第3話 悪戯コネクト(3)
あれよあれよという間に話はまとまり、「とりあえず件の子供たちと顔合わせをしよう」と、首長会議が再開したタイミングで、あたしはチルドレンのもとへ向かうこととなった。
「申し訳ありません、ジュリ補佐」
案内されている道中、国会議事堂のほうを睨みつけていたあたしに、先導するゴロー補佐が気まずそうに言った。
「いや……ゴロー補佐のせいというわけでは」
「突拍子もないお話で、たいそう驚かれたと思います。イガラシ首長も、一度決めたことは曲げられない性格ですし……私のほうから謝罪させてください。ただ、オオサカにとってもいい取引だったと思っていただけるならありがたいです」
実際に、いい取引ではある。
あたしがあのクソガキたちのお世話をすればいいだけなんだから。
それで空気清浄機が三基も手に入るなんて破格だ。オオサカの利が大きすぎて、かえって警戒してしまう。いっそなにか裏があるのではないかと思うほどだ。
チルドレンって、そんなにやばい連中なの?
「ちなみに、言われるがままついていってますけど、あたしたちどこに向かっているんですか?」
「皇居跡ですね。皇居東御苑を含む一帯が彼らの住処なので」
「どえげつな」
インパクトにより皇家は空中分解し、皇居御苑は廃墟となってしまった。でも、いくら廃墟といえ、皇居は皇居だ。約二十一ヘクタールの庭園を含む宮城が、丸々あの子供たちのものだなんて。
ゴロー補佐に案内されるまま、皇居跡の堀沿いを歩いていく。
堀には淀んだ水が溜まっていて、生気の一切を感じられなかった。しばらく歩くと大きな門が見える。その門をくぐると、木が酔っぱらったように生えた、歪な密林が広がっていた。おそらく地面が沈みこんだり歪んだりしているためだろう。いつ倒れるとも知れない危うさがあって、その先を進んでいくのが恐ろしかったほどだ。
御所のほうへ案内されながら、ゴロー補佐の事前情報に耳を傾ける。
「先刻ご覧になったとおり、一人一人が手のつけられないやんちゃくれですが、そんなチルドレンの中でも一番良識があり、意思疎通のできるのがイチルです。五人のなかで誰より先に出産されました。カプセルに入っていたのが十年と十ヶ月、出産が三年前だから、歳はおそらく十三歳くらいかと」
イチルと聞いて思い出したのは、見るからに年嵩の、茶けた髪の少年だ。全員が全員、ハチャメチャな印象を受けたけれど、言われてみれば彼が一番、おとなしそうな雰囲気だったかもしれない。
「逆に、一番意思疎通のできないのがレーヨンですね。印象深いので覚えてらっしゃるとは思いますが、覆面を被った少年です。ジュリ補佐が抱きとめたのがミクロで、彼と色違いなのがヨハク。二人とも口が達者なので気をつけてください。一人だけ女の子がいたでしょう、あの子はニィナといいます」
イチルの一年違いでのレーヨンが出産され、その翌年にニィナ、さらにその翌年にはミクロとヨハクが同時に出産されたらしい。ミクロとヨハクは顔が似ているので、双子だろうと推測しているようだ。
「世話係の仕事は、そのまま、彼らの世話をすることです。話し相手や遊び相手になることで、彼らの退屈を和らげます。寝食を共にし、彼らがなにかしでかそうとしたら、真っ先に止めてください」
「要するに、ブレーキ役ってことですね」
世話係というか、彼らを見張る監視役と言うほうが近いのかもしれない。あたしの相槌に、ゴロー補佐は「そうです」と答えた。
「そんな大役務まるかなあ」あたしは本音を漏らす。「あたし、あの子たちに言うこと聞かせられる自信ないですよ? 叱りつけることくらいはできるだろうけど」
「おそらくですが、イガラシ首長もその能力を見込まれたのかと。彼らが一声かけただけで静まるのは、本当に珍しいことなんです」
「西の言葉が珍しかったのかしら」
「僕がジュリ補佐のような言葉を使ったら、それが効いたりしてね」
ゴロー補佐はおどけるように笑った。上司もおらず、目の前にいるのが自分と同じ補佐——元補佐か。出向したわけだし——ということもあって、緊張が解けたのかもしれない。元より若々しい顔立ちをしているけれど、笑うとさらに瑞々しい雰囲気になる。純粋に、いいひとそうだな、と思った。
ようやく御所に到着し、その建物の大きさに仰天する。
しかも、このだだっ広い敷地には他にいくつもの建物が点在しているのだ。
それが丸ごとあの子供たちのものだと言うのだから、驚愕も一入である。
ゴロー補佐が扉を開けると、
「どうも」
そこには、茶けた髪の少年が立っていた。
ゴロー補佐は「うわああ」と声を上げて仰け反る。あたしもびっくりして硬直してしまった。
まるであたしたちが来るのをわかってたみたいに待ちかまえていた少年は、あたしたちの反応を見て、「驚きすぎ」とくつくつ喉を鳴らす。
「そりゃあびっくりしますよ、イチル、どうしてここに」
「足音が聞こえたから、誰か来たのかなって思って」
なんでもないことのようにイチルは言うが、足音が聞こえたって、この密林の中の足音を、この御所の中で?
