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第2話 悪戯コネクト(2)

 『神の落とし子(チルドレン)計画』。

 隕石落下《メテオインパクト》による世界終末の間際、とある五人の天才科学者たちは、世界中から集めた卵子だとか精子だとか細胞だとかと一緒に、当時の叡智を結集させた宇宙研究施設へと向かったらしい。そこで、世界終末後の未来時代を生き抜けるような、新人類を造ろうとしたのだ。


「簡単に言えば、遺伝子操作だな」トカゲは言った。「いまとなってはファンタジーだが、当時の技術ではそれが可能だった。十年と十ヶ月をカプセルの中ですごし、荒廃していく世界に適応できる人体へと培養されるんだとか。成功したかどうかはともかくとして、事実、三年前のある日、宇宙からその子供たちは降ってきた(、、、、、)」


 オオサカにいても、その噂は耳にした。ずいぶんと大きな騒ぎになったのを覚えている。突如トウキョウ湾上空で開いたパラシュートが、ふよふよと埋立地へ降り立ったのだ——それぞれに子供たちの入った、五つのカプセルを連れて。


「カプセルから出産(、、)された子供たちは五人。今日の首長会議に乱入して騒ぎを起こしたガキどもも五人。ホッカイドウ首長の言うとおり、あれが噂のチルドレンだろ。神のおわす天空から落とされた、強靭な身体に最高の知能を持つ、人類の希望」

「傍迷惑なクソガキやで……」


 配られたタオルで顔を拭きながら、あたしは愚痴った。

 泥の惨状により首長会議は一時中止となり、各地域の首相とその補佐は、国会議事堂内にある部屋を、一室ずつ休憩室としてあてがわれた。泥だらけになった髪や服を拭きしめて、あたしは、ソファーに腰かけるトカゲを見遣る。


「せっかくあんたの口もよく回ってたのにね」

「俺の口は何物(なにもん)なん? 風車《かざぐるま》?」

「マジであの子たちの親の顔が見てみたいわ」

「世話係《シッター》を雇ってるみたいだったから、たぶんいないんだろ。宇宙から降ってきたのは子供たちだけだったって聞くし」


 宇宙へと向かった天才科学者の五人は、一人も帰ってこなかったらしい。宇宙施設での永住を決めたのか、はたまた彼らの乗った宇宙船が難破したのか、カプセルだけを残して燃え尽きたのか。

 ただし、悲しきかな、もし帰ってこれたとしても、地上の汚染物質に耐えきれずに死亡してしまっていただろうと言われている。


「親がいないなんて、いまの時代じゃあ珍しくもないけど。チルドレンって一種の国家事業だったんでしょ? 国自体がもうないとはいえ、当時の首都であるトウキョウが、あの子たちの後見人ってことになるのかしら」

「いや、国家どころか国際事業だったはずだけど……渡れもしない海の外の国なんてあてにならないし、苦肉の策で、イガラシ首長の管轄ってことにしてるんだろうさ」

「だとしたら、今日の一件は、トウキョウの監督不行き届きでしょ」

「あのじゃじゃ馬たちの手綱握れてない感すごかったもんな。あの様子じゃあ、たとえ会議が再開したとしても、また乱入されそうだ」


 そこで、扉をノックする音が鳴る。

 トカゲが「どうぞ」と声をかけると、「失礼します」と声が返ってきた。扉を開けたのはゴロー補佐だった。彼の脇をイガラシ首長が通り、室内へと入ってくる。

 このような事態になってしまったことに対して、謝罪をして回っているのかもしれない。

 トカゲは「おかけください」と着席を促した。私も居住まいを正し、二人に声をかける。


「イガラシ首長もゴロー補佐も、さきほどは災難でしたね、ゴロー補佐なんて、シャツもスラックスも台なしでしょう、お可哀想に」

「お気になさらず……」ゴロー補佐が気まずそうな顔で言った。「先刻はお騒がせして申し訳ありませんでした。汚れてしまったトカゲ首長のお召し物は、こちらで洗ってお返ししますので」


 お気になさらずとは言うものの、ゴロー補佐の服は上物だったので、少し可哀想だった。たしかにトカゲのモッズコートとて一張羅だったが、七連に属しているうちはいくらでも手に入る代物だ。


「……トカゲ殿にはご迷惑をおかけした」イガラシは重苦しい顔つきでいる。「お体に異常はないか」

「いやあ、ガスマスクを外さなかったことが幸いしましたよ。目に入っていたら危なかったですがね」トカゲは愛想よく応答したのち、切りこむように尋ねる。「して……あれが噂のチルドレンですか?」


