第9話 ジュリ賞をあげる(2)
ミクロはむきになりながら、あたしはそんなミクロを宥めながら、ゴミ山と化した公園まで歩いていった。
からかったつもりはないが、本音を言い当てられた恥ずかしさからか、到着するころには、ミクロの口数は少なくなっていた。
あたしは代わりにリストを確認する。探さなければいけないものは本当に雑貨だった。持ち運ぶことは大変じゃないだろうが、これらをこのゴミ山から探すのは難儀だ。
清掃行政が崩壊してから、ゴミの収集も難しくなり、半ば不法投棄するようにしてゴミが積み重ねられ、各地でゴミ山が見られるようになった。その大半は、山が崩壊しないうちに燃やすことになっているのだが、それも間に合わずに野晒しにされていることが多々ある。探せばリサイクルできるものも多く捨てられているため、迂闊に手をつけられないのも理由の一つだ。それが雨によって中途半端に溶かされ、そこへ新たなゴミが追加され、地層のように固まってしまうこともある。列島連邦の各地で問題になっている事案だ。
「……こんな中で集めるの、無理じゃない?」
雨はまだ降っている。ちょっと拾おうとして手を出せば、強酸性の雨粒が手を打った。ひりひりする。火傷したみたいな痛さだ。あたしはすぐに手を引っこめて、ミクロを見た。
「だから言っただろ。一人で大丈夫って」
「いやいや、やるわよ」あたしはグローブを嵌める。「手分けしたほうが速いし。こういうのは誰かとやったほうが楽しいじゃない」
あたしとミクロは手分けしてリストの物品を探す。
この広大なゴミ山から特定の物を探すのは骨が折れるが、品数自体は少ないため、意外にもスムーズに進んだ。ミクロは見つけるのが上手いのだ。あたしが手をこまねいているあいだに「あそことあそこ」「あれはそっち」と指差してくれる。どれだけ目がいいのよ。あたしはミクロの言われたとおりに拾いに行くだけでよかった。
しかし、そのとき——銃声のようなけたたましい音が響く。
「はっ?」
あたしはあたりを見回す。
すると、少し離れた山の上で、ミクロが倒れようとしているのが見えた。
突然なにがという混乱よりも先に、ミクロが撃たれたのではという予感で体が動いた。血の気の失せたあたしは急いでミクロに駆け寄る。
「しっかりして、ミクロ!」
その体を抱き起こす。
ミクロは腹を押さえこんで呻いていた。
本当に撃たれたなら止血しなければ。いや、人を呼ぶのが先か。突飛な事態をなんとか飲みこもうとしていたとき、声が聞こえた。
「——かかれ! こんなことで〝タブー〟は死なない!」
ぱっと顔を上げて、声のあったほうを見遣れば、見知らぬ男たちが公園の入り口に立っていた。目元を隠すようないでたちをしていたが、全員が腕章をつけている。
落伍社の人間だとわかった。
そのうちの一人は短銃を構えていて、ミクロはあれに撃たれたのだと理解する。
「おっ前ら……!」
あたしはカッと眦を裂いた。
そこへ、声を上げて走り寄ってきたのは三人。あたしは、一番近くにいた男の足へグローブを向け、リボンを噴射する。
リボンが巻きついたところを思いっきり引っ張って、男の体勢を崩した。ゴミ山の斜面を滑り落ちていく男を横目に、次の男と相対する。
殴りかかってきたところを躱して、蟀谷へとハイキックを食らわせた。金属の入った靴底でお見舞いしてやったので、しばらくは起きあがれないはず——一人目。
ひしゃげた自転車のタイヤを見つけ、リボンを伸ばす。捉えたところから思いっきり振り回し、リボンに引っ張られるようにして半円の弧を描いたタイヤが、遠心力を上乗せした威力を伴い、次に来ていた男の頭へと直撃した——二人目。
さきほどゴミ山を落ちていった男が起きあがったのが見えた。そいつの胴体へとリボンを巻きつけると、そのリボンはグローブの篭手へと高速で巻き取られてゆく。いきなり引っ張られたことによりつんのめったそいつの鳩尾へ、あたしは飛び蹴りをかました。その勢いのまま地面に仰向けに倒れた相手の胴体に乗り、首を踏みつけることで気絶させる——三人目。
「くっそがああ!」
怒りに満ちた雄叫びが聞こえ、あたしは背後を振り返る。
出遅れた落伍社の男が、あたしを殴りつけようとしているところだった。しかし、あたしが対処するよりも先に、どこからともなく飛びだしたミクロが、そいつへ回し蹴りを食らわせた——四人目。