俄かには信じらずに、あたしはイチルを凝視する。
その視線に気づいたイチルは、「……このひと、会議にもいたひとだよね?」とあたしを一瞥し、ゴロー補佐に尋ねた。
「どうしたの? 俺たちに用事? さっきのを謝ってほしいとか」
「いえ。彼女を紹介に来たんですよ。新しく決まった、君たちの世話係ですから。臨時ですけどね」
あたしは「よろしく」と短く挨拶をした。
イチルは少しだけ驚いたような表情をしたが、ややあってから「そうなんだ」と笑まいを浮かべた。
「さっきぶりの挨拶になるけど、俺はイチルです。知ってのとおり、チルドレンの一人。さっきは会議の邪魔しちゃってごめんね。みんなで遊んでたら、いつの間にかミクロたちが紛れこんじゃってて」
ふうん、なるほど。しっかり謝罪を挟むあたり、たしかに良識のあるタイプなのかもしれない。
イチルの格好は、詰襟のシャツに、フライトジャケットのような厚手の上着を羽織ったもので、前を開けている以外は着崩しがない。きっと真面目な子なんだろうな、と思った。歳に見合わぬ落ち着いた物腰も相俟って、利口そうな印象を受ける。
ただ、対応は穏やかでも、その表情や態度はどことなく硬い。浮かべる笑みだって貼りつけたみたいだ。動物が従順なふりをしている姿に似ていた。
まあ、初対面の相手ならこんなもんでしょう。出会い頭の印象だって、自分たちを叱りつけてくる大人、って感じだろうし。むしろ、嫌悪感を前に出さない姿勢は立派だとすら感じた。
「あたしはジュリ。あなたたちの世話係になったわ」
「うん。これからよろしくね」
あたしが手を差しだすと、イチルは握り返してくれた。
挨拶もそこそこに中へと入る。御所の内観は、お屋敷のような外観にふさわしく豪華だった。もっと荒れていたり埃を被っていたりすると思ったのに、こまめに手入れされているのがわかる。少なくとも、目の届く範囲はきれいなものだった。
まさか、ここの掃除も世話係の仕事なんじゃ、とよぎったとき、ゴロー補佐が説明してくれた。
「御所には、掃除や洗濯を担当する家女中と、三食の料理を担当する料理人がいます。御所内の家事は彼らが管理しているんですよ」
「へえ。すごい」
「世話係であるジュリ補佐には住みこみで働いていただきます。家事は彼らに任せれば大丈夫です。後ほど世話係の部屋に案内しますね」
「ジュリ補佐?」前を歩くイチルが振り返る。「そういえば、あの会議の場にいたもんね。ってことは、公募で新しく雇ったんじゃなくて、元々はどこかの首長補佐だったんだ?」
「うん。オオサカのね」
「なんで急に世話係に?」
「世話係の才能を見出されたの。優秀すぎるのも困りものね」
オオサカ・トウキョウ間の取引は秘密裏におこなわれた。空気清浄機の話とか、厄介なこともつきまとうのだ。いくら子供相手だからって馬鹿正直に話さないほうがいいだろう。
なかなかふざけた回答だったにもかかわらず、イチルは「ふうん」となんでもないように流した。冗談だと思われたのかもしれない。冗談が通じてなによりだ。
イチルに案内されるがまま歩いていくと、あたしたちは一つの部屋の扉の前で止まった。イチルが扉を開け、そこをゴロー補佐が入っていく。イチルがあたしを待って、部屋に入ろうとしないので、あたしが代わりに扉を押さえてやる。あたしが「ありがとう。先にどうぞ」と言うと、イチルは目を瞬かせながらも、その言葉に従った。
「おっ、ゴローじゃん」
「やっほう、ゴロー」
「こら。ゴローさんだろ、ミクロ、ヨハク」
開口一番にふてぶてしく呼び捨てにした二人を、イチルが叱った。ゴロー補佐へ振り返り、「ごめんね、ゴローさん」と言う。一見礼儀正しいが、この子はこの子で、敬語を使うことはないんだよなあ。そこが子供らしいが。