 頷いたのはゴロー補佐だった。

 それをイガラシ首長が咎めないあたり、隠すつもりもないらしい。

 トカゲは感嘆とも言いがたいため息をついたのち、再び口を開く。


「神の落とし子、なんて、眉唾物の存在だったんですがね」

「チルドレンの話はタブーとされることもありますしね。そのため、三年前の出産(、、)についても、大っぴらな発表こそしませんでしたが……正真正銘、成功体ですよ。汚染された地上に適応する、強靭で異常な身体。そして、最高の知能」いえ、とゴロー補佐は言葉を切った。「脳(、)ですね。地球上に残存する全ての情報通信機器とシナプスで繋がっている……そのコネクトは、まさに神の悪戯です」


 神の悪戯——それのおかげで、トウキョウは今日《こんにち》まで生き延びることができたんだっけか。噂として聞いてはいるが、いまいち理解できない。その様子を悟ったトカゲが、補足してくれる。


「言葉のとおりだよ。チルドレンは、その脳から、地球上に現存する機械を操作できる。わかりやすいところで言うと、空気清浄機とかな」

「他にも、発電機ともコネクトしています。すでに壊れたものを別として、先人たちの文明の利器、インターネット・オブ・シングスの名残を、彼らの脳は最大限に有効活用できるというわけです」


 チルドレンは文明の利器へのコネクションを持っている。そう言葉で言うのは簡単だが、脳で機械を操作するなんて可能なのか?


「うーんと、そうですね……伝達性を選んだがゆえの不正確な表現になってしまいますが、脳波で動くスーパーコンピュータを搭載しているとでも言いますか。あの子たち自身がリモコンとでも言いますか」


 説明されればされるだけ、わからなくなっていく。

 目を白黒させていると、ゴロー補佐は苦笑した。


「かつての最先端技術は現代の超科学技術(オーバーテクノロジー)ですからね。遺伝子操作も、脳改造も、僕たちに理解できなくて当然ですよ」


 あたしは爆心期以後に生まれたので真偽は定かでないが、インパクトが原因で、かつての文明からざっと百年は後退したという話だ。

 失われた技術(ロストテクノロジー)。

 魔法じみた神秘を秘めた彼らは、たしかにその名のとおり、神の生み落とした子供たちだと思われた。


「トカゲ氏が時代の寵児とすれば、チルドレンは神の寵児ですね」

「やめてくださいよ、俺をそんな、政治界のホープ、期待の注目株、超大型新星爆発だなんて……」

「図に乗りすぎやろ。しかも、あんたの話とちゃうねん」


 勝手に爆発しとけ、とあたしはトカゲにツッコんだ。

 話を戻そう。


「すごい子供たちってことはわかりました。チルドレンは噂どおりだって。でも……それはともかく、さっきのはなんなんですか? その、なんていうか、」あたしは言葉を選んだ。「あの子たちの面倒って、ちゃんと見れてるんですか?」


 有り体に言って、ちゃんと躾けられているのか。

 たしかにあの子たちは、まだ少年であり、少女だった。齢にして十をすぎたばかりであろう子もいた。大人の庇護を受けなければ生きてはいけない子供たち。

 まだ分別もなく、世間を知らず、首長会議の場に泥鉄砲を持って乱入してくるような——いや、ありえへんやろ。

 いくら子供だからって、やっていいことと悪いことの区別くらいはつく。今回のことは、おてんばやわんぱくという言葉では収拾がつかないほどの暴挙だった。


「……チルドレンの養育は、トウキョウの一個の事業として、予算編成をおこない、運営している」イガラシ首長が重々しく口を開く。「直接的な養育は世話係《シッター》を雇って監督していたが……体調を崩したので、暇を出している」

「世話係《シッター》がいないだけであれですか?」

「お恥ずかしながら」ゴロー補佐も苦々しく告げる。「反抗期とでも言うのでしょうか。日に日に言うことを聞かなくなってきて、問題を起こすことも多くなりました」

「手に余る、というのが正直なところだ。前の世話係《シッター》だけでなく、これまでに何人か雇ってきたが、チルドレンの素行の悪さから誰も長続きしなかった」

「大手を振り乱して爆走してるようなガキやったもんな」トカゲが鼻で笑った。「大人に一切物怖じしてなかった。畏まった場でテンションが上がって、とかじゃなくて、普段からあんな感じなんでしょ」


