも、こういうのは嫌いじゃない。できなかったことが、少しずつできるようになるのは面白いからな」
その言葉を聞いて、悠斗は先日の美鈴を思い出した。
基本を繰り返すこと。
できない部分を認め、何度も練習すること。
剣士も、盾役も、採集士も。
進む道は違っていても、必要な努力には共通する部分がある。
「健吾は、どうして盾役をやりたいと思ったの?」
悠斗が尋ねると、健吾は少し考えた。
「うーん。誰かを守れるって、いいことだと思わないか?」
「誰かを守れること……」
「もちろん、盾を持ってれば何でも守れるってわけじゃない。俺だって、まだ全然できてないしさ」
健吾は訓練用の盾を見下ろした。
「でも、仲間が何かをしようとしているとき、その時間を作れるようになりたいんだ。採集する人が素材を回収するときも、剣士が攻撃するときも、周りが安全じゃなかったら、思うように動けないだろ?」
悠斗は、思わず息をのんだ。
自分の仕事をしている間、誰かが危険を引き受けてくれている。
そんな状況を、今まで具体的に考えたことがなかった。
採集士として素材を見つけることばかりに意識が向いていた。
けれど、ダンジョンでは、素材を見つけたからといって自由に採取できるとは限らない。
魔物が近くにいるかもしれない。
通路が安全とは限らない。
周囲を確認し、必要なら作業を中断して退く判断も求められる。
そのとき、仲間の存在がどれほど大きな意味を持つのか。
少しずつ想像できるようになってきた。
「……健吾が一緒にいてくれたら、安心して採集できるかもしれないね」
悠斗がそう言うと、健吾は目を丸くした。
「おっ、それって俺と組んでみたいってことか?」
「えっ? いや、まだ実際の探索をしたこともないし、すぐにっていう意味じゃなくて……」
「分かってる、分かってる!」
健吾は楽しそうに笑った。
「でも、そう言ってもらえるのはうれしいな。俺も、神代がどんな素材を見つけられるのか、ちょっと興味あるし」
「僕は、まだ練習中だけどね」
「俺だって練習中だよ。お互い、これからだろ?」
その言葉に、悠斗は笑った。
そうだ。
二人とも、まだ始まったばかりなのだ。
◇
午後の授業が終わるころには、悠斗のノートには新しい記録が増えていた。
採集の訓練で学んだことに加え、今日の防御技術の授業で聞いた話も書き留めてある。
盾役は、攻撃を受け止めるだけではない。
周囲を確認し、仲間が行動できる時間を作る。
自分の限界を理解し、無理な防御をしない。
必要なら、仲間と相談して距離を取る。
そして、最後に一行を加えた。
『仲間の役割を知ることは、自分の仕事を知ることにもつながる』
書き終えた悠斗は、ペンを置いた。
スキル判定の日、自分の適性が採集士だと告げられたときには、何をすればいいのか分からなかった。
戦闘向きのスキルではない。
人からどう評価されるのかも、気になっていた。
しかし、学園で授業を受けるうちに、少しずつ見えてきたものがある。
剣士が戦うためには、剣士の訓練が必要だ。
盾役が仲間を守るためには、盾役の訓練が必要だ。
採集士が素材を持ち帰るためにも、知識と技術を身につけなければならない。
どれか一つだけで、探索のすべてが成り立つわけではない。
父が言っていたことの意味が、少しずつ分かってきた気がした。
「悠斗、帰るぞ!」
教室の入口から健吾が呼んだ。
「あ、うん。今行く!」
悠斗はノートを閉じ、鞄にしまった。
廊下へ出ると、健吾が待っていた。
「今日の授業、どうだった?」
「いろいろ考えることがあったよ。採集のことだけじゃなくて、仲間のことも」
「へえ。俺も、盾の扱いはまだまだだって分かったよ」
「でも、少しずつできるようになっているんじゃない?」
「そうだといいな」
健吾は照れくさそうに笑った。
二人は並んで歩き始めた。
学園の窓から差し込む夕方の光が、廊下を長く照らしている。
悠斗は、いつか本当にダンジョンへ入る日のことを考えた。
その日、自分はどんな行動を取るのだろう。
どんな素材を見つけ、どんな判断をし、どんな仲間と一緒に歩くのだろう。
まだ分からないことばかりだ。
けれど、分からないことがあるからこそ、今のうちに学ぶ意味がある。
焦らず、基本から。
自分の役割を理解し、仲間の役割も理解する。
そして、誰もが無事に帰れる探索を目指す。
悠斗は鞄の中のノートを思い浮かべながら、静かに決意した。
自分にできることを、一つずつ増やしていこう。
家族を支えるために。
いつか、仲間と一緒に夢をかなえるために。
そのための一日は、今日も確かに積み重なっていた。
次回予告
# 第10話 最初の実技試験
採集士として学ぶ悠斗。剣士として技を磨く美鈴。そして、仲間を守るための訓練を続ける健吾。
それぞれの役割が少しずつ見え始めたころ、学園で最初の実技試験が行われる。
知識を覚えるだけでは分からない、自分の実力と課題。
悠斗は初めて、学んだことを実際の行動で示すことになる。
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