そんなふうに眺めていると、子供たちはあたしにも気がついたようで、「あっ、さっきの女!」とあたしを指差した。
典雅な椅子に胡坐を掻いて座っているのは、先刻あたしが抱きとめた少年、ミクロだ。フードを脱いだおかげで赤錆の髪が惜しげもなく晒されている。よく見ると、間違えて嵌めこまれたみたいに、左右で目の色が違った。ペイントシールの賑やかな頬と鼻筋。小生意気でいたずらな顔が、くしゃりと顰められている。
「この女じゃないよ」イチルが言う。「今日から俺たちの世話係になるひとだってさ」
ミクロは「はっ!? 新しい世話係!?」と声を上擦らせた。元々皺の寄っていたその顔は、紙を丸めたみたいになる。
その一方で、きゃらきゃらとした「えっ、世話係!?」という台詞も重なった。そちらへと振り向くと、絨毯の上に寝転んでいた女の子と目が合う。
トウモロコシの花柱のように淡い色の髪に、真っ青でまんまるい瞳をした、小柄な少女。国会議事堂では遠目に見ただけだったけれど、セーラーカラーの服装は、〝かわいい水兵さん〟って感じだ。重たい上着をだらしなく着こんだ中は、涼しげな半袖半ズボンで、細い肘も小さな膝も元気に晒されている。チルドレンで唯一の女の子、この子がニィナか。
腹這いになって寝転んでいたニィナは、棒切れみたいな足をぶんっと前へ振りあげると、そのまま起きあがった。関節というものを知らないかのような奇っ怪な動きに、あたしは素で悲鳴を上げそうになった。しかし、当の本人はにこにこあたしに近づき、「ねえねえ、」と話しかけてくる。
「さっきニィナたちの遊び場にもいたひとでしょう?」
「遊び場……まあ、そうだけど」
すると、ニィナではなくヨハクが「やっぱり、そうだと思った」と答えた。ミクロとどこまでも色違いの彼は、したり顔で続ける。
「世話係が決まるにしても急な話だし、もしかして、あそこでやってた会議って、僕たちの新しい世話係を決めるためのものだったりして?」
ヨハクは、大人一人が寝そべられるような大きなソファーの上で、膝を立てるようにして座っている。そうして折り畳まれた足の爪先には、分厚い本が置かれていた。きっと本を読んでいたのだろうが、子供が読むには難解そうな本だった。
さきほどのヨハクの言葉に、イチルが「それは違うみたい。ただの臨時だって」と返すと、ヨハクは「あっそう」と言って、視線を本へと落とす。
その様子を眺めていると、再びニィナが「ねえねえ、」と話しかけてくる。
「ジュリーもボードゲームする?」
「ボードゲーム?」
「いま、ミクロとレーヨンがやってるの。ほら」
ニィナと一緒に視線を移す。
一本足の円卓を挟んで向かい合わせになるようにして、ミクロとレーヨンは座っている。ミクロは相変わらず嫌そうな顔であたしを見ていたが、彼の対戦相手であるレーヨンは一寸もこちらを見ない。ただ冷静に盤上を見つめていた。
イチルと同じく落ち着いているように見えるレーヨンだが、覆面を被っているせいで表情は知れない。ていうか、顔どころか肌も見えない。体の線も浮きあがらないようなぶかぶかな服装にくるまれている。おまけに一言もしゃべらないのだ。
そんなに真剣にやるようなゲームなのかしらと、あたしはニィナと一緒になって、円卓に乗った遊戯盤を覗きこむ。
緑色をした格子柄の盤の上には、綺麗なおはじき、カラフルなペットボトルの蓋、ぬいぐるみのキーホルダーなどが並べられていた。おそらくそれらが駒なのだろうが、ちっともシステムが見えてこない。なんでオセロ盤の上に乗っているのかもわからない。この子たちの創作遊戯だろうか。