 ゴロー補佐は「そうなんです」と肩を落とした。


「実を言うと、この国会議事堂は、普段は彼らの遊び場でして」

「へえ、遊び場」


 国会議事堂ならぬ、国会児戯堂ってか。


「会議中は立ち入らないように言い含めておいたのですが、ちょうど世話係《シッター》が暇をもらっていたため、止められる人間もおらず……いまは彼らも住まいに戻っているので、そろそろ会議も再開する予定です。ご迷惑をおかけしました」


 再開すると言っても、このまま無事に終えられるだろうか。あのやんちゃくれが再び乗りこんでくるとも限らないのだ。

 そう思い耽っていると、ふと、イガラシ首長と目が合った。

 貫禄のある眼差しで見つめられ、自然と身が強張る。


「……ジュリ補佐。失礼だが、君に子供はいるかね?」

「はっ?」あたしは目を瞬かせる。「いませんが」


 あたしは二十四だ。この歳でも子供がいてもおかしくはないが、それより、何故急にそんなことを聞かれるのかがわからなかった。

 イガラシ首長は顎に手を当て、思い出すように告げる。


「いや、すまない。子供の扱いに慣れているのかと思ってな。先刻、君が叱りつけると、途端にチルドレンが静かになった」

「あれは驚きましたね」ゴロー補佐が頷く。「チルドレンがあれほど素直に大人の言うことを聞くなんて滅多にありませんよ」

「それも、五人全員が、だ。歴代の世話係《シッター》でもできなかった」

「ほとんどの世話係《シッター》はナメられて終わりでしたしね」

「もしかしたら、君の言うことなら、彼らも聞き分けるかもしれない」

「あの……イガラシ首長?」


 ゴロー補佐が動揺したようにイガラシ首長を見遣る。それはあたしも同じだ。俄然雲行きが怪しくなってきた。視界の端ではトカゲが興味深そうに睥睨している。三人の視線を一身に受けながら、イガラシ首長は言い放った。


「ジュリ補佐。しばらくのあいだ、チルドレンの世話係《シッター》を引き受けてはもらえないか」


 ゴロー補佐が「イガラシ首長!?」と目を剥く。トカゲは「ま・じ・か~~」と素っ頓狂に漏らした。突飛な話にびっくりしたあたしは、やっとの思いで「はい?」と返す。


「オオサカ首長補佐という立場のある君に、こんなことを頼むのもどうかとは思う。しかし、あのチルドレンを一斉に黙らせた君の手腕は見事なものだった。いきなりの話になってしまったし、まずはこの会議のあいだだけでもかまわない。子供たちの面倒を見てくれないか?」


 はい? あたしが誰のなにを見るだって?

 唖然とするあたしの隣で、トカゲが「盛り上がってまいりました」とあたしを見遣る。一人で盛り上がるな。


「いや、さすがにそれは、あたしも仕事がありますし」

「仕事って俺のサポートだろ?」と、トカゲ。「引き受けてもいいぞ。時代の寵児は補佐がいなくとも会議くらいなんとかなる」


 こいつまた図に乗りよって。

 ただ、先刻の会議中のトカゲを思うと、なんとかなるだろうな、という気はしている。彼は腐ってもオオサカ首長だ。本来なら、あたしのサポートなんていらないくらい優秀な男だった。

 それに、この話にトカゲが前向きなのは、これまで接触できなかったチルドレンの情報を得られる、というのもあるだろう。また、トウキョウに借りを作ることも目的としているのかもしれない。

 首長二人が積極的ななか、あたしと同じくらい困惑しているゴロー補佐が「お待ちください、」と口を開く。


「なにを考えているんですか、首長! 遠路遥々トウキョウまで来ていただいたのに、子供たちのおもりをなんて……ジュリ補佐にもトカゲ首長にも申し訳ないですよ!」

「俺のことは気にしなくていいよ。噂のチルドレンにも興味あるし」

「だそうだが?」

「いやいや、第一、世話係《シッター》だって、厳しい選考基準を設けて選び取っているんですよ? ジュリ補佐を信用していないわけではありませんが……そんな急なお話!」


 ゴロー補佐は慌てふためきながらも、イガラシ首長の提案に強く反発していた。しかし、イガラシ首長はそれを歯牙にもかけない。挙げ句にはトカゲに茶化される始末だ。どんどんゴロー補佐の言葉尻が弱くなっていくのを眺めながら、彼も首長に苦労させられている身の上かと同情した。

 いや、他人のことはさておき、あたしのことだ。


「……お言葉ですが、イガラシ首長」あたしはイガラシ首長を見据えて告げる。「そちらの要望に応える道理がありません。先刻の騒動について、さきほど首長のトカゲから〝気にするな〟という言葉がありましたが、額面どおりに受け取られても困ります。これ以上会議が滞らないよう、顔に泥を塗りたくない(、、、、、、、、、、)気持ちもわかりますが、こちらが手を貸す謂《いわ》れはないですよね」