独楽のように回転しながら着地するミクロへ、あたしは駆け寄る。
「ミクロ、大丈夫?」
「実弾じゃねえよ」ミクロは手の平にあるものを見せた。「毒矢だな。威力としちゃあ玩具みたいなもんだぜ。ジュリが当たったら死ぬかもだけど、俺なら精々動きが鈍るくらいだ。毒素の解析と同時進行で分解もやってる」
そう言うミクロの瞳はわずかに光っていた。
ややあって、ミクロは舌を打つ。
「このあたりにコネクトできるもんはねえな……一応、ヨハクには電信飛ばしたから、ゴローあたりに報告してくれるはずだけど」
「そんなこともできるのね」あたしは目を瞬かせる。「にしても……なんで落伍社のやつらがあんたみたいな子供を狙うわけ?」
「それは、」
と、そのとき、発砲音が二度鳴った。
あたしが身を強張らせたとき、足元でがらごろとがらくたが落ちていく。足元に毒矢が当たったのだろう。そこから視線をずらせば、ゴミ山の麓で短銃をかまえる男が見えた。
まだいたのか。
あたしはミクロの手を取って、男のいない側へとゴミ山を駆け下りる。ミクロは「おい、あいつは?」と声を上げたが、わざわざ戦闘に持ちこむ必要なんてないのだ。
背後では同じようにゴミ山の上を駆ける足音が聞こえた。あたしが振り返ると、ゴミ山のてっぺんから、こちらへと銃口を向ける姿が見えた。
あたしは咄嗟にミクロを抱き寄せ、篭手のあるグローブで自分の頭部を庇う。発砲された毒矢は篭手に着弾し、弾かれたものの、あたしは自分を殴りつけるように吹っ飛んだ。
「ジュリ!」
倒れこんだあたしの腕から逃れたミクロが、あたしの体を揺する。
あたしは目だけで落伍社の男を追う。まだこちらへ銃口を向けていた。
がんがんと頭痛のするなか、グローブに覆われた拳を握っては開く。篭手からはカチカチと空振りするような音が鳴るだけ。さっきのでイカれたかもしれない。
「ジュリ……」
ミクロの声が遠い。なんとか我が身を奮い立たせ、あたしは起きあがろうとするも、視界の霞むような眩暈に襲われた。反射で呻き声を上げる。
そんな私を見下ろしたミクロは、ゆらりと立ちあがった。
左右で色の違うミクロの瞳が、閃くように発光する。雨で濁り、ゴミで汚れたこの世界の中で、その光だけが眩かった。鮮やかな虹彩で相手を見据え、低く囁く。
「ちょうどムシャクシャしてたんだよ……ぶっ潰してやる」
ゴミ山さえ砕くような踏みこみで、ミクロは跳躍した。
そこを狙った毒矢も腕の一振りでいなして、落伍社の男へと砲弾のように飛びこんだ。人間離れした動きに、ゴミの飛沫が上がる。
たなびく塵芥が雨粒に敗北していく鮮明な視界の先には、横たわる男の顔を足蹴にしながら、短銃を持つ腕を捻りあげる、獰猛なミクロがいた。
「待ち、ミクロ!」
あたしはやっとの思いで立ちあがり、そちらへと駆け寄っていく。
声をかけたのに、ミクロがあたしへと振り向くことはなかった。掴んでいた腕をさらに捻りあげる。なにかが軋むような不吉な音が鳴ったと思えば、男が呻き声を上げた。
「さすがにやりすぎや!」
あたしはミクロの腕を掴んだ。もう片方の手で、男の持っていた短銃を回収する。とりあえずは弾圧できたはずだ。しかし、ミクロの気は収まらないらしい。
「やりすぎ?」ミクロは鼻で笑う。「こっちは撃たれたのに?」
「あたしは大丈夫だから。怪我もしてない」
「…………」
「余計な恨みは買わなくていいのよ。でも、あたしのために怒ってくれて嬉しかった。ありがとう」
自分が撃たれても激昂しなかったミクロが、こんなに頭に血を昇らせているのは、あたしが撃たれたからに他ならない。
「かっこよかったって、ニィナにも言っといてあげる」
「だから別に好きじゃねえし!」
あたしの言葉に、ミクロは反発した。
その瞳があたしのほうを見たので、やっと顔色を見れた。正気を取り戻したらしい。
ほっと一息ついたのち、あたしたちは落伍社の男たちを捕縛した。
しばらくすると、ゴローさんが駆けつけてくれた。捕まえた男たちを取り押さえる。身柄を拘束してもらうとのことだった。
車に乗せられたあたしとミクロは、今回のことについての報告のため、イガラシ首長のいる首相官邸跡まで赴くこととなった。