「ね、おもしろいでしょ? ジュリーもやろうよ」
「素人には無理でしょ」本を読んでいたヨハクがそれを断じる。「ルールを教えるところからやんなきゃいけないじゃん」
「じゃあ、ニィナが教えてあげるね。見てみて、ジュリー、そのうさぎが王様なの。あれを取られたら負け。いまはミクロが負けてる」
ニィナがそう言うと、ミクロは強い語気で「見んな、どっか行け」と追い払った。ニィナは「ふんだ。お絵描きするもん」と拗ねるように引き下がっていったが、あたしは対戦を見学することにした。
ミクロは焦ったように盤上を見つめている。すると、その背後からイチルが手を伸ばし、「こうしたら?」とミクロの駒を一つ動かした。
「あっ、やめろよ、イチル。俺が考えてたのに」
「ごめんごめん、悩んでるように見えたから」
「勝負はこっからなんだから、邪魔すんなよな」
どうやらミクロは負けず嫌いの性格らしい。イチルの手助けをお節介だと憤慨し、再び盤上を睨みつける。一方のレーヨンは、相変わらず寡黙だ。なにも言わずに、早差しで駒を進める。
イチルの瞳が青白んだ。
「……壁が破られたか」
イチルがぽつりと呟く。
それに対し、盤上を見つめながら、ミクロは「俺にやらせろよ。面白くなってきたんだから」と不敵に笑う。
レーヨンがどんないい手を打ったのかは知れないが、戦局は盛り上がっているらしい。イチルは顎に手を当てて、「とりあえず、使えそうな駒を探すしかないかな」と言った。楽しそうだけど、ルールはまじでわからんな。あたしは遊戯盤から数歩後ずさる。
三人はボードゲームに夢中だし、残りの二人は各々、本を読んだり絵を描いたりしていて、実に自由だ。手持無沙汰になったあたしは、助けを求めるようにゴロー補佐を見遣った。
「無理に遊ぼうとしなくても大丈夫ですよ。大概はこの子たちで勝手に遊んでいるので、彼らが望んだときだけ相手をしてください」
「そしたら、あたし、暇なんですけど」
「すぐに暇じゃなくなりますよ」ゴロー補佐は苦笑した。「そうしたら、ずっと暇が続けばいいのにと、思うようになります」
そのとき——部屋の隅にある伝声管が震えた。
気がついたゴロー補佐は蓋を開け、「どうしましたか」と応答する。
『暴動です』伝声管の向こうの声は焦っていた。『穀倉の扉が破壊されたとの報告を受けました』
ゴロー補佐は「なんですって」と目を見開かせる。
あたしも顔を顰めた。
暴動。聞くに、ただならぬ事態に見舞われているらしい。
穀倉というのは、トウキョウが公的に管理する穀倉のことだろう。イガラシ首長が会議に出席している現在、ゴロー補佐に指示を仰いだのだと察した。どれくらいの規模かにもよるが、事態鎮静化のため、部隊を派遣することになるかもしれない。
なりゆきを見守っていると、イチルが口を開いた。
「第三穀倉でしょ?」
あたしとゴロー補佐が振り返ると、イチルは、ミクロの座る椅子の背凭れに腕をつきながら、こちらを見ていた。
ゴロー補佐は「どうしてそれを」と漏らす。
ざわざわと、なにかの予感がした。
「もうやってる」
そう続けたイチルに、ゴロー補佐ははっとして言った。
「映せますか」
すると、本を読んでいたヨハクが、近くにあったリモコンを手に取る。開けっぱなしのクローゼットに突っこまれた、薄っぺらいテレビへと向け、ボタンを押した。ヴンと大きな虫の飛んだような音がして、テレビの画面が点く。てっきりジャンクだと思っていたが、画面には、トウキョウの街並みが、映像として映しだされた。
「これは、いったい……?」
「マルチコプター」あたしの問いかけに、ゴロー補佐が答える。「所謂ドローンですね。チルドレンにはそれぞれ一機ずつ与えられてるんですよ。そのドローンが、現在、第三穀倉付近の上空を飛行しているようです。ドローンで撮影した映像をそのままここに繋いでいます」