 角の立つような言いかたになってしまったが、このままだと本当にとんとん拍子に進んでしまいそうで、あたしはノーを主張すべく、きっぱりと断った。

 イガラシ首長は「ふむ」と呟く。

 納得してくれたと思ったが、そうではなかった。


「では、トウキョウとオオサカの公的取引という形ならどうだ?」


 取引という言葉に反応したのはトカゲだった。トカゲは「と言うと?」と先を促す。


「たしかに君たちにはこちらの要求を叶える謂(いわ)れはない。しかし、こちらとしては猫の手も借りたい。どころかオオサカの首長補佐の手を借りようというのだから、それ相応の対価を払うべきだろう」

「失礼ですが、トウキョウに払える対価がありますか? 資源に乏しく、財政も厳しいと聞きます。満足な対価を、正直、トウキョウには見込めないのですが」

「空気清浄機」


 と、イガラシ首長が言ったところで、あたしとトカゲは目を見開かせた。虚を突かれたあたしたちに、イガラシ首長は言葉を続ける。


「装置の解析をトウキョウが独占しているが、その利権をオオサカにも移譲しよう。一基減ったところでトウキョウに大した害はないはずだ。空気清浄機を一基、くれてやる」

「……他の地域に解析を移譲することに、否定的ではありませんでしたか?」

「それは多数の地域に扱われた場合の話だ。寄って集って装置を奪われては、トウキョウの安全が損なわれる。そして、私はイソガリという男が気に食わない。あいつの話に乗ってやるのも癪だ」


 しかし、オオサカだけなら、かまわないと。

 正直なところ、かなり魅力的な提案だ。空気清浄機のあるトウキョウが別格で好環境なだけで、それ以外の地域では、基本、マスクを外せるのは殺菌洗浄された室内のみであり、室外で無防備に空気を吸いこもうものなら、十年は寿命が縮む。

 毒素まみれの汚れた大気は、この世界における重要課題。首長ともなれば真っ先に克服したい難題。

 それを解決できるチャンスがぶら下げられたのだ。

 トカゲの決断は早かった。


「いいでしょう」

「おい、お前!」


 あたしはトカゲを睨んだが、彼はそれを無視して続ける。


「ただし、解析のためというなら三基は欲しいところだ。そして、俺は今日、七連を代表して来ている。オオサカだけでなく、七連で、その三基の解析をしたいのですが」

「好きにしろ。その三基はそちらで勝手してくれればいい」

「決まりだ、ジュリ」そこでやっと、トカゲはあたしを見た。「トウキョウに出向しろ。今日からお前は、チルドレンの世話係《シッター》だ!」


 あたしは「ふざけんなや」とトカゲの胸倉を掴む。しかし、トカゲは「いやん」としなを作り、文字どおりふざけだした。


「カッとなったらすぐ暴力的になるんだから! 俺はともかく、子供相手には手加減しなよ~?」

「いや、あたしの意見もなしに決めないでくれる?」

「空気清浄機だぞ? 断るわけなくない?」

「ぶっちゃけ旨味のある話だとは思うけど、そんな簡単に決めるわけ? あたしはあんたの補佐なんだけど」

「補佐だから、首長の指示に従え。わかるだろ。これを機に、空気清浄機の解析が進めば、オオサカや七連で新しく製造することも可能になるのかもしれないんだ。ゆくゆくは他地域への流通も視野に入れて、俺たちしか設計図がないのをいいことに高値で売買すれば……ぐふふ、笑いが止まんねえ」


 ゴロー補佐は「もしそうなっても、設計図面と売買権はトウキョウもいただきますからね」と反論した。だめだ。もうそういう流れになってる。駄目押しにイガラシ首長があたしに言った。


「次の世話係が見つかるまでの臨時として、よろしく頼む」


 あたしは、トカゲの胸倉を掴む手を緩めていき、ついにはがっくりと肩を落とした。トカゲはけたけたと笑いながら、「まあ、ええんとちゃう?」と言った。


「あいつらを叱りつけたときのお前、オカンみたいやったしな」

「誰がオカンや」


 あたしはトカゲを眇めて、ため息をつく。

 こんなことなら、首長会議のあいだだけというタイミングで、引き受けていればよかった。まさかたった数十分で、あたしの職業が首長補佐から世話係《シッター》に様変わりしようとは、思ってもみなかった。

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