ややあって、玉蟲蜚蠊の駆除に出ていた三人、そして、留守番をしていたヨハクとも合流する。
はじめに口を開いたのはイチルだった。
「落伍社の人間の襲撃ですか?」
イチルの前髪は濡れていた。イチルだけでなく、ニィナもだ。レーヨンは厚着していたため濡れてはいなかったが、この雨の中では、もしかしたら体が冷えているかもしれない。
ここに来る前に、ゴローさんからたくさんタオルをもらっていたので、あたしはそれを一枚ずつ、三人に配った。どうせニィナが空気も読まずにねだるだろうから、先回りして、彼女の髪はあたしが拭いてやることにした。
「そのように報告を受けている」イチルの言葉に、イガラシ首長が答える。「そうだな? ジュリ補佐。ミクロ」
あたしは頷き、ミクロは「そうだ」と言った。
「腕章があったので、間違いないかと」ただ、とあたしは続ける。「彼らは子供を狙うほど、過激派な組織なのでしょうか? もしかしたら、落伍社になりすました別の組織かもしれません」
トウキョウの暴力的な実行組織は大まかに分けて三つだと、ゴローさんから聞いた。一つは反首長政権組織である落伍社。他には、義賊と名高い与奪党、侵略軍とも言われる野蛮党などが挙げられる。その名のとおり荒くれ集団である野蛮党なら、子供さえ手にかけそうだ。
そう進言してみたものの、イガラシ首長も他の五人も、突拍子もないことを聞いたかのような反応をした。
「ジュリちゃん。落伍社は、っていうか、トウキョウの人間は、俺たちチルドレンの顔は知ってるんだよ。俺たちがただの子供じゃないって理解してる」
「や、だから、まずあんたたちを狙うのが意味不明って話で」
「ジュリって馬鹿なんだな」
「は? 誰が馬鹿よ」
「オオサカから来た君には解せないところだったな……」イガラシ首長は得心したように告げた。「現状、トウキョウは、現首長である私が、チルドレンに協力を要請する形で、あらゆる問題を解決している。つまり、チルドレンは現政権の象徴とも言えるわけだな。落伍社は私だけでなく象徴たるチルドレンも目の敵にしているんだ」
あたしは愕然とした。
たしかに五人はイガラシ首長に養育されているようなものだし、その予算はトウキョウ政権から捻出されている。謂わば、イガラシ首長の政策そのもののような子供たちだ。
だからって、落伍社がまだ子供であるこの子たちを狙う理由にはならない——そんな大人の事情に、この子たちを巻きこんでいいのか。
あたしがなにも言えずにいるあいだにも、話は進んでいく。
「ミクロ、状況の報告を」
「ジュリと二人でゴミ山を漁ってたら、いきなり撃たれた。弾は毒矢。ちょっと体が痺れるくらいで、効き目はそんなにない。そのあと、俺とジュリとで制圧して……終盤ごたついたけど、五人全員確保。俺もジュリも怪我はなし。リストの物品も回収済みで、任務は完了」
「ふむ。報告を受けたヨハクは?」
「すぐゴローに報告したよ。ちょうど二人でボードゲームしてたし」
「ちなみに、俺やレーヨンのところにも電信が飛んできました。俺たちも任務中だったし、ミクロは加勢を呼んでるふうでもなかったから、特に対応はしなかったけどね」
「ニィナたちも任務は終わらせたよ。たくさん見すぎて、いまでも目がちかちかするよね、レーヨン」
「ううん。別に」
話はテンポよく進んでいく。
動機や目的については拘束された男たちに直接聞くしかない。この子やあたしから聞きだせる情報なんて、状況報告くらいのものだった。
「戻っていいぞ」
なので、イガラシ首長がそう言ったのも頷けることではあった。このひとはこのひとで執務に忙しいだろうし、いくら襲撃があったとはいえ、そればっかりにかまけている暇はない。
でも。
「え?」
あたしは呆気に取られてしまった。
五人が各々踵を返そうとする中、あたしだけがその場で立ちつくしている。
「どうした? ジュリ補佐」
イガラシ首長はあたしに尋ねた。
ニィナが「ジュリー?」とあたしの手を引く。
「……えっと、あの、それだけですか?」
上手く言えなくて、あたしにしては珍しく、歯切れの悪い質問をしてしまった。
だが、それくらい動揺していた。