ゴロー補佐がイチルを見遣る。それにつられて、あたしも視線を移すと、イチルの瞳が、まるで奥から発光しているみたいに青白んでいた。虹彩は回路のように幾何学的に入り組み、瞳孔を絞る。
ゴロー補佐が「もう少し近くに」と告げると、画面の光景が、どんどん寄っていく。かつてはスーパーマーケットだったらしい第三穀倉は、たくさんの人間でごった返していた。全員が武装し、壁を壊し、備蓄していた食糧を強奪している。
『おそらく、落伍社の犯行と思われます』
伝声管から鳴った言葉に、あたしは「落伍社?」と首を傾げる。
「イガラシ首長政権の反対勢力です。あの腕につけている腕章から見るに、まず間違いないでしょう。最近、活発化していたのですが、まさか警備を破って穀倉に押し入るなんて……」ゴロー補佐は子供たちを見遣った。「チルドレン、出動できますか?」
すると、ミクロが馬鹿にしたように「遅ぇんだよ」と言った。
「お前らの報告なんて待ってたら、全部盗られて終わりだっての。イチルも言っただろ。もうやってる」
「やってるって……あの施設はシステム化の遅れた建物ですし、出入り口も手動のシャッターしか取りつけられていません。近辺にコネクトできるものもなかったでしょう」
「なかったから、ミクロが駒を出した」イチルが答えた。「第三穀倉から三キロメートルくらい離れた場所に、ディーラーだったところがあるんだけど、遠隔型自動運転システムを搭載したやつが、三台ほど生きてたみたいでね」
ミクロの目がぴかりと閃いている。
次の瞬間、画面の向こうで、大型のトラックが三台、勢いよく穀倉の扉へと突っこんでいった。その巨体はひしゃげながらも、落伍社の輩が壊した穴をものの見事に塞ぎきった。あたりが瓦礫と化す悲惨な音が響く。
「はっ!?」
あたしとゴロー補佐の叫びがシンクロする。暴動どころか戦争でも起こったかのようなありさまに、我が身を震わせた。
「出入り口は全部塞いだ。中にいるあいつらも逃げられないだろ」
したり顔でそう言ったミクロに、ゴロー補佐は顔を蒼褪めさせる。
「駒って、あれのことですか!? もっと他にやりようはあったでしょう! これじゃあ、どっちが暴動かわかりませんよ!」
「そんな怒んないでよ」イチルが肩を竦める。「ゴローさんの言うとおり、穀倉はアナログ式で悪戯できなかったから、やり方は限られてた。ミクロも、被害を最小限にするため、車の速度は調整してたよ」
「車というか、自動運転トラックじゃないですか! あんなのを穀倉に追突させるなんて……建物の破壊どころか、下手をすると死人が出ていたかもしれないんですよ⁉ いくら暴動を治めるためとはいえ、徒らに力を使ってはいけません!」
ゴロー補佐の悲鳴が遠い。思考が衝撃に追いつかない。
あたしは呆然として立ちつくすしかなかった。
これが、チルドレンの能力。
彼らの脳波——電気信号は、軸索を通り、シナプスで機械とコネクトする。コネクションで、手足のように操る。地球上にある、ありとあらゆる機械が、彼らの玩具。
なにが神の悪戯だ。
こんな悪質な戯れがあるか。
「あっ、」そこで、ニィナが指を差す。「逃げてるひといるよ?」
画面の向こうでは、瓦礫に足を取られながらも、なんとか這い出ようとしている人間が数名映っていた。さきほどの激突を避けた者たちだろう。ミクロも「やべ、漏らした」と小さくこぼす。
「あーあ。やっちゃった。ミクロはいつも詰めが甘いんだよ」
「うるせえ、ヨハク。だったらお前がやれ」
「はあ? ミクロの尻拭いなんてやだよ」