まず一番に、ミクロの安否を尋ねるべきだと思う。怪我はなし、と報告されていたとしても、たとえば、ミクロを巻きこんだことを謝るべきだと思う。気遣うべきだと思う。首長である立場のこのひとからすると、もしかしたら、そうしなくてもいいかもしれないが、そうしてもいいじゃないかと、あたしは思う。
だって、この子は、この子たちは、こんなぞっとするような雨の中で、貴方のために働いていたのに。
「……レーヨンとイチルは、玉蟲蜚蠊の駆除を終わらせました。ミクロは落伍社の邪魔もあったなかで、お使いを果たしました。それに対するねぎらいの言葉はないんですか?」
いくら出向先とはいえ、あたしは部外者で、臨時の世話係で、イガラシ首長に物申しができるほどの立場でもないけれど、でも、チルドレンに対しての扱いが本当に疑問で、気づけばそんなことを言っていた。
ややあってから、イガラシ首長が告げる。
「……褒美ならやろう。一週間、主食を米にしてやる」
反論しようとしたあたしの声は、ニィナの「やったあ!」という言葉に搔き消された。
ニィナはぴょんぴょんとゴムまりのように跳ねたかと思えば、「お昼ごはんはカレーがいい!」と執務室を飛びだしていった。ヨハクは「もう準備されてあるはずだから、献立を変えるにしても晩ごはんでしょ」と呆れる。ニィナの背中を追うようにして、ヨハクとレーヨンが出て行く。頭の後ろで腕を組むミクロは、「新しいゲームが欲しかったな」と言いつつも嬉しそうだった。
あたしはイチルを見遣る。五人の中で、イチルだけは微妙な表情をしていた。その表情が心にうねり刺さった。
あたしは再びイガラシ首長に訴えようとして、しかし、彼の目線がすでに手元の書類に移ろっているのを見た。この話は終わりだと、彼の態度が語っていた。
結局、どうすることもできなくて、あたしはもやもやした気持ちのまま、「失礼します」と告げて、イチルと執務室を出たのだった。
「イチルは……あれでよかったの?」
先を行く四人の背中を見ながら、あたしはイチルに尋ねる。
大人が子供にする対応と考えれば、物を与えて機嫌を取るというのは常套手段だろうが、そうやって物で誤魔化して、大事なことを忘れている。現にイチルは心が晴れないでいるのに。
イチルは苦笑して、「米だってさ、」とあたしにこぼした。
「本当しけてるよね。イガラシはいっつもプレゼントのセンスがないんだ。首長会議の議席とか穀倉の管理権とかくれたらいいのに」
思わず、足が止まった。イチルの言葉を処理するだけの余裕がなくて、脳以外の全てが疎かになって、表情すら取り繕うことを忘れた。
突然立ち止まったあたしを、イチルは振り返る。ぱちぱちと目を瞬かせてから、首を傾げた。
「あれ? そういう話じゃなかった?」
あたしがしていたのは、そういう話ではなかった。
もっとこの子たちのがんばりを認めてほしいとか、心からの言葉をかけてやってほしいとか、そういう話だった。
でも、その気持ちも吹っ飛んだ。
「……そんなのもらってどうするのよ」
動揺の抜けきらないあたしの声が、おもむろにそれを紡ぎだす。
「どうするって、そりゃ、会議に参加するし、穀倉も管理するよ。でも、俺が言ったのは、たとえばの話、具体的に言うなら、ってこと。欲しいのはなにかしらの権利だ……いや、権力かな?」
たとえば息を呑むことも、目を見開くことも、肩を強張らせることもできずに、驚き呆れて、イチルを見つめた。
イチルがそんなことを言いだすなんて思ってもみなかった。
チルドレンの五人の中でも、イチルは比較的常識がある。年嵩らしく、落ち着いていて、お行儀のよさも持ち合わせている。悪さをする他の子たちを叱るような場面もよく見かける。あたしがここに来てから、イチルに対して手を焼いたりだとか、頭を悩ませたことは、たったの一度もない。
でも、いま、あたしはイチルに困っている。
だって、イチルが〝権力が欲しい〟と言ったなら、それはまさしくそのとおりの言葉なのだ。意味を知らないいたいけな少年が、いたずらに言うのとはわけが違う。
「どうして、イチルが、そんなものを」
あたしがおもむろに呟くと、イチルは少しだけ視線を落とした。
「ジュリちゃんは、俺たちの寿命ってどれくらいだと思う?」
「えっ、寿命?」あたしは素っ頓狂な声を上げた。「よくわかんないけど、二百年くらいは生きるんじゃないの?」
「二百年って、いまの平均寿命の何倍だよ」