「こら、二人とも、喧嘩してる場合じゃないだろ」イチルがため息をつく。「残りの彼らも捕縛しないと。横着してられないし……ニィナ、レーヨン、行ける?」
イチルがそう言うと、ニィナは「はあい」と言って、レーヨンの背中に飛び乗った。レーヨンの首を後ろから抱きしめてぶら下がる。
いくら相手が自分よりも小柄な女の子だとはいえ、子供が支えられる衝撃ではなかったはずだ。それなのに、レーヨンはびくともせず、ニィナの体を手放しで支えていた。
「レーヨン、行こっか!」
ニィナがそう声をかけると、瞬間、レーヨンが爆走した。
「えっ、ちょ、待ち! どこ行くのよ!」
あたしの声も間に合わない、置き去りにするほどの、爆発的なスピードだった。その疾走は、煙のような軌跡が見えたほどだ。超人的な速さで部屋を後にした二人は、数分もしないうちに、テレビの画面に映っていた。
まさか、第三穀倉まで移動したの? 走って? もう着いた?
ここから第三穀倉までどれほどの距離があるかはわからないが、少なくとも、御所を覆う森林を抜けるだけで、十分はかかるはず。子供の足ならもっとだろう。物理的に不可能だ。しかし、画面の向こうには、たしかに二人がいる。
『ニィナ砲、発射!』
きゃらきゃらと楽しそうな声でニィナが叫ぶ。それと同時に、レーヨンは首にぶら下がっていた彼女を、振りかぶってぶん投げた。
ニィナはその勢いのまま、逃げようとしていた落伍社の人間にドロップキックをかます。蹴りを入れた体を足場に、もう一つ大きく跳躍し、ゴムまりが跳ねるように四方八方に宙を駆けた。
ニィナの蹴りをもろに食らい、落伍社の人間は気絶していく。こんなにも剽軽で、馬鹿げていて、しかし、圧倒的な暴力を、あたしは見たことがない。
瓦礫から砂塵が巻きあがり、風に乗って淀んだ空へと上っていく。誰も彼もが地に伏すなか、無垢な子供だけが、ふわふわとした笑顔で立っていた。
『ゴロー、このひとたち、連れて帰る?』
中継しているドローンのほうを向いて、ニィナが尋ねた。ゴロー補佐は額を押さえながら、「自警団のところまで」と弱々しく答えた。
無茶苦茶だ——なにもかもが唐突もなくて、驚天動地の為業だった。
ヴン、とテレビの電源が切れる。
はっとなって振り返ると、ヨハクがリモコンを握っていた。画面を消したヨハクは、つい数分前まで読んでいた本へと視線を落とす。
そして、さっきまで目を光らせていたイチルは、今はボードゲームの盤上を見て、「ミクロ、これ、やっぱりだめだ」とぼやいている。
「六手先で詰みだよ。レーヨンの持つ銀の女王から逃げられない。回避するには三手前で聖杯を取っておくべきだった」
ミクロが「くそ、これで一〇九敗五十四勝一引き分けかよ」と唸り声を上げる。これまでの戦術を反省しているのか、ぶつぶつと唱えながら、駒を片づけていった。
それらがあまりに異様だった。
子供たちは、まるで何事もなかったかのように、なんてこともしていないかのように、平常に戻っている。大人の驚愕や動揺なんて意にも介さず、世界を手玉に取って遊んでいる。
ついに本当の意味で理解した。
あたしはこれから、こんなとんでもないクソガキたちの面倒を見なければならないらしい。
「お疲れ、首長会議は無事終わったぞ。ジュリのほうはどう?」
「やばい」
トカゲの問いかけに、あたしは己の感情を端的に告げた。
首長会議も無事に終わったということで、あたしは皇居御苑跡から国会議事堂へと移動した。トウキョウに持ってきた際の荷物も置きっぱなしだったため、一度通された部屋に戻っている。
トカゲの顔色を見るに、会議のほうはうまくいったようだ。それは上々だが、あたしとしてはぶっちゃけ、それどころではない。ソファーにどかりと腰掛け、蟀谷を押さえる。