「まあ、二百年は言いすぎでも、長生きはするんじゃないかな、知らんけど。あたしは、あんたたちの爪の垢を煎じれば不老不死の妙薬でもできるんじゃないかって思ってるくらいだし」
あたしがそう言うと、イチルはけたけたと笑った。緩くお腹を押さえて笑う姿は、至って普通の少年のようなのに。
「まあ、俺も長生きはするつもりだけど……言いたいのはそういう寿命じゃないかな。人間に用いられる言葉で表現しようとしたのが齟齬の原因だったかもね。俺が言いたいのは、使用期限だよ」
「使用期限……?」
「俺たちはいつまでイガラシたちに有効活用してもらえるか、ってこと。俺たちはチルドレンだから、並の人間よりも丈夫だし、頭の回転も速いだろうね。だけど、周りが一番ありがたがってるのはここだ」自分の頭を指差して。「超科学技術な神の悪戯。先人たちの置き土産とコネクトする脳。空気清浄機の稼働も発電も俺たちの身体制御もなにからなにまでこなす驚愕の機能」
「…………」
「でも、それさえも先人たちの置き土産だよ。現代では超科学技術で失われた技術。今日か明日かはわからないけど、俺たちの中のこの機能が壊れたとき、それを直せるやつなんてどこにもいないんだよ。いや、もしかしたら、俺たちよりも、地球上にある全ての機械が壊れるほうが、先かもしれないね……でも、結局は同じさ。そうなったとき、俺たちの中に残されたのは、置き土産じゃなくて無用の長物。そこが俺たちの使用期限だ」
インターネット・オブ・シングスを実現した社会でなら最強のようなその力も、退廃しきった社会ではなんの役にも立たない。
「……役立たずになるときが来たら、イガラシ首長は自分たちを捨てるかもって、イチルはそう思ってるの?」
「かもじゃない。捨てるよ。ちょっと体が丈夫なだけの子供を、予算を使ってまで育てる意味が、どこにあるのさ。知ってるでしょ、ジュリちゃん。トウキョウはお金がないんだ」
イチルの言葉は、どこか嘲笑を帯びていた。
たしかにイチルは行儀のよい少年だった。けれど、大人に対して素直で従順かと言えばそうではなくて、悪く言えば斜に構えているというか、よく言えば達観しているというか。まるで大人と対等になろうとするような、背伸びにも見たかわいらしさがあった。
でも、あたしはいまになって思い改める。
対等なんじゃない——イチルは周りを、いや、大人を、敵だと思ってるんだ。
「あいつらに使い潰される前に、いつ切り捨てられてもかまわないよう、ある程度の権力を持っておかなくちゃ。でないと、なにもできない、なんの意味もない子供が、この世界で生きていけるわけがない」
自分たちの価値は《神の落とし子》であることにしかない——そんなことをイチルが平然と言ってのけるのが、つらくて悲しかった。
まだ少年というにふさわしい齢で、それこそ宝探しをするように、楽しいことや面白いことを一つずつ拾いあげていくようなときなのに。それなのに、イチルは汚れた空の下で孤軍奮闘している。
「イチルが、そこまでする必要なんて、ないのに」
だって、まだ子供なんだから、甘えたっていいはずだ。
そういうつもりで言ったのに、イチルは顔を顰めた。
「俺は、みんなのお兄ちゃんだから」
「お兄ちゃんって、大して歳変わんないじゃない」
「ああ、そうだね、みんなより一年だけ早くに出産されただけの子供だ……ジュリちゃんなら、俺よりずっと上手にやれるんだろうね」
どういう意味かわからず、あたしは目を瞬かせる。
イチルは譫言のように言葉を続けた。
「ヨハクは俺がどんなに言っても弱気だったのに、ジュリちゃんの言葉でそういうことも減った。みんなが夜に寒がってるのだって知ってたのに、俺はなんにもできなかったよ。それだけじゃない、ミクロは、たまに俺の言うことだって聞かないし、闘ってるところを止めようものなら、こっちだって攻撃されることもある。でも、ジュリちゃんの言うことは聞くんだよ。お兄ちゃんぶってるだけで、俺だって子供で無力なんだって、言われなくてもわかってる。でも、したいんだ。なのに、できない」
イチルは、自分の無力を嘆く顔をしていた。それでもイチルは笑った。そうするしかないとでもいうふうに。
「ジュリちゃんは俺ができなかったことをやったんだ。嫉妬するよ、ほんと」