「想像の百倍はやばい。手に負えない。よくも出向なんて決めてくれたわね。こんなの、読んで字のごとく、トカゲの尻尾切りじゃない。あんた、あたしに恨みでもあんの?」
「俺の名前でなにうまいこと言ってんだ……え、なになに、チルドレンそんなにやばかったの」
やばいなんてものじゃない。トカゲたちが会議をしているあいだに暴動を一つ鎮圧してしまったのだから。
ニィナとレーヨンはというと、あのあと、けろっと帰ってきた。二人して涼しい顔で、汗一つ掻いていなかった。遠くはない距離を爆走して、大の大人をぶちのめしてきたようには、到底見えない。見えなくとも、本当にそんなことをやりとげたあとなのだが。
神の落とし子だなんて言うけれど、神様なんてものがいるとしたら、とんでもないやつらを産み落としたものだ。
この目で見たことを報告すれば、トカゲも「なるほどねえ」と神妙な顔をした。
「イガラシ首長も手を焼くわけだ。そこまでくると、一種の武力だもんな。そういう意味では、トウキョウがチルドレンを監督するのは大いに納得できる。化け物みたいな武力を分別のないガキが搭載しているとして、それを野放しにするくらいなら、当然、手元で囲っておいたほうがいいわけだ。問題は、手綱を握るブレーキ役」
「まあ……並大抵の人間には無理よね」
イガラシ首長の要求も納得だ。あたしが同じ立場でも、あの子供たちを躾けられる人間を欲しいと思うだろう。ゴロー補佐も完全にナメられていたし、大人の言うことなんて聞かない。少しでも望みのある人間を見つければ、任せてみたいと思うはずだ。
「チルドレンにしたところで、それだけの力が自分たちにあるなら、なんでもできるって思うわなあ。周りの大人の言うことになんて聞く耳持てないし。道理で、あんな悪ガキになるわけだよ」
「次の世話係が見つかるまでとはいえ、荷が重いわ」
「言っとくけど、空気清浄機は絶対欲しい、前言撤回はしない」
「したらぶん殴ってる。首長が優柔不断でどうすんのよ」あたしはため息をつく。「やるわよ、あの子たちの世話係」
トカゲは「そうこなくっちゃ、」と目を細める。
「なにもかも自分たちの思いどおりになるって勘違いしてる悪ガキどもに、キツいお灸を据えてやれ。自分たちはまだなにもできない子供なんだって教えてやれ」
トカゲの言うとおり、あの子たちはまだ子供だ。
たとえどれだけ脅威であっても、驚異的であっても、あの子たちはまだ幼くて、分別もなければなにも知らない。大地も海も空も汚れた、この滅びかけの世界の中で、それよりもさらに小さな世界に、あの子たちは生きている。
——それが、少し心配になった。
チルドレン。
神の落とし子。
先人たちの遺した人類の希望。
子供たちよ、君たちこそが希望なのだ。いつかこの世界をきらきらと照らす光となりますように——チルドレンの入っていたカプセルには、そのような文言が刻まれていたと聞く。
未来が絶望に塗り潰されてゆく時代、先人たちの期待を一身に受け、晴れてこの世に生まれたのが、あの五人の子供たちだ。
それなのに。
国会議事堂で、あの小さな体を抱きしめたとき。危ないからやめなさいと叱ったとき。呆気に取られた少年の顔は、叱られたことにびっくりしているのではなくて、どうして叱られているのかわからなくてびっくりしているように見えた。
たとえば、大切な話し合いの邪魔をしてはいけないだとか、机の上に乗るのは行儀が悪いだとか、万が一そこから転んだら怪我をしてしまうだとか、そういうことをなにも知らないように見えた。
それがなんだか、あたしには、放っておけなかったのだ。




